『真夏の2人〜紅蓮〜(後編)』
――任せていられる訳がない。
葉山龍壱は、呼吸を整え能力【カミサマノオクリモノ】を発動する。
怪我は治りはしないが、肉体の一部が強化され損傷した組織を補う。
まず、手を握り締める。
痛みは感じるが、動かすことは出来る。
上半身を起こし、辺りを見回す。
ドアの向こうからは、医者達の話し声が聞こえる。
警備兵などは来てはいないようだ。
窓に手をかけて開き、身体を外へと投げ出す。
痛みを感じている暇はない。
太陽の位置から北の方向を知り、目を向ける。
ここからでは屋敷は全く見えはしない。
急ぎ走り出し、龍壱は道中見かけたレンタルバイク店に駆け込んだ。
不審に思われるもバイクを借り、宿に戻り精霊刀を2本ひっつかむと、北はずれに向かいバイクを走らせた。
さほど距離はない。
道もなだらかで、見通しも良い。
すれ違う者達は皆幸せそうな笑顔を浮かべている……。
のどかな、島に見えた。
何の問題もない、島に見えていたから――油断した。
何が目的で、鈴音を攫った!?
全く障害のない道だが、酷く長く感じる。
僅か数分の距離だというのに、1時間……いや、半日以上走っている感覚を受ける。
“こないで”と、言った妹、葉山鈴音の声が耳から離れない。
それは本心ではない言葉。
彼女は自分を拒否したりはしない。
どんな時にでも、自分の傍にいることを望んでいる。――はずだ。
爆発物の設置に気づいていたのだろう。
鈴音を攫うことが目的ならば、彼女の命は無事だとは思うが。
心や身体が傷つけられていない保証はない。
苦しげな息の下の鈴音の声が、ずっと龍壱の脳裏に響いていた。
ようやく見えてきた屋敷は、木造の平屋であった。
ブロック塀に囲まれており、冷たい鉄の門ゆくてを阻まれる。
本当にここに鈴音がいるのか。
本当にここが鈴音を攫った奴等の拠点なのか。
結論を出すことも、出す必要も感じないまま、龍壱は刀を振り下ろし鍵を砕いた。
もどかしげに壊れた門を押し倒し、中へと進入する。途端、目の前に迫る冷たい光を龍壱は直前で避けた。
続け様に同じ光――仕掛けられていた鋭い矢が向かってくる。2本の刀を打ち下ろし、矢を叩き落して行く。
間違いない。ここは犯罪者のアジトだ。
身体なら、これ以上ないほど傷ついており、限界を超えた痛みも渦巻いている。
これ以上、どんな攻撃を受けようとも何も感じはしない。
前へ進むために障害になる矢を打ち下ろし、龍壱はドアへと迫る。
「何者だ――!」
開いたドアの先に、鎧を纏った戦士風の男がいた。
構わず、無言で龍壱は右手に握る刀「月天」で男の腹に突き刺す。
「う……っ」
小さな声、目を見開いて男は凍りついた。
月天は自在に氷を生み出すことに出来る刀だ。
剣を男の体から抜くより早く、傭兵風の男達が集まってくる。
雇われているだけであっても。許すつもりなど、無かった。
相手が武器を振り下ろすよりも早く、刀を一閃させ胸を切り裂く。
「貴様!」
ドアがバタバタと開き、武器を持った男達が次々に現れる。
窓から外に飛び出し回り込んだ者もおり、龍壱は囲まれていた。
「捕らえた女性はどこだ」
1人切り捨て壁を背にし、龍壱は怒りを抑え静かに問う。
「殺せ!」
「うわあああっ!」
掛け声と共に、男達は龍壱に跳び込む。
月天で正面の男の剣を受け、もう一方の精霊刀――「日天」を振り、炎を呼び出す。
日天は自在に炎を生み出すことの出来る刀。
突如発生した業火に、男達が後ろに飛びのいた。
しかし、炎を屋敷に放つことは今は出来ない。
ここに、妹が、鈴音が囚われている可能性があるならば。
怒りの囚われそうになる意識を冷静に保ち、龍壱は敵をまた1人斬り倒す。
返り血で包帯が朱色に染まっていく。
銀色の髪をも、赤く染めながら龍壱は刀を走らせる。
「お兄ちゃん……!」
飛び出す男達を斬りながら、かすかに聞こえたその声に反応し、龍壱は正面の敵を突き飛ばす。
振り下ろされる側面からの攻撃を相手を見もせず刀で流し走る。月天を振るい、氷の槍を生み出してドアを破りその先へ――。
「そこまでだ」
背後から低い声が響いた。しかし、龍壱は振り向きはしない。
廊下の先に、少女達が集まっている。
その一番先頭に、探していた大切な存在、鈴音の姿があったから。
「お、兄ちゃん……っ」
鈴音は悲痛な声を漏らした。
今の状況を嘆いてではなくて、それは龍壱の姿を見ての声だった。
包帯だらけの身体。大量の返り血を浴びた姿に、少女達からも悲鳴が上がる。
「足元、影っ!」
鈴音の叫びと同時に、伸びた影が龍壱に絡まりつく。
「やめて、お兄ちゃんを放して! もうやめて!!」
鈴音が、腕を掴んでいる若い男に哀願をする。
「黙れ」
「あっ」
若い男は手の甲で鈴音の頬を叩く。
「代償は貴様等の命でも足りん――」
龍壱は低く言い、月天を振り上げる。
冷気が渦巻き、足に絡み付いていた影の動きが止まる。
続いて、日天を床に突き刺す。途端炎が湧きあがり、床を燃やしてゆく。
揺らぐ影が退いていき、龍壱の後方へと消える。
空を割く音と共に、長剣が振り下ろされる。
龍壱は日天で攻撃を受け、足を引く。相手は壮年の男だった。
「行かせ、ないっ」
視界の端に、剣を抜いた若い男の足を掴む鈴音の姿が見える。
「深淵術」
壮年の男が、龍壱に闇の魔法を放つ。
膨らむ闇が、龍壱の身体に絡みつき、体内に侵食し組織に影響を与える。
再び、龍壱はカミサマノオクリモノで抵抗をし、闇を消滅さえる。
剣を振り払い、地を蹴り高速で男の胴に刀を突き刺した。
男が倒れる時間も惜しみ、蹴り飛ばし、龍壱は炎が渦巻いていく床を走り若い男の元へ。
怯えながらも、少女達が必死に男に物を投げつけており、男は剣を振り回して抵抗している。
鈴音は、男に何度も蹴られていた。
手の中の日天の如く。
龍壱の体内に熱い熱が湧き上がる。
燃え落ちる屋敷同様、彼の心は熱く。眼光は冷たく鋭く。
「どけ」
強く、静かに発せられた言葉に、少女達が道を空けた。
途端、龍壱は日天を若い男に放つ。
「ぎゃああああっ」
男の体に炎が纏わり付く。
「皆、逃げて……。お兄ちゃんが道を開いてくれる、から……」
その言葉を発して、龍壱を見て。
鈴音は何かを言おうと口を開くも、そのまま意識を失った。
龍壱は月天で玄関への道を凍らせる。
少女達は何度も転びながらも必死に走り、屋敷の外へと飛び出した。
龍壱は鈴音を抱き上げて、最後にその屋敷から飛び出し――。
それ以外の誰をも屋敷から出すことはなく、日天を振るい屋敷を業火の中に落とす。
燃え盛る屋敷を前に、少女達は崩れ落ちて泣いていた。
鈴音はお気に入りのワンピースをボロボロにした姿で、首を腫らし、頬を腫らし、意識を失っていた。
髪を何度も撫でて、頬を寄せて。
龍壱は大切な妹を抱いたまま、バイクをゆっくりと走らせる。
* * * *
バイクを止めたところまでは覚えている。
その後の記憶は曖昧で、気づけば鈴音が自分に被さるように眠っていた。
彼女の魔法により、傷は随分と癒されている。
安らかな寝息に安堵しながら、手を伸ばして、銀色の髪を撫でた。
「お気づきですか」
その声は呆れたような色を含んでいた。
先ほど世話になった医者だ。
「無茶もほどほどにして下さい。重傷だからと警察には帰っていただきましたけど」
医者は深く溜息をつく。
「組織は完全に壊滅。屋敷は燃え落ち何も残っていないということですし。捜査には時間がかかりますよ? 貴方達もそう簡単には帰してもらえないと思いますので、まあ、今度こそゆっくりしていって下さい」
「……すまない」
軽く謝罪をすると、医者は少しだけ笑みを浮かべて頷いた。
「凄い人ですね。いえ、凄い人達です。ホントのことを言うと、今捕まっている方々をここで救出するのは無理だと警察機関は結論を出していたんです。貴方達がたまたま島にいて下さって、多くの少女達が助かりました」
深く頭を下げた後、医者はその部屋から去っていった。
「お兄……ちゃん」
鈴音の口から小さな言葉が漏れたが、彼女は目を閉じたままだった。
龍壱は手を伸ばして、鈴音を自分の隣に寝かせる。
眠り続けている彼女の髪を、またそっと撫でて、頬に触れて。
――目を閉じた。
* * * *
屋敷の残骸から、最低限の資料は押収できたそうだ。
こういったリゾート地に拠点を構えて、期間を定めて誘拐を行なっていた組織のようだ。
捕らえた少女達は、裏のルートで売り、売られた先で人体実験の実験体や奴隷となっていたらしい。
魔術に長けた頭領が実行犯も兼ね、荒稼ぎをしていたようだ。
助け出された少女達が次々に、龍壱と鈴音の元に礼に現れた。
事情聴取が続いており、龍壱と鈴音は、夏休みが終わっても学園に戻ることは出来なかった。
時間のある時には、2人で海に出た。
2人ともまだ少し弱っているから。
海には入らずに、ゴムボートにのって。
ゆらゆらと波に揺られてみたり。
浜辺でパラソルの下、遊ぶ人々を眺めていたり。
龍壱は淡い桃色のワンピースを一着、鈴音にプレゼントした。
鈴音は海辺で着るための薄い青色のシャツを一着、龍壱にプレゼントした。
ピンク色のワンピースを纏い、輝く笑みを見せる少女と。
青いシャツを着た銀色の髪の、壮麗な男性の姿は。
その島の人々の記憶に、深く刻まれた――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 専攻学名】
【mr0676 / 葉山龍壱 (ハヤマリュウイチ) / 男性 / 24歳 / 幻想装具学】
【mr0725 / 葉山鈴音 (ハヤマスズネ) / 女性 / 18歳 / 禁書実践学】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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なつきたっ・サマードリームノベル「真夏の2人(後編)」にご参加いただだき、ありがとうございました。
別々の視点で書かせていただきましたので、鈴音さんの方のノベルも是非ご確認下さいませ。
沢山怪我をさせてしまい、すみませんでした。
この後、少し長めの休日を、2人で思い切り楽しんだと思います。
またお目に留まりましたら、よろしくお願いいたします。
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