『真夏の2人〜眼下の海〜(後編)』
涙を拭った。
泣いていても、どうにもならないから。
兄の姿をまた見るために。
自分の元気な姿を兄に見せるためにも。
――諦めない――
捕らえられている部屋を見回し、木造であることを確認する。正面のドアからは相変わらず男達の声が聞こえているため、部屋の奥に歩き、控え目に隣の部屋側の壁を叩いてみた。
そして、窓から顔を出す。
「誰か、いる……?」
小さな声を発して。
もう一度、壁を小さく叩いて、葉山鈴音はまた窓から顔を出す。
しばらくして、頬を腫らした少女が窓から顔を出した。
目も真っ赤で、酷く怯えた表情をしている。
「逃げよう。私の部屋の前辺りに、悪い人達、いるみたいなの。そちらの部屋に渡ってもいい?」
「だ、め……」
少女は首を強く振った。
赤い頬は痛々しかった。
抵抗して殴られたのかもしれない。
「他に捕まってる人、いる?」
その問いには、無言でこくりと頷いた。
「何人?」
鈴音の問いに、少女は手を開いてみせる。
5人のようだ。
「船が着いたぞ、準備しろ!」
前の部屋から男の声が響いた。
「そ、そういう話してたのしられたら、殺、される、かもしれない、から……」
少女は震えて部屋の中に戻ってしまう。
鈴音は唾を飲んで、続いて反対の隣の部屋側の壁を叩いた。
……音がなんだか違う。
そう思って、窓枠をしっかりと掴みながら身を乗り出してみれば、そちら側には部屋はないようであった。
ここは、端の部屋だ。
壁を破壊する力があれば、脱出できたのかもしれない。
でも鈴音にはそんな力はなく。
そして、その先も絶壁である可能性もあるから。
それ以上、そちらの壁を叩くことはしなかった。
部屋の中を歩き回って、何か使えそうなものがないか、探し回る。
その部屋には、家具は棚だけだった。
鈴音は床に直接投げ出されていた。
何もない部屋だ。
何もないのなら――。
鈴音は棚に近付いて、極力音を立てないよう気をつけながらガラスの扉を外していく。
バタバタと男達が出ていったことを、耳で確認し、屋敷が静かになった頃。
鈴音は大きく息をつき。
兄の姿を思い浮かべながら……ぎゅっと拳を握り締めて、ドアへと近付く。
そして、ドンドンと叩いた。
……しばらくして、ドアが少しだけ開き、ドアの隙間から剣が向けられる。
「なんだ」
「気分が、悪いんです……。お手洗い、行かせて下さい」
たどたどしくそう言うと、ドアが開かれ男が鈴音に手を伸ばした。
マスクをしていて、顔はわからない。
自分を捕らえた人物ではなさそうだ。身体つきはいいが、普通の人間に見える……。
強く腕を引かれて、廊下へ引っ張られた途端――。
鈍い音が響いた。
「門か!?」
部屋から武器を持った男達が飛び出し、玄関と思われる方向へ駆けていく。
数は4人。部屋に留まっている男、窓から外へ飛び出している男もいるようだ。
「入ってろ!」
鈴音を掴んでいた男も、鈴音を元の部屋に放り出し状況を見に行こうとするが、鈴音は大人しく戻る気など全くなかった。
自分を掴んでいる男の手にがぶりと噛み付いて、男に体当たりをする。
持っていたガラスが、音を立てて割れる。
剣が軽く身体に触れて、お気に入りの白いワンピースが裂け小さく血が滲んだけれど。そんなことに気づきもせずに、鈴音は向かいの部屋に駆け込んだ。
「逃げたら殺すぞ!」
男はドスの利いた声で言い、争いの音が響く玄関に向かい駆けて行く。
鈴音は部屋の中で荒い呼吸を繰り返しながら、必死に自分を奮い立たせる。
ワンピースの裾を破って、ガラスの破片を握り締める。
(お兄ちゃんだ、お兄ちゃんが来てくれたんだ、絶対……)
そう何度も心の中で思いながら、再び、鈴音は廊下へと飛び出した。
そして、あの子――顔を腫らしたあの子が捕らえられていた部屋に近付いて、鍵を開ける。
「早く、逃げよう!」
バンとドアを開け放つと、部屋の中にあの少女を含め、5人の少女が蹲っていた。
「何してやがる!」
音を聞きつけ、残っていた男が鈴音に背後から襲いかかる。
鈴音はガラスを後に向けて、突き立てた。
「つ……っ」
小さく声上げた男に、少女達が立ち向かって行く。
皆で体当たりをして突き飛ばし、少女達と鈴音は、玄関とは反対と思われる方向に駆けた。
「あそこ、裏口――」
出入り口があるのなら、その先は陸地だ。
希望を持ち、鈴音は少女達と急いだ。
だが……。
「動くな!」
若い男が、そのドアから姿を現す。
剣を携えた男と戦える人物はここにはいない。
背後からは、戦闘音が響いている。
少女達は怯えながら動けずにいた。
「お兄ちゃん……!」
鈴音が声を上げた。
兄、葉山龍壱が来てくれているのだと、信じて。
途端。
背後のドアが破られて、赤い血が飛び散った。
血と共に現れたのは――長い銀色の髪の持ち主。
龍壱だった。
「お、兄ちゃん……っ」
泣き出しそうになりながら、鈴音は声を上げた。
包帯だらけの兄の身体、血に染まった体が痛々しくて、悲しくて。
「足元、影っ!」
異変に気づいて、鈴音は叫び声を上げた。
背後から伸びてきた影が、龍壱の身体に絡みついていく。
「やめて、お兄ちゃんを放して! もうやめて!!」
自分が捕らえられた時のこと、あの苦しさも思い出し鈴音は裏口から現れた男の腕を掴んで、哀願した。
「黙れ」
「あっ」
男が手の甲で鈴音の頬を打った。
強い衝撃を受けて、鈴音は倒れる。
「代償は貴様等の命でも足りん――」
兄の低い声が響く。
刀に宿る力で、龍壱は足に絡み付いていた影の動きを止めた。
もう1本の刀は、床に突き立てて炎を噴き上がらせる。
影を操る男が姿を現し、龍壱の後方から剣を振り下ろす。
龍壱は刀で剣を受ける。
「行かせ、ないっ」
若い男が、加勢に向かおうとする姿を見て、鈴音は男の足にしがみついた。
男は、鈴音を振りほどこうと、足を振り、壁に手をついて、鈴音の身体を蹴った。
「あっ、うっ」
唇をかみ締めて、鈴音は攻撃に耐える。絶対に放すつもりはなかった。
龍壱が放った炎が、少しずつこちらにも迫ってくる。
「どけ」
兄の声が耳に届いたその後に――若い男の絶叫が響く。
上半身が炎で焼かれている。
「皆、逃げて……。お兄ちゃんが道を開いてくれる、から……」
鈴音はそう言葉を発した後、男から手を放し意識を失った――。
もう、何も不安はなかった。
兄が傍にいるということだけで。
炎も犯罪者も怖くはない。
早く早く治療をしてあげたいのに。
ごめん、ごめんねお兄ちゃん。
沈む意識の中。
浮き上がろうと、鈴音は手を空へと伸ばしていた。
この手に掴みたいのは、兄の姿。
龍壱の身体だけ……。
* * * *
木造の天井が見えた。
夜だ。
月明かりが、部屋に淡く射し込んでいる。
ぼーっと天井を見ていながら、手に何も握っていないことに気づき、途端、鈴音は飛び起きた。
「お兄ちゃん……!」
ここが何処なのか。全て夢だったのか。
どこから何処までが夢だったのか……解らずに、ただ兄を呼んでいた。
「よかった、気がついたんだね」
現れたのは、優しそうな男性だった。医者のようだ。
「お兄ちゃん、は? 私と、一緒だった、よね?」
鈴音の言葉に、軽く眉を寄せて頷いた。
「ただ……」
「早く会わせてください! 私、治療できますから!!」
鈴音は叫ぶように声を上げていた。
龍壱は、血の気のない顔で龍壱はベッドに寝かされていた。
鈴音は転びそうになりながら近付いて、禁書術で龍壱を癒していく。
「ごめんね、ごめんね」
何度も謝罪の言葉を言いながら、涙を落としながら。
自分の命を兄に注ぎたいと思いながら。
魔法の力をなかなか受け付けない兄に、必死に魔法をかけつづけた。
「大丈夫。……もう、大丈夫ですよ」
しばらくして、共に龍壱の容態を見ていた医者が鈴音にそう声をかけた。
見れば、土色だった顔に赤みが戻っている。
だけれど鈴音は、魔法をかけることをやめることが出来なくて。
しばらくの間――疲れて倒れてしまうまで、ずっと。
ずっと兄に魔法をかけ続けた。
「ありがとう……だい、すき……っ」
覆い被さるように眠りに落ちた鈴音を、医者は動かさず。
軽く息をついたあと「お疲れ様」と言葉を発してその部屋を後にした。
鈴音が次に目を冷ましたのは、朝だった。
「おはよう」
同じベッドに横になっていた龍壱が微笑んでそう言い、鈴音の頭を撫でた。
優しく、愛しげに……。
* * * *
屋敷の残骸から、最低限の資料は押収できたそうだ。
こういったリゾート地に拠点を構えて、期間を定めて誘拐を行なっていた組織のようだ。
捕らえた少女達は、裏のルートで売り、売られた先で人体実験の実験体や奴隷となっていたらしい。
魔術に長けた頭領が実行犯も兼ね、荒稼ぎをしていたようだ。
助け出された少女達が次々に、龍壱と鈴音の元に礼に現れた。
事情聴取が続いており、龍壱と鈴音は、夏休みが終わっても学園に戻ることは出来なかった。
時間のある時には、2人で海に出た。
2人ともまだ少し弱っているから。
海には入らずに、ゴムボートにのって。
ゆらゆらと波に揺られてみたり。
浜辺でパラソルの下、遊ぶ人々を眺めていたり。
龍壱は淡い桃色のワンピースを一着、鈴音にプレゼントした。
鈴音は海辺で着るための薄い青色のシャツを一着、龍壱にプレゼントした。
ピンク色のワンピースを纏い、輝く笑みを見せる少女と。
青いシャツを着た銀色の髪の、壮麗な男性の姿は。
その島の人々の記憶に、深く刻まれた――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 専攻学名】
【mr0676 / 葉山龍壱 (ハヤマリュウイチ) / 男性 / 24歳 / 幻想装具学】
【mr0725 / 葉山鈴音 (ハヤマスズネ) / 女性 / 18歳 / 禁書実践学】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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なつきたっ・サマードリームノベル「真夏の2人(後編)」にご参加いただだき、ありがとうございました。
別々の視点で書かせていただきましたので、龍壱さんの方のノベルも是非ご確認下さいませ。
怖い思いをさせてしまい、すみませんでした。捕まっている人々を助けるとプレイングをいただいたため、被害者は皆無事に戻ることができました。ありがとうございます。
またお目に留まりましたら、よろしくお願いいたします。
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