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<東京怪談ノベル(シングル)>


アブないお土産
 その日、ローゼンクロイツは、朝から続いた会議を、昼過ぎになってようやく終え、やや遅い昼食を取っていた‥‥。
「ねぇねぇ、聞いた? 司令と総帥の話」
「聞いた聞いた! 司令へのラブレターでしょ? あたし、前々から、あの2人はアヤしいって、思ってたんだよねー」
 彼が所属する部署は、フリータイム制だ。その為、この時間帯でも、昼食を取っている『休憩組』は、意外と多い。隣で、話に興じている女性三人も、その一人のようだ。
「こらこら。その話は、一応極秘事項なんですから、むやみに話してはいけませんよ」
「あ、あら。ローゼンクロイツ様。聞いてらしたんですか?」
 大声できゃあきゃあと大騒ぎしている彼女達に、そう忠告するローゼンクロイツ。いかに内部とは言え、どこから情報が漏れるか判らない。
「こんな休憩室のど真ん中で話してたら、嫌でも耳に入ります。まったく‥‥、最近の若いのは‥‥」
「ローゼンクロイツ様、そのセリフ、ジジくさいです」
 女性の一人がそうツッコミを入れた事に、ローゼンクロイツは少しむっとした表情で、こう尋ねた。
「48のオジサン何ですから、それくらいいいじゃないですか。だいたい、守秘義務くらい、知らないわけでもないでしょう? 一体、何の相談だったんです?」
「いえそのー‥‥。あはははは‥‥」
 乾いた笑いを浮かべる女性三人は、彼から見えない様にこっそりと、今しがた読んでいた薄い本を、鞄の中へしまおうとする。
「ん? その今隠した本は‥‥」
「な、何でもないですっ。殿方には特にっ!」
 だが、それを見逃すほど、ローゼンクロイツは甘くはない。慌てる女性達。
「見せなさい」
「上司といえども、そればかりは勘弁して下さいよぉ」
 だが、そんな彼の態度にも、女性達は頑として譲らなかった。
「それに、女性向けの本ですから、ローゼンクロイツ様は、読んでも面白くないですよ」
 どうやら、どうしても見せたくはないらしい。しかし彼は、そう言われては、ますます読まずに入られなかった。
「いいえ。例え男性向けでなくても、今の若い女性達が、何を好んでいるのか、まだ、どう考えているのか、流行しているものなどを知る、非情に興味深い本です。是非、向学の為に見せていただきたいですね」
 若い女性も多い職場だ。上手くやって行くためには、その思考回路をつかんでおく必要がある。と、女性達は、こそこそと後ろ向きになりながら、こう囁き始めた。
「どーするー? ローゼンクロイツ様、一応内政総参謀長な訳だし、逆らうわけにも‥‥」
「でもぉ、総帥の直属でしょう? ぜーったい、あっという間に、知られちゃうって! 下手したら、コレもんだよ?」
 首を切る仕草をしきりにする女性達。その姿を見て、ローゼンクロイツは怪訝そうな表情をしながら、こう言う。
「そんなに総帥に見られてはまずい本なのですか? ならば、尚の事、見せてもらわないわけには行きませんねぇ‥‥」
 こっそり忍び寄って、それをひったくろうとした彼だったが、向こうも警戒した様子で、逆にしっかりと抱えなおす。
「あーっと。じゃあ、取引って事でいかがです?」
「この私に取引とは、良い度胸ですね。まぁいいでしょう」
 仮にも上司である自分に、喧嘩を売ろうと言うのだ。相当『いい根性』をしているなーと、ローゼンクロイツは思った。
「内容は?」
「今度の日曜日、手伝って欲しい事があるんですけど」
 と、彼女達から提示された条件は、以外にもごくシンプルなものだ。
「いったい、何を手伝えばいいんです?」
「はい。私達、とある場所に出掛けるんですけど、そこに同行して頂きたいんです。ほら、女ばかりで、物騒ですからぁ」
 てっきり、金品やら、部内昇進やらと、大げさなものを要求されるかと思っていたローゼンクロイツは、相手が複数でなければデートと言っても差し支えない状況に、持っていた手帳のカレンダーを開く。
「ふむ‥‥。待ってて下さいね。スケジュール確認しますから」
 ぱらぱらとめくる間、女性達は「ちょっとぉ。いいのー?」だの、「あの雰囲気に耐えられたら、見せるって方向で」だのと、悪巧みめいた会話を続けている。
「わかりました。日曜日ですね? スケジュールの方は、どうやら大丈夫のようです」
「では、よろしくお願いしまーす」
 オフ日である事を確認したローゼンクロイツは、彼女達の申し出に、快く応えるのだった。

 日曜日。
「うう‥‥。やっと終った‥‥」
「お疲れ様でした。助かりましたわ。これ、お約束の物です」
 差し出されたのは、『今日作ったばかり』と言う、薄い小冊子だ。
「ほほぅ」
「あーっ。今読んじゃダメ!」
 その場で開こうとしたローゼンクロイツに、女性達は『待った』をかける。
「何故です‥‥」
 活字中毒の彼は、本は読まずにいられない。不満そうな表情を見せる彼に、女性達はこう忠告する。
「今、女性の間では流行ってるんですけど、男性が読むのは変なんです」
「はぁ‥‥」
 よく判らないと言った表情を見せるローゼンクロイツに、彼女達はこう念を押した。
「約束ですから、渡しますけど、総帥や司令には、コレを作っている事は内緒ですよ? あと、見るときは、くれぐれも、ご自宅に帰ってからご覧になって下さいね。でないと、人格疑われますから、絶対ですよ?」
「はぁ‥‥。わかりました」
 何を警戒しているのだか判らないが、まぁせっかくだ。自宅でじっくり鑑賞するのも悪くはないだろうと、彼はそのまま、本を鞄の中へとしまうのだった。
 そして。
「ふむ‥‥。これがその、『女性達に流行っている』本か‥‥」
 自宅へ戻り、充分な休養を取ったローゼンクロイツは、翌日、自分の執務室で、昼休みの休憩を取りながら、貰ったその本を広げていた。
 その気になる内容はと言えば。

「や、止めろ‥‥っ。こんな‥‥所‥‥で‥‥っ」
 大理石の壁の、ひやりとした感覚が、司令の背中へとあたる。小さく呻きながら、何とかこらえた彼は、自身を押し倒した存在に、そう文句をつけた。
「いいじゃないか。裸の付き合いだ」
 だが、言われた総帥の方は、平然と笑い、耳元でそう囁く。
「こ、公共の場所‥‥なんだ‥‥ぞ‥‥っ。誰か‥‥見て‥‥たら‥‥、どうする‥‥っ」
 服の上から触れられて、吐息を乱しながらも、彼を突き飛ばそうとする司令。だが、その力は弱く、簡単に腕を絡め取られてしまう。

 と、こんな感じである。ごくごくノーマルな御仁であるローゼンクロイツは、その書かれていた内容に、あいた口がふさがらない。
(こ、コレはッ!!!)
 そう。それは、自分の上司二人をネタにした、通称『やおい同人誌』だった!
 一瞬、驚いた様子を見せたローゼンクロイツ、しかし、興味を惹かれて、姿勢を但し、そのまま真摯な表情で、熟読体制に入る。
 貰った本に書かれてあったのは、コミックや小説も含め、全てこんな内容である。しかも、総帥×司令ばかりではなく、司令×総帥と言う、逆バージョンも書かれていた。
(なるほど、これだから、あの娘達は、見せたくなかったんですね‥‥)
 確かに、こんな本を当人達に見せたら、激怒するに違いない。特に、片方は堅物で真面目すぎると有名だ。
(それにしても‥‥。何を考えているんだか‥‥。いやいや、本人達は楽しんで書いているのですから、感想文の一つでも送ってあげるのが、礼儀でしょうね)
 一瞬、呆れるローゼンクロイツだったが、そう思いなおし、ペンと便箋を手に取る。
「ねー。ローゼン様から、私信が来ちゃったんだけどー‥‥。どうする?」
「新刊案内でも送っておけばー」
 その手紙を貰った女性達の間で、彼もまたネタにされていると言うのは、本人の与り知らぬ所だ。
「ふむ。他にも色々あるんですね。全部、読んでみましょうか‥‥」
 送り返されてきた案内状にあった本を、一通り購入してしまったローゼンクロイツは、全てを熟読して、大笑いをしながら、ぽんと手を叩いた。
「そうだ。少しあの娘にも、持って行って上げましょう。もしかしたら、少しは女性らしさを磨いてくれるかもしれないし。それに、あの娘達、楽しそうでしたしね」
 ちょうど、仕事の関係で、姪のいる街へ向かう事になっていた彼は、それらを全て鞄に詰める。
「叔父様ってば、一体何を考えていらっしゃるのかしら‥‥」
 だが、貰った姪の方は、その処分に頭を抱えてしまった事を、彼は知らなかった‥‥。