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<東京怪談ノベル(シングル)>


《ファーストコンタクト》
 地が死に、人も死に、人の心も死んでしまった、あの審判の日。
 人々はすがるものもなく、ただ呆然と立ちつくすしかなかった。
 その青年の心も、また荒廃した世界に侵され、絶望の淵にいた。自分一人では何も出来ず、立派な医療器具と高価な薬無くして人も救えない事を嘆き、医師とは何たるかを悶々と考える日々であった。
 そんな中、一人の男が故郷に戻って来た。
 EU軍でサイバーコマンド部隊を率いていた男で、EU軍における最初のオールサイバー被験者。オールサイバーのプロトタイプたる高性能の義体を持ち、戦地を駆け回っていた。
 長身に栄える、輝くブロンドヘア。そして若い頃のままの姿で止まった、美貌。彼に従い、サイバー部隊の多くのオールサイバー達がベルリンに帰還し、復興を始めたのだった。
 兵士も人民も、彼に輝ける未来を見た。

 2043年。
 ベルリンにある軍事大学の医学部を卒業したエルンスト・ローゼンクロイツは、医学部卒業後大学院に入り、そのまま助教授として教鞭をとっていた。精神医学を専攻とする彼は、戦争が激化するにつれて自分のような医師が必要とされるのを感じ、この戦いの悲しさを痛感していた。
 精神科医を目指して軍事大学に入ったからには、決してローゼンクロイツとて希望に満ちた明るい未来と職場が待っている、とは思って居ない。エリート揃いのベルリン大学に足を踏み入れたローゼンクロイツは、そこで一人の男と出会った。
 彼はローゼンクロイツよりも二つ年上で、親も祖先も高い地位にある軍人であった。人もうらやむ、エリート中のエリート。いつも余裕のあるそぶりのくせ、成績も優秀であった。
「戦地にあっては、血筋なんか関係ないさ」
 と、嫌みをローゼンクロイツに言う友人も居た。彼は何故か、それ以降どんな苦境にあっても、その余裕が崩れる事は無かった。いつでもどんな時でも“何とかなる”と、その余裕たっぷりの仕草と口調で仲間に言い続けた。
 不思議な事に、彼がそう言うと、何となくそんな気がしてくれるのだからおかしな話だ。また、何とかなると言われると、周囲の仲間も何とかしなければ、と必死になったし、そういう気分になれた。
 あいにくと、ローゼンクロイツが直接彼と離す機会はあまり得られなかったが、そのうちに彼は戦地へと旅立っていった。
 戦争が激化する中で、ローゼンクロイツが再び彼の名前を耳にしたのは、サイバーコマンド部隊が編成された時であった。オールサイバー兵の研究において遅れをとっていたEU軍が、脳と脊髄以外のすべてを機械で補った人間、オールサイバー部隊の投入を考えていたのは知っていたが、まさかその第1号が彼だとは思わなかった。どういう心境に経緯で彼がその被験者となる事になったのかは分からない。
 やがて彼は、オールサイバーの兵士で編成された部隊を率い、戦地に赴いた。機械で出来た兵士の戦力はすさまじく、スピード、機動力ともにMSを凌いでいた。特に格闘能力、射撃能力の優れた彼らは、それぞれ強力な武器を手に、次々と敵部隊を撃破した。しかし戦いが激化していくと、彼らも苦しい戦地に配属されることが多くなった。

 そうして、世界は神による審判の日を迎えた。

 天災、それにともなう二次災害、天候と地形の激変。
 何が起こっているのか把握する術もなく、しばらくの間は待ち続けたと思う。やがて世界中が破壊されている事をようやく知った人々は恐怖し、混乱に陥った。空は厚い粉塵で覆われ、気候の変化はヨーロッパを凍り付かせようと冷たい風を送り込んだ。
 ベルリンは、崩壊していた。
 ベルリンの軍事大学病院の窓から覗く光景に、ローゼンクロイツの頬から涙が流れていく。見回り中である事を忘れ、彼はその場に立ちつくした。医学部とはいえ軍に所属する彼は、仲間からの情報を得て知っている。‥‥いや、軍人でなくとも、少しばかり知識豊富な市民なら気づいていた。これから、ヨーロッパに寒波が訪れる事を。そのとき、ローゼンクロイツは‥‥仲間はどうしたらいいのだろうか。どうやって、凍り付くような寒さから身を守る?
(あのまま死んでいれば、良かったのに)
 患者の一人が、つぶやいていたっけ。
 ぼんやりと突っ立っていたローゼンクロイツの耳に、無線機から響く声が聞こえた。がなり立てる仲間の声は、ここに歓迎されざる侵入者が訪れた事を伝えている。
 ローゼンクロイツが見下ろした窓の下に、人影がいくつか蠢いており、それらは黒光りするものを持っていた。
(‥‥何てことだ‥‥)
 一番安全が守られていなければならない、軍事大学の病院に侵入者とは。
(一度ならず、二度までも)
 いや、これで何度目だっただろうか。ローゼンクロイツは、自嘲するように笑みを浮かべた。
 侵入者は、医薬品や医療器具、食料などを奪おうと、敷地内にトレーラーを乗り入れていた。ローゼンクロイツがセキュリティルームに到着すると、仲間の医師の何人かが監視カメラを睨んでいた。
「‥‥くそっ、やりたい放題だ」
「どんな状況ですか」
 ローゼンクロイツが聞くと、仲間は首を振った。ここに残って市民を守ろうという、志ある軍人は、もう僅かしか残っていない。善意も正義も、崩壊してゆく世界のただ中では無意味だった。
 ぽつん、と影が映る。廊下を歩く小さな少年の影が映った。ローゼンクロイツが声をあげる間もなく、少年は乾いた銃声の前に倒れ伏した。
 その憤りを、ローゼンクロイツは拳を握りしめ、歯を食いしばる事でしか解消出来なかった。神は、良き者だけを殺して、悪しき者を残したのですか?
「私はこんな事‥‥見ていられない‥‥!」
 ローゼンクロイツが部屋を飛び出そうとした時、一本の無線が届いた。どこかで聞いた声。あの、凛とした余裕のある口調。

 ‥‥聞こえるか? こちらはEU軍オールサイバー兵特殊部隊隊長である。これから侵入者の鎮圧を行う。所員は速やかにセキュリティルームに避難するよう求める。‥‥五分で済む。

 言葉通り、五分で外から聞こえる物音は無くなった。
 セキュリティルームに入って来た彼の腕には、あの少年が抱えられていた。そばには若い兵士が付いており、少年の様子をうかがっている。弾は貫通しており、少彼らサイバー部隊の予備医療器具を使えば少年命は助かるだろう、と告げた。
「‥‥サイバー部隊‥‥何故ここに?」
 仲間の一人がふるえる声で聞く。
 彼は、あの時と変わらぬ冷静な表情のまま、答えた。
 我らは祖国を、市民を守るためにあるからだ。戻ってきて、迷惑だったか?
 そう言うと、彼は微笑した。

 彼が連れていたサイバー兵士は、数十名だった。これは各地で回収したオールサイバー兵士も含まれているという。サイバー兵とサイバーメンテナンスの支援要員、その他合わせて二〇〇名弱といった所だろうか。
 仲間が館内の見回りに向かった後、ローゼンクロイツはセキュリティルームに残っていた彼の元を訪れた。彼は赤毛の男と二人、何かを話していた。ローゼンクロイツが声を掛けると、彼らは振り返った。彼らの来ている軍服は、あちこちすり切れ、汚れていた。どれだけの時間と労力をかけて、ベルリンまで戻ってきたのだろう。
「せっかく戻って頂いたのですが、ここもひどい有様です。その上、寒波はもっと厳しくなります」
 ローゼンクロイツは、彼に言った。
 しかし平然と彼は、寒波を凌ぐ方法も考えているから、まずベルリンの治安回復を優先しようと言った。余裕たる彼の言葉に、そばについていたサイバー部隊の赤毛の男も反論した。まず自分達には武器が無い、と。武器は使えば無くなっていくものであり、生産しないかぎり弾は減っていくばかりだ。
 そんなローゼンクロイツ達に、彼はすうっと腰に差した剣を掲げてみせた。機械の体の自分達が使えば、この剣も銃のかわりになる、と。
「‥‥それは素晴らしい。俺が君主だったら、お前にナイトの称号を与えたものを」
 赤毛の男が冗談まじりに言った。ナイト? と、彼は小さくつぶやくと、黙りこんだ。怪訝な表情で彼を見つめる、ローゼンクロイツと赤毛の男。すると、しばらくして彼は明るい笑みを浮かべて二人を見返した。
 彼が言った言葉に、ローゼンクロイツは呆れかえった。この絶望の中で、そんなに明るい笑顔をたたえて、そんな建設的な意見が言えるなんて。
 彼は、自分達が苦しむヨーロッパの人々を守ろう、と言った。人々を守る騎士<ナイト>になればいい、と。鋼の体と鋼の意志で、世界を守る。彼はそう言った。

 彼が本気でそんな事を言っているのか、ローゼンクロイツには理解出来なかった。しかし、本当に彼はサイバー騎士をベルリン市内に配置し、町の人々を野党から守り、そして寒波に備える為に、かつて気象管理システムについて研究されていたというアムステルダムにサイバー兵を派遣した。
 彼の行動力には、ローゼンクロイツも舌を巻くばかりだった。不思議と、彼がそう言うと、うまくいく気がしてくる。ローゼンクロイツは彼を手伝い、ベルリン市内を駆け回った。
 どこに居ても優雅な彼の姿は、荒廃したベルリン市内にひときわ浮いて映る。その優雅な物腰と鮮やかな剣裁きで、野盗を薙ぎ倒す様は、人々の希望の的となった。
 あなたになら、ヨーロッパが助けられるかもしれない。ローゼンクロイツも、彼に希望を見つけた。
 お前には、戦略家としての素質がある。ローゼンクロイツ、これからも私を‥‥私の作る騎士団を支えてくれないか。
 ある時、彼がそうローゼンクロイツに言った。
 医師としての職務も続けていたが、ここ最近ローゼンクロイツは彼のサポートをする事が増えていた。次第に復興に向かうヨーロッパの姿に、彼はこの職務のやりがいを感じていた。しかし、医師としての仕事も彼には捨て切れなかった。
(私は医師として、人々の心と体を救っていきたいと思っている。それは今も昔もかわらない)
 しかし、騎士団を作るという彼の言葉に、希望を感じていた。その希望を作る役目を、やりたかった。何より、人々が救われる為には、一刻も早く治安が回復する事が第一である。
 悩むローゼンクロイツの視界に、あの時、彼に助けられた少年が映った。あれから彼は体の半分を機械化し、命を取り留めていた。
 少年の顔に浮かぶ笑顔。それは、少年が助かったからこそ見られるものではないのか。ローゼンクロイツは、ゆっくりとベルリン市内に視線を向けた。
 それが、人々を救う道ならば‥‥。
 ローゼンクロイツは、ゆっくりと歩を彼の元へと向けた。


■コメント■
 どうも、立川司郎です。これを読む頃には、最終回リプレイが届いているでしょうか。
 例によってシングルノベルでは、他キャラの名前を出す事が出来ないので、「総統」とか「彼」という表記になっています。カールレオンは元EU軍のサイバーコマンド部隊隊長なので、軍の大学に進んだと思われます。ですからローゼンクロイツも、軍の医学科に進学した事にしました。
 まあOMCは基本的にMTと接続しない、という方針なので好き勝手してもかまわないかと思います。