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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


GOLD RUSH GHOUL 1 前編
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昼間からカーテンが引かれた部屋は薄暗い。仕事のためだけに借りたと思われる部屋は、家具が置かれているものの人の生活臭がしない。部屋に人が生活していないのは、むき出しのままテーブルに置かれたグラスのコップ以外、食器が見当たらないことでも予想がついた。
そこへと続く小部屋で顔を合わせた二人の青年……白人と東洋人だ……は、挨拶の言葉も交わしてはいない。明らかに同業者だろうと、お互いを頭のてっぺんから爪の先まで観察して判断を下している。目的もわからないのに、無闇な詮索も自己紹介も必要なかった。
「ここに来ている以上……承知しているとは思っているが。本題に入る前に、一つ確認しておきたい」
椅子に腰掛けて足を組んだ男は、両手の指先を重ね合わせながら重厚な声音で空気を震わせる。年の頃は50前後だろうか。きちんと手入れされた口ひげに、生きてきた年月を思わせて顔には深い皺が刻まれている。多くの修羅場を潜ってきたというよりは、組織の中で年月を重ねてきた者特有の、落ち着きと静けさを湛えていた。
子爵と名乗る男の瞳が捉えたのは、火の無いタバコを口の端に銜えた、整った顔立ちの東洋人だった。
「私は君たちの身分を問わない。それは同時に、君たちにも割り切った姿勢を求めているということを了解してもらいたい」
主として東洋人……真咲水無瀬に向けられた台詞は、スパイや密告を用心しているものらしい。
「こうして会見している以上、何かがあったときの言い訳にはならない。もしも……」
「うるせぇな」
説いて聞かせるような子爵の台詞を、短気に真咲は遮った。キレイな顔に似合わず、どうやら激しい性格をしているらしいと、隣で我関せずな素振りを装っていた金髪の青年……ケーナズ・シュミットが口元を緩めた。不機嫌そうに眉を寄せて、真咲は吐き捨てる。
「細かいことをゴチャゴチャと。give and takeと言いたいんだろう。バカじゃないんだ、こっちだって心得てるさ。後先考えずにチクるようなマネはしない」
「無論、疑っているわけではない」
目を細めて、すぐに子爵は引き下がった。
「ただ、確認しておこうと思ってね。軽率な行動を取れば、後で大変なことにもなりかねない。そのことだけは、しっかり分かっておいてもらいたいと思ったまでだ」
余裕のある口ぶりだった。密告されたところで、困るのはそっちだ、と言外に態度が表している。
「話は聞いていたと思うが」
「ああ。ええ、聞いてたよしっかりと」
子爵に話を振られて、ケーナズは何度か頷く。人を食った態度だったが、子爵は何も言わずに椅子に座り直した。
「これが街と周辺の地図だ」
小さなテーブルに広げられた縮図を示して、子爵は話し始める。
「金塊を乗せた車は、山間のこの屋敷から……」
と、指が街の西方に位置する山並みを叩く。
「街を突っ切って荒野へと出る。その護衛の物々しさは、軍や政府が行う運搬の非ではない」
金塊を運んだ軍用オフロードは、十数人からなる私兵にガードされる。私兵といっても、パワードプロテクターやオールサイバーで編成された一騎当千の強豪たちだ。
「襲われることを警戒しているんだな」
形のいい顎に手を当てて、ケーナズが言葉を漏らした。アイスブルーの怜悧な視線は、地図の上を辿って正確にルートを計算している。
「商店街に、露店通り……流石に政府機関には近づいてないか。引き止められるのを用心してるんだろうな、これは」
「なるほど……人通りが多い街中では手出しも難しいというわけか」
了解も得ずに真咲が銜えていたタバコに火をつける。ケーナズも真咲も、一般人が見たらすぐに匙を投げそうなこの状況にあって、少しも怯んだ様子は無い。実力と経験に裏打ちされた自信が、彼らの落ち着きを可能にしているのだ。
「で?計画実行はどこで?」
子爵の指が、ルートを辿って街を出、荒野で止まる。街からあまり離れては居ないが、異変に気づいて人が駆けつけてくるまでには十分の時間が取れる位置、だ。
「なるほどね」
さして興味もなさそうに真咲が相槌を打ち、ケーナズも肩を竦めた。
「雇い主が決めたことなら、文句は言わないけどね。ま、とりあえず、俺はもう少し独自に調査をさせてもらうぜ。成功報酬がもらえなくちゃ、ワリに合わないからな」
「君たちの働きに期待している」
浅く頷いて、子爵は組んでいた手を離した。
それが、彼らに退出を促す合図だった。


□―――ケーナズ・シュミット&真咲水無瀬
運が悪かったよなぁと、自分の行いは棚に上げてケーナズは我と我が身を嘆いた。数週間前、彼が出会ったのは誰もが思わず振り返るほどのいい女で、豊満な肉体を黒いドレスに包み、唇ばかりが赤かった。
綺麗な薔薇には棘がある。つまり、ケーナズを散々弄んで多大な金をくすねたあの美女は、とんでもないいい女だったということだ。娘が聞いたら眦を吊り上げて激怒しそうな楽天的な発想である。
(まあ、さすがに旅館の金に手をつけたのはまずいと思っているさ)
あるかないかの罪悪感と、それにも勝る娘のお仕置きへの恐怖から、ケーナズは自主的に使い込んだ財政の補填を試みているのだ。
調べによると、敵は十数人から、二十数人で編成された私兵部隊。生身で参加している兵士は少なく、殆どがPP(パワード・プロテクター)、もしくはケーナズと同様AC(オール・サイバー)である。滅多に遭遇できないAC同士の戦闘の予感に、ケーナズは高揚した気分を抑えきれない。
とはいえ、今回の事件、絡んでいるのはクロムウェル家である。近年急速に力をつけてきたマフィアだが、徹底したやり口と非情に徹する行動は、ケーナズにですら慎重さを促すほどだ。
子爵との面会を済ませたケーナズは、その足でクロムウェル家の屋敷に向かっていた。日はやや傾きかけており、長い影が石畳を暗く染める。
仕事をするらしいケーナズの微妙な気配を感じ取ってついてきた水無瀬は、整った眉を訝しげに寄せて問いかける。
「何をするつもりだ?」
「情報収集だよ」
ポケットに手を突っ込んで、ケーナズは人通りのある通りの店先で立ち止まった。
「見るがいい。右後方だ」
「……?」
「大きな屋敷があるだろう?」
喋りながら、手を伸ばしてマガジンラックに乱雑に突っ込まれた雑誌を取り上げる。怪しまれない程度の間を空けてそれにならった水無瀬は、鏡に反射する背後の景色を確かめて、「ああ」と返事を返してきた。
黒い屋根に白い壁の対比が美しい、昔ながらの建物である。白い壁がぐるりと屋敷を囲み、黒い鉄柵に閉ざされた門の向こうには、ボディガードらしい黒服の男たちがちらちらと覗く。
「クロムウェルの館、か」
「そのとおり」
ケーナズが開いたのは銃に関する雑誌だったが、視線はそこに落ちていても、意識はそこへは向いていない。案の定、しばらく雑誌を立ち読みしてから、再びケーナズは水無瀬に声をかけてきた。
「この角を曲がると、カフェがある」
「……ああ、ある」
小さな店だ。人通りが多い石畳に、折りたたみのパラソルがついたテーブルを出して、行き過ぎる客を引き付けている。
「あそこに一人で座って、新聞を広げている女性がいるだろう」
銀の髪をした細身の女だ。水無瀬が頷くと、ケーナズは「彼女も、クロムウェルのことを調べているみたいだな」と含み笑った。言われて水無瀬が注意してみていると、確かに彼女は泰然とした態度ながら、クロムウェルの屋敷を気にしているようだ。
折りしも、使用人のために作られたらしい小さなクロムウェル家の勝手口からは、小柄な少女が出てきたところである。
ケーナズは雑誌から視線を上げて、目だけで使用人らしいその少女を示した。
「俺は、あのお嬢さんから情報を引き出す。お前は、あっちの銀髪のレディに声をかけてみるってのはどうだい?」
「……そういうのは、あんたの方が得意なんじゃないのか」
その通りなんだが、とてらいもせずにケーナズは認めた。
「生憎、体が一つしかない。ほら、彼女が行ってしまうぞ」
仕方なく了解した水無瀬は、ケーナズと別れてカフェへと向かう。それを見届けるまでもなく、ケーナズは使用人の女を追って歩き出していた。

□―――ケーナズ ・シュミット
どこか急いた様子で、クロムウェル家から出てきた女はあまり人気の無い通りを歩いていく。屋敷から十分離れたのを確認して、ケーナズは足を速めた。
痩せ細った女の背中を追いかけ、追い抜きざまにさりげなく肩をぶつける。
「おっと」
「きゃっ!」
強くぶつかったつもりはなかったが、がりがりに細った女は、ケーナズにぶつかってバランスを崩した。体が宙に泳ぎ、背中が塀にぶつかる前に、慌てて伸ばしたケーナズの腕に支えられる。
「すまない、不注意だった」
半分本気で謝りながら、ケーナズは女の顔を覗き込んだ。ぶつかったのはわざとだが、こうもあっけなく吹き飛ばされるとは思っていなかった。ギリシャ彫刻もさるやのケーナズの美貌に一瞬はっと息を呑んだ女は、いえ、と短く呟いてケーナズの腕から逃れる。その首筋が赤く染まっている。これなら大丈夫だ……と、豊富な女性経験から、ケーナズは結論を導き出した。
少しくらい突っ込んだ質問をしても、彼女は警戒して人を呼んだりはしない。
(人を呼ばれたところで、逃げ切れる自信はあるし)
ぬけぬけと考えて、ケーナズは多くの女性を魅了する笑みを浮かべてみせた。
「俺も余所見をしていたのがいけなかった。怪我はないかい?」
「だ、大丈夫です」
答えながらも、彼女はそわそわしている。しきりに道の先を気にするので、ケーナズは首を傾げた。
「急いでいるのか?引き止めちゃまずいかな」
「いえ。あの、お客様が来ていらっしゃるので」
早く帰らないといけないんです…と最後のほうは小声になる。ふぅん、とその情報に食いつきたくなる気持ちを抑えて、ケーナズは相槌を打った。
「荷物は、たくさんなのか?」
「え?……あの」
「どうかな。君が忙しいなら、買い物する間だけでも一緒に居るってのは。荷物が多いなら、俺が荷物持ちを引き受ける」
躊躇っている少女に漬け込んで、ケーナズはさっさと歩き出した。

「大事な客なのかい?君みたいな女の子を一人で買い物に行かせるなんて」
「ご主人様のご家族がいらしてるんです」
少し躊躇ってから彼女は答え、それ以上会話を続けるつもりがないことを示して口を噤んだ。どうやら、使用人に至るまで、口止めが徹底しているらしい。
(家族というと……やはり、ミケーレかオリヴァーかな)
クロムウェル家が何人の血縁を抱えているのか知らないが、実質名前が知られているのは、「クロムウェル三兄弟」だ。長男のミケーレ、次男のコラードに三男のオリヴァー。次男のコラードは殺されているから、残るのは長男か三男坊だけである。
「あの屋敷は、クロムウェル家だろう?」
少しずつ打ち解け始めていた少女の足が、その言葉でぴったりと止まった。
しまった、功を急ぎすぎたかと舌打ちしたくなったが、口に出した以上は食らいついていくしかない。優しげな瞳の中に人を見通す力を湛えて、ケーナズはがりがりに痩せた女の、ますます青ざめた顔を見下ろした。
「クロムウェルが動き始めたと噂にもあがっているくらいでね。屋敷がにぎやかなのは、そのせいか?」
ただの軽薄な美男子だと思っていたケーナズに突然詰め寄られて、使用人は抱えた荷物を強く抱きしめた。まるでそれが、唯一のよすがだとでもいうようだ。
「あの一族とは、係わり合いにならないで下さい」
真っ青を通り越して蒼白になって、彼女はケーナズに訴えた。迷惑だ、と言っているのではない。そこに表れているのは、純粋な恐怖だ。決してしてはいけない禁忌を冒す者のように、彼女は正体のわからない何かに怯えている。
「……何故そんなに恐れる?」
答えは無かった。毟り取るような激しさで、ケーナズの手から買い物袋が奪われる。
「あっ、おい」
泣きそうな様子でひきつった表情を見せた女は、ケーナズを振り返りもせずに駆け出した。
一歩、二歩と追いかけるが、角を曲がった先はクロムウェル家の塀が聳えている。女の影は、小走りに曲がり角へと消えていった。


□―――ケーナズ・シュミット&真咲水無瀬
「で?誰だったんだ、あの銀髪の美女は」
「俺が知るかよ」
不機嫌に言い返して、水無瀬は腕を組んだ。予め決めておいた集合場所に現れたケーナズは、妙にすっきりした顔をしている。
「なんだ、何もわからなかったのか」
「……――そっちこそ、何か収穫はあったのか」
あっけらかんと指摘されて、むっとして言い返した水無瀬に、ケーナズはニヤリと笑ってみせた。
「金塊を乗せたグイードの車は、午前8時に屋敷を出発する。そのまま街を通り抜けて、10時には街の外に出る予定らしい」
カワイコちゃんに聞いたんだよと、ケーナズは手のひらで自分の頬を撫でた。
「しつこく張り込んで、クロムウェルに勤めるメイドから聞いたんだ。グイードの屋敷には通いのお手伝いさんしかいなくてね。それも週一回、決められた時間に掃除をして帰っていくだけ。おばあちゃんだからアレだろう?」
クロムウェルの屋敷で、うまく彼の言う「カワイコちゃん」を捕まえて、情報を聞き出してきたのだろう。その手際の良さは感心する。感心するが。
「年齢が情報収集になんの関係があるんだよ」
「やはり若いほうがいいだろう。色々と具合が」
「何の具合だ!」
それはともかく、情報を得てきたことには変わりがない。軽いことを言っているが、実際はクロムウェル家で情報を聞き出した時点で、タイムアップになったのだろう。確かに、週一で通いの家政婦が情報を持っている可能性は少ない。
「それで?もう一人のカワイコちゃんは?」
「は?」
「コーヒーショップに居たコだ」
「ああ……また逢うこともあるかもしれない、と言っていた」
誰だろうな、と肩を竦めて、まぁ…とケーナズは空を仰いだ。
「判断は『子爵』に任せるさ」
「……『悪魔』の噂は聞いたか?」
考えた末に、結局肩を揃えて歩き出しながら、水無瀬は隣のケーナズに尋ねた。長い髪をさらりと振って、まぁなと低い声が答える。
「一般人に犠牲を出すことを厭わない男だと聞いた」
「おまえが言いたいのは、つまりこういうことだろう?」
薄く笑みを浮かべて、ケーナズは水無瀬を振り返る。
「やつらは、子爵ほど紳士じゃない。街中で強引に金を奪うこともありえる、と」
首肯して、水無瀬は薄暮と埃に沈んだ街を眺める。
「あの女の口ぶりからすれば、十分ありえる話だ」
暗灰色に沈んだ街は、どこもかしこも影になってぼやけている。まるで先の見えない未来のようだ。これが未来を示唆しているなら、俺たちの将来も明るくはないなと、馬鹿げた考えが胸を過ぎる。
「血の海のようだな」
彼の傍らで、どこか不敵にケーナズが笑った。




CONTINUE??

⇒YES / NO





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 】
 ・0084 / ケーナズ・シュミット / 男 / 52
 ・0233 / 白神・空(しらがみ・くう) / 女 / 24
 ・0139 / 真咲・水無瀬(まさき・みなせ) / 男 /20

NPC
 ・「子爵」:金塊のもともとの持ち主の為に、グイードから金を奪い返そうとしている。
 ・オリヴァー・D・R・クロムウェル:通称「悪魔」。グイードに裏切られ、金塊を奪われたコラードの弟。目的の為に手段を選ばない。
 ・グイード・デ・ボーノ:数年前、クロムウェル家を裏切り、とある政治家から奪った金を独り占めして逃げたコラードの腰巾着。

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました!
遊んでいただいてありがとうございます。またしても楽しませていただきました。
自分ばっかり楽しんでどうするのか(本当に)。そんなわけで、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
今回アクションシーンなくてすいません…(小さくなる)
次回は実際に金塊強奪です。アクションシーンもバッチリです!(どの口が言うか)
色々なところでお世話になっていますが、またよろしく遊んでやってください。
ではでは。

在原飛鳥