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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


快楽殺人者

 雨が降っていた。
 薄暗く空を染めた雲から、何もかも洗い落とすかのように降り頻る雨が。
 黙したままの五人の頭上にも雨が降りかかる。
 そして、石畳の上の血を、洗い流すかのように。




                      ≪ 快楽殺人者 ≫




●Auftrag Beginn
 年の頃は二十代半ばと言うところか。とは言っても、外見だけでは実年齢がわからない世の中だ。
 その、どこはかとなく艶のある顔を見せる青年が、ふぅっ、と、煙草の煙を吐いた。
「快楽殺人、か。‥‥悪趣味だな」
 言葉に嫌悪を隠さずケーナズ・シュミットは掃き捨てるように言った。
 許せない、という思いは勿論ある。まぁ、この犯人を捕まえた時に出る報奨金も目当てだが。ちゃんと出る事は既に確認している。
「本当に、許せないよね‥‥」
 一風変わって、六歳頃の少女が自分の腕をぎゅっと握りながら呟いた。
 プティーラ・ホワイト。
 探す事も、戦う事も得意ではないが、残虐な殺人者を野放しにさせておけない、という強い気持ちが、この依頼に引き受ける事を決心させた。
 この街でそのような悲劇を生み出す事は、させない。
(「せっかく、みんなががんばって復興させたんだから」)
 そのような狂気を脅かされていい訳が――ない。
「そう、そんな輩を放って置く訳にはいきません」
 夕暮れの陽を眩しそうに見しは、御影・涼。
 残された家族の想いを考えれば、絶対に許せない。かような相手など――容赦する必要はない。
 腐れ縁のウォルフ・シュナイダーに、遺族から依頼が来たので、一緒に調査する事となったが、ウォルフ以外にも何人か来ていた。
 涼はふと、仲間を見渡して確認してみる。
 若く見えるオールサイバー、少女に自分。そして最後に、こちらもオールサイバー。少年のように見えるが、実年齢はもっと高いのであろう。
 彼は、治安維持も連邦騎士の役目、という事で来たようだ。
「さて、早くこの事件を解決させましょうか」
 最後の一人――クリストフ・ミュンツァーがそう言って、事前に用意したらしい、この街の地図を取り出した。

●auf die Karte sehen
 とあるホテルの一室。
 きゅっきゅっ、と、音を立てながらケーナズが地図に赤いペンで印をつけていく。
「ふぅ‥‥。真夜中の狩人の狩場はこれほどあったのか」
 犠牲者が発見された場所に赤い丸が地図につけられていた。踊るように地図を彩る赤丸の数に、ケーナズは小さく呻いた。
「あとは、時間も書きましょうか」
 クリストフが手元の書類を眺めながら、次々と死亡推定時刻を述べる。連邦騎士と言う立場があった為か、そういった事件に関わる資料はあっさりと入手できた。
「被害者同士には何らかの関わりは見えないのですよね‥‥」
 呟く、クリストフ。
 老若男女と、無差別に被害者を選んでいる事から、ただの通り魔的犯行だというのは簡単に推察できる。行方が知れなくなった時間と、死亡推定時刻との時間的ずれ。その事から、出会い頭の犯行ではなく、拉致されてから犯行現場に運ばれているのだろう。
「まぁ、これで、ヤツの行動範囲は絞れただろう」
 ケーナズが満足そうにテーブルの上の地図を見下ろした。
 犯行現場は一度たりとも重なってはいない。一度使った狩場は、警戒が強くなる為であろうか。それとも、ただの自己満足か。
「どちらにせよ、ヤツは普通の人間ではないだろうな」
 そう呟きながら、ケーナズは己の顎に手を当てる。
 精神的な面は勿論だが、通常の人間でない可能性がある。エスパーかも知れないし、彼らのようなオールサイバーかもしれない。
 死体の状況からすると、一般人でも可能な犯行ではあるが。
「ねぇねぇ、ここってマンホールあったんじゃないかな?」
 プティーラが、ふと気づいたかのように赤丸の一つを示した。
 この場所は記憶に新しい。何せ、つい先程通った地点なのだから。
「ちょっと調べてみようよ!」
 そのプティーラの言葉に、オールサイバーの二人はなるほど、と、いった面持ちで頷いた。

「あ、ここにもあった」
 マンホールを見つけ、プティーラが声をあげた。現場の地形的共通項――特にマンホールの有無に注意して調べていたのだ。
 まだ半分も制覇していないが、どの犯行現場にも、近くにマンホールがあった。
「これで、決まりだな」
 確信したような声で、ケーナズが言った。
 犯人は下水道を利用して、移動している。
「無差別のように見えて、こういう犯罪を起している人は、きちんと安全な逃走ルートを考えているからね」
 えっへん、と、自慢気に腰に手をあてる、プティーラ。
「では‥‥これから私は現場の周りを散策しますね」
 上着を脱いで、下に来ていた私服姿を見せる、クリストフ。
「どうするつもりなの?」
 その様子を不思議そうに、プティーラが尋ねた。
「割と、この手の犯人は現場に戻るものですから」
 どうやら、クリストフはそういった者がいないか、観察するつもりのようだ。ついでに己を囮として行動するのも兼ねているらしい。
「だったら、その格好はいささかまずくはないか?」
 じろりと、ケーナズがクリストフの姿を上下に見回した。
「え‥‥? そうですか?」
 自分でごく普通の、目立たない衣服を用意したつもりなのだが。何がいけないのだろうか。
「女装するのだな。少年より、か弱い少女の方が囮として適切だろ?」と、ケーナズ。
「えぇぇぇっ?」と、驚くクリストフ。
「プーの服、貸してあげよっか?」と、プティーラ。
 サイズが合わないだとか、プティーラの方が適切だとか、女の子を危険な目にあわせるわけにはいかないとか。すったもんだを繰り返した挙句、クリストフは‥‥。

●Leiche
 遺体を前にして、ウォルフは言葉漏らす。
「ふむ‥‥これは酷いものだな」
 遺体安置所。
 世渡り上手で培ったコネを使い、涼を連れて被害者の遺体を見せてもらっている。
 何かわかるか、と、ウォルフは涼に声をかけようかと思ったが、やめた。彼が真剣な瞳で遺体を見ていたからだ。
「見事なまでに即座に致命傷に至らず、出血が酷い部位のみを切り刻んでいますね」
 手首、喉元、大腿部。いずれも、太い血管が通っている部位だが、切られただけではすぐに死に至らない。だが、放置しておけば、簡単に出血死してしまう。
 傷口から相手の背格好を予測しようとしているのだが、被害者は縛れらて横にされているか、腰掛けた状態で傷つけられている為、なかなか思うようにはわからない。
 推測だが、中肉中背、というぐらいか。体格の割に筋肉質かもしれない。手足にあった、強く残された痣を見て涼は思った。
 これ以上の事は時間をかけねば、難しいだろう。
「ですが、無駄に時間を費やす訳にはいきません」
 最低限の必要な事はわかった。後は、犯人を捕らえる為にもっと情報を集めるのみ。

 今度は現場に場を移す。
 静かに目を伏せ、辺りに漂う残留思念の流れをつかもうとする、涼。
 意識の手をやんわりと広く、伸ばす。
「‥‥」
 ゆっくりと瞼を開ける。
「ん? ‥‥どうした?」
 ウォルフが声かけるが、涼の瞳は虚ろなまま。
「痛い‥‥」
 両の腕を己で抱きしめるように掴む。
「痛い、痛い、イタイイタイタイイタイ、いたい‥‥苦しい‥‥」
 この場に残されたココロ。
 死へと向かう苦しみ。怖れ。痛み。
「おっ‥‥おいっ!」
 虚無へと至る律動。
「しっかりしろっ、涼!」
 意識が混濁する。精神が侵食される。自分が――コワレル。
 盛んに己にかけられる声を頼りに、涼は懸命に逃げ出す。そして、扉を開いた。
「――ここ、は‥‥?」
「さっきの近くだ。一応離れた方がいいかと思ってな」
 意識を取り戻すと、よく知った背中が答えた。相変わらず偉そうな口調だが、言葉の端に安心したような気配が見れた。
「ごめん。心配かけてしまったみたいですね」
「気にするな」
「そうさせて頂きます」
 微笑んでそう返すと、ウォルフは一瞬きょとんとした表情を見せ、やがて苦笑いに変わる。
「一つ、わかりました」
 男が――犯人がマンホールから地下へと逃げ出すところを見た。正確には被害者が『見た』。
「そうか。こっちも一つだけ。――今夜、出るぞ」
 涼が倒れた時、ウォルフの脳裏に何かが閃いた。テレパシー能力‥‥いや、他の能力に刺激され、己のタイムESP能力が活性化したのか。
 危険を告げる声が聞こえたような気がした。死の匂いを感じさせる匂いが。血の匂いが。

●Blut
 地下情報――表に出てこない裏社会の情報を、ウォルフは探ろうかと思ったが、止めた。とうに日が暮れている。そして、闇が次第に濃くなってきている。
 ――殺人が起きる時間に近づいてきている。
 だから、今、涼を囮にして深夜の街を彷徨い歩いている。一人歩く涼の背中を、他人に気づかれぬように尾行していると、細い小路の奥から伸ばされた腕に口を塞がれた。
 己の能力を咄嗟に使おうとするが、寸前で押しとどめる、ウォルフ。
「やぁ」
「やぁ、じゃないだろ!」
 何せ、捕まえた本人は知ってる顔、ケーナズであったからだ。
「奇遇だね」
 そう言ったケーナズの隣にはプティーラ。
 彼ら二人に話を尋ねると、同じようにクリストフを囮にしているところだそうだ。別口で調べ、犯人が次回出没しそうな地域を突き止め、そこが彼らとウォルフらのポイントと重なっているらしい。
「偶然じゃないよね。ウォルフちゃん達とプー達が絞った場所が同じという事は、確実に犯人が現れる、って事だよね!」
「‥‥ちゃん付けはやめてくれ‥‥」
 疲れたような声を出すウォルフを無視して、更にプティーラは言葉続ける。
「プーが絶対見つける。絶対に止めてみせる。そして、捕まえる!」
 己の意気込みを彼女が見せた時、微かな悲鳴が聞こえた。この声は――クリストフ。そして、涼の叫ぶ、声。
 一体何処からだろう。ふと目を離した隙に見えぬ場所へと彼らは行ってしまった。
 プティーラが背中に輝くような翼の力場を形成し――《天使の翼》――を羽ばたかせ上空へと舞う。暗視スコープをすばやく装着し、意識を集中させて眼下に見える街並みを見渡すと、争っているような影が見えた。
「あそこっ!」
 大きな声を出して、仲間に知らせる。無論、その声は犯人への牽制をも兼ねて。誰か助けに来るとなれば、逃げ出すかうろたえるかするだろう。犯行をあきらめて。
 思った通り、犯人らしき男は逃げ出す。だが、その前に立ち塞がる者がいた。
「お嬢さん達を怖がらせておきながら、ただで逃げようというのかな?」
 ケーナズ。
 サイバーアイを使って見ると、男は別にそこら辺にいるような労働者と変わりはないような感じがした。だが、手には肉厚なナイフがあった。予測するまでもなく、この凶器で被害者を切り刻んでいったのだろう。
 街中で銃をぶっ放すのは流石に穏やかでない。男に対するかのように、ケーナズも高周波ナイフを取り出す。
 相手はただの人間のようだ。
 高機動運動を使い、一気に仕留めようかと思ったところで、前方から駆けつける音が聞こえた。
「何の為かは知らないが、己の快楽の為に人の命を弄ぶような奴は――」
 霊刀『黄天』を構え、剣呑な声色で語ると、涼は刃を一閃させた。
 甲高い金属音が響くと共に、男が手にしていたナイフが、宙に舞う。そして、石畳に乾いた音を立てて転がった。
「ふぅん。手出しするまでもなかったか」
 いつのまにか追いついたか、ウォルフがダガーを手遊びするかのように手にして立っていた。
 得物を失った男が、懐から何か武器を取り出そうとした瞬間、空からスカートが舞い降りた。いや、高度のジャンプを行ったクリストフが、男の真上から着地した。
「何だ、その格好は」
 呆れを隠せない声でウォルフが尋ねるが、クリストフは憮然とした面持ちで何も答えない。
 ともあれ、人間の三倍はあろうかというオールサイバーの身体に取り押さえられているのだ。男は完全に身動き取れない状態でいる。
「この人が‥‥犯人?」
 光り輝く翼の力場を収縮させながら、プティーラが地面に降り立った。
 本当に、変哲のない男で、凶悪事件を引き起こした犯人だとは思えない面構えだ。
「何故‥‥このような事をしていたのですか?」
 涼が静かに尋ねると、男は陰湿な笑みを浮かべて答える。
「なぁに、趣味と仕事の両方をやってただけだ」
「仕事だと?」
 ウォルフが後半の言葉を反復して尋ねても、男はただ邪悪な笑みを浮かべるのみ。
「――一般人に紛れる込むような姿。通常の肉体とはいえ、ある程度の戦闘訓練を受けた身のこなし――」
 ケーナズが推察し、言葉呟くが、男は何も答えない。ただ、笑うだけ。
 一体、何故、何の目的があって、誰が。
 様々な疑問が駆け巡るが、嘲笑うだけの、男。
「さて、もう遊びは終わりだ――俺の、な。あばよ」
 男がそう言った瞬間、唇から血の泡が吹き出た。
「毒――歯に仕込んだ毒を煽ったのですね」
 暗殺者かスパイのように、と、クリストフが冷静に男を見下ろして判断した結果を述べた。
「どうして‥‥何の為に‥‥?」
 プティーラが不安がって呟くが、答えられる者は誰もいない。
「まだ、息があるようだな――。情けをかける訳ではない。これは、依頼人の意向だ」
 ウォルフが手にしたダガーで、男の首をかっ裂いた。時は短いかもしれないが、死への苦しみを長く味あわせても――。
 顔をそむけて、プティーラは男の最後の様を見ないようにした。ただ、心の中で祈るのみ。死した彼に。彼に殺された者達に。
「雨が降ってきましたね――」
 涼が空から落ちてきた水滴に気づいて言った。先程から夜空に星が見えなかったのは、雨雲に覆われていた為であったか。次第に強くなってくる。
 雨雫が五人に、そして、倒れて二度と動かぬ躯に――降り注いだ。


                                                  Ende


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■   登場人物   Auftretende Personen     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0026 / プティーラ・ホワイト / 女性 / 6歳 / エスパー】
【0084 / ケーナズ・シュミット / 男性 / 52歳 / オールサイバー】
【0234 / クリストフ・ミュンツァー / 男性 / 32歳 / オールサイバー】
【0398 / 御影・涼 / 男性 / 23歳 / エスパー】
【0405 / ウォルフ・シュナイダー / 男性 / 28歳 / エスパー】


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■   ライター通信  Drehbuchautor Bericht   ■
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 大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
 皆様、『快楽殺人者』に参加して頂き、ありがとうございました。如何でしたでしょうか?
 男は一体何者であったのか。そして、彼の背後には何らかの悪意があるのか。
 まだ、それは謎に包まれていますが、次回以降明らかにされていくでしょう。
 予兆は終わりを告げるが、真の事件はこれから始まる――。
 またのご参加、お待ちしております。