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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


■ドールハウス−ドーリィ・スノウマン−■

 寂れた街でも、クリスマスになると一応それなりに贅沢な装飾がされたり催し物があったりする。
 前回のドーリィ事件から一ヶ月位が経っていた。
 謎も懸念もかなり残された事件だったが、ようやく安心感を覚えてきた───ところだったのだ、シノム・瑛(しのむ・えい)は。
(平和機構って言うからには身の安全・市民の安全だからなあ)
 プラハ平和機構“エヴァーグリーン”に身を置いている彼は、仲間から頼まれたクリスマスの買い物を終え、大通りのベンチに座ってのんびりと、すぐ目の前のコーヒー店で買ったばかりのホットコーヒーを飲んでいた。少々苦いが、これでもこの街では一番美味しいコーヒー店だ。窓を通して見える店内では喫茶室も設けられており、所々にサンタの人形が飾られている。カップルや家族連れが、楽しそうに笑い合ってコーヒーや紅茶等を飲んでいたが、瑛はとても笑う気分にはなれなかった。
 ドーリィ事件以来、人形を見る度に否応なしに思い出される、消えていったジェス・ニイムラと彼の「子供」、ドーリィ・ラウザ。彼女の青い瞳が最期瑠璃色に変わったのは、何故なのか未だに分からない。
(最期まで、ジェス……「父親」の「娘」だという意思表明が神経機関を伝わって、ジェスと同じ瑠璃色の瞳に変わった……とかな)
 今のところ、彼にはそれしか考えられない。
 コーヒーの最後の一口を飲み終え、紙コップを捨てようと立ち上がった、その時。
 酷い頭痛がしたと同時に直接、脳に唄が流れ込んできた。

<We wish you a merry Christmas
 We wish you a merry Christmas
 We wish you a merry Christmas And a happy New Year! >

 ドォン、と派手な音がして瑛は我に帰った。
 目の前のコーヒー店が炎に包まれている。恐らく、中にいた店員も客も即死だろう。
(まさか)
 紙コップをぐしゃりとやり、炎の中に目を凝らす───だが、見る間に店は崩れ、以前のように「誰か」が生き残っていることはないようだった。

<シノム・瑛……>
 脳に直接呼ばれ、瑛はハッとして辺りを見渡した。まるで愉しむかのような、男の声。先刻の唄もそうだった。
<誰だ>
 テレパスで返答してみる。すると、クククッと笑い声が響いた。
<この前の礼に……イヴまでずっと……こんな楽しい催し物を提供してやるよ……>
<誰だ!>
 まさかジェスか、と緑色の髪の毛の人間を思わず探す。否、もし彼だとしたら今は真昼間、夜ではないから探しても無駄だと気付く。
 案の定、見渡しても「それらしい」人間は見当たらない。声は瑛だけに届いているらしく、他の人間は皆、爆破された店に集中していた。
 最後に彼の脳に、一言届き、声はピタリと止んだ。
 そう、一言……
     ───Snowman───と。



■Factor 1■

 ハッと瑛が気がついた時には、人だかりが増えて来ていた。
 瑛の隣を、どんと肩を当てていった人間がいる。
「スクープ!はいはい、ちょっとどいてくれよ、現場を撮らなきゃいけないからな!」
 マスコミの人間か。
 それでも大分鎮火した店跡に、瑛は近付いていく。何か感じ取れはしないかと思ったのだ。焼け焦げたトナカイの置物、サンタの人形の残骸が目に付く。
 背後から、聞き知った声がした。
「また爆破事件? いい加減懲りないね」
 銀髪に、白い服の小さな少女。前回も「ドーリィ事件」に拘わった、プティーラ・ホワイトだ。
「というより、怨念がそれほど強いってことかもしれないけどね」
 瑛は苦笑した。
「相変わらず、頭がよく回るな、プティーラは」
 プティーラはそれには応えず、じっと店跡を見る。子供扱いを嫌うタイプだとこの前でなんとなく感じ取っていた瑛だが、やはり子供なのだからあまりこんな場面を見せないほうがいいのではないか、とプティーラに向けて口を開こうとした時。
「こんにちは、シノムさん。先刻の様子だと、何者かのテレパスでも、『また』受けたのですか?」
 振り向くと、瑛が座っていたベンチの更に後ろのほうの木陰に、こちらも前回の依頼で一緒になったクレイン・ガーランドが、やはり日光を避けるようにして瑛を見ていた。
「先刻の様子って……いつからいた?」
「爆音が聞こえましたので、丁度近くまで来ていたものですから、話しかけるタイミングを窺っていました」
「クレインちゃん、こんにちはぁ」
 プティーラが、にこにこと、あの時のホットケーキは美味しかったね、等と話している。クレインはそれに頷き返しておき、瑛に問いかけた。
「これも何かの縁です。シノムさん、貴方が受けた今回のテレパスを聞かせては頂けませんか?」
「……そうだな」
 そして瑛は木陰の元に移動し、買い物の袋から自分の金で買った飲み物をクレインとプティーラにそれぞれ渡し、先刻頭の中に直接受けた思念と言葉とをつぶさに話した。
 ふと、クレインが後ろを促すように目配せする。
「シノムさん」
 丁度話し終えた時、いつの間にかさっきぶつかって写真を撮っていた、緑色の髪の赤い瞳の中年男性が立っていた。緑色の髪、と見て一瞬ビクッとするが、次の自己紹介を聞いてホッとした。
「俺はゴウ・マクナイト。見ての通り、昔はどうでも今はカメラマンだ。連続爆破事件の捕り物とは、いいネタだな。俺も加わらせてくれ」
「おじさん、遊びじゃないんだよ」
 プティーラが、忠告する。ゴウは笑って、
「頑丈なカメラマン、が自慢なんでね。大丈夫さ」
 と、カメラを肩に担ぎ直す。シノムは迷っていた。クレインが、じっと様子を見ていたが、
「シノムさん、いいんじゃないですか?」
 と、言った。
「カメラマンの方が写真に収めていって下されば、もし無事に事件の一望を明るみに出せる時が来たら、それは願ってもないことなのでは? それに、今までこの方が撮ってこられた写真の中にも、何か手がかりがあるかもしれませんし」
「マスコミの人って、そういえば、変なトコで核心ついたりするものだよね」
 プティーラも、顎に人差し指をあてて思案する。
 瑛は、ふっと微笑んで、ゴウに右手を差し出した。
「俺はシノム・瑛。宜しくな」
「おう」
 ゴウも笑って握手を返した。



「シノム氏に語りかけてきた言葉───」
 適当な喫茶店に入り、やはり陽射しを避けた席に座っていたクレインが、思案深げに自分の考えを口にする。
「随分と余裕があり、挑発しているように私には思えます」
「なんとなく俺もそんな気はしたんだが」
 コーヒーを頼む気にはなれず、紅茶を頼んだ瑛は、それを飲みつつあの言葉を思い出す。ホットミルクを飲んで暖を取っていたプティーラは、じっと話を聞いている。ゴウは、何も頼まないで瑛とクレインとを見比べていた。人を観察するのもカメラマンの性なのかな、とプティーラは思う。
「シノム氏を視界内におさめて接触して来ているのは、自分が上位にいることを相手に示す事です。その事から考えると、幾分自己顕示欲が高い人物ではないでしょうか。───言葉から、ジェス氏である可能性は高いですが、同一人物と考えるのは早計かと」
「んー、この前の事件の最後の状況だと、ジェスちゃんの意思は幾つか残っていても不思議はないけど」
 プティーラが、初めて口を挟む。クレインが、彼女を見た。
「時間帯から、ジェス氏としての『出現時間』がどうも違うようですしね。ですが、パーツ一つあれば新たなジェス氏が誕生するのですから、生き延び居ている、という可能性も高いですね」
「話をまとめると、人形が問題ってことだろ」
 こちらはこちらで考えていたらしいゴウが、口を開く。
「あの店にサンタの人形の残骸はあったけど、他にもあって───って考えても、イマイチ、その『前の事件』から考えると、どうやって爆破したか、とか疑問が残るんだよな」
「あのコーヒー店の爆破は、単に『予告』の時限爆弾か、スイッチによる爆弾かもしれませんし」
 クレインが言うと、成る程、と瑛は思う。
「っていうことは、これからが勝負、ってことだよね」
 ことん、とミルクのコップをテーブルに置いて、プティーラ。
「スノウマン、か」
 ゴウが腕組みすると、プティーラは彼を見上げる。
「それなんだけど、スノウマンって雪だるま……キュートなスタイルの雪で出来た手作り置き人形とか、あの丸い硝子で出来ていて中にサンタさんとかがあって、振ると雪ににせたきらきらが舞う置物のどっちかのことだよね? ということは、雪だるまに爆弾が隠してあるか、置物作る人か、かな」
「その、瑛の頭の中に流れてきたっていう、唄が引っかかる」
 ゴウが言う。プティーラはまた少し考え、
「『メリークリスマス』に『ハッピーニューイヤー』……爆破予告時間かなあ……素直に考えれば、大勢の人がクリスマスを祝う場所でカウントダウンするかもね」
 と、ゴウから瑛に視線を向ける。
「プティーラは、爆破されたお客さんに聞き込みしてくるね。常連さんで、たまたまその時いなかったって人もいるだろうし」
「お前がか?」
 心配そうに言った瑛だが、プティーラは少しムッとしたように身を乗り出す。
「子供のほうが、聞き込みしやすいって、知らないの?」
「あ、いや。それはそうなんだが……」
「頼りにしていますよ、プティーラさん」
 一言、クレインが言うと、プティーラは机に手をついていた体勢を戻し、席を立つ。同じく席を立ち、クレインが窓の外を見る。もうすぐ夜だ。冬のこの時期、日没が早くなってきている。アルビノ体質の彼には、動きやすい季節だった。
「私は、あれからあの人形店がどの様になったか───閉店したのか、別の人物が経営しているのか───気になるので、行ってみます。もし人形が残っていて、爆破する事の出来る状態にしてあるのか、それとも今回の事件では人形が使用されているのか、等も出来れば調べておきたいですね」
「じゃ、俺はクレインのニイさんについてって撮影でもするかな」
 こちらも立ち上がる、ゴウ。話の合間にカメラの手入れをしていたようだが、終わったようだ。
「この前の人形店か───それなら、それに関する事を俺はここで調べとくよ」
 と、いつもズボンのポケットから小さな薄っぺらの細長く四角い機械を出し、羅列している小さなボタンをピッピッと押し始めた。
「それは?」
 好奇心満ちた瞳でゴウが聞くと、瑛は、「これで仲間がコンピュータで探して俺のところに情報が来る」と短く応えた。
「じゃ、いってくるね」
「終わったら、こちらに戻りますので」
「お嬢ちゃんも瑛のニイさんも気をつけてな」
 そして、プティーラとクレイン、ゴウは喫茶店を出た。



■Factor 2■

「びっくりしたわあ、コーヒーを飲もうと思って来てみたら、お店がなくなってるんですもの」
 ねえ、と隣の茶飲み友達に同意を求める、主婦と思われる女性。
「でも、お嬢ちゃんも大変ね……ご両親とはぐれちゃった、なんて」
 泣き真似をしているプティーラの頭を、もう一人の女性がいたわしげに撫でる。
「パパも、ママも、コーヒーがすきだったから、お店のなかにいたのかなあ」
 ひっく、としゃくり上げる真似までしながら、プティーラは顔を覆った手の隙間から二人の女性の様子を窺う。
 二人は顔を見合わせ、一人がぽんと手を打った。
「そういえばこのお店、数日前から見慣れない若い男の人が来てたわよね」
 それでもう一人の女性も、思い出したというふうに口元に手を当てる。
「そうそう、緑色の長い髪の毛の、すっごくかっこいい人だったから覚えてるわ。赤い服を着てたのよね」
「あら、白も入ってなかった? 服の色」
「そうだったかしら……でも、コーヒーも飲まないですぐ返ったし、新しく入ったバイトの人かとも思ったけど、店長も知らないふうだったし……今考えると、怪しいわよね」
 それから井戸端会議が始まってしまったが、プティーラは、そっとその場を離れた。
(緑色の長い髪の毛……確かにジェスちゃんもかっこいいっていう顔してたけど……あのおばさん達が『若い男の人』っていうんだから、ジェスちゃんとも思えないし)
 それでも収穫には違いない。
 そっと、元来た道を、プティーラは戻った───人影が、ついてきているとも知らずに。



<We wish you a merry Christmas……>
 深夜遅くまでやっているというこの喫茶店に少なからず感謝しながら、仲間から送られてくる情報を次々とデータ保存していた瑛は、頭の中にまた入ってきたそのゆっくりとした「唄」に、ハッとした。
<We wish you a merry Christmas……>
 立ち上がる。この喫茶店に雪だるまの人形等がないことを確認して入ったというのに。
「逃げろっ!」
 まだテーブルでお茶を楽しんでいた客や、喫茶店のマスターと店員にそう叫び、彼はガシャーンと窓を割って外に飛び出した。
<We wish you a merry Christmas And a happy New Year!>
 物凄い爆音と共に、瑛は背中を強い爆風に押され、地面に叩きつけられた。
「ってえ……」
 左肩を痛めてしまった。抑えつつ起き上がると、喫茶店は炎に包まれていた。
「畜生」
 ぎりっと歯軋りした彼の耳に、「シノムちゃん」と、彼女らしくない、弱々しいプティーラの声が届いて振り向いた。木陰で顔は見えなかったが、赤い服を着た男が、プティーラを後ろ手に縛り上げて抱き抱えていた。
「プティーラ!」
「動くなよ」
 初めて声を聞いたが、今まで瑛の頭に直接語りかけたり唄いかけたりしてきていた奴だ、と直感した。何よりも、嘲笑を含んだ口調で分かる。
「これ以上、あんた一人のために周囲が犠牲になるのも嫌だろう?」
「てめえが言えた台詞か!」
「口の利き方には気をつけろよ?」
 ぷらん、とプティーラを軽々と片手で自分の頭より上に持ち上げる。
「ちょっと、はなしてよっ変態!」
 プティーラがもがくと、彼は黙って歩き、まだ燃え続けている喫茶店にプティーラを近づけた。途端、顔から血の気が引いていくプティーラ。
「激しい炎……嫌いなんだろ? お嬢ちゃん?」
 喉の奥で笑う。
(テレパシストか、やっぱり)
 瑛が今更ながらに思うと、読み取ったかのように「彼」はこちらを向いた。
「さあ」
 そして、銃を取り出し、瑛に向ける。
「余興の本腰の……始まりだ」
 パシュッと軽い音がして、避ける間もなく瑛は身体を折って動かなくなった。
「し、シノムちゃん」
 ガタガタと震えるプティーラは、初めて男の顔を見た───皮肉にも、激しい炎によって。
「ただの麻酔銃さ。お嬢ちゃんも人質として連れていくからね、安心したまえ」
「な、なにが、……」
 口を塞がれ、プティーラもまた、浅い眠りに落ちていった。




 Closed、と札がかかった、前回の発端となった人形店を前に、クレインは、それもそうかと思った。もうそろそろ、この辺りの他の店も閉まる頃だろう。
「また明日窺いましょう」
 踵を返そうとする彼に、ゴウは「無駄だと思うぜ」と、店をあちこち見てシャッターを切りながら言う。
「え……?」
 振り返ると、ゴウは、人目も気にせず店を隅から隅まで観察している。
「他の店の明かりで見えるだろ? この店、あちこち埃もたまってるし出入り口の前の道もこの店の前だけ汚い。二度と開くことはないんじゃねえか?」
 その時、後ろから声がかかった。
「あんた達、その店の関係者かね?」
 眼鏡をかけた、スーツ姿の品のよさげな初老の男である。
「いえ」
 クレインが言うと、ゴウが、こういうことは慣れているのだろう、
「一ヶ月前にここの人形が原因じゃないかって騒がれてた爆破事件あっただろ? あれの記事書くもんで写真撮ってたんだ。おじさん、何か知らないかい?」
 クレインの前に立って人懐っこく微笑を浮かべた。ゴウも、もう「おじさん」と呼べる年ではあるのだが、彼からみたらこの初老の男も「おじさん」なのである。
 男は「その店ねえ」と、眼鏡をかけ直しながら残念そうに話した。
「バイトの青年が急にいなくなったってんで、店長さんが急いで帰ってきて、暫くはどっかの人形師さんを住まわせてたんだよ。凄腕の人形師でね、それはもう人気者だった。だが、彼も数日前にどっかにいっちまってねえ……店長さんも諦めて、この店は今は使ってないみたいだよ」
 私も彼の作る人形のファンだったんだがねえ、とため息をつく。
 なんでも、幼くして亡くなった孫娘の写真を持ってきて、孫娘そっくりの人形を作ってもらったらしい。不幸にも、その人形も、ふとした隙になくしてしまったらしく、また作ってもらおうと毎日こうして通っているのだという。写真を見せてもらったが、実に可愛らしい、まるで本物の人間のような、5〜6歳の女の子の人形だった。
「そういえば」
 初老の男と別れて喫茶店に向かいながら、クレインが思い出したようにゴウに呟く。
「以前の『ドーリィ事件』で判明して謎のままの一つ、なんですよね。あの人形店の店長の名前が、研究所『ドールハウス』の所長と同じ名前というのも」
「今頃シノムのニイさんが割り出してるかもしれねぇぜ。手がかりだけでもよ」
 喫茶店に進むうち、夜も遅くなる時間だというのに、人が少しずつ増えてきているのに二人は気がついた。
 一瞬視線を合わせ、急いで目的地まで行ったクレインとゴウは、そこに、ごうごうと風の煽りを受けて燃えている喫茶店の姿を見た。
「……シノム氏こそ、一人にしてはいけなかったのですね。迂闊でした」
「おい、これ」
 一頻りカメラに現場を収めた後、ゴウが近くの木に釘で打ちつけられた「それ」を発見する。

 『南本局ビル 本日午前2:00丁度余興(パーティー)開始 仲間2名お待ちかね
                                         ───Snowman.』

 ピッ、と無言でクレインはサンタの絵柄のその伝言メモを、破り取った。
「もうすぐ1:00か。南本局ビルまで、ここから車でギリギリ1時間───俺の車出すぜ、乗んな」
 ゴウが、表情を厳しくして、言った。



■White Christmas...■

 プティーラは、夢を見ていた。
 恐ろしく、嫌な夢を。
 燃え上がる炎。静か過ぎる闇。たった一人ぼっちで、闇の中に取り残される───夢。
<プティーラ>
 誰かが、優しく真剣に呼びかけてきて、彼女は夢の中で顔を上げた。
<誰……>
<プティーラ、起きろ。このままお前まで死なせるわけにいかない>
<死ぬ……? どうして、>
 そしてプティーラは思い出す。
 爆炎の明かりで見た、あの「顔」を。哀しい『ドーリィ・ラウザ』のことを。
 そうだ。
 今度は、思い切って、自分の能力の『天使の瞳』をがんばって使ってみよう、と思っていたのだ。まだ幸い、眠気は残っている。このまま起きたら、それこそ命がなくなるかもしれない。そんなのは嫌だ。
 また、うとうとと夢の中に浸透していくのが分かる。『天使の瞳』とは、一般的には予知夢と言われているもので、夜眠ると夢の形で近い未来を見ることができるのだ。それが例え1秒後のものだったりしても、1年後のものだったとしても。
 操作制御不可だったのだが、最近強く思うことにより指向性を持たせた制御が可能になってきている。それを頑張ってみようと思っていたのだ。
 炎と闇が消えてゆく。かわりに、何か映像が浮かんできた。
 年の頃は自分と同じくらいだろうか。5〜6歳の小さな可愛らしい女の子が、無表情でビルの屋上に立っている。もう使われていない筈のビル───その女の子の隣には、「あの男」が自分と瑛とを連れて、クレインとゴウに対峙している。場所は───屋上。
 銃声がして、プティーラの「予知夢」は邪魔された。飛び起きた彼女は、まだ縛られていることに気付き、目の前に立ちはだかっている赤い服の男を睨みつけた。
「仲間がご到着だ。瑛は既に『ホワイト』と共に屋上に行っている。お前も来るんだ」
 縄ごと身体を持ち上げられた。



 クレインとゴウは、天辺からぶら下げられている瑛を発見し、急いで階段を駆け上がって、やっと屋上に辿り着いた。疲労しやすい体質のクレインは、だが、息を切らしてはいても、毅然と「敵」を見据えていた。ゴウは、誰しも見かけによらねえなと内心思う。こんな表情の人間を、彼は撮るのが好きだ。
(俺はひどい奴だ。事件を防ぎたいが、起こってくれたらいい写真が撮れるかも、とも考えている)
 クレインの横顔を見ながら、彼は思う。そして、ゆっくりと、自分達とは別の扉から屋上に上がってきた、プティーラをぶら下げた赤い服の男に視線を移す。
(だが───)
 そこでゴウは、およそ場違いなあっけらかんとした口調で沈黙を破った。
「爆弾はよくねえなあ。なにもかも一瞬だ。クリスマスの団欒も、夢も、恋人たちのひとときも、一瞬で吹き飛ばしちまう。俺も戦地にいたことがあるからわかる」
「───何が言いたい」
 初めて、赤い服の男が当惑したような口調になったのを見計らったように、ゴウは声を低くして言った。半分は、賭けだった。
「ドールハウスの連中も……そんな思いを味わったのかもな」
 ピク、と赤い服の男が動いた。
「お前に……分かるものか。いや、誰もわかる筈がない」
 瑛の傍にいた小さな女の子が、スッと片手を挙げる。ぱっと四方の照明が下から一同を照らした。
「「「!」」」
 既に「顔」を見ていたプティーラ以外の者は、男の「顔」を見て息を呑んだ。
 本当には。
 本当には、端正な整った顔立ちに「造られる」筈だったのだろう。すっきりと通った鼻筋と、切れ長の瞳にくりぬかれた部分でそれが分かる。
「分かるものか───」
 よく見れば男が来ているのはサンタ服で、右肩部分だけがわざとのように破られている。そして、声はそこからしているようだった。
「……造りかけの、人工エスパーの生き残り……ですか」
 全てを総合して考えれば、その答えは簡単に導き出せた。クレインが確認を取るように言う。
「まともに声が出せないから、離れた場所からも、そして爆発の予告の唄もテレパスで送っていたのですね」
「そう───俺は、『父親』に秘密裏に造られていた───クリスマスに子供達を楽しませる役目になる筈だった、ドーリィの生き残りだ。……そこの『ホワイト』もそうだ」
 小さな女の子を、顎でしゃくる。
「その子、とあるオジサンの孫娘を象った大切な人形なんだけどな。出来れば返してくれねえか?」
 ゴウが言うと、男は彼に顔を向けた。
「何を言っている? こいつは自分から俺についてきたんだ」
 そして、プティーラをようやく離す。
「父親───ジェス・ニイムラ氏を『殺した』敵討ちですか? シノム氏を襲ったのは」
 クレインの問いに、だが男はかぶりを振る。
「敵討ちは、その通りだ。だが、俺の父親はジェスではない。ジェスの弟の、リィズ・ニイムラだ。俺の父親も、俺達『ドーリィ』をとても愛してくれていた」
 なのに、何も知らない連中に破壊された。夢も、変えていく筈だった未来も、何もかも。
 「目が覚めた」のは、つい最近のこと。父親の兄であるジェスの思念を感じ取ったと思ったら、テレパスによってジェスの最期を知った。
 それで、彼は復讐に出たのだ───シノム・瑛を標的に。
「それで、俺を殺せば気が済むのか?」
 ぶら下げられてはいるが、ギリギリ頭は屋上の上が見える位置にある。その瑛が尋ねると、男は「どうだろうな」と自嘲するように笑った。
「だが───仇は取れる。それは確かだ。だから俺は実行する。人質は返す、もう用はない」
 どさっとプティーラが降ろされる。男は屋上の端から今にも落ちそうな瑛に歩み寄っていく。クレインがプティーラに、男を警戒しながら歩み寄り、急いで縄を解いた。
「ね、クレインちゃん」
 プティーラは、さっき『天使の瞳』で一瞬最後に見たものが気にかかっていた。
「今日、雪が降るような気温かな……? 降るはずなんだけど」
「雪ですか?」
 怪訝そうな顔をして、クレイン。寒いとはいえ、雪は降らないだろう。空気で感じ取れる。
 そして、瑛の頭の上に手をかざした男が視界に入り、ハッとした。ゴウが身構える。
「俺の名は『スノウマン』。思い知れ、シノム・瑛」
 そして、そのまま動きが止まる。不審そうな表情の一同の耳に、コツン、と軽く床を蹴る音がした。
「ホ……ホワイト」
 スノウマンの声がして、彼の頭上に空中移動してきた小さな女の子───「ホワイト」は無表情のまま、抑揚のない声で言った。
「───ワタシの『おとうさん』が、いってた……ワタシなら、スノウマンを───見つけられるって……だって、きょうだいだから、って……。あと───」
 ふわりと羽のように両手を広げる。
「スノウマンが───『自分達が託した夢』を……『一緒に見た夢』を忘れるような行動に出たら───雪に戻せ、って───」
「ホワイト、お前……!?」
 スノウマンの上で、ホワイトは静かに、自分の身体を抱き抱えた。
 ───途端。
 弾けるように、ホワイトは爆発した。雪そのものになり、スノウマンに降りかかっていく。
「あ……あ───」
 自分に降りかかる雪により、溶けるように雪の形態となっていく、スノウマン。
 彼による力がなくなり、ガクンとビルから落ちそうになった瑛を、ゴウが左腕を咄嗟に伸ばし、そこに仕込んでいた強化ワイヤーで、なんとか瑛のベルトに引っ掛けて落下を止めることが出来た。
「そう、俺は───スノウマン───こどもたちに、ゆめを、あたえ───る、ため、に───……」
 完全に雪の塊となる寸前、4人は確かに聞いた気がした───スノウマンの暖かな、「White Christmas……」と、呟く微かな声を。



 瑛が仲間から得た情報は、少なかったが───以下の通りだった。
 ジェス・ニイムラには二人の弟がいたこと。
 孫娘を幼くして亡くしたという眼鏡の初老は、かつて名のある財閥の会長だった筈である。白髪になる前は緑色の髪だったことから、ニイムラの血筋を引いていると推測される。
 ジェス・ニイムラと名乗る人形店の店長は、実は『ドールハウス』のジェス・ニイムラの二人目の弟のことではないか、そこにいた人形師というのも彼のことではないか、と。


 後にゴウとプティーラが張り込むようにして人形店の前にいたところ、例の眼鏡の初老の男と会うことが出来、聞くことも出来たのだが、ホワイトの左目にはやはり、コンタクトのようになっていて天使の形の商標があったという。
「クレインちゃん、果物もってきたよー、今日はイヴだし、ケーキもね」
「よう、疲れの調子はどうだい。ちっとは取れたか?」
 身体を酷使しすぎて疲労のため一日入院していたクレインの元に、屋上の事件の翌日、昼間にプティーラとゴウ、瑛が見舞いにやってきた。
「そうそう、これ。あんたに一応預けとくよ」
 一頻り歓談が終わってから、ゴウが分厚い封筒を取り出し、瑛に渡す。なんだろうと思いつつ開けてみると、昨日一日だけのものとはとても思えない程の量の写真が入っていた。
「こんな決定的瞬間まで、すっごくたくさんあるね」
 雪もちゃんとうつってるよ、とプティーラ。
「いつカメラなんて構えていたんです? 特に屋上では、私が見る限りではカメラなんて持っていなかったような記憶があるのですが」
 ベッドから身を乗り出し、自分の横顔がいつの間にか撮られた写真を発見して複雑な表情をする、クレイン。
「いや、なに。俺の左目は実は義眼でカメラになっていてね。カメラがなくても動画も含めて撮影可能。暗視、熱感知機能付きってわけさ」
 すると今も撮られる可能性はあるわけですか、とクレインが唖然としたように言い、可愛く撮ってね、とポーズを撮るプティーラを見て微笑みながら、瑛は改めて写真に視線を落とす。
 雪の塊に、雪が降り注いでいる。───スノウマンと、ホワイト。
「……この二人にも、墓、建ててやらんとな」
 瑛が言うと、
「そうだね、二人並べてね」
 と、プティーラ。
「雪なのですから、前回の場所より少し離れた木陰のほうがいいのではと思います」
 真剣に考えて言う、クレイン。
「お前、墓まで雪だと寒いだろ」
 それに突っ込みを入れる、ゴウ。
 思わず笑ってしまった4人だが、ふと、窓の外に目をやった。
「あ……」
「降りましたね」
「天の采配、かな」
 嬉しそうなプティーラ、微笑ましく見守るクレイン、腕組みをして笑うゴウ。
「いや」
 瑛は、写真を大事に封筒におさめて、言った。
「みんなの願いさ」
 しんしんと、このイヴをたたえるかのように、子供達に夢を与えるかのように。
 雪は、降り続けていた。



 ───いいかいスノウマン。お前は夢を与える、すばらしい存在として生まれたのだよ。
 ───ホワイトと共に、イヴには雪を降らし、
 ───そして、暖かな唄を皆に贈るんだ。
 ───さあ、唄ってごらんスノウマン。We wish you a merry Christmas、楽しいクリスマスを、とる願う唄なんだ。
 ───これが父として息子のお前に贈る、
                  一番最初の唄……お前の存在の証の唄だよ───






《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0026/プティーラ・ホワイト (ぷてぃーら・ほわいと)/女性/6歳/エスパー
0474/クレイン・ガーランド (くれいん・がーらんど)/男性/36歳/エスパーハーフサイバー

0476/ゴウ・マクナイト (ごう・まくないと)/男性/40歳/ハーフサイバー
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、アナザーレポートのリニューアルに便乗させて頂きまして、シリーズ化してしまった「ドールハウス、ドーリィシリーズ」の第二弾です。イヴに間に合ってよかったです。なにぶんシリーズものですので、まだまだ謎の部分もあるかと思いますが、今回は前回よりもわたしとしてはとても満足のいくものとなりました。物語としても、PC様をどう動かさせて頂くかという点でも。今回出てきた「スノウマン」ですが、顔が完成していたら本当に美青年になる筈だったんです、あまり物語に関係ないですが;なんとなく、本筋を書いていて別のところで「美青年サンタがいたら」と思っていたのも事実です。もちろん、ホワイトみたいな「小さな女の子サンタ」もかなりわたしの夢ではあります。この「ホワイト」は今回殆ど活躍させてあげられなかったのですが、実は「スノウ・ホワイト(白雪姫)」とかけていることにお気づきになられましたでしょうか?
「ドーリィシリーズ」では謎の部分を少しずつ、これからも触れていこうと思っています。次回もドーリィシリーズで行くかと思われますが、違うシナリオが上がってしまったらすみません(笑)。
また、今回は御三方とも同じ文章とさせて頂きました。

■プティーラ・ホワイト様:二度目のご参加、有難うございますv 今回『天使の瞳』で一番最初に「ホワイト」が降らせる雪を見て頂いたのですが、プティーラさんの心中は如何なものでしたでしょうか。そして、縛らせることになってしまって本当にすみません; 手首に跡がずっと残らないか心配です。
■クレイン・ガーランド様:二度目のご参加、有難うございますv 実は東京怪談でもお世話になっているということで、どのPC様かな、とか思いつつ、改めましてこちらでもお世話になっておりまして感謝しております(笑)。今回はちょっと、疲労しやすい体質でおられるのに、これだけ酷使してしまったらやはり一日くらいは入院はあり得るかなと、せっかくのイヴですが、こんなオチになりました。その後、お身体に支障がなければよいのですが……。
■ゴウ・マクナイト様:初のご参加、有り難うございますv いつも初めて扱わせて頂くPC様は、どう解釈してどう物語で表現させて頂こうかなと考えながら書いているのですが、書いているうちに、どんどん味が出てくるPC様だな、と思いました。最後はゴウさんらしく、瑛を身体をはって助けて頂く役をしてもらいまして、とても感謝しております。命を懸けるカメラマンさんというのは、実はわたしも好きだったりします(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。またこの物語のシリーズのシナリオが出来ましたら、そして何かの機会がありましたら。是非また、お会いしたいと思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2004/12/17 Makito Touko