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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


■+ 無敵のエキスパート +■

 一つに纏めた漆黒の長い髪を、まるで馬の尻尾の様に振りながら、明るい緑の瞳をかまぼこにしたケヴィン・フレッチャーは、こらえきれない喜びも露わにして歩いていた。
 気を引き締めていないと、顔面が雪崩を起こしてしまいそうな勢いだ。
 ケヴィンの機嫌が良いのには、きちんと訳があった。
 先日、彼はタクトニウムとシンクタンクが仲良くおネンネしている都市中央病院へと、パーティ四人で襲撃をカマし、奴らの鼻先からお宝を分捕って来ていたのだ。その時のことを思い出し、彼はとっても気分が良いと言う訳である。
 「俺だけ幸せってのもなぁ。皆様に申し訳ないと言うか、分けてやるべきかなと言うか……」
 楽しかった記憶をリピートし、スキップしそうになっていた彼は、ふとそんなことを考えた。
 しかし不運にへばりつかれている人物の顔が、なかなか浮かんで来ない。
 暫しの後、ケヴィンは想到した。
 「……いるじゃないか。何時も景気良いんだか悪いんだか解んねぇツラしたヤツ」
 そいつに、この幸福感を分けてやろう。
 スカして澄ましたツラが、自分を見て驚きに満ちた顔に変わるところを見れるかもしれない。
 幸せを分け合うつもりでいた筈が、浮かんだ顔に依って、即座に変更が掛かってしまうのは、やはり二人の関係のなせる技なのかも知れない。
 とまれ。
 ケヴィンは、あまりにナイスな思いつきに『俺って天才?』と、今度は自画自賛のバーゲンセールを心の中で開催し始めたのであった。



 何だか景気の良い三三七拍子のノックが聞こえたかと思うと、いきなり彼の診療所兼住居のドアが開いた。
 「幸せ宅急便、お届けに上がりましたー」
 そう言ってはいるが、その肝心のお届け物が見当たらない。
 理知的な黒い瞳を眇ませて、その診療所の主であるリュイ・ユウは何だとばかりに配達人を見上げた。
 「相変わらずだな、あんた」
 「貴方もね」
 何を持ってして相変わらずだと言うのか、ユウには解らなかったが、そう言うのならこの自称『幸せ宅急便配達人』──ケヴィン・フレッチャーだとてそうだろう。
 「もうちょっと言い様はない訳? 良く来たなとか、元気か? とか」
 「良くいらっしゃいましたね。お元気でしたか?」
 思いっ切り棒読みだ。
 「何でしたら、熱い抱擁でもして差し上げましょうか?」
 不満そうなケヴィンの顔を見て、からかうつもりでそう言うが、少しばかり意味深な色を帯びた瞳で言ってやると、露骨にイヤそうな顔をした。
 「冗談ですよ。で、その幸せ宅急便と言うのは、一体何なんですか?」
 言った瞬間、ユウは己の過ちを悟る。
 ケヴィンの顔が、にんまりと崩れた。
 胡散臭いことこの上ない。
 目などかまぼこになっているのだ。
 「聞きたい? いやー、聞きたいよなぁ。当然」
 次の瞬間、ユウを蜂の巣にすべく、言葉の弾丸が襲って来たのであった。



 「あんたもさ、ここで医者やってるくらいなら、都市中央病院ってとこが、どんなトコかは知ってるよな?」
 にやりと笑って、問いかけの言葉を投げているも、ケヴィンは相槌など必要としていなかった。
 「この前さ、そこ行って来たんだよ。すんげー楽しかったぜー。あそこって、元が病院で、今はタクトニウムとシンクタンクの巣窟みたいになってるだろ? ストレス発散できて、お宝が頂けるなんてさ、凄くオイシイと思わないか?」
 お得だお得だと言うケヴィンに対し、ユウはどうやら別のところを見ていたらしい。
 「所々、怪我をしているみたいですね」
 「ああまあな。ちょっと飛び火しただけだって」
 自分の作った炎が少々掛かった程度だ。かすり傷とも言えない程だが、それでもユウは医者だから見逃せないのだろう。
 「切り傷もありますよ」
 「大したことないって。ちょっと掠っただけ。ま、あれだけ雨上がりのボウフラみたいに湧いて出る奴ら相手じゃ、ちょっとくらいは傷つくって。そこで大怪我してないのは、流石は俺って感じだけどな。もうホント、見せてやりたかって、俺の勇姿ってヤツをさ。あそこから引く時なんか、窓から飛び降りたんだぜ? 三階の」
 「それは見たかったですねー」
 やはり棒読みになっているユウだが、ケヴィンは一向に頓着していない。
 「突入からして派手だったんだ。花束に仕込んだ手榴弾をツレが投げて注意を引いて、集まってきた奴らを、二人で引きつけてさ。一回手を振ったら、気持ち良いくらいにタクトニウムが、ぶつ切り角てき百グラムで5レアルな状態になるし、目当ての場所入ったら、お宝は当然、何だかおもちゃはいっぱいあるし、いやまあ、タクちゃんは喰えねぇだろうけど、喰ったら腹壊すだろうけ……」
 手をワキワキさせつつ話すケヴィンは、頭に肉厚な何かを感じた。
 思わず閉じられる口。
 上目遣いになる瞳。
 それは数瞬。
 「あたまをぉぉっ、撫でるなぁぁっ!!」
 自分の頭を、ユウが撫で撫でしている。
 それを認識した瞬間、そう叫んで飛び退ったのは、もう既に脊髄反射の部類だろう。
 「……あまりに貴方が楽しそうでしたから。ねぇ……」
 ここに来て、漸く感情が見える話しぶりである。呆れていたのが、何だか絆されたのかも知れない雰囲気だ。
 がるると、思わず唸りそうになるが、そうすると、またもや『ケダモノ』だの『野獣』だの言われてしまうと、残り少なくなった理性の叫びに依って我に返った。
 「俺はガキかっ」
 「身体だけは育ったお子様ですねぇ」
 「ちょっと待て、脳味噌ママゴトとか言う気か?」
 「ママゴトしたいんですか? 俺はパパが良いですね。ママはいやです。あ、貴方がママになりますか?」
 「誰がしたいよ、そんなもんっ!」
 お医者さんごっこはしたいけど。いや勿論、この目の前の男とではない。断じて。心の中の突っ込みは露とも出さず、ケヴィンがフンとばかりにそう怒鳴る。
 「でも、楽しかった様ですねぇ……。色んな薬品もあった様ですし」
 その言葉に、ケヴィンはちょっとばかり優越感を擽られた。
 彼は医者だ。暴利だが、腕は良い医者だ。
 ケヴィンはそう認識をしている。勿論、腕が良いと自分が思っているなどとは、口が裂けても言わないが。
 そんな彼のことだ。あの場所に行ったら、それはそれは目を輝かせて漁り始めるだろうことは、想像に難くない。
 にんまりと薄気味の悪い笑みを浮かべた彼は、腰にあるレザーのベルトポーチをごそごそと漁り、戦利品を取り出した。
 「見てみろよ」
 つまみ出した一つの瓶。そこには『ペントリット』と書かれてあった。
 「これは……」
 それを読んだユウの目の色が、瞬間変わる。
 それを見たケヴィンは、彼がこの薬品が何であるかを理解したことを知った。まあ、医者であるから、解るのは当然と言えば言えるし、ケヴィンはそれを見越したからこそ見せたのだ。
 羨ましがらせたくて。
 「おっと」
 ゆらりと伸びてきたユウの手を、ケヴィンはするりと躱す。
 「貸してやんない」
 にやりと笑う。
 「いや、くれるだけで良いんですよ」
 「何寝ぼけたこと言ってんだよ。寝言は寝て言え、起きて言うのは戯れ言にしろ……って、いや間違い。起きて言うのは感謝にしろ。それから、これはやらない。絶対ダメ。これはな、とぉぉぉっっっっても心優しいヤツが、俺にプレゼント・フォー・ユーしてくれた訳」
 般若の微笑みを浮かべていたことなど、ケヴィンは当然、おくびにも出さない。
 如何にも善意の仲間が、自分に貰って下さいと言ったとばかりに表現した。
 「奇特な方ですねぇ……」
 少々疑り深い調子であるも、自分なら絶対にしないと、ユウのその目が語っている。
 「まあ、そう言う人もいると言うことで。取り敢えず、その擦り傷火傷の治療でもしましょうか。しかし、三階から飛び降りて無事って言うのも、何だか人間離れしてますねぇ……。もしかして、ハイエナですか?」
 「誰がハイエナかっ! いやそれ以前に、ハイエナは飛べねぇっつーの!」
 ある意味的を射た表現に、思わずケヴィンは焦ってしまう。
 そう彼が怒鳴っている間に、そこら辺にある薬品を出しつつ、赤剥けているケヴィンの鼻や腕に治療を始めた。本人も気付いていない能力故に、治癒力が高いケヴィンであるが、もし万が一と言うこともあるだろう。
 黙々と処置をし始めるユウを見て、そう冷静に対処されると何だか怒鳴っている自分の立つ瀬がないと感じてしまい、憮然とした調子で種明かしをした。
 「だって、虎の子出したからな」
 虎の子とは、テレポート能力のことで、一日一回の限定仕様だった。最後の最後で、骨折なんて間抜けな事態に陥るのは流石に勘弁願いたい。力の出し惜しみはしなかったケヴィンである。
 「虎の子ねぇ……」
 そう呟いたユウは、何処か上の空になってる様だ。彼は治療を終えると、何故かそのままキッチンへと消えて行った。



 「……勿体ない」
 広いとはお世辞にも言えないキッチンに入ったユウが、ぽつりと呟いた。
 何が勿体ないかと言えば、あの薬品をケヴィンが手にしていることだ。
 あれは元々医療品だ。けれど、恐らく彼は通常の使い方をする気が、今のところないだろうと思える。
 それをユウは、勿体ないと行っているのだ。
 自分なら、きちんと医療品として使うのに。
 勿論ながら、お代は相場の十倍くらい頂こうとは思っているが。
 そう思いつつ、手はカフェオレを作り始めている。きちんと引いた豆からコーヒーを作り、ミルクパンで暖めた牛乳を注ぐ。砂糖もしっかりと入れ、自分好みに仕上げたそれを用意したカップへと注いだ。
 ケヴィンがカフェオレよりもコーヒーが好きだと知っているはが、意地でも好みを貫き通すところが、彼の性格を如実に現している様だった。まあ、気が向いたら折れてやっても良いかもしれないが。
 そのカップは、二つちょこんと並んでいる。
 別にお揃いと言う訳でもなく、適当にそこにあったものを使用していたが。
 「いい加減、これも買い換えた方が良いかもしれませんね」
 そのカップは、ユウがそう言いたくなるのも解る程に古かった。
 じっと見ていた彼は、ふと我に返る。このままじっと見ていても、せっかくのカフェオレが冷めてしまうだけだ。
 「……それにしても、どうして俺は、二人分入れてるんでしょうねぇ」
 ここは茶店ではない。診療所だ。
 いや、それ以前に、茶店であっても金くらい取るだろう。
 どんどんタダ同然になるカフェオレであった。



 「あ、サンキュー」
 そう言うと、ケヴィンはユウから差し出されたカフェオレを受け取った。
 「……そう言や、あの砂糖も持ってくりゃ良かったなぁ。ガビガビだったけど、まあ使えないことはないだろうし」
 思い出して笑うケヴィンに向かって、ユウが呆れた調子で返した。
 「ガビガビの砂糖になんか、固執しないで下さいよ。別にこっちは、砂糖に不自由してませんから」
 「何で?」
 砂糖はある意味貴重だろうと、ケヴィンは思う。相手が暴利を謳う医者であろうとも、品質に文句を垂れる程、互いに左団扇な生活ではないだろうと考えたのだ。
 問う彼に、口角をあげた意味深な笑みでユウが答える。
 「そりゃあ、治療代金をせしめてますからねぇ」
 そこまでせしめてたのかと、ケヴィンは思う。
 イカスミよりも黒い、腹黒さだ。にっと笑った歯まで黒いと言う、錯覚を見た気がする。
 ……果てしなくイヤな錯覚だが。
 ケヴィンは自分の慎ましやかな生活と性格を振り返り、目の前の男に向かってあんぐりと口を開けた。
 「儲かりますよ。貴方もどうです?」
 ユウが指したのは、研修医が着ている様な服だった。
 「冗談。俺は医師免許なんか持ってないって」
 思わず引きつってしまうケヴィンの顔。それは免許を持っていないと言うだけでなく、例え持っていたとしても、ユウの元で医者をするのはご免被ると思っているからだ。
 しかしこの目の前の男は、更にとんでもないことを口走る。
 「おや、奇遇ですねぇ」
 「……何が?」
 イヤな予感がする。それはもう、本能と呼ぶレベルのものだ。
 「俺も持っていませんよ」
 「──っ?!」
 思わず、ガコンと顎が外れそうになる。
 「ちょ、ちょっと待て……。じゃあ何か? 俺は偽医者に、治療されてたって……………」
 愕然とするケヴィンに向かい、ふふんと笑う目の前の男が悪魔に見える。
 「まあ、正確には無免許なだけですけど」
 「同じだよっっ!!」
 「俺の治療は的確でしょう?」
 確かにそうだ。
 今日だって、この前の時だって、確かにユウの治療は完璧だった。この前の時に限れば、痣すら残っていないし、治療を受けて直ぐに不自由なく動くことが出来た。
 だがしかし。
 「重要なのは腕ですよ」
 「違うぅぅぅっっっ!!!」
 思わず髪を掻きむしり、自分の気持ちを表現しようとするも、当然のことながら、それが『血の色タクちゃん』なユウに伝わることはない。
 そして髪を掻きむしっているケヴィンを見て『ハゲ確定』と、ついでに『育毛剤の研究でも……』などとユウが思っていたことは、当然の事ながら、彼のあずかり知らぬことだった。


Ende