PSYCOMASTERS TOP
新しいページを見るクリエーター別で見る商品一覧を見る前のページへ


<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


右手に小さな暖かい手、左手に硬く冷たい手

 鼻につく心地よい火薬の匂いを後に、高桐璃菜と神代秀流は轟音から退いて静かな空間へと移動した。防音・防臭がなっているせいか、一度室内へと入ってしまえばそこは別空間のようにも感じてしまう。少し進んだ先には珈琲の芳しい匂いが辺りに広がっており、訓練に赴いた人間の疲れを癒していた。秀流は適当に飲み物を選んで席へ戻ると、内一つを璃菜へと差し出した。
 砲撃訓練場に二人が訪れた理由は、“彼”の試運転や動作を行うためだった。メモリは一部破損していて自律行動は全く不可能であったものの、“彼”自身はあまり気にした様子を見せていなかった。それ以外のAIは完全に復活し、“日常生活”においては支障のないものとなっていた。
「お疲れ様」
 璃菜の言葉に、秀流は浸りかけていた感傷から顔を上げる。
「“彼”も元気になったみたいだし、安心したよね。ね、今度三人でどこか行かない?」
「……それも悪くない、よな」
 何とか答え、秀流は意識を過去へと再び追いやった。

 オヒサシブリデス、オフタリトモ。

 目覚めたばかりの“彼”は、記憶の「最重要項目」に仕舞い込んでいた二人のこと以外の全てを忘れ去っていた。日常生活に関する全ての記憶ですら。
 言葉も少なく、厠に行く二人の後でさえを子供のように付いていく。
 それが嬉しかったのか、璃菜はどこへ行くにも“彼”を伴った。いつも二人きりで行動していたのに、と思いながら、自然秀流の顔にも笑みが零れる。
 ……そうだ、俺はこれを望んでいた。
 家族。
 そう呼ばれる、暖かいものの存在。
 漸く手に入れたものは記憶の中に埋もれていた感情を呼び起こし、言いようのない感情が溢れ返る。嗚咽と共に流れ出たのは、暫く忘れていた涙。止めどなく流す秀流の傍で、二人は静かに微笑んでいた。

 モウスコシ、ネテテモイイデスカ?
「何だ? 眠いのか? 俺の方が疲れてんだぞ。そっちはじっとしてるだけでいいから楽だよな」
 ジットシテイルノハ、トテモツカレマス。エノモデルモ、ツカレマスヨ。
「……モデル、したことあるのか?」
 タトエデス。モノノタトエ。

 そういって、“彼”は“眠り”についた。寝息すら立てないことは当然だが、それでもどこか変な感じがしてならない。新生作業に秀流は没頭していたが、“彼”の言葉から笑みが零れて思わず作業を中断した。璃菜の差し出すお茶を飲みながら、秀流は“彼”の横に大の字になって寝転んだ。璃菜もつられて、横になった。
 視界に映ったのは、果てしない青い世界。
 どこまでも行けそうなほど、広い広い空。
 それでも届かないのが、とても口惜しかった。
 手に入れたものは、大切なナニカでも口に出そうとは思わない。出した途端に、消えてしまいそうだった。胸の奥深い場所に留めておいてゆっくりと噛み締めていくことしか出来ないことを、それでも知っておいてほしい。
 伸ばした手は暖かく小さい手を掴む。
 疲れた、と口に出したら可笑しそうに微笑んで、私も、と小さく同意した。
 それだけで、充分だった。

 そして、新生作業を終えて動作確認を兼ねた砲撃訓練のために今に至る。
 璃菜は秀流の回想の最中ずっと飲み物を飲んでいたらしく、彼女の紙コップは殆ど空になっていた。慌てて秀流も自分のに口を付け、まだ熱いそれを急いで飲み干した。
「秀流、“彼”にそろそろ名前、付けてあげない?」
 璃菜のその言葉に、自分らが彼を“彼”という代名詞でしか扱っていなかったことを改めて身に染みさせられる。“彼”であろうとなかろうとあまり関係のないことだと思い続けていたのだが、いい加減に考え直すべきなのか。璃菜の顔を見ているとそう思う。
 秀流は紙コップを屑入れに投げ捨てると、新しく二つの紙コップを持ってきた。一つを璃菜へ渡すと、俯いて考えに耽る。横顔を璃菜が眺めているのはくすぐったかったが、感覚を外部と一切遮断するでどうにか対処した。
 まず初めに考えたのは、どこの言語体系の言葉を用いようかということだった。自分達と同じように漢字を用いるのもまた一興だが、それに縛られるのもあまり得策だとは思えない。
「……そうだなあ」
 秀流はあごに手をやったまま、透明の遮蔽物から覗く雲に視線をやる。出来ることなら、自然にあるものの名前を付けてやりたい。人工物であるが故に自然を形容した名を持つことは滑稽に違いないが、それは自分らとて例外ではない。
 例えば、「空」や「雲」、「大地」と言った抽象的なものを指す言葉を与えるのは気が引ける。大きなものの一部分、しかしなくてはならない「欠片」がいい。
「アリオト」
 秀流の言葉に、璃菜はその意味を訊いた。
「星座の一つに北斗七星っていう名前の星座があるんだ。名前の通り、七つの星で一つの星座を構成してるんだ。で、“アリオト”っていうのはその一つの名前」
「意味は?」
「意味?」
「“アリオト”って名前の意味」
「……説は幾つかあるんだけど、どれも俗説でしかないんだよな。不明なんだ、由来が」
 申し訳ないといった面容で、秀流は飲み物を口に運んだ。璃菜の様子を窺うように顔を覗き込むと、“アリオト”という自身の名前の選択について訊ねた。
「うん、いいと思うよ」
 心底嬉しそうに、璃菜は笑う。何度も“彼”の名を呟き、自分で満足したかのように頷く。

 アリオト

 集合体として存在を認められている星座の一部分。
 一人では決して生きていけない、人間のような星々。

「名前を定義するってことは、俺が親ってことになるんだよな」
 まだ若いのに子持ちか、とくだらないことを考えながら、秀流は新しい仲間への膨らむ思いを抱く。いつか先に逝くことになるのは、間違いなく自分達の方。それでも人間に付き従うことを再び決意してくれたアリオトに向けて、秀流と璃菜は手にしていた紙コップを高々と掲げた。
 紙のぶつかる頼りない音が二人の間に響き、静かに消えていった。





【END】