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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】新人ビジター育成キャンプ

WR:なち


 俺が訓練教官のクランシー・アーメイだ。
 話しかけられたとき以外は口を開くな。口でクソたれる前と後に“サー”と言え。
 わかったか、ウジ虫共!
 今のお前達はビジターではない。人間様でもない。ただのウジ虫だ。
 故郷で食えなくなって、セフィロトで一攫千金という馬鹿な話に乗って出てきたか? 田舎者の豚娘どもめ。
 セフィロトは正直だ。甘い話なんて何処にもないと、すぐに教えてくれるだろう!
 すぐさまくたばって生ゴミに成り下がるお前等を、せめて三日は生き延びられる様にして、何とか人間様の体裁を整えるのが俺の仕事だ。
 訓練期間は非常に短い。しかし、その分、内容はたっぷり詰め込んである。嬉しいだろう?
 落ちこぼれる奴は、アマゾンに飛び込んで、さっさと死ね! タクトニム共もそんな糞虫にかける手間が省けるだろう!
 お前等のうちの何人が訓練期間中に魚の餌になるか、俺は楽しみにしている。俺を憎いと思うなら、せいぜい訓練を生き延びて、俺の鼻をあかせて見せろ。
 わかったか、ウジ虫共!


◆◇◆


 最早キャンプの定番となりつつあるアーメイの罵声に、門屋・嬢はただ一人憤るでも無く敬礼した。早々に背を向けて去っていくビジターの中、アーメイに向かって背筋を正す。
「当キャンプに志願した、門屋嬢であります。訓練教官殿、ご指導・ご鞭撻の程、宜しくお願い致します!」
 あまりの大声に振り返る者、驚く者――アーメイに至ってはしかめっ面で耳を塞ぐ。
「志願の理由は自己鍛錬であります!!」
 敬礼をしたままそう言ってアーメイを見つめると、アーメイの口からは驚く程低い声が返った。
「……だから何だ」
 小首を傾げる嬢に、アーメイの怒声が弾ける。
「このウスノロ!! さっさと行けと言ってるんだ!!」


◆◇◆


 ビジター育成キャンプ。その存在を知ったのは何処でだっただろうか。どこかの酒場だったかも知れないし、あるいは街中で耳が掴んだ情報だったのか。
 とにもかくにも嬢にとって、それは「面白そうじゃん」と興味を惹かれる対象ではあった。
 早速志願を――と思ったのだが、如何せんまだビジターになって日が浅い嬢にとってはその志願場所がわからない。様々な場所に問い合って、騙されそうになりながらもやっとこさ登録が適った。
 それなりに腕には覚えがある所。白衣を着こんで学者や医者に見られる事も無い事は無いが、戦闘能力には誇るところがある。
 そんな風に意気揚々と胸を躍らす嬢の心を反映してか、高く澄んだ青空の下、ビジター育成キャンプは幕を開けた。


◆◇◆


 キャンプの朝は早い。異様に早い。まだ深夜といって良い時間、前日の疲労を引きずって目を擦るビジターの中に、嬢の姿もあった。
 愛用の白衣は動きやすさを重視する教官の手によって没収されたが、それに従って丈の短いタートルネックのシャツ、ショートパンツ姿のい出立ち。短い黒髪も合わせれば元気色が一層強まる。
 朝は弱いと仲良くなったビジター仲間とグチり合いながらも、これから始まる戦闘訓練に頬を紅潮させていた。
 ――のだが。
「――っかはっ……!!」
 嬢は、腹を押さえて踏鞴を踏んだ。ひゅと掠れた吐息を漏らすと、あまりの激痛に目元に涙が滲んだ。
 こみ上げてくる不快感に胃液が混ざる。
 そのまま倒れ込みそうになる体を何とか堪えて、第二撃を受ける前にと大きく飛び退く嬢。
 しかし
「遅い」
前方に居たはずの教官の声が背後から聞こえ顔を上げると、驚愕に瞳を見開く生徒達の顔が映るばかりだった。
「安易過ぎる」
 ため息と共に首元に熱。
(そんな馬鹿な……!!)
 チンピラが何人集まったって相手出来る実力はあると自負していた嬢。いくら戦闘のエキスパートと仇名される教官に対しても、己の素早さを活かせば何とかなるとさえ思っていただけに、アーメイの動きは少なからずショックだった。
 蹴りの連発でアーメイの腕を防御に誘い、後膝に入った蹴りにアーメイの体は傾いだ筈だ。そう認識して一気に叩き潰そうと背後から一点の死角へ飛び蹴りを放つ――余りに無抵抗でおかしいなとは感じたが、しかし、先手を打った事に間違いは無かった。
 けれどアーメイが揺らいだのは、嬢を誘い込む為の罠だった。傾ぐと見せかけた巨体は次の瞬間嬢を追って跳躍しており、後頭部へと入る筈だった蹴りは、屈強な脇腹に跳ね返された。そして代わりにアーメイの肘鉄が嬢の腹へとクリーンヒットしたのだ。
 蹴りに全力を込めていた嬢は慌てて両手を防御へと回すが間に合わず――けれどうろたえたのは一瞬だけで、すぐに気を引き締めた。
 それが自身の速力を倍する勢いで何故か背後にアーメイが居る。アーメイにふっ飛ばされたお陰で距離は稼げていたにも関わらず。
 恐怖と畏敬の念を感じたと同時に、嬢の意識は途切れた。


◆◇◆


 翌日はサバイバル訓練だった。
 前日昏倒した嬢をみとめると、アーメイの口から嘲笑混じりの雑言が放たれる。
「……お嬢ちゃんは家でお人形遊びでもしてた方がいいんじゃねーか?」
「!!」
 その呼ばれ方は我慢ならない。目に力を入れて睨み返すものの、昨日の事があるだけに言い返せない。
「いーか、着いて来れなくなったら勝手に消えろ!俺の手を二度と煩わせるんじゃねーぞ、クソがっ!!」
 そう言って背を翻すアーメイを茫然と見送っていると、突然隣に女が立った。このキャンプで嬢を抜かしてただ一人の女性である。
「昨日、部屋に運んでくれたのよ、あんたを」
「……教官が?」
「そ。皆あんたと似たり寄ったりだったからね」
 女の視線を追って辺りを見回すと、成程どいつもこいつも昨日より濃い疲労を背負っている。
 それなりに元気なのは嬢とこの女位だ。
「情けないわね」
 女の言葉に苦笑を返して、成程と昨晩の事を思い返す。気付いた時には宿舎という名の掘っ立て小屋のベットの上だったのはそういう事か。
「ま、とにかく頑張りましょ」
「ああ!」

 ――――とは言ったものの。
「何度死ぬ気だ、てめぇは!!くそ役にも立ちゃしねぇ。………もう死ね、今死ね、さっさと死ね!!」
 アーメイの罵声を喰らって、嬢は泥の中で敬礼した。
「失礼しました、サー!」
 慌てて立ち上がり、迷彩服の袖で汚れた顔を拭う。
 現在二人の教官の下に分かれて、訓練施設内のジャングルの中でサバイバル訓練の真っ最中。
 これだけ騒げば完全に隠密行動にはなっていない。
 だが幸いにして仮想敵のもう一隊はアーメイの手腕の元全滅だった。
 ――まあこれが現実であれば、嬢はその素晴らしい腕前を見る事も無く初っ端で吹き飛んでいたが。
 苦手云々の前にこれに関しては経験が無いので、突然やれと言われても巧くいく筈がない。しかしそんな事がアーメイに通じるわけがないので、嬢は謝るに限った。
「以後気をつけます」
「次はねーぞ、豚野郎!」
 求めては居ないがこの教官、女性に対する配慮が全く無い。言葉にするのも憚られる悪言を次から次へと吐き出しながらの容赦の無い鉄槌の元、しかし嬢の技術は確かに向上を見せていた。
 「……ありゃモテないわね」
仲良くなった女性の言に、大きく頷いたり等しながら、日々は順当に過ぎていた。


◆◇◆


「声が小せーぞ、てめぇら!! その口は飾りか!?」
 アーメイ教官の怒声は、今日も変わらず響いている。
「アイ、サー!」
 キャンプに慣れてきたビジター等は、一層大声を張り上げる。
 今まで訓練が終わるやベットに倒れこんでいた体も、朝日を拝む項垂れた集団も短い期間の中でも進化はしている様で、日を追う毎にその動きは洗練されたものになっていた。
 けれどどうしても、キャンプの『名物』であるこのマラソンだけは中々慣れるものでは無かった。
 偏に恥ずかしいのである。
 訓練教官が一節を歌い、同じ文句を後続の訓練生達が唱和しながら続けられるマラソンは教官の許しが出るまで続くのだが、アーメイの言う通り声が小さい。
 皆が皆同じ事をしているのだからそこまで固くなる必要も無いのだが、たまにすこぶる音痴な者等も混ざっていて、その上教官の方が異様に巧いものだから、嬢にしてみても恥ずかしい事に代わりはなかった。
 それでも体力に限界が近づくとそんな事に構っていられる余裕が無くなる。
 とにかく歌わない事にはマラソンに終わりが無い。こと自身の何倍も歳を取っている教官の体力が化け物並なので、大きな不慮が無い限り中断される事なんて無い。
 もう喉が枯れる程大声を張る。
「基礎体力作りなら負けないよ!」
 等と豪語したのも間違いだ。もう体力は衰える寸前である。
「ぜ……ぜぇ……ぜっ」
 荒い息に頭が下がる。もう歌っている所では無い。
 それは皆同じ。
 頑張れ、頑張れ。
「あと2キロ!!」
 終わりが近づいたとなって俄かに活気付く。
 あと少し。
 そう思うものの視界が鈍る。隣を走る女の息遣いも、汗臭さも遠のく。
「あと1キロ!!」
 アーメイの声だけが耳元で響く。
 あと少し。
「踏ん張れ、ノロマ共!」
 後続が倒れたらしい。それでもスピードは増す。
 アーメイの声が距離を段々と縮めていく。
「――ぜ……」
 やばい。
 足がもつれた。
「終了!!」
 倒れ込むと同時にアーメイの言葉が響いて、告いで、歓声が轟いた。
 嬢の口元にも笑みが浮かんだ。
「野郎共、よくやった!これでやっと人並みだ!!」
 アーメイの初めての、けれども皮肉んだ言葉に様々な声が上がる。喜びであったり怒りであったり、それでも笑みは途切れない。
 そう、終わったのだ。
「やった、ね………」
「そうね……」
 隣に腰を落ち着ける女と顔を見合わせ、軽く拳を付き合わせた。
 ああ早くベットに行きたい。太陽の落ちた空を見上げながら、嬢は思った。

 そうして、最後の夜は明けるのだ。



END



参加者一覧
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0517/門屋・嬢(カドヤジョウ)/19歳/女性/エキスパート


ライター通信
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初めまして。この度はご発注有難う御座いました。そして有り得ない程遅くなりまして本当に申し訳ありませんでした。以後この様な事のない様精進させて頂きますので、いずこかで見かけましたらまたよろしくお願い致します。
ご不満等ございましたら、ぜひぶつけてやって下さい。大変申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
有難うございました。


なち