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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【繁華街】ヘブンズドア

ライター:有馬秋人




いらっしゃいませ。ヘブンズドアへようこそ。
まずは一杯。貴方の生還を祝って、これはこの店のバーテンの私がおごりましょう。
貴方の心を潤す一杯になったなら何よりです。
さて、今日は誰かと待ち合わせですか? 愛する人と二人きりも良し、テーブルに行って仲間と語り合うのも良いものです。
それとも、今日はお一人がよろしいでしょうか? そうとなれば、貴方の大切な時間を私が汚してしまった事を許してください。
さて、それとも‥‥今日は何かを抱えて店にやってきた。辛く苦しい事。重苦しく、押しつぶされそうで‥‥
そんな時は、誰かに話してみてはどうでしょう? こんな私にでも話してみれば、少しは心が晴れるかも知れません。
夜の時間は長い様で短い。せめて、その一杯を飲み干すまでは、軽やかな心で居られますよう。心より願っておりますよ。





   ***





流れる黒髪は彼女によく似合っていた。なだらかなラインを描き、水滴を弾くようにしなやかな肌のはりがよく分かる扇情的な衣服に身を包み、指先に細いグラスを揺らす姿は多くの男の視線を攫っていく。
マリアは慣れたようにその視線を切って捨て、意識の端にすら上らせない。元々はこのような酒場にいる性格ではないのだ。単に指定があったゆえにこの場に来ている。そんな意識もありあたりに払う注意は職業的なもので間断なく発せられる秋波は自動的にシャットアウトされていた。
度の強い酒を舐めるように干していく。まだ中味のあるグラスだが、早晩空になるのは目に見えていた。それをチャンスとしていったいどれだけの者が話しかけるのを待っているのか。
セィロト内では色を売る者として通しているが、本来は全く違う職種であるためか、頭をその手のモードにしなければ少々気付き難いらしい。マリアはグラスの中を覗き込みため息をつくことすらせずに静かにしている。実際のところは辺りを警戒し、また周囲の会話に耳を澄ませている訳だが。
ウィッグである漆黒の髪を耳にかき上げ、また少しアルコールを舐めた頃合に隣の席に若い男女が腰掛けた。その位置の近さに指先が震える。警戒ラインに引っかかる者がいる、と。
気付かれないように視線を流し、二人を確認した。驚くほど整った容姿の男と、目鼻立ちのはっきりとした女だった。男を「アルベルト」と呼んで笑いあっている女からは何も警戒すべき要素はないように見えた。問題は男だ。
何か、意識にひっかかる気配を放っていた。
マリアは軽く息を詰めると、そっと目を伏せて二人の会話を拾うように意識を傾けた。


黒髪の美女に一瞬目を奪われて、口笛を吹きかけたアルベルトは隣にいた古い知り合いに睨まれて肩を竦めた。

「また…別に今のあなたが誰と付き合っていてもいいけど。私が居るときに他の女見るのは止めて」
「はいはい。それがルール、だったっけ」
「それだけのルール。守りなさいね」
「変わっていないな」

くすぐったそうに笑うアルベルトはウェイターに適当な飲みものとつまみを注文する。そして改めて向かい合った。
新年明けに大学に一度戻った際、教授の付き合いでパリに1ヶ月行くことになり、そこで同棲していた彼女とまた会えるとは思っていなかった。住んでいる場所が場所で、ここにきているとは思ってもみなかった。バーの入り口で見たときは「まさか」と呟き、思わず呼び止めてしまった。幸いながら誰かと待ち合わせているわけではなく、こうして楽しい時間を得たわけだ。
アルベルトの美貌に気付き、視線を寄せていた複数の女性らは心底楽しげに笑う様子にぼぅとしているが、そんな反応に慣れているアルベルトは全く気にしない。目の前の女性と昔話というには近い過去を話して盛り上がり、時おり混じる男からの敵意がちくちくすると首筋をさするだけだ。

「それで、今恋人いるの?」
「いなかったら?」
「そりゃ俺が恋人の位置に返り咲き」
「またまた。冗談言って」

くすくす笑って取り合わない女性に、アルベルトは参ったと苦笑した。見抜かれている、というわけではないだろうが、本気半分冗談半分だったことは否定できない。

「今彼女いないんだよ」
「たまにはいない期間があってもいいでしょ。私とあなたはあの時だけの関係」

さらりとかわされて、これはもうダメだと納得したアルベルトは降参と両手を挙げた。


様子を伺っていた男が不自然に首筋を擦った。マリアは眉根を寄せて観察範囲を拡大した。ハスパーのような便利な能力はないが感覚を鍛えればある程度の情報は手に入る。
マリアを向かう視線の気配は削除、男に向かう視線の元はほとんど女、そしてその連れの男の恨みがましい眼差しだ。これに反応したのかと納得しかけるが、ふいに一際強い意識を感じた。手にしていたグラスを置いてしまう。
それは視界の中に居た。
背の高い女性の鮮やかな赤色の目が狭められている。その唇が微かに震え何かの言葉を呟くが、見ていることを気取られるのは危惧したマリアは焦点をぼかして動きを追わない。
相手の戦闘能力は推し量るかぎり自分より上だ、と。正面切っていざこざを起こせば間違いなく自分が死ぬ。膝の上にのせていたハンドバックに軽く触れ、それだけは避けたい事項だと空気を振るわせる。
その様子は悩ましげな吐息として周りに映っていた。艶やかな唇が弧を描いている。

「どうせ、ね……」

自分にできることは限られている。今はただ雇い主に頼まれモノを届けるだけだ、と髪をかき上げて話しかけようとした男を視線で牽制した。


「……10100」

個体名アルベルト・ルール識別。これより監視体制に入る。
思考ルーチンに異常はなく、何の停滞もなく動きに移れた。エノアは心持ち満足そうに頷いた。今日あの相手を見つけたのはまったくの偶然だが、そういう確率の低い現実は嫌いではないと思う。
エノアが守りたいと思っている者が特別だと認識しつつある存在、アルベルト・ルールがもしも脅威になりえると判断できたのなら排除しなくてはいけない。
出来るだけいざこざは起こさずに、起きても関与せずに、相手がどう動くのか見極めるつもりで席についたエノアだが、この場で何も注文しないのは不自然かと悟り手早くどうでもよさげに酒をオーダーする。それが運ばれてくるまでの間も、見るものがみればすぐに丸分かりの熱心さでアルベルトを監視していた。
酒が運ばれた後もそれも変わらず、淡々と己に課した監視任務を全うする。もっとも自分の容姿が大切な相手にそっくりだと知っている為アルベルトに見つかるわけにはいかないとも思う。
面倒なことになったと思考の隅ではじき出した感想は表情という形で発露させることなく沈んだ。
ああでも、できるならこの手で相手をばらしたいと思う。
彼女をゆるがせる存在はいらないのだ。そんな存在はいらないのだ。
全くの無表情でグラスを掴むと喉にアルコールを流し込む。オールサイバーの体が酔うはずもなく、喉を焼く酒精の気配もしないが。何か、この行為で少し和らぐような気がした。


赤目の女の視線は悪意が潜んでいるわけではない。好意でもなかったが。強いていうならば敵意だろうか。男の容姿と女の視線から昔振られた女性が恨みがましく見ている、という予測を立てかけていたマリアはその考えを綺麗に削除した。そういう生臭い感情が女から感じられなかったのだ。
あれは、観察者の眼差しで。必要がなければ動かない合理性の塊のような気配。
どちらにしても関わりたくない、と結論だす。雇い主はまだだろうかと入り口に視線を向けたタイミングで来店者が見えた。遠い場所だがあの容貌は一度見ただけでも忘れられない。
マリアは僅かな逡巡もなく立ち上がり、まだ中味の残るグラスのサイドに代金を置いた。それを目で確認したウェイターに軽く頷いて歩き出す。

「マリア?」
「出ます」

待ち合わせ場所なだけで話す場所ではないはずだと屁理屈のようなことを言うマリアに、雇い主は何か不愉快そうにするがまぁいいだろうと鷹揚に頷く。
酒場の外に一歩でたとたんに立ち止まる。

「頼まれていたものです。ご確認を」

ハンドバックごと押し付けられ、不快な顔をしたままのクラウスは中に手を突っ込んだ。罠の類がないのは看破している為問題はない。

「受け取りました。中に何かありましたか?」
「くだらない喧騒のタネがあったので、私では上手くかわすことができるかわかりませんでした」

確実性の低い賭けはしたくないと自嘲するマリアにクラウスは目を眇めた。
依頼したのは偽造ビジターライセンス。それを確実に届けてくる動きは評価できる。ただこの性質は評価するべきかどうか、能力はけして低くない。対峙した相手と自分との差の把握も明確。
それ故に撤退傾向があるように感じられる。
使う分には問題ないだろうと判断を下すとクラウスは自分の視線を受け止めていたマリアに問いかけた。

「喧嘩ですか」
「…いえ、喧嘩になるかもわかりません。ただ見てくれのよい男が女の視線を掌握していたためそれを快く思わない者がいたのと、その男に不可思議な視線をあてていた女が……」
「気にしているのは後者ですね」
「はい。あれは、戦う者の目です」

悪意も好意もない敵意の眼差しは表面だけが冷えた溶岩だ。どんな理由があるのか知らないが立ち去るときにちらと見た限り、彼女は守るために戦う者。あの男が何をしたのか知らないがかなり警戒されていると見るべきだった。
そんな存在がどうするのかなぞ、読めるわけもなく。
不穏な可能性は発芽する前に潰してしまうに限るとクラウスが入ってくる前に撤退しただけだ。

「まぁいいでしょう。次からは事が起こるまではその場で待機していてください」
「分かりました」

それを決めるのは自分なのだと嘯くクラウスに反することなくマリアは首肯する。その長い黒髪がさらりと頬に掛かった。

「では、場所を変えて話しましょう」

普通の男女のようにリードされてマリアは僅かに目を見張る。けれどすぐに動揺を鎮めてクラウスに従った。





2005/10/...


■参加人物一覧

0717 / マリア・スミス / 女性 / ハーフサイバー
0552 / アルベルト・ルール / 男性 /エスパー
0627 / クラウス・ローゼンドルフ / 男性 / エキスパート
0716 / エノア・ヒョードル / 女性 / オールサイバー


■ライター雑記

ご依頼ありがとうございました。有馬秋人です。
今回は時間設定の指定が複数ありましたので、なるだけ違和感のないようすり合わせて製作となりました。
ご指定の時間軸でないため、時期が合わずご注文の描写内容が大幅に反映されなかった方々にお詫び申し上げます。
色々拙い部分もあるかと思いますが、この文が娯楽となりえるよう祈っています。