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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


低迷と混迷


ライター:有馬秋人







照明を抑えた店内で、黒髪の人間がグラスを傾けている。カラリとなるのは中の氷だろう。
物憂げな顔で一枚の写真を眺めている。映っているのは幼い顔立ちの少年と、苦笑顔の青年だ。
けして、持ち主が映っているわけではない写真に視線を落とし、滲むのは寂しげな笑みばかり。
「―――、彼は元気だ。早く来てあげるといい」
私では代わりにならないぞ、と少しだけ茶化した口調で付け足すと、一気にグラスを呷った。




   ***




ざわめく声と、賑やかな喧騒はけして嫌いではなかった。
探索帰りに一緒だった者たちの誘いを断りきれずに足を踏み入れた酒場は前回来たときと寸分違わぬ雰囲気を漂わせている。だからこそ、気が乗らない。
成功した探索の祝いだと、ジョッキをぶつけ合い、グラスをかわし、互いの肩を叩きあいながら騒ぐ他を一歩ひいた体勢で見ていたアデリオンは、こめかみをきつく押さえた。表皮ではなく内部を抉るような痛みは心因性だ。過去を想起しろというように精神を痛めつけてくる。
一人で来たのであれば、こんな状態にならないのは知っていたがまさか今からこの場を離れて一人飲んだくれるというわけには行かないだろう。
ビジター内部での協調性も必要なのだ。
質が良いとは言えない安酒を、唇を湿す程度に消費しているのに悪酔いしているような気分だった。くらくらとした酩酊と頭痛の鈍磨した刺激が脳の中枢を刺激し続けている。
吐くかもしれない、とぼんやりと考えるがやはりこの場を離れる決定打はなく。
解らないわけではなかった。こうやって心が咎めるほど喧騒の中に加わるのが怖いものの、その実自分は賑々しく騒ぐのが嫌いではないのだ。いいや、それが友と呼ぶほどの相手であればむしろ好ましい。
アルコールの力も得て、ざっくばらんに会話して笑いあうのは好きだった。
そう、全ては過去のこと。
他に気付かれない程度の憂鬱を視線に滲ませ、店内を何気なく見回したアデリオンは店の一番隅、照明すら翳っている場所で一人飲んでいる青年の姿を発見した。
「………あれ、は……」
アデリオンの視線に気付いた、比較的酔いの浅いものが「どうしたぁ?」と問いかけてくるのを差し障りの無い言葉でいなす。そのまま知り合いがいたから少し行って来る、と戻るつもりのない意志を見せることなく歩き出した。
片手のグラスは離さずに、荷物をさり気なく引っさげていくアデリオンに声をかけた男は少しばかり目を丸くしたが、隣の仲間に新しい酒を突きつけられてすぐに相好を崩して忘れてしまった。
移動の途中、カウンターに寄るとグラスの中身をそっくりそのまま替えてしまう。安酒ではなく、この場にくるときに自分が好んでいる銘柄を得ると、まだ残るこめかみの痛みを意識しながら目的のテーブルに手をかけた。
「もし宜しければ、気晴らしの相手をお願いできますか? 酒場で騒がしく飲むのは苦手なんですよ」
「………私でよければ」
夏野の淡々とした口調は少しも酔った気配がない。苦笑気味だが物腰柔らかなアデリオンとは対照的に、どこか硬い印象の残る相手だった。もっとも、アデリオンが知っているのは小柄な少年に口やかましく叱られ苦い顔をしていたり、雛よろしくぴーぴー鳴く周りの為に多量の料理を作っている姿だけだ。それほど、打ち解けているとは言えないだろう。
ただ、テーブルに一葉の写真を置き、静かに飲んでいる姿に自分とどこか共通したものを感じてる。
痛みを痛みのまま記憶して、セピアに染めることも風化させることもできないような目の色。
椅子をひいて座ったアデリオンは、隠すようすのない写真に目を落としながらもあえてそれには触れなかった。代わりに、共通事項でもある少年について話し出す。
「ずいぶん、慌てていましたよ」
「?」
何がとも言わず、ただ目線で疑問を提示する夏野にアデリオンはにっこりと微笑んだ。酒が入っているいないに関わらず、どこかゆったりとした口調で花鶏の名を口にする。
「人にぶつかっても謝る暇すら惜しいと逆に怒鳴っていて、殴りこんだときは、それこそ全力疾走でした」
「その節は、失礼したな」
誰がどんなときに取った行動なのかを悟った夏野が苦笑した。アデリオンは頭を振って、その謝罪を否定する。
「貴方が見つかったときの表情だけで十分ですよ」
すごく、嬉しそうな顔で、見ているこちらが喜んでしまった。そう告げるアデリオンに夏野は少し目を丸くし、口元を柔くする。写真に指を滑らせた。
「…………代わ…でも嬉し…な」
微かな声は辛うじてアデリオンの耳に届いた。
写真には赤銅色の髪の小さな子供とくすんだ黒、墨色の髪の青年が写っている。赤銅は間違いなく花鶏。黒髪の方はわからない。ただ夏野より幾分くすんでいるが黒い髪、焦げ茶の夏野と違って真っ黒な目をしているが花鶏にとってその色彩に近いだけでも、二人は似ているという場所に分類されると、夏野自身が判断しているのは理解できた。
アデリオンは花鶏が「夏野のために」とプレゼントを探していたのを知っている。だから、けしてそういうことではないと思ったが口にはせず沈黙を選択した。こういうものは誰かが言っても仕方がない。自分の屈託と同じように…、自ら考えていくしかないだろう。
自分の内面に思考が向いたためか僅かに表情を暗くしたアデリオンに、今度は夏野が問う目を向けた。どこか労わるような眼差しに、普段は口にしない過去を思い出す。
ほんの少しであればいいだろうか、と。酒の力を借りて、痛みを感じているのだと、痛いのだと口にしてもよいだろうか、と。
「家はもは半ば縁切り状態で研究仲間とビジターをしていました……」
話しだしたアデリオンに、夏野は無言で続きを促した。
「実家はわりと金持ちでして…その相続争いが起きたときに何故か縁切りした私にまで火の粉がかかってきましてね」
苦笑、笑うしかないほどの苦みが口の中に生じている。
「酒場で……一緒に飲んでいた友人が巻き込まれて死にました」
「……そうか」
自分のことでしかなかったはずなのに、どうしう友人が巻き込まれて死ななければならなかったのかと今でも悔いている。この賑やかな喧騒の中で、自分以外の複数と飲むことは恐怖に等しい。また、誰かを失ってしまうのではないかと考えてしまう。そうでなくとも、死んだ友を思い出して。
それが辛くて一度はビジターを止めた。結局戻ってきてしまったものの、あの時の痛みは未だ身の内に刻まれたままだ。
グラスの中で揺れるアルコールの水面に目を落としているアデリオンに、夏野はただ静かな相槌を打つ。否定するでもなく、ただ相手の言葉を受け止めるだけの声にアデリオンは少しだけこめかみの痛みが和らいでいくのを感じた。


2005/11/..




■参加人物一覧

0585 / アデリオン・シグルーン / 男性 / エキスパート


■登場NPC一覧

0204 / 花鶏
0207 / 佐々木夏野


■ライター雑記

ちょこっとだけアデリオン氏の過去に触れている形となりました。
いかがでしたでしょうか?
中々におくが深い人物だと感嘆しつつ作っていったのですが…。
この話が少しでも意に適い、楽しんでいただけることを願っています。