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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【都市マナウス】クリスマスディナー

ライター:有馬秋人






いらっしゃいませ。御予約のお客様ですね?
本日の料理はフランス料理ブラジル風のコースとなっております。新鮮なアマゾンの魚をいかしたフランス料理を、どうぞお楽しみ下さい。
ところで‥‥失礼ですが、お客様のお召し物が少し‥‥
貸衣装の用意が御座いますので、こちらでお召し替えを。
もちろん、これはお客様へのサービスです。必要でしたら、スタイリストもご用意致しますがいかがなさいましょう?
お着替えになりましたら、お声をお掛け下さい。最上階のレストランまでご案内致します。





     ***





明かりは十全に満ちている。けれど硝子越しに見える外界は暗くくらく、ぽつりぽつりと儚い光が宿るのみだ。遠方は完全な暗闇で、この場所を外から見るほうがよほど綺麗だろうと思った。
ヒカルは不機嫌な面持ちで案内されたテーブルについた。ディナーを楽しみに、というよりは交渉の場についたという感覚の方が強い。それはやはり、目の前の相手が原因だろうと嘆息だ。

「まったく……そなたがディナーなどというから何事かと思うたが………アマネはどうした」
「遅れてくるそうですよ」
「ふむ」

一人が来ていないからと言って先のばしにしてもらっていたが、前菜程度であれば手を伸ばしてもよさそうな返答で。近くの者に前菜からスローペースで運んでくるよう頼む。
声をかけた後でため息が零れた。本来であれば、相棒とその友人らと船上のパーティーとしゃれ込んでいたはずなのだ。土壇場でこの相手が連絡を取ってきたときには思わず渋い顔をしてしまった。断れるはずがない。好悪の問題ではなく。相手の性格ゆえに、だ。この男がただの機嫌伺や親孝行で会談を持つこと等ありえないことはわかりきっている。
手持ち無沙汰を慰めるようにクリアなグラスを弾く。その仕種を見ている相手は無言。
いかつい顔の中年男性と年若い娘がテーブルを挟んで向かい合う風景は事情を知らないものが見れば、親子でクリスマスのディナーを楽しんでいるようにも見えるだろう。実際としてはその当て推量は全くの外れであり、中年男性は娘婿のアレクサンドル・ヨシノで本日の招待主。立場は逆だ。
会話は淡々としておりけして不和な気配は見せていない。それはアレクサンドルの持つ雰囲気が殺伐としたものではないのも一役買っているだろう。交渉ごとに慣れているのか姑に拒否されても苛立っていない。

「どうでしょう、いい加減あんな小娘に肩入れするのは止めませんか?」

そして我々の元に戻って来て下さい。

「あなたにとってそれはプラスになりこそはすれ、マイナスではないはずです」
「そなたが小娘と呼ぶ者を私は相棒に選んだのだよ、アレックス」

少しは物言いに気をつけろという口ぶりだ。前菜を運んできたものに対する態度は丁寧で、けして鋭くは見えないが正面から見ていたアレクサンドルは付き合いが長い分この相手を不機嫌にさせたことを悟っていた。けれど、その程度で怯むのであればわざわざこんな席を設けようとは思わない。

「そちらの立場も分からんでもないがな……」

小ぶりのロブスターを茹で、割った背からサラダとなる具材を詰め込んだ前菜は彩りも鮮やかで綺麗。一番外側のフォークを手にしたヒカルはどうしたものかと息を吐く。
義理の息子の立場は嫌と言うほど理解している。秘密機関の軍事顧問であり、将軍(ジェネラル)のコードネームを持つ者。相棒の仇が生み出された機関の大元だ。

「では」
「断る」

即答された意味を噛み締めるようにアレクサンドルは手を止めた。見せ掛けだけの穏やかなディナー。会話さえ聞かなければ家族団らんしているかのような、一つの風景。それが少しばかり崩れる。

「私はあなたが仇討ちの話を持ち出した際反対しました」
「そうであったな」
「それでもあなたは反対を押し切った。しかしそれも三年という猶予だけ……残り時間はそれほどないはずです」
「分かっておるとも」

その三年、結果は芳しくない。焦っていないといえば嘘になるが、まったく無駄な月日だとも思っていなかった。相棒のことを思えば、実に有意義な猶予期間。ヒカルの口元に本来の笑みが浮かぶ。
仇討ちに狂うばかりだったあの相手が、自制し的確に追い詰めようと考えるようになったのはけして無駄ではない。良い仲間と出会えたことを喜ぶべきだ。
ヒカルの思考に水を差すように、低い男の声が響く。

「私がここに派遣された意味はよくご存知のはずだ。それでも断りになりますか」
「………そうだ」

ヒカルとて分かっている。相棒の仇は、手ごわい。脱走当時、機関が追撃部隊を出したが全滅したと聞いた。その上で自身の痕跡を消し完全に行方を暗ませていた。ジリジリしていた機関にとって自分たちの持つ情報は喉から手が出るほど必要だろう。
だから、将軍の名を冠する者が派遣されてきた。

「強情な方だ」
「何を言われても変わらんよ。私の基本姿勢は、な」

今の状態の維持。それだけにどれ程の注意を払っているか誰がわかってくれるだろうか。相棒の宿願を遂げさせてやりたいと願う思いも、全く変わっていない。つかぬ間の平穏のような時間を保ちながらもヒカルの意志は僅かたりとも鈍ぶっていなかった。
かつての無力を思えば、鈍るはずがない。
これ以上話を続けても無駄だと視線で告げたヒカルにアレクサンドルは嘆息した。綺麗に平らげた前菜のプレートにフォークを置く。食間休みの置き方ではなく、先を上に向けた終了の置き方だ。

「仕方ありませんね」
「行くのか?」
「私が居ては楽しいディナーではないでしょう」
「……ふむ。次は仕事抜きで来るが良いさ」
「さて」

それが出来るのであれば、ここに来ていないという言うように肩を竦めるとアレクサンドルは立ち上がる。先に高額な勘定を済ませると振り返りもせずに出て行った。

「待て…アマネが来るまでは一人か?」

クリスマスのこの空間に一人だけとは洒落にもならない。傍と気づいたヒカルはアレクサンドルが出て行った方向を睨んだ。







建物を出たところでアレクサンドルは立ち止まる。そこで漸うと上を振り返った。謀っている自覚はある。けれど口にしていた言葉に嘘もない。姑を案じる気持ちもあるがと、すぐに頭を振る。
結局は優先順位の問題なのだ。
視線を上に向けたまま口を開く。かすかに、動いたかどうかすら常人には分からない程度に。

「あの小娘の戦闘データは使い物になりそうか?」
「さぁ、どやろな。甘ちゃんやし使い物にならんとちゃう?」
「それがお前の見立てか。参考にしよう」

アレクサンドルが今出てきた建物に入っていくのはアマネだ。すれ違った父親を振り返ることせずに返答してくるのは何かしら意地なのか。また父親もそれを気にせず一言二言口にするだけで去っていく。レストランのある高級ホテルの入り口をくぐって、ロビーの半ばで進む。そこでようやく視線を後方に投げた。このあたりが親子といえばそうなのかもしれない。
いつもは括りあげている茶色の髪を垂らし、丁寧に解いたアマネは一見したところ良い所のお嬢様だ。立ち振る舞いもそれに相応しく御しとやかで、日ごろの彼女を見知っている者が居れば目を擦ったことだろう。

「……はぁ、腹立つなぁ」

レストランのある場所は知っている。迷うことなく歩きながら思わず零れたぼやきは幸いながら誰にも聞かれず絨毯に沈んだ。
父親が犯罪者である自分を泳がせているのが癪に障る。見逃しているのは自分の娘だからという甘い感情ではないはずだ。それが分かっていても。

「利用させてもらうわ」

望むものがあるのだ。それを手に入れる為であるならば何だって利用する。父親であろうと構うまい。そう、それを言えば祖母であっても、自分にとって利用対象にしか過ぎない。その相棒である甘いあまい…けれど傍にいるのが楽しい相手であろうと。
思考に付随して浮かんだその顔に、心が痛んだがアマネはそれをなかったことにしてしまう。

「遅い」

ぼそりと飛んできた声に雑念を振り払う。

「堪忍してや」
「全く…いらぬ好奇の視線を浴びたぞ」
「ばあちゃん?」
「……祖母と呼ぶな」

若作りがばれる。ばれるのは別段構わないが好奇の目だけはもういらない。そう嫌そうに言い募るヒカルにアマネはたははと笑った。

「せやかて、ばあちゃんはばあ……」
「それ以上口にすると命はないと思え?」

にっこりと美少女然とした笑顔のまま告げられてアマネは慌てて口をつぐんだ。付いたばかりのアマネの前に前菜が並べられ、ヒカルの前にスープが置かれている。

「支払いはアレックスが済ませておる。気にせず食べるが良い」
「追加オーダーは?」
「請求があれにいくのであれば構うまい」

自分はびた一文出す気はないと言い切ったヒカルにアマネは内心大笑いする。声に出すと追い出されそうなので、必死にかみ殺してロブスターの背中を突いた。





2006/01/...


■参加人物一覧

0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー
0637 / アマネ・ヨシノ / 女性 / エスパー
0713 / アレクサンドル・ヨシノ / 男性 / エスパー


■ライター雑記

関西の方、とりわけ大阪の方の話し方がうまく掴めていないのですけれど、違和感がないことを願っています。いやもう聞きかじり状態でお恥ずかしいのですけれど、これが精一杯でございます(汗)。
こういう所はホント経験なんだろうと自分の未熟を自覚しつつ。
この話が楽しめるものであることを願っています。