<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


強王の迷宮【地下1階】
●オープニング【0】
 『強王(きょうおう)の迷宮』と呼ばれる場所がある。エルザードから3日ばかり北へ向かった岩場の地下にある迷宮だ。
 それはあるドワーフ・ガルフレッドの話から始まる。彼はある日突然、周囲の者たちにこう告げた。
「わしは強王である!!」
 ……まあ色々とこの状態を表現する言葉はあるだろうが、それはさておき。
 強王ガルフレッドはその日より岩場に向かい、一心不乱に岩を掘り始めた。ただ迷宮を作り上げるために。
 時の王はその強王の行動を監視するだけで、特に何の行動も起こさなかった。害はないと判断したのであろう。
 長い年月をかけ、強王は迷宮を作り続けた。そして見事に地下3階まである『強王の迷宮』が出来上がった。だが、そこで強王が何をしようとしていたのかは分からない。何故ならその直後、強王は病に倒れ亡くなったのだから。
 それ以来、迷宮は入口を結界で封じた上で放置されている。
「その迷宮の地図がここにあるけど、行ってみる? モンスターが居るかもしれないけど、腕試しにはなるでしょう?」
 そう言ってエスメラルダが地図を3枚差し出した。ご丁寧に結界の呪文まで記されていた。
 すみません、何故地図がここにあるんですか?

●旅立ちの朝【1】
 エルザードの街の門近く――ここが今回、迷宮へ探索に向かう冒険者たちの集合場所だった。
「結局集まったのはこれだけかよ」
 その場へ現れた面々の顔を見回してそう言ったのは、学者のスイ・マーナオだった。見た所では小柄で繊細な顔立ちをした極上の美少女であるが、その口から出てきた言葉は……ちと外見とギャップがあった。
「それだけ地図の信憑性が低かったんだろう」
 当然だろうというように、燃えるような赤く短い髪を持つ青年、紅飛炎が言った。そもそも何のために作られたのかもよく分からない迷宮に、自ら進んで行こうという者はそう多くはない。ましてや、地図の出所もよく分からないとなればなおさらだ。それでもこの場に5人は集まってきた訳だが。
「まあまあ、そんなこと言うなよ」
 細身の金髪青年、アルフレート・ロイスがスイに言った。細身で美形という容姿の優男だ。今の格好も、革鎧を着けているかと思えばドレスアップ用のベストで、何より武器らしい物が見当たらない。
「そんな些細なこと気にしてちゃ、キミの可愛らしさが薄れるだろ?」
 アルフレートはそう言いながらスイの手を握ろうとした。が、一足早くスイが動いた。
「俺は男だーっ!!」
 アルフレートの腹部に蹴りを1発叩き込むスイ。文字通り『一足』早かった。
「はうっ!!」
 衝撃で後方へ吹っ飛ぶアルフレート。慌てて青髪のエルフ女性の魔法使い、エルドリエル・エルヴェンが駆け寄ってゆく。
「あらあらあら……大丈夫ぅ?」
 肩にかかったポニーテールを後ろへやり、エルドリエルはアルフレートの傷を癒すべく『命の水』の魔法を使った。
「アルフレート様……大丈夫なんでしょうか?」
 今の光景に目を点にしたまま銀髪エルフ女性のヴィジョンコーラー、レティフィーナ・メルストリープが飛炎につぶやいた。飛炎がエルドリエルに介抱されるアルフレートを見つめたまま答える。
「……心配無用だろ。蹴りが決まる瞬間、上手く身体を引いて衝撃を弱めていたからな」
「え?」
 出発前に一騒動はあったが――ともあれ、一行は『強王の迷宮』のある岩場目指して出発した。

●入口にて【2】
 道中の一行は何度かゴブリンや狼といったモンスターに襲われたが、難無くこれらを撃退して3日後には無事岩場へ到着した。
 複雑に入り組んだ岩場の一角に、迷宮への入口はあった。入口は人が2人並んで入れる横幅で、中には地下へ降りる階段が続いていた。
「結界を解いて中へ入ればいいんですよね」
 エスメラルダの持つ地図の写しをもらってきたレティフィーナが言った。地図には結界の呪文が記されているのだから、これを唱えれば結界は解除されるはずだ。
「けど、いまいちあの地図信用できねえんだよな。当時の文字が使われている箇所はあるけど、あの地図がオリジナルだって保証はできねえよ」
 スイが口を挟む。学者である彼は予め地図を鑑定してきたのだが、真偽の判断が非常に困難であった。それでも一応、7:3で偽物ではないかという結論に達していた。
「あら、そうなの? でも真偽は実際に歩いてみたら分かるんじゃない? 違っていれば、補えばいいんだし」
 エルドリエルがくすくす笑いながら言う。確かに入ってみれば分かることではある。
 レティフィーナが呪文を唱えると、入口が一瞬光りすぐに元の状態へ戻った。飛炎が慎重に入口をくぐる……入れた。結界が解けたのだ。
 一行は飛炎とスイを先頭に隊列を組み、階段を慎重に降りていった。

●小手調べ【3】
 迷宮内部は一面の白だった。単に岩を掘っていっただけの造りかと思えばさにあらず、壁や天井等もきちんと磨かれており、塗装も施されている。さすがドワーフの仕事といった所か。
「はー、よくもまぁこれだけの迷宮を作ったもんだよ。強王とやらが何を考えてたかは知らねぇが」
 やや呆れたニュアンスを含み、スイが言った。
 1区画5メートル四方のこの広い迷宮を、前衛に飛炎とスイ、後衛に共に弓の使い手でもあるエルドリエルとレティフィーナ、そしてランタンを持つアルフレートという隊列で調べてゆくことを決めた一行。
 地図では左下――南西が入口になっており、そこから外周がぐるり1周。階段らしい図は中央の部屋に描かれていた。そこへ行くには、外周から扉を開けて中の通路へ移る必要があった。
 まずは地図の信憑性を確かめるために外周を1周してみようと、誰からともなく言い出した。食料は余分に持参しているので、少々の回り道は影響ない。
 レティフィーナが聖獣カードを手に、パピヨンのヴィジョン『黒髪の舞姫フェステリス』を召喚した。ヴィジョンの持つ能力、超音波を使うことにより敵に先制攻撃されることを防ごうというのだ。
 罠に警戒しつつ外周を北へ進む一行。飛炎が一定間隔で壁に印を付けてゆく。
 最初の扉を通り過ぎ、最初の角を曲がった瞬間、一行は言葉では表現できない奇妙な感覚に包まれた。しかし見た所何かが変わった様子もない。
 不思議に思いながらも、次は東へ進む一行。そして2つ目の角が見えてきた時、アルフレートが最初にそれに気付いた。
「うん? 階段……?」
 進行方向左手に階段があった。地図の北東部分には全く記されていない。だがそれも当然の話だ。その階段は昇りの階段だったのだから。その場に着いてから、エルドリエルが壁に駆け寄った。
「あら、これ……」
 壁に記された印を指差すエルドリエル。それは飛炎が最初に記した物だった。つまりここは最初の場所で――。
「先程感じた奇妙な感覚……あれは転移の魔法がかけられていたということか」
 そう言って飛炎が唸った。印を付けておいたのは正解だったかもしれない。
 ここで5人は思い始めた。強王はやはり何らかの目的があった上でこの迷宮を作ったのだと――。

●強王の迷宮・最初の戦い【4】
 転移の魔法がかけられている箇所があることが分かった一行の探索は、より慎重な物となった。スイがやや欲求不満な表情を見せていたが、モンスターや障害物が相手ならともかく、空間にかけられた魔法となると手の出しようがない。
 歩き回っているうちに、どうやらこの階の地図が正しいことが分かってきた。ただあちこちに転移の魔法がかけられた箇所があるので、その繋がりを新たに地図に記してゆく作業が難しかった。
 モンスターにも遭遇しないまま、やがて一行は広い部屋へ通じる扉の前へやってきた。地図では扉の向こうに3×3の9区画の部屋が記されている。階段があると記されている部屋は、この部屋を抜けた先であった。
 罠を調べ扉を少し開けると、そこには古びた剣を手にした骨が居た。スケルトンだ。それも7体も。
「要はあいつをぶっ壊しゃいいんだよな?」
 スイは笑みを浮かべてそう言うと、部屋の中へ飛び出していった。飛炎は舌打ちすると、やはりスイの後を追って飛び出してゆく。残る3人も部屋へ雪崩れ込んだ。
「うりゃあぁっ!!」
 手近なスケルトンに飛び蹴りを浴びせるスイ。スケルトンは抵抗する暇もなく、その身をバラバラにして吹っ飛ばされてゆく。運良く別の1体を巻き添えにして。
「せやっ!!」
 飛炎の叩き付けるように払った剣が、また別のスケルトンを粉砕する。
「よっ、とっ、はっ」
 アルフレートが2体のスケルトンの攻撃を、軽やかなステップでかわしてゆく。そして2体がアルフレートを挟むようにして攻撃してきた瞬間を見計らい、一気に逃げ出した。当然スケルトンは同士討ちの形になり、互いに傷付け合った。そこへ弓を構えていたレティフィーナとエルドリエルが立て続けに弓矢を浴びせた。何とも上手い連携プレーだった。
 そしてスイと飛炎がもう1体ずつ倒し終え、スケルトンを全滅させた。
「何だ、もう終わり?」
 崩れ去ったスケルトンを見下ろし、アルフレートが鼻で笑った。隣ではスイがすっきりとした表情をしていた。
「……何ですか? あの隅にある球体は?」
 ふとレティフィーナが部屋の隅に転がっている1メートル大の球体に気付いた。よく見ると四隅に白と黒の球体が各1つずつ、合わせて8つある。これはいったい何なのか?
 戦闘態勢を崩さず様子を窺っていると、白い球体4つが一斉にふわりと浮き上がり、5人目掛けて襲いかかってきた。

●白い球体【5】
「こいつもぶっ壊してやらぁ!」
 スイは自分に向かってきた白い球体を勢いよく殴り付けた。しかし白い球体はくにゃんと柔らかな感触があるだけで、全く堪えた様子は見られなかった。それどころか、いきなり白い煙を吹き出したのである!
「いかん、息を止めろ!」
 それを見て、飛炎が皆に言った。少し煙を吸ってしまったのか、レティフィーナが激しく咳き込んだ。
「雪の精霊よ!」
 エルドリエルが咄嗟に雪の精霊を召喚し、その場に風雪を起こした。たちまち霧散する白い煙。
「よっ……と!」
 外套に隠し持っていたナイフを白い球体へ投げ付けるアルフレート。だがナイフは白い球体を少し凹ませただけで、全く傷を付けることなく床へ落下した。
「これは……物理攻撃じゃ無駄みたいだね」
 ナイフが意味を為さなかったのを見て、アルフレートはそう分析した。
「仕方ないなあ。『ウィンドスラッシュ』!」
 気が乗らないながらも、白い球体へ魔法を放つアルフレート。目標となった白い球体が、激しい音を立てて破裂した。
 対処法さえ分かればしめたもの。飛炎が『炎の矢』を残る3つの白い球体に放ち、全て撃破した。
 白い球体を全滅させると、続いて黒い球体4つが一斉にふわりと浮き上がり、これまた5人目掛けて襲いかかってきた。

●黒い球体【6】
 白い球体に行ったのと同じく、飛炎は1つの黒い球体に『炎の矢』を放った。破裂……はしなかった。というのも、『炎の矢』が黒い球体に飲み込まれるようにして消えてしまったのだ。そして――飛炎の放った『炎の矢』の倍の大きさのある『炎の矢』を、飛炎に放ち返してきたのだ!
「ぐっ!!」
 『炎の矢』が直撃する寸前、顔面を両腕で覆い、精神を集中させる飛炎。元々の耐性もあって大きなダメージを受けることは回避できたが、それでも衝撃はそこそこきていた。
 エルドリエルが『命の水』の魔法をかけるべく飛炎に駆け寄ってゆく。そこへ黒い球体が襲いかかろうとした。
「危ない!」
 すかさずレティフィーナが黒い球体目掛け弓矢を浴びせた。無駄かもしれないという気が多少あったが。だが命中した瞬間、激しい音を立てて破裂する黒い球体。
「え……?」
 驚く5人。弓矢を放った本人であるレティフィーナが一番驚いていた。白い球体には効かなかったのに何故?
「なるほど。ボクが思うに、白が物理攻撃を、黒が魔法攻撃を各々無効化してるんだね、きっと」
 タネが分かり、納得した様子で笑うアルフレート。まず白い球体が襲い、球体には魔法しか効果がないと思い込ませた後で黒い球体が襲いかかる。そして自分の放った魔法で自滅させる……これも一種のトラップなのだろう。
「そうと決まれば……おうりゃぁぁぁっ!!」
 スイが残りの黒い球体を、1つずつ蹴り倒し粉砕していく。やがて全ての球体はその姿を消した。
 部屋には宝箱があり、一行は罠の有無を調べた上で解錠した。中には金貨と銀細工のペンダントや髪飾りといった装飾品があった。金貨は5人で分けても1ヶ月は遊んで暮らせる分量であった。

●強王の目的【7】
 大部屋で少し休息を取った一行は、階段のある部屋へ向かった。そこは2×2の4区画程度の大きさの部屋であった。
「見て、下へ降りる階段だわ」
 エルドリエルが階段を指差した。これでこの階の地図の正しさは証明されたことになる。
「プレートがありますけど」
 レティフィーナが階段脇に架けられた金のプレートに気が付いた。そばへ行き読んでみる。
「ええっと……『この文章を読んでいるということは、最初の試練に打ち勝ったのであろう。まずは褒めてやろう。だが、試練はまだ残っている。次なる試練では、真の闇の恐怖と、灰色の恐怖に怯えることとなるだろう。見事それらを乗り越え、我が元へ来るがよい! 強王・ガルフレッド』……」
 これではっきりした。強王はやっぱり何か企んでいたのだと。その企みを知るためには、最下層まで行く必要があるのだろう。
 だがこのまま進んでゆくのは少しためらわれた。何が待ち受けているか今回以上に未知数であるし、1度街へ引き返してこのことを報告する必要もある。
 一行は下の階よりモンスターが上がってこないよう、階段に結界の呪文をかけた。これで次回来る時は、ここまで楽に来れるはずだ。
 先程の大部屋まで引き返し、一行はじっくりと休息を取ることにした。
 スイがこっそりと持ってきていた酒を出した。互いを労いながら酒を酌み交わす5人。エルドリエルが3人の男性に各々ちょっかいをかけるが、反応は三者三様であった。やがてレティフィーナが荷物の中から銀の笛を取り出した。笛の音色を披露しようというのだろう。
 レティフィーナの奏でる笛の音色が、広い部屋に響いていた。それはどこか心穏やかにさせる音色だった――。

【強王の迷宮【地下1階】 おしまい】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 0270 / アルフレート・ロイス / 男
              / 人間 / 24 / 怪盗 】◇
【 0093 / スイ・マーナオ / 男
              / 人間 / 29 / 学者 】◇
【 0065 / エルドリエル・エルヴェン / 女
           / エルフ / 60 / 魔法使い 】◇
【 6314 / レティフィーナ・メルストリープ / 女
      / エルフ / 19 / ヴィジョンコーラー 】☆
【 0128 / 紅 飛炎 / 男
            / 朱雀族 / 772 / 族長 】◇


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■         ライター通信          ■
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・『黒山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、☆がMT12、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全7場面で構成されています。今回は冒険の性質上、皆さん同一の文章になっています。
・お待たせしました、『強王の迷宮』地下1階での冒険をお届けします。元ネタは……恐らくお分かりですよね? あえて書きませんけれど。
・結構前衛と後衛のバランスが取れたパーティでしたね。書いてて楽しかったです。
・皆さんきちんと装備内容を記されていて、高原驚きました。いや、本当に興味深かったです。
・転移の魔法なんですが、一方通行ではありませんのでご安心を。白い球体と黒い球体は迷宮固有のモンスターと考えてください。
・プレートの内容は地下2階の冒険のヒントとなります。何が待ち受けているか、想像してみてください。もちろんご参加は全くの自由ですので、興味ある内容でしたらまたご参加ください。
・アルフレート・ロイスさん、こういうどこか謎のある人、高原は結構好きです。楽しく書かせていただきました。回避重視とのことだったので、スケルトンとの戦闘時はあのような行動に。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。