<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


強王の迷宮【地下2階】
●オープニング【0】
 『強王(きょうおう)の迷宮』と呼ばれる場所がある。エルザードから3日ばかり北へ向かった岩場の地下にある3層からなる迷宮だ。それを作り上げたのは、自らをある日『強王』と呼び始めたドワーフ・ガルフレッド。
 先日、エスメラルダが何処よりか入手した地図を手に、5人の冒険者が迷宮へ向かった。壁等がきちんと磨かれた1区画5メートル四方の広い迷宮。そこかしこに転移の魔法がかけられており、冒険者たちは移動に苦労をする。
 冒険者たちは物理攻撃を無効化する白い球体と、魔法攻撃を倍化して放ち返す黒い球体を何とか倒し、地下2階へ続く階段のある部屋へ到達した。
 階段のそばには次の文章が書かれた金のプレートが架けられていた。
『この文章を読んでいるということは、最初の試練に打ち勝ったのであろう。まずは褒めてやろう。だが、試練はまだ残っている。次なる試練では、真の闇の恐怖と、灰色の恐怖に怯えることとなるだろう。見事それらを乗り越え、我が元へ来るがよい! 強王・ガルフレッド』
 報告のために1度街へ戻った冒険者たち。しかし迷宮の謎はまだ解き明かされていない。
 果たして地下2階には何が待ち受けているのか――。

●2度目の旅立ち【2】
 エルザードの街の門近く――2度目の冒険の旅に集まった面々は前回と全く同じ5人であった。
「何だ、こないだと同じ顔ぶれかよ」
 学者であるスイ・マーナオが少しつまらなさそうに言った。
「いいんじゃない? これはこれで」
 青髪のエルフ女性の魔法使い、エルドリエル・エルヴェンがくすっと笑う。その視線は、3人の男性間でめぐるましく動いていた。
「そうさ。そのくらい些細なことだよ」
 細身の金髪青年――ちなみに、前回と同じような格好だ――アルフレート・ロイスが静かに言った。そして女性2人の顔を交互に見て、笑顔でこう続けた。
「それよりも、またこうしてキミたちと冒険に出られることがボクには大切なことさ」
「あら、お口がお上手ですね」
 銀髪エルフ女性のヴィジョンコーラー、レティフィーナ・メルストリープがアルフレートの言葉にそう切り返す。
「……そういえば、先日白山羊亭で妙な男とポーカー勝負をしていたらしいな」
 燃えるような赤く短い髪を持つ青年、紅飛炎が思い出したようにアルフレートに言った。何故そのことを知っているのかという視線を無言で飛炎に向けるアルフレート。
「友より聞いたんだ」
 そっけなく飛炎が答えた。
「これ以上ここに居ても、もう誰も来やしねーな。早く出発しようぜ」
 スイが皆を急かした。それから間もなく、一行は再び『強王の迷宮』のある岩場を目指して出発した。

●相談【3】
 すでに1度往復しているだけあって、道中は前回よりもスムーズであった。モンスターに襲われる回数も前回に比べ少なく、前回より半日早く岩場に着いてしまった程だ。
 前回の調査で完全版にした地下1階の地図を見ながら、一行は地下2階へ降りる階段のある部屋へ向かった。階段に結界の呪文をかけておいたおかげで、新たにモンスターに襲われることもなく目的の部屋へ到着できた。
「結界を解くわね」
 そう皆に伝え、レティフィーナが結界の呪文を唱えた。階段前が一瞬光りすぐに元の状態へと戻る。
「待ち伏せということがなければいいのだがな」
 飛炎を先頭に、慎重に階段を降りてゆく一行。しかし降りた先の部屋ではそのようなこともなく、まずは一安心であった。
 一行は部屋の安全を確認すると、地図の写しを開いてこれからの行動について相談を始めた。
「この部屋は、上との位置関係からすれば、やっぱりここで合っているだろうな」
 スイが地図の中央を指差した。そこには地下1階の時と同じく、階段らしい図が描かれていた。そしてもう1つある階段らしい図は、地図の南西部分の部屋に描かれていた。
「この図を見た感じ、どうやら同じ奴が描いているようだ。微妙だけどな、癖が似てんだ。横線が右肩上がりになってんだろ? 前回のことを踏まえると、部屋の配置等は合ってると考えていいんじゃねぇか?」
 学者らしく、自らの所見を述べるスイ。
「配置だけは、でしょ?」
 エルドリエルがスイの言葉を言い直す。
「また転移の魔法の嵐じゃないかしら。またマッピングしておかないとね」
 その可能性は十分に考えられた。上の階であれだけやっておいて、この階でやってない訳がない。
「また印をつけて、地図をよく確認する必要があるな……」
 前回壁に印をつけていた飛炎がぼそっと言った。もしやと思い、今回もその準備は行っていたのだ。
「それにしても、気になるのはプレートの文章ですよね」
 そう言ったのは思案顔のレティフィーナだった。
「闇の恐怖や灰色の恐怖とは、恐らく何らかの方法でランタンや松明の光を失わせることなんでしょうけれど」
「真の闇の恐怖と灰色の恐怖ですか、くだらない」
 アルフレートが一笑に付した。そしてレティフィーナの瞳をまっすぐ見据えた。
「ボクが恐怖するのは、傷付いた女性を見なくてはならない時だけです。その時は勿論、ボクが癒してあげますよ」
 その言葉にはちらりと自信が見え隠れしているようにも感じられた。すなわち、女性に傷付けさせず、かつ自身も傷付く気はないという――。
「とにかく、行けば分かるんだろ。本当に暗闇が広がってるとしたらちと厄介だけどな」
 スイの言葉に飛炎が頷いた。先へ進まなくては確かに分からないのだから。
 相談を終えた一行は、いよいよ部屋の扉を開けて地下2階の探索へ乗り出した。

●探索は続くよ【4】
 地下2階の探索は、地下1階以上にとんでもないことになっていた。まず危惧されていた転移の魔法だが、やはりこの階でも使用されていた。しかもさらに細かくなって。
 何しろ数区画歩くだけで他の場所へ飛ばされてしまうのだ。ストレスが溜まって仕方がない。それが一番顕著であったのはスイであった。
「くっ……何考えてんだ、強王とやらは」
 スイは苦々しい表情で度々つぶやいていた。ただスイにとって救いだったのは、この階ではモンスターがさまよっていたことだろうか。モンスターをぶっ飛ばすことによって、多少なりともストレス解消になっていたからだ。
 ちなみにさまよっていたモンスターは、前回手こずった白い球体と黒い球体であった。対処法の分かっている相手を撃退するのは簡単なことである。一行はいともやすやすとやってくるモンスターたちを撃退していた。
「私たちの後ろからは1度も現れないということは、モンスターたちは迷宮の奥からやって来ているのは間違いないことよね?」
 マッピングした地図とにらめっこしながらエルドリエルが言った。地図には転移の魔法による空間の繋がりがびっしりと記されていた。
「奥に何かがある……?」
 首を傾げるレティフィーナ。断言はできないが、後ろからはやってこない以上そう考えるのが妥当かもしれない。
 一行はさらに奥へと進んでいった。

●日記【5】
「これは……」
 地図の3/5を制覇して入った部屋で、飛炎がつぶやいた。とある床を踏んで少しして、部屋の中央の床がぽっかりと開いたのだ。
 穴の近くに居たアルフレートが罠を警戒しつつ、慎重に近付いていった。罠が作動する様子は見受けられない。そして穴の中をそっと覗き込んだ。
「これは……」
 飛炎と同じ台詞を吐いたかと思うと、アルフレートは待機していた4人に手招きをした。
 やってきた4人も穴の中をそっと覗き込んだ。エルドリエルとレティフィーナが揃って眉をひそめた。
「罠に引っかかったんだろうよ。白骨化してるから……だいぶ昔のことだろうな」
 淡々と話すスイ。穴の中には白骨化した遺体があった。ぼろぼろの衣服をまとっており、その骨格から推測するとドワーフのように思われた。
「……手に何か持っていませんか?」
 レティフィーナが遺体の手の下に、書物が1冊あるのを発見した。
「あら、そうなの?」
 まじまじと見るエルドリエル。確かに手の下に書物がある。
 結局飛炎が穴の中へ降りて、その書物を回収することになった。降りた途端、遺体はむくっと起き上がり襲いかかってきたが、警戒していた飛炎が一太刀浴びせることで難無く撃退できた。
 書物を回収し戻ってきた飛炎。書物はぼろぼろになっていたが、読めない程ではなかった。
「日記のようだな」
 飛炎の開いた書物をつまらなさそうに覗き込むスイ。だが、不意にその表情が変わった。
「ちょっと待て、おい!」
 ひったくるようにして、スイは飛炎から書物を奪った。
「気になることでも?」
 アルフレートが尋ねたが、スイはそれに答えず熱心に書物を読んでいた。
「この日記に書かれてる言い回し……強王とやらが居た時代によく使われていた言い回しと一緒じゃねぇか」
 ひとしきり書物を読んだ後、スイがそう言った。
「え? じゃあ、あの遺体ってその時代の人のってことなの?」
 驚くエルドリエル。スイがこくんと頷いた。
「それだけじゃねぇぞ。ただの日記かと思ったらそうじゃない、強王とやらの目的に触れた文章も出てきやがった」
 スイは日記に書かれていた事柄から抜粋して皆に説明した。日記の主は強王の思想に共鳴して協力していた者であること、強王が迷宮を作った目的は勇者の育成であること、強王がある日『誰か』に出会ったらしいこと、そしてそれから少しずつ強王がおかしくなっていったこと……。
「で、とうとうこいつはそんな強王から逃げ出そうとしたって訳だ」
 けれどもこの穴の中で亡くなっていたことから考えると、逃げる途中で罠に引っかかってしまったのだろう。そしてそのまま閉じ込められてしまったのだろう。
「勇者の育成か。この迷宮にそんな意味が込められていたとはな……」
 唸る飛炎。けれども納得できないこともない。転移の魔法が随所で使用されているのも、あの白や黒の球体が居るのも、力だけに頼らない勇者を育成するための物だったとすれば、なかなかよく考えた物である。
「目的は分かったんですが」
 レティフィーナのつぶやきに、皆の視線が集まった。
「『誰か』とは果たして……?」
 その疑問には誰も答えられなかった。

●闇を越えて【6】
 新たな謎を抱えながらも先を進む一行。残すは2部屋だけとなったその時、一行の前に『真の闇の恐怖』が立ちはだかった。完全なる闇――ダークゾーンである。
 一切の光をも飲み込んでしまうこの空間を通らなければ階段のある部屋へは辿り着けない。一行は地図を頭に入れ、飛炎の提案でロープを使用して離れないで歩くことを決めた。無論レティフィーナの召喚したヴィジョンのフェステリスが発する超音波で、行く手に何があるかを確かめつつだ。
 闇に包まれた通路を抜け、扉を開けて同じく闇に包まれた部屋へ入る一行。十分に警戒していたこととフェステリスのおかげで、スケルトンらしいモンスターたちが部屋の中で待機していたことを知ることができた。
 こうなれば後は簡単だ。フェステリスが超音波で知り得た感覚を同様に感じているレティフィーナの指示により、スイと飛炎が適確にモンスターたちを叩いてゆく。息がぴったりであった。
 数分後、一行はモンスターたちを全て倒し、最後の部屋へと急いだ。扉を出ると、そこにはもう闇は広がっていなかった。

●灰色の球体【7】
 最後の部屋――つまり地下3階へ続く階段があると思われる部屋だ。一行は扉を開けると、部屋の中へ雪崩れ込んだ。
「あっ!」
 エルドリエルが短く叫んだ。前方には下へ降りる階段がある。しかしその前に例の球体が浮かんでいた……白でもなく黒でもなく、灰色の球体が。
「邪魔する奴は蹴散らすだけだ!」
 先手必勝とばかり、灰色の球体へ躍り掛かるスイ。キックを一発……決めたはずだった。だが、白い球体と同様にくにゃんと柔らかな感触があるだけで、全く堪えた様子は見られなかった。
「こいつも物理攻撃は効かないのか!」
 飛炎は自らの剣に『炎の剣』の魔法をかけて、灰色の球体へ向かっていった。物理攻撃は効かなくとも、『炎の剣』の魔法の炎によるダメージは有効かもしれない。そう考えての行動だった。
 灰色の球体へ切り掛かる飛炎。手にはくにゃんとした柔らかな感触が伝わってくる。その上、灰色の球体には傷付いた様子も見られない。
 灰色の球体は一瞬炎をまとうと、勢いよく飛炎にぶつかっていった。
「むっ!」
 飛炎は咄嗟に身構え、数歩ふらついただけで灰色の球体の攻撃に耐えた。灰色の球体がまとっていた炎はもう消えている。体勢を立て直し、再び切り掛かる飛炎。
 すかさずアルフレートが灰色の球体へ向かってナイフを投げた。飛炎の剣とアルフレートのナイフがほぼ同時に灰色の球体にぶつかった。
「えっ……?」
 目を疑うレティフィーナ。灰色の球体にうっすらとだが、焼け焦げがついていたのだ。恐らく『炎の剣』による魔法の炎で焼かれたのだろうが、先程は全く効果なかったはずである。
「分かったわ! 分かったわよ!!」
 何かに気付いたのか、エルドリエルが手を大きく打った。
「白と黒を混ぜれば灰色でしょ! 物理攻撃と魔法攻撃を同時に行えばきっと……!」
 その言葉に、皆がはっとした。そういえば、今は飛炎が切り掛かるのと同時に、アルフレートの投げたナイフが当たっていたはずだ。
「でも『炎の剣』は物理攻撃かつ魔法攻撃では?」
「たぶん単一じゃ駄目なんだわ! 両方の攻撃方法を、同時に複数から受けないと!!」
 レティフィーナの疑問にエルドリエルが答えた。
「そうと決まれば、もう1度ぶっ飛ばしてやらあ! おうりゃぁぁぁっ!!」
 スイが再び灰色の球体へ躍り掛かってゆく。飛炎はぎりぎりまでタイミングを計っていた。そして――。
「むんっ!!」
 スイの繰り出したキックが当たるのと同時に、飛炎の剣が灰色の球体を薙ぎ払った。
 灰色の球体は激しい音を立てて破裂し、消え去った。

●我は待つ【8】
「『灰色の恐怖』はこのことだったのかもしれないな」
 一息ついて、アルフレートがそう言った。
「考えてますよね。白い球体と黒い球体を倒した者たちなら、きっと灰色の球体も倒せるだろうと読んで……」
 厳しい表情のレティフィーナ。
「んっと、これでこの階の地図も完成ね。この調子だと……うふふふふ☆」
 妖し気に笑うエルドリエル。あのー……ひょっとして何か企んでますか?
「にしても、手応えがねぇよな。あんな柔らかい奴相手じゃなくて、もっとガツンとくるような……」
 スイが腕をぐるぐると回しながら言った。どうも今回は不完全燃焼だったらしい。
「……次は手強そうだな」
 1人、階段脇に架けられた金のプレートを読んでいた飛炎がぼそっとつぶやいた。
「あ? 何が書いてあったんだ?」
 スイの問いかけに、飛炎がプレートに書かれていた文章を読み上げた。
「うむ。『よくぞ第2の試練を打ち破った。それでこそ我が元へ来るにふさわしい者たちだ。この下にて我は待つ。だが、しもべたちと影がその前に立ちはだかることだろう。見事それらを乗り越え、我が元へ来るがよい! 強王・ガルフレッド』……だ」
「そりゃあ楽しめそうな文章だな」
 嬉しそうなスイ。
「でも『しもべ』って何なんでしょうね。まさかアンデッドとかじゃ……」
 未だ険しい表情のレティフィーナ。その言葉を否定できる者は居なかった。地下1階、地下2階と続けてスケルトンが居たのだ。アンデッドが居る可能性は非常に高い。
 ともあれ、一行はまたもや階段に結界の呪文をかけた。再び街に引き返すために。
 迷宮も残すは地下3階のみ――。

【強王の迷宮【地下2階】 おしまい】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 0270 / アルフレート・ロイス / 男
              / 人間 / 24 / 怪盗 】◇
【 0093 / スイ・マーナオ / 男
              / 人間 / 29 / 学者 】◇
【 0065 / エルドリエル・エルヴェン / 女
           / エルフ / 60 / 魔法使い 】◇
【 6314 / レティフィーナ・メルストリープ / 女
      / エルフ / 19 / ヴィジョンコーラー 】☆
【 0128 / 紅 飛炎 / 男
            / 朱雀族 / 772 / 族長 】◇


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■         ライター通信          ■
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・『黒山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、☆がMT12、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通されると、全体像がより見えてくるかもしれませんよ。
・長らくお待たせいたしました、『強王の迷宮』地下2階での冒険をお届けします。顔ぶれが全く変わらなかったのはなかなか凄いことですね。
・『真の闇の恐怖』はダークゾーンを、『灰色の恐怖』は灰色の球体を表していました。前者についてはそう思われた方も多かったですが、後者に正確に気付かれた方が居なかったのが少し残念でした。難しかったでしょうか?
・プレートの内容は地下3階の冒険のヒントとなります。ちなみに地下3階は一応最下層だと思われている階ですが……?
・アルフレート・ロイスさん、3度目のご参加ありがとうございます。ファンレターありがとうございました、多謝。やりにくいということは全くありませんよ。楽しく描写させていただいています。全身図拝見させていただきました。予想通り……いや、予想以上だったなあ(もちろんいい意味でですよ)と思いました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。