<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


猫祭りの夜に
●オープニング【0/10】
 聖都エルザードの一角には大きな猫が眠っている。
 どれほど大きいかと言うと、その目だけで大人の頭ほどもある大猫だ。
「ヌシ」と呼ばれるその猫は、ひもすがら木の根本でまぁるくなって眠っている。いつの間にやら、一緒に昼寝を楽しむ者続出の、最近、エルザードでは密かな流行スポットとなっていたり‥‥する。
「猫には癒し効果があるのよっ」
 そう力説するエルザードの猫好き達に、地球の記憶と知識を持つ者達が囁き合った単語は敢えて語るまい。
 だが、「ヌシ」の側に座り込めば、何故だか落ち着く事も確か。
 そのまま眠くなって来て、気がつくと目の前に、腰に手を当てた母親が怒髪天をつく勢いで居眠りの子供から買い物カゴを奪っていく姿を見る事も、そう珍しいものではない。
「ふにゃあ〜‥‥こうして、ずぅーっとふわふわで眠っていたいよねぇ」
「そうだよねぇ〜‥‥」
 規則正しく上下するふわふわふさふさの毛が頬を撫でる。
 幸せそうに、その毛に顔を埋めていた少女がふいに、勢いよく起きあがった。
 それが、あまりにも唐突だったので、ヌシの大きな金瞳も開く。
「そうよ、そうなのよっ!」
 一緒にごろごろしていた友人の首元を締め上げて、少女は興奮したように叫ぶ。
「一日中、ここで猫と戯れる日を決めればいいのよっ!」
 また、突拍子もない‥‥と思いながらも、友人の意識は次第に苦しくなっていく首元へと集中していく。
「そう! その日は猫と一緒にふにゃふにゃごろ〜んの日! ヌシさまのまわりで、皆で思い思いに和んで過ごすのよっっっ!!!」
 勝手にそう決めた少女に拍手が上がる。
 どうやら「ヌシとお昼寝スポット」常連客達からの賛同であるようだ。
「そうね‥‥どうせなら、その日は特別な日にしましょう! お祭り! 猫祭りよっっ!!」
 今度はどよめきが満ちる。
「猫祭りの日には、一日中‥‥夜も昼も猫を愛でて過ごすのよ! 誰にも邪魔をされずにっ!!」
 勝手にそんな事を決めていいのか、一少女。
 だが、常識に則った意見は誰からも発せられる事はなく、猫祭りの噂は、エルザード中の人に口伝で伝わって行く事となった。

 それは、次の満月の夜。
 場所は、ヌシの眠る木の周囲。
 中には猫を愛でながら、あわよくば彼氏(彼女)をゲットしようという不逞の輩もいるようだ。
 だが、そんな事はどうでもいい。
 公然と、誰にも邪魔される事なく猫と戯れる日!
 密かにヌシのニクキュウを狙っている者、長いふさふさ尻尾に包まれて眠りたいと言う者、自分の猫とせっせっせ耐久24時間をしたいと燃える者など楽しみ方は人それぞれのようだ。

 そして、その日はやって来た‥‥‥。
 静かに、けれど奇妙な気合いの入った市民達のもとに。

●猫祭りへの招待状【1/10】
 力一杯、一生懸命に書かれた文字が、紙の上に踊る。
「ヌシ」と呼ばれる巨大猫を始めとする全ての猫達と親交を深め合う祭りへの招待状だ。
 それは、猫好き達の手によって、聖都エルザードの至る所へと配られていく。
「猫さん?‥‥ヌシ様?‥‥‥‥お祭り〜♪(Lちゃん、10歳・職業:お子ちゃま)」
 書かれている事の意図は掴めなくても、「猫」と「祭り」だけで十分。
「猫祭りかぁ。面白そうだなぁ‥‥。行ってみようかな(Yさん、17歳・職業:守護士)」
 好奇心が赴くままの暇潰しにも最適。
「猫‥‥ヌシ‥‥。とうとう帰って来たぜっ! 俺はっ!(Nくん、18歳・職業:メイド)」
 日頃の待遇に抱く不満も綺麗さっぱり解消。
「ここに来るのは初めてだけど、ちょっと寄って行こうかな☆(Mさん、14歳・職業:マジシャン」
 物見遊山も勿論OK!
「‥‥もう逢えないと思っていた‥‥(Kさん、32歳・職業:音楽家兼職人)」
 ほんのちょっぴり、涙と感動のご対面も有リマス。
 そして‥‥。
「ふははははははははは! この祭りは我らの為にあるのだっ!(Sさん、34歳・職業:総帥)」
 ‥‥という方もおられるようです。
 皆様、ぜひとも奮ってご参加下さいませ。

●世界に猫を【2/10】
 はらり。
 彼の手から一枚の紙が乾いた音を立てて床へと落ちた。
 まどろみの邪魔をされたトラ縞の子猫が煩そうに目を開ける。
 彼は、そんなささやかな抗議に気付く事はなかった。常に猫を最優先とする彼にしては珍しい事である。
「‥‥‥そうか。そうか、ついに‥‥」
 蝋燭の暖かなオレンジの光が彼の目元で反射を返す。そっと、猫柄のハンカチで嬉し涙を拭うと、彼‥‥スフィンクス伯爵はぐっと拳を握りしめた。
「喜ぶがいい、諸君! ついに、世間が我々に追いついたぞ!」
 ばさりとマントを翻し、スフィンクス伯爵は歓喜の声を上げる。またもお寝むの邪魔をされたトラ縞がもそもそと体勢を変える。部屋の思い思いの場所でごろごろくつろいでいた猫達も、‥‥以下同文。
 彼の大騒ぎはいつもの事と、我関せずを決め込んでいた。
 だが、今日の彼の喜び様にはちゃんとした理由がある。
「ふふ‥‥」
 一度は頂点を極めた喜びが、じわりじわりと再び彼の心を埋め尽くし、堪え切れない笑いが口元をついて出る。
「ふははははははははははははは!!! 猫じゃ、猫祭りじゃよ!」
 らったらったと勝手にステップを踏む足。鼻歌混じりに華麗に三回転ターンを決めて、彼は、はっと我に返った。
「い‥‥いかん‥‥。こうしてはおれん」
 いそいそと、マントを脱ぎ捨てパジャマに着換えると彼は部屋に据え付けられたベッドへとダイブする。ベッドで丸くなっていた猫達が蜘蛛の子を散らしたように部屋中で暴れ散っていく様にも気付かぬように、彼はナイトキャップを被った。
「折角、ハニ〜と一日を浪漫ちっくに過ごせる日に寝不足では失礼にあたると言うもの。ここはぐっすり眠り、晴れやかにハニ〜に会いに行くのじゃっ!」
 蝋燭にキャップを被せて灯りを消すと、スフィンクス伯爵はベッドに体を横たえた。すぐに、ぴんく色した睡魔の霧が彼を夢の中へと誘う。
 表向きは人当たりの良いダンディで上品な伯爵として、この界隈の有閑まだむ達の憧れを一身に集めるこの男、真の姿は世界を猫で埋め尽くす野望を着々と進める秘密結社ネコネコ団の総帥である。
 このエルザード中に‥‥いや、世界中に散らばっているという数知れぬ構成猫の頂点に立つ男は、昼間、善良な顔で昼寝に耽り、夜になると猫達と共にせっせと野望実現の地道な活動に励んでいるのであった。
「ん〜‥‥はに〜‥‥おいちゃんはね、おいちゃんはね‥‥むにゃむにゃ‥‥」
 その恐るべき野望を秘めた男の口から幸せそうな寝言が漏れる。規則正しい寝息に混じるその声を合図としたように、飛び跳ねた猫達が自分達の寝床を求めてベッドに戻っていく。
 瞬く間に、ベッドはびっちり、様々な毛色の猫達で埋め尽くされた。
 人よりも体温の高い毛玉に覆われて、寝返りさえもうてなくなった伯爵は、今夜もアツい夜を過ごす事になりそうだ。
 
●ネコネコ団、その野望【10/10】
「ハニ〜‥‥」
 うっとりとその金目を見つめるスフィンクス伯爵の目が潤み、幾多の星を瞬かせた。いわゆる「少女マンガ目(一昔前)」で、「お星さまキラキラ」な状態である。
「‥‥‥‥」
 のそりと首を上げたヌシは、そのキラキラ攻撃に本能が刺激されて目を離せなくなる。
 傍目には熱く見つめ合っているようにも見えるその構図。しかし、ヌシの尻尾が忙しなく動かされている所に気が付いた者ならば、その巨大な猫が臨戦態勢に突入しかけている事に察しがつくであろう。
 もしも‥‥。
 もしも、その巨体が周囲にじゃれつき始めたらどうなるのか。
 目端の利く者は、ここで退散した方が利口だと気付く。だが‥‥。
「ヌシよ‥‥」
 猫の前にまたたびを投げ込もうとする者がもう1人‥‥。
 背中に背負ったリュックタイプの鞄から、十数本の釣り竿が飛び出していた。そして、その糸の先には、好奇心に逆らえなかった猫達が数十匹ほどぶら下がっている。
 そんな彼、宮沢耕太郎は懐かしいものを見るかのように、ヌシへと手を差し出した。
 ぺちん。
 熱い逢瀬を邪魔されて、その手を叩き落とすスフィンクス伯爵。耕太郎のお陰で、全身打撲傷へのカウントダウンが一瞬だけ、止まった事に気付かずに、彼は突然に現れた男を押しのけて再びヌシの目を見つめる。
 けれど、押しのけられた耕太郎も意地が黙ってはいない。
 伯爵を押しのけ返し、押しのけられて大人げない戦いを繰り広げる。
「‥‥なかなかやるようじゃな‥‥」
「あんたこそ‥‥」
 互いを健闘し合いながら、必殺の一撃を放つ。
「ハニ〜!!! この粘土板に肉球判を押してくださいっ!」
 心を決め、しかし正視出来ず、まるで大好きな人に一大決心で話しかけた少女のようにぎゅっと目を閉じて、特大サイズの粘土板を差し出す伯爵。
「ヌシよ、この調べを聞いてくれっ!」
 片や、おもむろにヴァイオリンを取り出して、弦に弓を当てる耕太郎。
 本職の音楽家が奏でるのは、かつて、ティエラ世界で唯一、猫によるエターナルヴォイスが発動したあの時の曲‥‥のアップテンポバージョン。
 猫が踊らずにはいられない懐かしい響きを、耕太郎は自分の指の先、動かす弓、そしてヴァイオリンから伝わる震えで感じ取っていた。
「お? おおっ?」
 伯爵の口から漏れる驚愕の声。
 彼の周囲に群れて遊んでいた構成猫達が、ヴァイオリンの調べにぴょんぴょんと飛び跳ね、踊り出したのだ。
「これは‥‥この調べは‥‥」
 伝説のネコダンス。
 その調べは、ネコネコ団総帥、スフィンクス伯爵の心をも揺さぶっていた。踊り出したい‥‥と思わずにはいられないほどに‥‥。
 粘土板を掲げたままの伯爵に、鈍い衝撃が訪れたのはその時であった。
 柔らかな粘土の表面に押しつけられる巨大な肉球‥‥。
「おおっ! ハニ〜vvvv ぃぃ‥‥いっ?!」
 そこに加えられる圧力は、人が支えられる力の限界をあっさりと凌駕していた。粘土板ごと、肉球の下敷きになる。その一撃はヌシの攻撃ではなく踊りに釣られて前足を出したら、伯爵がいた‥‥という不幸な事故であったのだが、当の本人、本猫は全く気にしていないようだ。
「おお‥‥ハニ〜の肉球判じゃっvvv」
「‥‥生きてるか?」
 演奏を続けながら、耕太郎が尋ねる。
 倒れてはいるものの、至福の笑みを浮べているのだ。大事には至っていない事は一目で分かったが、そのまま放っておけるほど冷たい人間ではなかった。
「うむ。やはり、ハニ〜はええのぅ」
「そのヌシだが‥‥」
 言いにくそうな耕太郎に代わり、ヴァイオリンの音色がその気持ちを伝える。どこか戸惑った、そんな響きだった。
「ハニ〜がどうか‥‥」
 怪訝な表情を浮べて起き上がった伯爵の目に飛び込んで来た光景は、無数の猫達とネコダンスを楽しむヌシの姿と、逃げ惑う祭りの参加者の姿であった。
「‥‥‥‥」
「例えるならば、ゴ●ラの盆踊りか‥‥」
 原因を作った本人の呑気なセリフに、肉球判を大事そうに抱えた伯爵の口元が笑みを象った。
「ヌシをも踊らせる音楽を奏でる男か。‥‥気に入ったぞ、ネコネコ団構成『人』1号!」
「は?」
 こうして、様々な出会いと人間模様を紡いだエクローゼの猫祭りは、どうせなら一緒に踊ってしまえと、半ば自棄を起こしたように飛び跳ね始めた参加者達と、猫達のダンスとで終わりを迎える事となった。
 1人の男の人生を踏み外す言葉と共に。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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0520 / スフィンクス伯爵 / 男 / 34 / ネコネコ団総帥 / Sorn
5017 / 宮沢耕太郎 / 男 / 32 / 地球人 / MT12
5419 / リーズレッタ・ガイン / 女 / 21 / 戦士 / MT12
6089 / 藤木結花 / 女 / 15 / 地球人 / MT12
1182 / マリアンヌ・ジルヴェール / 女 / 14 / エキスパート / MT13
2020 / 笠原直人 / 男 / 18 / エキスパート / MT13

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■         ライター通信          ■
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 白山羊亭でははじめまして。桜紫苑です。
 猫祭りにご参加下さいまして、ありがとうございます。
 皆様、それぞれの猫祭りはいかがでしたでしょうか?
 知らない顔が1人もいないので(笑)、書くのは楽かな? とか思っていたのですが、蓋を開けてびっくり。皆様の動きが鮮明に見えすぎて書く方が追いつかない‥‥。
 走って行く皆様に待ってくれよと声をかけて、息を切らしながらついていくのが精一杯でした。負けるのは悔しいので、もう少し体力をつけますね。
 次に出会える時には、対等に走る事が出来るように。
 さてさて、今回のお話は黒山羊亭と同様にナンバリングが打ってあります。
 ただ、黒山羊亭のようにストーリーの流れを追う為ではなく、皆様の猫祭りのワンシーンを切り取ったものに個別形式で番号を振ったものになっております。その為、数字を追いかけないと話が分からないという事はありません。どうぞ思う通りに並べて(笑)お楽しみ下さい。
 ※上記登場人物一覧は、皆様のPCを登録した時のデータとなっておりますので、話の中の年齢が一部一致しておりません。ご了承下さいませ。
★伯爵様へ
 ソーンの人としてご参加ですかっ!!?? いつものおいちゃんだけど、おいちゃんじゃなくて、何だかとってもダンディで、見た瞬間に倒れかけました。妄想が大爆発して。
 伯爵の日常生活とか、本体がこの年齢の時期に話とか一気に押し寄せて‥‥。ああ‥(再び、倒れ)おいちゃん34歳と無愛想な18歳が「サッちゃん」「スーちゃん」と呼び合う話〜(ぐるぐる)
 話を白山羊に戻すと、今回、ネコネコ団の構成員に人が増えた模様です。
 構成猫は、続々増加中。
 また、2から10の間に、別の人との絡みで猫をスカウトしているお話がありますので、ご確認下さいね☆