<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


エルザード怪談
●オープニング【0/10】
 怪談。
 夏の風物詩とも言うべき、そんな噂が聖都エルザードに出回っている。
 エルザード城の城壁の上で、恨めしそうに街を見下ろしている女官。
 街外れにある廃屋に映る巨大な猫の影。
 ‥‥などなど。
 けれども、今、一番の信憑性のある噂は「寂れた井戸で水を欲しがる女性」の話であろう。
 その井戸は、エルファリア姫の別荘に近い場所にあり、とうの昔に水が枯れ、放置されていたものだそうだ。
「エルザード城に幽霊? なんで、そんな話が出回っているんだ?」
 外から見える城壁の女官ならまだしも、エルファリア姫の別荘だなんて、内部に入らないと分からない事だ。
 そんな疑問に、あら? と、エスメラルダは妖艶な笑みを浮かべた。
「目撃者が、話してくれたのよ」
 ほら‥‥と、彼女の視線が店の一角へと向けられる。
「絶対に内緒にゃ。 兄ちゃんだけに教えてやるにゃ! 真夜中に、お散歩していたら、そのおんにゃがいたのにゃよ!」
 内緒と言いつつ、大声で話している者に感じる目眩。
「でも、気を付けるにゃ。そのおんにゃを見たのは他にもいるらしいにゃけど、そいつらは、いつの間にかいなくなっていたにゃ‥‥」

 そして、その数日後。
 黒山羊亭で噂をばらまいていた者も、姿を消した。
「‥‥その女の幽霊が本物か‥‥。それとも、何か裏があるのか。調べてみる
必要がありそうだな」
 少なくとも、消えた者達の消息を追い、安否の確認をしなければならない。
「幽霊であっても怖くはないさ。かつて、ティエラへ地球人達を召喚した男も似たようなモノだったしな」
 男の1人が自信に満ちた表情で笑うと、仲間達は頷き合った。
 かくして、真夏の太陽が照りつける中、彼らは井戸の女と失踪者の捜索に関わる事となったのであった。

●エルファリア別荘【1/10】
 立ち上る馥郁たる薫りを吸い込んで、彼は満足そうに頷いた。
 さすがは聖獣王の娘たるエルファリア姫。使っている茶葉も一流品だ。
「‥‥そうですか、そんな噂が」
「うむ。だからだね、すまんが真夜中、別荘の中に入る許可を誰かが取りに来たら、許してやってくれんかの?」
 翳りを帯びた姫の表情が、僅かに笑んだように見えた。
「ええ、それは構いませんわ。‥‥そう言う貴方も、確かめに行かれるのでしょう?」
「さあ、どうかな」
 はぐらかすように、彼は答える。
 互いに、それ以上何も尋ねない。ただ、茶の薫りだけが、部屋に生まれる沈黙を埋めて行く。
「あ、そう言えば‥‥」
 その静かな時間を終わらせたのは、エルファリア姫付きの侍女、ベティだった。
「私がお城に上がった時、先輩から別荘の裏手にある井戸だけには近付くなと言われました」
「ほぅ、それは何故かね?」
「詳しい事までは聞いてません‥‥」
 済まなさそうに、しゅんと項垂れたベティに慰めを込めて肩を叩くと、彼は立ち上がった。
「さて、それではそろそろお暇をしようかのぅ。お客も待っているようだしね」
 友人の有閑マダムから貰った、フリルがふんだんに使われた日傘を手に取ると、姫に丁寧な一礼を贈り、部屋を辞する。
 次にと招き入れられた少年とすれ違い、おや? と視線を向けて、彼‥‥スフィンクス伯爵はにんまり笑顔を作った。
「勇太少年も動き出したか。これは面白い事になりそうじゃ」

●怪談の真相?【9/10】
 井戸に落とした大切なものを拾おうとしている女性は、年の頃は25〜6。猫っ毛の柔らかな髪を1つにまとめ、エルザード城の女官用の衣装を着込んでいた。
「大切なもの、落としちゃったんだ」
 幽霊じゃないと分かれば、怖くなどない。結花は女性に並んで井戸を覗き込んだ。
「暗くて分からないよ。‥‥どうして、昼間に探さないの?」
 女性は、恥ずかしそうに下を向く。
「そ‥‥それは、お仕事が忙しいのと‥‥皆に知られたくないのと‥‥」
「知られたくないとはどういう事だ? それと、君の名を」
 幽霊などではないと分かっても、彼女が不審者である事にかわりない。鋭いヴォルフの眼光に、女性はますます俯いて、口ごもった。
「黙っていると、自分の為にならないぞ?」
 近づくリタも、厳しい表情を崩すことなく言葉を投げる。
「な‥‥名前は、エリザです。姫付きの女官で‥‥その、こんな所で大切なものを失ってしまったなんて、恥ずかしくて‥‥」
「いじめちゃ駄目!」
 エリザを背に庇うように手を広げた勇太に、ヴォルフは息をつく。
「その無くなったものを探せばいいんだろ? 俺達も協力するぜ!」
 親指を立てて、片目を瞑った竜也に、エリザと名乗った女性はほっと安堵の表情を浮かべた。だが、巫女姿で格好をつけても決まらないのは言うまでもなく‥‥。すぐに、エリザはくすくすと笑い出した。
「ふ‥‥」
 呆れたとでも言いたそうに肩を竦める直人を、めっと睨んで、結花は再度井戸を覗く。
「細くて中に降りる事も出来ないよ? ヴィジョンも無理‥‥だね」
 精々が子供ぐらいか。
 一同の視線が、勇太に向かう。
「ぼっ‥‥僕が降りるの?」
「‥‥無理じゃな。ロープがあるなら別じゃが」
 けれど、誰もロープを用意していない。
 同行していた名も知らぬダンディな紳士は顎に手をやって考え込んだ。井戸の中に降りた場合、周囲を取り囲むのは垂直な壁。例え猫でも、上がってくるのは困難だろう。
「やっぱり、昼間、ちゃんと用意をして探した方がいいよ?」
 悲しそうに、エリザは井戸に視線を向ける。慌てて、結花は付け足した。
「大丈夫! ボク達が姫様にお願いしてあげるから! ね?」
「‥‥‥‥ええ‥‥」
 だが‥‥と、ヴォルフは難しい顔でエリザを真正面に見る。まだ、彼女への疑念を捨てたわけではなさそうだ。
「では、行方不明の者達はどこに消えた?」
「行方不明‥‥と申しましても、ここには皆様以外、誰も来られておりませんが」
 うむ?
 紳士は眉を上げた。
「おかしいのぅ。確かに、さくりゃちゃんがいなくなったのだが?」
 その名に、ヴォルフは身を震わせた。
 どことなく、なんとはなく、既視感を感じる名だ。尋ねるべきか否か、彼が迷った末に口を開いたその時、近くの木ががさがさと音を立てた。
 何かが動いている。
 咄嗟に、剣へと手をやるヴォルフとリタ。
 とさりと、何かが柔らかな草の上に落ちる。同時に‥‥
「にやん」
 どこかくぐもった仔猫の声に、紳士は相好を崩した。
「おお、構成猫95号の息子、構成猫113号(予定)ではないか」
 エメスのカードを構えていた結花の動きが止まる。
「む? 何を拾って来たのかなぁ?」
 ご機嫌さんに笑み崩れた紳士の容貌には、どこか見覚えがある。目を細めて、結花は彼を凝視した。もう少しで何かに重なりそうな、そんなもどかしさ‥‥。
「おや? これは‥‥」
 けれど、その手に取った物体を見た瞬間にそんなじれったさは吹き飛び、結花は声にならない悲鳴をあげた。
「さ‥‥さくりゃ!?」
 猫がくわえていたのは、間違いなくピンクの謎物体。慌てて、結花は紳士の手から奪い取ると、ぶんぶんと揺さぶった。
 最悪の結果が、集った者達の脳裏を過ぎる。
「死‥‥死んだのか‥‥?」
「というより、あれは生き物だったのか?」
 竜也と直人の会話に、結花は軽いピンクの布きれを抱き締めた。
「さくりゃ〜っ! 死んじゃ駄目だよ〜っっ!!!」
「う‥‥」
「さくりゃ!?」
「うるさいにゃ〜っっっ!!!」
 ぺしん‥‥。
 軽い音と衝撃が、結花の頭に炸裂した。それが、さくりゃのハリセンだと気付くまでに数秒。
「ひとが気持ちよく寝てるのに、耳元でぎゃあぎゃあと‥‥っ」
「‥‥‥‥‥‥」
 ハリセンを振り回して怒る指人形に、ぱんと手を打って、紳士は仔猫を見た。
「構成猫115号(予定)、お前が見つけて来てくれたのだね?」
 呆然と、動き出したさくりゃを見ていた結花の耳に、聞き覚えのある声が入ってくる。それは、結花の記憶へと響き‥‥。
「ス‥‥スフィンクス伯爵っ!?」
「なんだってっ!?」
 宿敵(謎)の名に、成り行きについて行けず、エリザの隣で見物人と化していた勇太も即座に反応する。
「おのれ、スフィンクス伯爵っ! ここで会ったが1000年目!」
「‥‥‥って、さっきから一緒にいたじゃあないか。なぁ? 構成猫111号(予定)?」
 紳士‥‥世界を猫で埋め尽くす野望のもと結成されたネコネコ団の総帥、スフィンクス伯爵は、しゃがみこんで仔猫に話しかけた。
「のぅ、構成猫127号(予定)、眼帯を変えただけで、わしじゃと分からなくなるほど、わしは特徴がないのじゃろうか」
 答えは「そんな事は絶対にない」のであるが、対した者達が少々天然が入っている状態では、見過ごされても仕方がないであろう。
「おだまりなさいっ! スフィンクス伯爵! 今日という今日は、絶対に捕まえてやるんだからっ! 行くわよ! 必殺の真白シュートッッ!!」
 真白と聞いて、フィンは咄嗟に受け止めようと腕を開いた。
「‥‥と見せかけて、さくりゃシューーーーーートッッ!!」
「なんなんにゃああああああっっ!?」
 大きく振りかぶった結花の手から、ピンクの物体が放たれる。
 べしょ。
「‥‥‥‥」
 どういうわけか、結花の背後にいたヴォルフの顔にべったりと張り付くピンクの布。
 ゆっくりとした動きで、ヴォルフはそれを剥がした。
「あ‥‥あの、えーと‥‥」
「すっごいコントロールだね、結花姉」
 その言葉が結花の怒りを買い、矛先が直人へと向かう。それを笑ってしまった竜也に直人の突きが入り、避けた所を真白の尻尾を踏みつけ、驚いて飛び上がった真白の叫びと共に繰り出された爪が勇太の顔を掻き毟る。
 大騒ぎとなった井戸端で、おろおろおどおどと周囲へ視線をさ迷わせるエリザの姿に溜息をつくと、リタは「ともかく」と切り出す。
「この状態では見つかるものも見つからない。夜が明けたら、ロープの準備をして姫の所へ訪ねていく。そこで待っていてくれ」
「え? は‥‥はぁ」
 不安そうに井戸を見つめたエリザから、リタは視線を巡らせた。
「‥‥サクリャ‥‥に似ているような‥‥?」
「ええい、慣れ慣れしいにゃ! さくりゃちゃんを離すにゃっ!!」
 ぺぺんと金色の髪にうち下ろされるハリセン。
 がっくりと、疲れたようにリタは肩を落とした。

●朝が来て【10/10】
 翌朝、約束通りにエルファリア姫を訪ねると、姫は少々赤くなった瞳で彼らを出迎えてくれた。真夜中の冒険に出る者達が心配で、あまり寝ておられないのだと、ペティがこっそりと耳打ちをする。
「まぁ、では水を求める幽霊というのは、井戸に落とした大切なものを取ろうとしていた女官だったのですね」
 ほっと表情を緩めた姫は、実はと言葉を続けた。
「わたくしもあれから気になって、古い文献を調べてみたのですが‥‥どうやら、長く塞がれていた井戸が、最近になって古くなった覆いを取り外したようです。女官も何人か様子を見に行ったとの事ですから、きっと、噂はその話が歪んで伝えられたのではないでしょうか」
「ま、ヤナギの枝を幽霊と間違える‥‥って奴だ。怖いと思ってるから、幽霊に見えるんだぜ。馬鹿馬鹿しい」
「‥‥幽霊をお祓いするんだって巫女の格好して来たの、誰だよ」
 一等信じてた癖にと睨まれて、あらぬ方向へ視線を飛ばす。
「ま、ともかく‥‥じゃ。姫付き女官のエリザ嬢をここに呼んでくれんかの。ちゃーんとロープも用意して来た。今から、再度井戸に挑戦じゃ!」
「エリザ?」
 怪訝そうに、姫はペティと顔を見合わせた。
「エルファリア姫様付きの女官で、エリザという名前の者はおりませんが‥‥」
「へ?」
 今度は、訪れた者達が顔を見合わせる番であった。
「だが、確かにエリザは存在した。私はこの目で見た」
「ああ、俺もだ」
「そういえば‥‥あのおねーさん、姫付きとは言ったけど、エルファリア姫様の名前も何をしているのかも、話してないよね」
「「「‥‥‥‥‥」」」
 不意に背筋を走る悪寒。
 押し殺した沈黙に包まれたエルファリア姫の私室に、薄ら寒い風が一筋吹き抜けていったのだった。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
0520 / スフィンクス伯爵/男/34/ネコネコ団総帥/Sorn
5106 / 広瀬勇太/男/12/地球人/MT12
5419 / リーズレッタ・ガイン/女/21/戦士/MT12
6089 / 藤木結花/女/15/地球人/MT12
6384 / ヴォルフガング・リヒトホーヘン/男/22/ルーンアームナイト/MT12
0422 / 新見竜也/男/18/エキスパート/MT13
2020 / 笠原直人/男/18/エキスパート/MT13
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 エルザード怪談へのご参加、ありがとうございました。
 今回は、初めての予告付き(?)です。
 OMCの場合は申し込みとプレイングが同時なので、すこしでもプレイングの時間が取れればいいなと思って始めたのですが、いかがでしたでしょうか?
 これからも、この「予告」を出していくつもりですので、よろしければ、たまに見てやって下さいね。
 今回のネタは「暑いので怪談」。怪談なら、東の都に対抗しちゃろうと思って作りました。単純‥‥。
 なお、怪談の真相ですが、残念ながら「幽霊(の噂)について調べる」方がいらっしゃらなかったので、本当の所は明らかにならないままです。
 いつか思い出したら、オフイベででも聞いてやって下さい。
 さて、いつもの通り、今回もお話をいくつかに分けてナンバリングを打ってあります。出発から最後まで、皆様は1カ所で揃っておられましたので、割り振られた話以外にも出演されている場合があります。探してみて下さいね。
★フィンさんへ
 伯爵、お貴族様バージョン‥‥ですか。
 昼間は優雅にお茶してお昼寝、夜はネコネコ団の活動にいそしむ‥‥なんだか羨ましい生活ですね。ネコネコ団員になりたいなぁ。
 なお、抜け道説に関しましては、別の方が実地調査で見解を述べておられます。