<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 彫像を壊すな!

 (オープニング)
 ソラン魔道士協会。街で火事があれば消火活動にあたり、夏祭りがあれば子供向けの魔道ペットボトルロケット大会を開催する団体である。
 所属する魔道士達は日々雑用…いや、地域社会へ貢献する為に働いていた。
 ウルも、そんなソラン魔道士の一人である。
 彼は今日も仕事を言いつけられていた。
 「犯人探しですか?」
 話を聞いたウルはつぶやく。
 最近エルザードで、不思議な泥棒事件が続いている。
 泥棒に入った家で彫刻を盗み出し、それを庭先で叩き割るのだ。
 しかも盗まれる彫刻は、ソラン魔道士協会が販売している魔道士の彫刻と決まっていた。
 『ふざけるな。犯人を探せ』との事である。
 (盗みの事は盗賊協会に聞くのが一番。ルーザに聞きに行こう…)
 ウルは仲間の盗賊の事を思った。
 同じ頃、盗賊協会で彼女は、
 「まあ、うちに断わり無く仕事してもらっちゃ困るわよね。」
 彫刻泥棒の事について、不機嫌そうに言った。
 自分達に許可無く街中で仕事をする連中を、盗賊協会は決して許さない。
 (明らかにソランの彫刻だけ狙われてるわね。ウルに聞きに行こうかな。)

 (依頼内容)
・彫刻が盗まれて庭先で叩き割られる事件が続いていますので、犯人を探して下さい。
・盗賊協会とソラン魔道士協会がそろぞれ情報を持っていると思われますので、訪れてみるのも良いかも知れません。

 (本編)

 白山羊亭。
 エルザードの冒険者達が集う酒場。
 生粋の冒険者ではない医学生の日和佐幸也だが、気が向くと白山羊亭に来る事も多かった。
 「ねえ幸也君、例の彫像騒ぎ知ってる?」
 看板娘のルディアと雑談する幸也。
 「ああ、ソラン魔道士協会の彫像ばっかり狙って盗んで壊すっていうアレですね。」
 エルザードでちょっと騒ぎになってる彫像事件の事は、幸也も聞いた事があった。
 気になるので、調べてみようかと思っていた所である。
 白山羊亭も事件の話題で持ちきりだった。
 どうするかなー、と考えている所に
 「ねえねえ、騒がしいけど何かあったの?」
 騒がしいのがやってきた。
 面白い事なら私も混ぜてと、フェイルーンがやってきたのだ。
 「あ、フェイちゃん、おひさ。
  ほら、あれよ、あれ。魔道士の彫像騒ぎよ。」
 フェイに答えたのはルディアだった。
 「へー、そんなのが話題になってるんだ。」
 面白そうだなーと、フェイは思った。
 何より騒ぎの中心がソラン魔道士協会だというのがおいしい。
 ウル君でもからかいに、いや、手伝いに行こうかな?
 「なんか彫像を持ってる人が怖がっちゃって、護衛の仕事がいっぱい来てるのよ。私はまあ、嬉しいんだけどね。」
 さすがに素直に喜ぶわけにもいかず、複雑な表情で言うルディア。
 「フェイは、どう思う?」
 フェイに聞いてもしょうがないよなーと思いつつ言ったのは、幸也だった。
 「ん?
  うーん、魔道士協会を首になった魔道士崩れが逆ギレしたとか?」
 思いつくまま、フェイは言ってみた。
 「そっか、フェイでもそんな風に考えるかー。」
 逆ギレかはともかく、魔道士崩れが犯人の可能性がるというのは、幸也も同じ考えだった。フェイが同じ考えというのは不安だったが、仕方ない。
 「そいじゃあ、俺は盗賊協会の方でちょっと調べてみたいから、ルーザさんの所へ行ってみるよ。フェイも来るか?」 
 犯人が盗賊協会の関係者なのかそうでもないのか、まずは調べようと幸也は思った。
 「うーん、私はウル君の所でも行ってみようかな。彫刻を売った先とか、わかるかもしれないし。」
 フェイは少し考えながらいった。
 「へー、フェイにしちゃ良い考えだな。
  じゃ、ひとまず別行動しようぜ。」
 フェイもやれば出来るんだなーと幸也は思った。
 そうと決まれば、話は早い。
 「それじゃ、私行くね。
  ルディアちゃん、また今度遊ぼうね!」
 フェイは白山羊亭を後にする。
 「今度は何か注文して行ってねー」
 ルディアが見送った。
 「そいじゃ、俺も行きます。」
 「幸也君、毎度ありがとねー」
 幸也も席を立った。
 ともかく、わからない事だらけだった。犯人の目的がわからない。彫像を『壊す』事に意味があるのか、それとも彫像自体に意味があるのか?
 フェイも言ってたように、魔道士くずれが恨みでやってるっていう可能性もあるけれど、恨みをはらすにしても、もうちょっとマシなやり方があるだろう。
 まあ、考えていても仕方ない。情報を集めなくては…
 などと考えるうちに盗賊協会に着いた。
 「お、幸也君、どしたの?」
 ルーザは自分の部屋にやってきた幸也を、ちょうど良い奴が来たとばかりに出迎えた。
 「例の彫像事件の事を調べようかと思いましてね。」
 「なるほどね。あたし達もそれで忙しいのよ、今。」
 ルーザはため息をついた。
 「やっぱり、盗賊協会の関係者の仕業ではないですかね?」
 「盗んだものを庭先で壊すような仕事のやり方は、うちじゃ教えてないね。
  それに、うちは基本的に街中じゃ仕事しないし。」
 街の外のダンジョンが盗賊協会の仕事場だと、ルーザは言った。
 「ちょっと、犯人の心当たりは無いわね。」
 盗賊協会でも、今の所お手上げ状態という事である。どうしたものか。
 「幸也君、何か考えはある?」
 ルーザが幸也に尋ねる。
 「犯人の目的でもわかれば、少しは対策も立てられるんですけどね。
  像自体に意味があるのか、像を『壊す』のが目的なのか。
  ちょっと、像を盗まれた人の所へ行って、聞きこみでもしてこようかと思います。」
 「うん、着眼点は悪く無いと思う。
  あたし達もその辺は調べてね、一つだけわかった事があるの。」
 ルーザが言うには、壊された彫像はソラン魔道士協会の彫像と言っても、さらに特定の彫像に限られていると言う。
 三年前ソラン魔道士協会で製作された、創立20周年の記念彫像。今まで狙われた彫像は全て、その記念彫像との事だ。
 「彫像を『壊す』事でなく、彫像自体に意味があると?」
 そこまで特定された彫像ばかり狙われていると言う事は、そういう事だろう。
 「あたしも昨日気づいたばっかりで、忙しかったから、まだウルには聞いてないんだけどね。」
 創立20周年の記念彫像。なるほど、ウルなら、何か事情を知ってるかもしれない。
 「良かったら、聞きこみついでにウルにも聞いてきてくれる?」
 ルーザの頼みを断わる理由は、幸也には無かった。
 「じゃあ、また後で来ます。」
 盗賊協会を後にした幸也は彫像を盗まれた家を回って、夕暮れまで聞きこみをしてみた。
 1人、気になる事を話した男がいた。
 彼は彫像を盗まれた時に盗賊の気配に気づいて、庭に出てみたという。
 そこで、空を飛ぶ赤い鳥のようなものが遠くに去っていくのを見たと言う。
 赤い鳥。フェニックスの聖獣だろうか?
  だとすると犯人は聖獣の使い手、魔道士という事になるが、フェニックスの聖獣なんて聞いた事が無い。
 あるいは、ウルなら何か知ってるかもしれないが。
 次に幸也はソラン魔道士協会のウルを尋ねる。
 「幸也君、入れ違いだったね。
  ついさっき、フェイが出ていった所だよ。」
 フェイはウルを尋ねてきた後、『まだ彫像を持ってる人を探して護衛する!』と言って、出ていったそうだ。
 「まあ、あいつなりにがんばってますね。」
 「うん、いつもながら、気持ちはすごく嬉しいよ。」
 フェイの気持ちだけは、確かにいつでも嬉しかった。
 さて、そしたらウルに聞いてみるか。
 「ウルさん、赤い鳥、フェニックスの聖獣って聞いた事ありますか?」
 赤い鳥という言葉を聞いたウルの顔が急に険しくなる。
 「どこでそれを?」
 厳しい顔で幸也を見返す。
 「もしかして、三年前に作られた魔道士協会の記念彫像と関係ありますか?」
 フェニックスを使う魔道士。魔道士協会の記念彫像。
 キーワードは魔道士だと、幸也は思った。
 「君には全部話しといても良いかな。」
 ウルは寂しそうに微笑むと、話を始めた。
 三年前、記念彫像を制作していた時期、魔道士協会の宝物庫から魔法の品物が持ち出される事件が起きた。
 持ち出されたのは、欲望のルビーと呼ばれる魔法の宝石である。
 欲望のルビーを見たものはルビーに魂を吸われ、ルビーを手に入れる事しか考えられなくなってしまい、最後には完全に発狂してしまうという。余りに危険な物のため、宝物庫の奥で厳重に封印されていたのだ。
 「俺の友達で、すごく優秀な奴が居てね…」
 ウルの友人で優秀な魔道士だったケインという男は、欲望のルビーの魔力を解明しようとして無断で宝物庫のルビーを取り出した。
 だが、欲望のルビーの魔力に取り込まれ、そのままルビーを持って姿を消してしまった。
 それが、記念彫像が製作されていた時期と重なっていると言う。
 そして、ケインという男は、非常に珍しいフェニックスの聖獣の使い手だそうだ。
 「その、ケインという魔道士が犯人かもしれないと?」
 幸也はウルに尋ねる。
 「俺の推測なんだけれど、追手に追われたケインは、記念彫像の中にルビーを封印して逃げたんじゃないかと思うんだ。」
 確かに、ありえない話じゃ無いけれど、何故三年も立った今頃になって?
 もしかすると、ルビーの魔力が強まってケインを呼び寄せたのかもしれないけれど、詳しい事はウルにもわからなかった。
 ウルの話を聞くと、ケインという魔道士が犯人の可能性は高いと思えた。
 「欲望のルビーは、見た者に狂気と魔力を与える。
  元々優秀だったケインが、今、どうなっているか考えると、正直怖いね。
  幸也君も気をつけた方が良いよ。」
 幸也は神妙な顔で頷いた。
 こうして一通りウルから話を聞いた幸也は、ルーザの所にウルの話を伝えに行く事にした。
 フェニックスの聖獣を操る、心を失った魔道士。
 そんな奴、俺の手に負えるのか?
 不安を感じる。
 「な、なんかやばそうな話ね…」
 話をルーザはあきれてるようだった。
 「とりあえず、その狙われてる記念彫像の一つはここにあるのよね…」
 他の記念彫像の行方は彼女も知らないと言う。
 記念彫像の行方が知りたい所だ。
 そんな所に、
 「ルーザちゃん元気!」
 フェイがやってきた。
 「どうした、フェイ?」
 幸也がフェイに尋ねる。
 「えーとね…」 
 フェイはウルの所で彫像の販売リストをもらい、記念彫像の行方を探していたと言う。
 そして、現在残っている彫像は2つだけ。盗賊協会に一つと、もう一つはその辺の雑貨屋のおじさんが持っているそうだ。
 フェイは、彫像の護衛をして犯人を待つつもりだと言う。
 確かに、一番わかりやすい手だ。
 「フェイ、彫像を護衛するんだったら、明日辺り雑貨屋の方に行ってみたらどうだ?
  多分、盗賊協会よりも雑貨屋の方が狙われやすいと思うぞ。」
 幸也が言う。
 それもそうだと、フェイは雑貨屋に行くと言って、去っていった。
 騒がしいフェイが去っていって気がつけば、夜である。
 彼女にはああ言ったものの、幸也は夜の間、盗賊協会の彫像を護衛したいとルーザに言った。もう少しここを拠点に情報を集めたいと思ったのである。もちろんルーザに異論は無い。
 こうして盗賊協会に泊まり込んだが、その夜は幸か不幸か何事も無かった。
 翌日の事だった。
 レアルと名乗る商人協会の男がルーザの所にやってきた。
 「ルーザさんの知り合い?」
 「うーん、名前だけは知ってる。最近エルザードに来た商人協会の若手のエースみたいよ。」
 商人が難の用だろうか?
 2人がひそひそ話すうちに、レアルがやってきた。
 「商人協会のレアルです。本日は、恩を買って頂きたいと思い、参りました。」
 事件の解決を手伝う代わりに、今後、商人協会の商人の家に盗みに入らないで欲しいと、
彼は言う。
 ここの盗賊協会は街中での盗みは基本的にしないので、そんなに気にしなくても良いよとルーザは言ったが、レアルはそれでも構わないから手伝うと言った。
 彼の作戦は記念彫像を買ってきて、自分が囮になるというものだった。
 なるほど、いかにも商人らしい。
 少し外を歩きたくなった幸也は、レアルと一緒に行く事にした。
 雑貨屋に行き、彫像を仕入れる幸也とレアル。
 やっかいばらいが出来たと、雑貨屋のおじさんが喜んでいた。
 「次の手は考えているのかい?」
 白山羊亭で一休みしながら、幸也がレアルに尋ねる。
 「はい、ソラン魔道士協会にも恩を売りたいんで、話をつけに行こうと思います。その後、僕が彫像を手にいれた噂を広めて、犯人を誘い出そうと思ってます。」
 「なるほど。
  なら、もう1歩考えを進めて、両方一緒にやっちゃうっていうのはどうだい?」
 「魔道士協会に、噂を広める手伝いをさせると?」
 魔道士協会に知り合いが居るから、俺が話を通すよと、幸也はレアルに言った。
 「そうして頂けると助かります。」
 幸也とレアルは白山羊亭を離れて、魔道士協会に向かう。
 そういえば、雑貨屋の彫像を護衛すると言ってたフェイはどこに行ったんだろう?
 どうせ寝坊でもしてるんだろうな…
 などと思いつつウルのところに着くと、
 「私の彫像!」
 フェイがレアルの彫像を見るなり、指差した。
 「なんでお前のなんだよ…」
 幸也があきれる。
 「な、何となく…」
 彼女は寝坊して雑貨屋に行ったら、護衛するつもりだった彫像が売れて無くなっていたので途方にくれていたそうだ。
 「なるほどね。そういう事なら、しばらく僕の所に来ませんか?
  僕も警護の人手を集めようと思っていましたから、ご招待しますよ?」
 レアルはフェイに言う。
 「なるほどね、そういう事なら、レアル君の所に行くよ。」
 うんうんと頷きながら、レアルの口真似をしてフェイが言った。
 ウルもレアルの所に行くと言う。
 犯人と思われる魔道士は、かうてウルの友達だった。きっと、ウルは自分の手で解決したいのだろう。
 幸也も一緒に来いとフェイが誘ったが、ルーザだけ1人にするのもどうかと思ったので、彼は盗賊協会に行く事にした。
 三人と別れ、盗賊協会に帰る幸也。
 後はケインという魔道士が来るのを待つだけだ。
 対策として、魔除けの聖水でも作ってみるかな?
 医学と魔術を応用した治療術は幸也の得意技である。その一環として治療薬は作った事があるので、魔除けの聖水も何とか作れるかもしれない。
 勉強がてら、昼間は薬の調合でもしてみるとしよう。
 盗賊協会につくと、
 「えー、みんなレアル君の所に行っちゃったの?
  そりゃ、確かに盗賊協会が襲われる事も無いだろうけどね…」
 仲間外れにされた気がして、いじけ気味のルーザがいた。
 そうして、数日が過ぎた。
 色々苦労して、魔除けの聖水が1人分出来あがった日の夜である。
 「暇だねー。」
 ルーザがつぶやいた。
 「暇ですね…」
 幸也が答える。
 2人はルーザの部屋に居た。
 今日も何も無いかなーと思った頃、
 ドゴーン!
 激しい爆発音を聞いた。
 盗賊協会全体が揺れているようである。
 「おいおい、マジかよ…」
 ケインの襲撃だろうか?
 魔法を使ったにしても、どんな魔法を使ったと言うんだろう。
 「幸也君、あんまりヤバそうだったら逃げてね。
  あたしもさっさと逃げるから…」
 「そうします。」
 明らかに逃げ腰だったが、それでも2人は、彫像が置いてある部屋に向かった。
 建物の内部ではあちこちで火が上がっている。
 彫像の部屋に着くと、直接彫像を守っていた者達が数人床に倒れていた。
 そして、赤く燃え盛る鳥と黒ローブの男が佇んでいた。
 彼は、部屋にあった彫像を抱えている。
 ソラン魔道士の証である、黒ローブを着た男とフェニックスの聖獣。
 ウルに聞いたケインという男に間違い無かった。
 「あ、あのさ、良かったらその彫像返してくんない?」
 ルーザが一応言ってみる。
 「ごめんよ、これは私のものなんだ…」
 ケインは嬉しそうに笑った。
 正気の人間の目ではなかった。
 「ヴァネッサ、遊んでおあげ…」
 ケインの言葉と共に、フェニックスの体から無数の雷撃がほとばしる。
 ヴァネッサとはフェニックスの名前なのだろうか?
 だが、そんな事を考えている場合ではなかった。
 ルーザと幸也は狭い部屋の中を逃げ惑うが、狭い部屋の中では避け切れずに何発か受けてしまう。
 そんな2人の様子にケインは興味を示さず、持っている彫像を地面に叩きつけた。
 砕け散る彫像。だが、それだけだった。
 「私のルビーは、後一つか…
  もう、我慢が出来ない…」
 ケインは悲しげにそう言うと、窓から出ていった。
 「ったく、痛いわね…」
 「ちと、シャレになりませんね。」
 幸也は電撃にやられた、自分とルーザの体を治療する。
 雷撃の一発一発は、それほどダメージは大きくないようだった。
 「医術と魔術を組み合わせた治療術だっけ?
  相変わらず良い腕してるわね。
  なんならうちで働かない?」
 あっという間に治ってしまった体に驚いてルーザが言うが、それどころでは無かった。
 「あいつ、このままレアル君の所に行くんじゃないですかね?」
 『我慢が出来ない』と言う、ケインの言葉が幸也の頭に残っていた。
 「やっぱそうだよね…
  行こうか、幸也君。」
 口にこそ出さないが、ウルの事が心配なようだった。
 幸也は頷いて、ルーザと一緒に走り始める。
 フェイ、大丈夫かな?
 もっとも、自分が行った所でどうなる相手じゃないかもしれないが。
 だが。
 「何やってんだお前…」
 道の反対から走ってきたフェイを見て、幸也は唖然とした。
 「あれ?」
 盗賊協会の爆発音を聞いて、フェイは急いでやって来たという。
 と言う事は、レアルの家に居るのはレアルとウルの2人きりである。
 それこそ、危険過ぎる。
 「そ、そいじゃレアル君の所に急ごう!」
 フェイがあたふたしながら言った。
 こんな事なら、最初からみんなで一緒に居た方が良かったんじゃないだろうか…
 そう思いつつ、幸也、ルーザ、フェイの三人はレアルの家へと走った。
 大急ぎでレアルの家につくと、彼の家は燃えていた。
 燃え盛る家の前。
 レアルとウルがケインと向かい合っている。
 三人のすぐ上には、フェニックス、ヴァネッサが浮かんでいた。
 ヴァネッサは際限なく例の雷撃を落とし、ウルとレアルは避けるので精一杯のようだ。
 「あれだよ、あれにやられたんだ。」
 苦々しげに言うのは幸也。
 ヒュン、という風を切る小さな音。
 ルーザが投げた小石の音だった。
 小石はまっすぐにケインに向かうが、しかしヴァネッサの雷光にはじかれた。
 続いて雷光がルーザに飛んでくるが、
 「石なんか投げても当たるもんじゃないわね、こりゃ…」
 難なくかわし、あきれたようにフェニックスを見上げる。
 「当たりませんね。」
 幸也も同様に見上げる。
 「なら、剣で切っちゃう!
  それなら完璧!」
 そう言って走ったのはフェイだった。
  雷光を剣ではじきつつ、フェイはフェニックスまで距離をつめるが、フェニックスは空高く逃げる。
 あれ?
 剣が届かない。
 空からフェイに降り注ぐ雷光。
 「ちょ、空に逃げるなんてずるいよ!」
 あわてて逃げ帰るフェイ。
 「フェイさん、頭悪いって良く言われませんか?」
 つっこんだのはレアルだった。雷光避けながら、命がけのツッコミである。
 「あ、あははは、そんな事ないよ。」
 フェイは笑ってごまかすしかなかった。
 「やっぱり、こっちにも来たわね。」
 苦々しげに言うルーザ。
 ひとまずレアルやウルと合流出来たわけだが、
 「のんびりしゃべってる暇は無さそうですよ。」
 レアルが言う。
 とにもかくにも降り注ぐ雷光。
 5人集まったから何?
 そんな感じだった。
 フェニックスに剣が届かない事はさっきのでわかった。ならば、ケイン本人を狙ってしまえと、フェイは切りかかるが、
 「君に聞こえるかい?
  ルビーが私を呼ぶ声…」
 意味不明の言葉と共にケインの指先からほとばしる雷光が、フェニックスの雷光と同時にフェイを襲う。
 フェイは逃げ帰るしか無かった。
 打つ手が無い。
 いっその事、魔力切れまで逃げ回るとか?
 「ち、やばいな。」
 だが、幸也がつぶやいた。
 フェイのような戦闘力がなく、ルーザのようなすばしっこさもなく、かと言ってウルのように強力な防御の魔法が使えるわけではない彼は、雷光をかわせなくなってきていた。
 それに気づいたのか、幸也を狙う雷光の本数が増えてくる。
 弱い者から狙うのは確かに賢いやり方だが、しかし…
 「幸也をいじめたら、許さないよ!」
 フェイは幸也をかばうように立つ。
 黒ローブの事をにらむフェイ。
 珍しく、本気で怒っていた。
 「私はただ、嬉しいだけだ…」
 黒ローブが虚ろに笑って、意味不明の事を言う。彼が正気で無い事だけはフェイにもわかった。
 いいよ、だったら魔力切れまで幸也をかばうから。
 フェイは身長程もある剣を構え直す。
 気持ちだけは、いつも嬉しいぜ。
 フェイの様子を見てると、幸也は思わず微笑んでしまう。
 確かに俺はあんまり強くないさ。
 でも、弱い事と足手まといな事って違うんだぜ?
 「熱くなるなよ、フェイ。」
 幸也は用意しておいた魔除けの聖水を、フェイの頭からかける。
 「幸也?」
 ずぶ濡れになったフェイが、きょとんと幸也を振り向く。
 「みんな、一瞬で良いからあのフェニックスの動きを止めてくれないか?
  そしたら、フェイは何も考えないであの黒ローブに向かうんだ。」
 幸也は低い声で言った。
 ケインとフェニックスの戦闘パターンは充分見せてもらった。
 確かにあんたは強いけど、俺に戦闘パターンを研究する時間を与えたのは失敗じゃないか?
 幸也は不敵に笑う。
 フェイ達は、幸也の考えに乗る事にした。
 「下降気流!」
 ウルの声と共に発動された魔法は、上空からの叩きつける風となりフェニックスを襲った。
 体制を崩し、地面付近まで落ちてくるフェニックス。
 「走れ!グラフィアス!」
 レアルの放つ、虎の聖獣がフェニックスに飛びかかる。
 「こんなもん、当たっても意味あるのかなー…」
 自嘲気味につぶやきながら投げられたルーザの小石が、フェニックスにコツンと当たる。
 そして、
 「フェイ、さっきのは魔除けの聖水だ!
  魔法は大丈夫だから、何も考えずに切るんだ!」
 幸也の叫び声。
 「何も考えない事なら任せといて!」
 返事を返すフェイ。
 大事のはそこじゃないのだが、つっこむ余裕は誰にも無かった。。
 レアルが剣を抜き、グラフィアスと格闘するフェニックスへと切りかかる。彼は羽根の一撃で吹っ飛ばされたが、フェニックスの動きは鈍くなった。
 今なら、黒ローブに近づける。
 フェイは剣を振りかぶった。
 「雷撃球よ…」
 黒ローブの声。
 何本もの雷撃が重なり、濃縮された稲妻の玉となってフェイを襲う。
 火の玉、ファイヤーボールならば見た事があったが、雷撃の塊、ライトニングボールなんて、考えた事も無かった。
 背筋が寒くなるフェイだったが、幸也が言っていた。
 『魔法は大丈夫だ』と。
 『何も考えるな』と。
 だから、フェイは目をつぶって、まっすぐに剣を振った。
 雷撃球をもろに受けて、5メートルは弾き飛ばされるフェイ。
 だが、地面に叩きつけられた衝撃は感じたが、魔法そのものによるダメージは無かった。
 「ルビーを、あのルビーを…」
 黒ローブがうめき声をあげる。
 フェイの剣に切り裂かれた胸からは、血があふれていた。
 いつのまにか忍び寄ったルーザが彼を捕まえようとするが、それよりも早く、彼の姿は薄くなって消えていった。
 同時にフェニックスの姿も消えた。
 「逃げた…のか?」
 幸也がつぶやく。
 燃え盛るレアルの家と静けさだけが残る。
 地面にへたり込む一同。
 動く気力は誰にも無い。
 「みんな、色々とすまなかったね…」
 そう言ってウルが、ケインの事を話し始めた。
 心を食らう悪魔のルビー。それに心を食らわれた魔道士。
 そして、ルビーが隠された記念彫像。
 結局、残った記念彫像はレアルが持っている彫像だけだった。
 一同の視線が、レアルの彫像に集まる。
 「残った記念彫像がこれ1つで、他の彫像の中に、その『欲望のルビー』っていうのが無かったって言う事は…」
 レアルは唾を飲みこんだ。
 皆、無言である。
 レアルは彫像を手に取ると、地面に叩きつけた。
 砕け散る彫像。
 彫像の破片に混じる赤い閃きに、全員目を奪われた。
 燃えるように甘く輝くルビー。
 幸也はルビーから目が離せなくなる。
 「光の嵐!」
 おもむろにウルの魔法が発動した。
 まばゆい光がほとばしり、皆、目を潰される。
 「みんな、目を閉じて。
  ルビーを見ないほうが良いよ。」
 ウルが穏やかに言う。
 「これじゃ売り物になりません。」
 「これは、危険過ぎるな…」
 「こんなの、宝物じゃない。あたしも遠慮しとくよ。」
 ウルの言う通りだった。
 皆、ルビーに心を奪われそうになっていた。
 「なんで?
  良いじゃん、ちょうだいよ。」
 フェイに至っては、すでに心を奪われていた。
 ともかく幸也がフェイを取り押さえ、ウルがルビーを布で包んで封印し直した。
 「犯人は逃がしましたけど、一応これで解決かな?」
 気を取り直したフェイが言う。
 「もぐりの盗賊なら許せないけど、あんな狂ったの相手じゃ、あたしらには関係無いね。」
 もう関わるのはごめんだとルーザは言う。
 「ルビーの魔力さえ封印してしまえば、彼が襲ってくることももう無いよ。彼が正気を取り戻すわけでもないけれどね。」
 ウルが寂しげに言う。
 「しかし、盛大に燃えたなー。」
 幸也がレアルの家を見上げる。
 「いや、どうしましょう、ほんとに。」
 跡形も無くなっている自宅を見て憂鬱なレアル。
 「ま、世話になったしね。家くらい立て直してあげるよ。」
 ルーザが言う。
 「そうしてくれると助かります。」
 家が直るまで、うちに泊まっていきなよとウルが言うので、レアルはソラン魔道士協会のウルの部屋まで行く事にした。同じく寝床の盗賊協会を破壊されたルーザも一緒だ。
 幸也とフェイは、自分たちの家へと帰って行った。
 「でも、魔除けの聖水すごかったね。
  幸也が作ったの?」
 2人で歩きながら、ケインの魔法を防ぎ切った幸也の聖水の事を思い出し、フェイが言う。
 「ああ、なんか魔道士くずれが犯人かもって思ったんで、作っといたのさ。」
 幸也がにやりと笑う。
 「だけど、あれ、一回しか魔法を防げないんだよな…」
 その後、気まずそうに言う。
 「はい?」
 「いや、だからみんなにフェニックスの雷撃は止めてもらったんだけど、あのケインって奴がウルさんみたいに小技を連発する奴だったらやばかったな…」
 心なしか、フェイから距離をとる幸也。
 「そんな危ない事させるなぁ!」
 フェイは幸也を追いかける。
 「悪かった!
  でも、多分大丈夫だと思ったんだよ…」
 あっさりつかまって、フェイに首をしめられる。
 言わなきゃ良かったかな…
 幸也は少し後悔した。
 翌日、何もかも忘れて廃人同然となったケインが街の片隅で見つかり、盗賊協会に連れて行かれたいう。
 盗賊協会もルーザに聞いて事情を知っているので、ケインをどうこうするつもりは無いそうだが、彼の心が元に戻るわけでもなかった。
 宝石に心を食われた魔道士の事を思うと、後味の悪い幸也だった。

 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【J394/レアル・ウィルスタット/男/19才/ヴィジョンコーラー】


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■         ライター通信          ■
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 毎度、お世話になります。
 なんだか後半の戦闘が長くなったせいもあり、
 大分長い話になってしまいました…
 今回の幸也は彫像に注目したのが良い感じだったせいか、、
 他のキャラよりも一足早く、事件の真相に近づけたようです。
 近づいたからと言っても、
 やる事はあんまりかわらない疑惑もありますが…
 ともかく、今回もおつかれさまでした。

 (この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。)