<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


Let's バザー!【準備編】
エルザード内の様々なところにビラが撒かれ、張り紙が貼られた。
ここ白山羊亭もルディアによって一枚のビラが貼られる。
「楽しみよね〜バザー♪」
鼻歌を歌いながら貼られた紙に目を通すと、バザー開催の告知だった。

『○月某日
天使の広場において第一回エルザードバザーを開催致します。
それに伴い、バザー出店者及びスタッフを募集しております。
バザーの出店は飲食店、アクセサリー販売、芸能、その他なんでもアリですのでどうぞ振るってご参加下さいませ。
また、一緒にバザーを支える心強いスタッフもお待ちしております。
出店及びスタッフ希望者は王立魔法学園・柏原瑞慧まで。
受付締め切りは○月▲日です』

◆受付締め切り三日前
「ほぉ・・・バザーですか」
白山羊亭に張りだれたビラを見、一人の男が呟いた。
細く長い指を顎に当て、文面に見入る本男(モトオ)。
色白の顔と銀色の髪が、繊細な印象を他人に与えるが、彼は本専門の行商人として各地を飛び回っている。
そして、ここエルザードにも仕事で立ち寄っているところなのである。
「面白そうですよねーバザー♪」
にこにこと声をかけたルディアは、本男の側に立ちビラを見上げた。
「結構大々的にやるみたいですよ。これ」
ウキウキとした弾むような声にも黙ったまま、本男はしばし考えぼそっと呟いた。
「これは、誰でも参加可能なのでしょうかねぇ?」
「え?」
ぼそっとした呟きが実は自分に投げかけられた問いだと知り、ルディアは慌てて言葉を返す。
「えっと、多分大丈夫だと思いますよ。あ、でも委員長に聞いた方が良いと思います」
「委員長?」
小首を傾げ見下ろす男にルディアは頷く。
「バザー開催委員長の柏原瑞慧さんです。今の時間なら学園にいると思いますよ」
「わかりました」
短くそれだけ言うと、本男は踵を返し、白山羊亭を後にした。
残されたルディアはしばらく閉じられた扉を見ていたが、すぐに昼飯時の喧騒に飲まれていった。

◆寄り道
「おや?」
表通りを小さな荷馬車で学園へと向かっていた本男は、通りの脇のショーウィンドウに目敏く、本の存在を見つけた。
ハードカバーの大きめの本は中を外へと向けて開いて飾られていた。
本男は周りの迷惑も気にせず、荷馬車はその店―骨董品屋らしき店の前に停めた。
「これは・・・」
その本が何であるか、確認した本男はすぐさま店内に飛び込んだ。
「あの本はエルザード創世記ですね!」
驚いたのは店の主人である。
いきなり店に飛び込んできたかと思うと、開口一番がそれである。
年老いた主人は、小さな眼鏡の奥でしょぼくれた目を瞬いていたが、本男からショーウィンドウに飾られている本に視線を移した。
「・・・あぁ、あれかい。そうだよ」
「やっぱり!」
感激を満面に表す本男とは反対に、無感動に老主人は続ける。
「でも、ありゃあレプリカさ。なんの値打ちもありゃしない」
「レプリカ?」
「そうさ。オリジナルはエルザード城の王室書院の中さ」
本男は振り返る。
今よくよく見れば、ずっと飾られっぱなしだったのだろう。
本は埃を被っていた。
「しかし、レプリカでもエルザードの歴史を知る上では貴重な資料でしょう。それをあのような扱いとは、感心しませんな」
そんな本男の言葉に、老主人は鼻を鳴らす。
「ふん。だったらあんた、買うかい?」
「えぇ。もちろん!」
大きく頷いた本男を尻目に、老人特有のゆっくりとした動きでカウウターを下りると、ショーウィンドウへと向かう。
「レプリカであろうと、本に違いはありませんからね」
横を通り過ぎる主人にそう言った本男は、実に嬉しそうである。
「そうかい。はいよ、銀貨二枚と銅貨五十枚だ」
ばふん、と埃が舞い立つのも気にせず、鈍い音を立てて閉じた本を本男に渡す。
しっかりと本を受け取った本男は通貨入れから硬貨を取り出すと、手渡した。
老主人は金額を確かめ、またゆっくりとカウウターに戻りながらぽつりと呟いた。
「今度のバザーにゃ王室書院もなんか提供するらしいがね。もしかしたらそいつのオリジナルも出るかもな」
老人の言葉に、本男は本来の目的を思い出し、手を打った。
「忘れていた。学園に行くんだった」
と呟き、本男はさっさと踵を返すと骨董屋を後にした。

◆王立魔法学園
学園に着いた本男は、正門の中のちょっとした広場で適当に荷馬車を停めると校舎内へと入る。
校舎を入ってすぐにある事務室の女性が、本男の姿を認め感じよく話し掛けてきた。
「こんにちは。ご用件はなんでしょう?」
「えぇ、実はバザーの事について開催委員長にお会いしたいのですが」
「あぁ。彼女なら図書館にいるはずですよ」
「図書館ですね」
ついでに図書館の場所も確認した本男は事務員に軽く会釈し、図書館へ向かった。
図書館内は本男の嗅ぎなれた本の香りで溢れていて、程すればバザーの事など忘れ、そこら辺の本という本に没頭しそうな欲求を我慢し辺りを見渡した。
と、『バザー実行委員会本部』というなんとも分かり易い看板がでかでかと掲げられた長机に、学園の制服を着た少女が一人座っていた。
「あなたが柏原瑞慧?」
本男の問いかけに、瑞慧は顔を上げる。
「そうだよ〜。あなたは?」
「バザーに出店したい者ですよ」
そう言われた途端、瑞慧の目は生き生きし始める。
「ようこそ!ささっ、さっそく登録をば!!」
ノートとペンを取り出す瑞慧。
「ところで、このバザーは誰でも参加出来るのですか?」
「もっちろん♪」
瑞慧の答えに本男は笑む。
「ならば、参加させて頂きますよ」
「はいはい。お名前と当日の出店品は〜?」
紙面にペンを走らせながら言う瑞慧に本男は答える。
「名は本男。本を出品したい」
「本?古本かなにか?」
首を傾げる瑞慧に本男は、まぁそんなところです。と言った。
「そ。で、バザーの時の売り場として一つ商品台を用意しているんだけど。本ってどのくらいの量なの?」
瑞慧の問いに、本男はしばし考える。
今、荷馬車の中に積まれている本は大きいものから、小さいものまで合わせて、ざっと百は超えている。
その中で、価値の高い物、重要な物、依頼物を除いてもまだ百を切る。
この際、在庫の整理にもなるな。
とぼんやり思った本男は瑞慧に言った。
「ざっと百ですかね」
「ひゃく、っと。じゃ、大きめの頑丈なやつがいいかな?」
瑞慧の提案に本男も頷く。
「そうですね。大きい事に越した事はありませんね」
その言葉に、瑞慧はジャっとそろばんを持ち出すと、珠を弾き始める。
「ん〜・・・じゃあ、出店代として銀貨五枚頂きます♪」
「銀貨五枚?!」
銀貨五枚といえば、さっき買ったレプリカ本の倍の値段だ。
基本的な本男の価値基準、価値判断は全て本が中心だ。
その本より高いという事実に本男は首を振った。
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿も何も、銀貨五枚は銀貨五枚」
きっぱりと言う瑞慧に本男は詰め寄る。
「いくらなんでも法外ですよ」
「でも、こっちだって完全なボランティアじゃないんですよ。商品台だってそれなりの強度のものを作るとしたらお金だってかかるし〜」
「しかし、銀貨五枚は高すぎる!」
睨み合う両者。
どちらも引く気は無い様で、図書館内にいた者たちの視線が集まる。
と、そんな二人に声がかかる。
「あの、よろしいですか?」
振り返ると、金の髪に青い目をした女性が立っていた。
「あなたは・・・エレア・ノーアさん、でしたっけ?」
瑞慧がパラパラとノートめくりながら言った言葉に、エレアは頷く。
「はい。あの、お話は聞かせて頂きましたわ。こういうのはどうでしょう?台の方はある程度物がおける程度の物にして、お客様のご要望のあった本だけを置くというのは?」
エレアの提案に本男は手を打った。
「なるほど。それは良いアイディアですね」
「それでしたらそれほどお金も掛からないと思いますよ」
エレアの言葉に本男はにんまりと笑むと、瑞慧に言う。
「聞いてましたね?私はそれでお願いしますよ」
瑞慧は低く、わかった〜と言うと、新しい出店代金を弾き出した。

◆後はその日を待つのみ・・・
「あなたのお陰で勝つ事が出来ましたよ」
正門から出ながら、本男はエレアに言った。
「そんな、勝ったなんて大袈裟な」
軽く驚いた表情を浮かべたエレアに、本男は首を軽く横へ振った。
「いやいや、どんな些細なかけ引きも勝たなければ、良い物は手に入りませんからね」
ふふん、と学園の二階の窓を見上げ得意気に言った本男にエレアは苦笑しただけで、何も言わなかった。
「・・・でも、お互いバザーでは成功すると良いですね」
「ええ。・・・珍しい本が手に入ると良いが・・・」
「え?」
ポツリ、と呟いた本男の言葉が聞き取れなかったのか首を傾げるエレアに、本男は何でも無いと首を振った。
「では、バザー当日にお会いしましょう」
「はい。バザー当日に」
にっこりと微笑み返したエレアに軽く手を上げ、本男は荷馬車に乗り込んだ。
ゆっくりと動き出した荷馬車に揺られながら、本男は来るべき日に想いを馳せた。
「・・・楽しみだ」
呟きは煩く軋むホロにかき消された。

そして、バザーの朝はやってくる・・・



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

【0589 / 本男 / 男 / 25歳 / 本の行商人】
【4077 / エレア・ノーア / 24歳 / 貴族】

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■         ライター通信          ■
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Let's バザー【準備編】如何でしたでしょうか?
今回はバザー前日までの準備の段階のお話です。
次回、Let's バザー【バザー編】は10月10日を予定致しております。

本男様、エレア様。
初めてのご依頼ありがとう御座いました。
お客様のプレイングを元に、私なりの想像を付加させて頂きましたが如何でしたでしょうか?
尚、それぞれお話の内容は異なっていますので、二つの話を楽しめるかと思います。

お気に召して頂けましたら、ご都合とお財布の中身と相談して良ければ次回もよろしくお願いします。