<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 禁欲のサファイア

 (オープニング)
 最近エルザードで起きた彫像事件の犯人は、『欲望のルビー』という呪いの宝石に心を犯された魔道士だった。
 欲望のルビーは、見たものの心を『欲望のルビーを手に入れたい』という欲望で満たす、危険な宝石である。
 数人の冒険者の活躍で、一応、事件は解決したのだが…
 事件解決の数週間後、閑散とした白山羊亭の片隅の事である。
 黒ローブの男と、街娘風の若い女が居た。
 「うちの宝箱売りのやつが、やられちゃってねー…」
 娘が困った顔をする。
 黒ローブの男は、無言で聞いている。
 男はソラン魔道士協会のウル。娘は盗賊協会のルーザだった。
 『無欲病』と呼ばれる病気が、エルザードの商人の一部で流行している。
 「この世に楽しい事なんて何も無い。何もいらない…」
 などと言い始めて、欲という欲、食欲までも忘れてしまう病気だった。
 ルーザの盗賊協会にいる、宝箱売りと呼ばれる強欲な男がその病気にかかったという。
 「あの人が、そんな事になったんだ…」
 宝箱売りの強欲さを、ウルはよく知っている。
 罠付き宝箱を安く仕入れて、盗賊などに高く売るのが得意な男だった。
 あの人から欲を取ったら、何が残るんだろう…
 事件の事より、まずそっちが気になるウルだった。。

 (依頼内容)
・ あらゆる欲求を無くし、食べる事すら忘れてしまう病気がエルザードの商人の間で流行しています。誰か助けて下さい。
・ 今回の話は、前回の『彫像を壊すな!』の続編になっていますので、前回の話を見直してみるのも良いかもしれません。

 (本編)

 面白い事、無いかなー。
 ある日、退屈だったフェイルーン・フラスカティは、相方の日和佐幸也の所へ暇つぶしに転がり込んだ。いつもの事である。
 「フェイ、今朝のエルザード新聞の朝刊見たか?」
 家にやってきたフェイを見るなり、幸也が言った。
 「うち、新聞取ってないよ?」
 フェイは、きょとんと答える。
 「そっか…
  いや、あの『宝箱売り』が無欲病にかかって、大変らしいんだよ。」
 そう言って幸也がフェイに見せた新聞には、『噂の無欲病、盗賊協会にも被害者が!』などという見出しが踊っていた。
 無欲病の噂は、フェイも聞いた事があった。
 食欲すら忘れてしまう程、欲の無い人間になってしまう心の病という。
 ここ数週間、急にエルザードで流行り始めたそうだ。
 「あの、欲の塊みたいな奴がねー…
  ただ事じゃないね。
  行ってみようよ、幸也!」
 「そうだな。」
 こうして二人は幸也の家を出て、宝箱売りの居る盗賊協会まで行く。
 ひとまずルーザの部屋に行く二人。
 また来たのかあんた達。とばかりにフェイ達を迎えるルーザの所には、先客が来ていた。
 「2人とも、相変わらず仲良さそうですね。」
 リドルカーナの商人、ヴィジョンコーラーのレアル・ウィルスタットだった。
 「レアル君も、無欲病の事を調べに来たの?」
 「はい、うちの商人協会でも被害者が増えてきましたからね。」
 久しぶりだねーと話かけるフェイに、レアルは答える。
 ともかく情報を集めようと、彼はルーザの所までやってきたそうだ。
 「まあ、三人であいつの話聞いてきなよ。
  何だか別人みたいになっちゃってさ、困ってるんだよ。
  ていうか、ご飯位食べないと、死ぬぞあんたみたいな感じでさ。」
 ルーザは、宝箱売りに会っていきなよと言う。
 元よりそのつもりでここまで来た三人なので、ルーザと別れ、宝箱売りの部屋まで行った。
 「人間、欲張っちゃいけねぇ。欲を持つから、人間は幸せになれねぇんだ。
 あれも欲しい、これも欲しいっていう終わりの無い欲望を捨ててだな、友達や家族に感謝して生きていけばいいんだよ。人間なんて。」
 盗賊協会でも強欲で知られる悪徳商人『宝箱売り』は、もっともらしい人生論を語る。
 安く仕入れた罠付き宝箱を、宝箱開けのプロの盗賊や冒険者に高く売りつけるのが得意な男だった。
 「それはそうかも知れませんけれど、食欲くらいはもたないと、死んじゃいますよ…」
 レアルは、これは重傷だなーと思いながら返事をした。
 「レアル君の言う通りだな。
  ていうか、あんたが言っても説得力が…」
 「大丈夫?
  あんたから欲を取ったら、私から暴走を取ったみたいになっちゃうよ。」
  幸也とフェイも、彼に声をかける。
 確かに、無欲病としか言い様の無い病気である。
 ともかく彼がこうなって原因を調べようと思い、三人はしばらく宝箱売りに話を聞くが、人生の素晴らしさについて語るばかりで、あまりまともな返事は返って来ない。
 だが、1つだけ気になる言葉があった。
 最近、何か変わった事は無かったかというフェイの質問に、
 「心が洗われるような、きれいなサファイアを見たぜ。
 たまには自分で宝箱を開けてみたくなって、開けてみたら入ってたのさ。
 その宝石をどうしたかって?
 どこぞの宝石商人にくれてやったぜ。俺には宝石なんて無用だからな。」
 宝箱売りは答えた。
 三人は思わず顔を見合わせる。
 宝石を見て心を病んでしまう別の事件に、三人は出くわしたばかりだった。
 『欲望のルビー』と呼ばれる呪いの宝石の輝きを、三人は一瞬思い出す。
 ともかく一通りの話を聞き終えた三人は、宝箱売りの元を離れた。
 「さて、どうしたもんかな。
  俺は医学的に治療できないもんか、もうちょっと宝箱売りに付き合ってみるつもりだけど、レアル君はどうする?」
 幸也はあくまで医学生である。
 「人の欲を吸い取る呪いのサファイア。さしずめ、『禁欲のサファイア』とでも言うべきですかね。
 僕はサファイアの行方を追ってみる事にしますよ。
  うちの商人協会で無欲病にかかった人達も、サファイアに接触したと言ってる人が多いですからね。」
 人に欲を与えて狂わす呪いのルビーがあるなら、逆に人から欲を奪って狂わす宝石もあるんじゃないかと、レアルは思う。それにはフェイと幸也も同感だった。
 「確かに、病気の元を断つ事を考えた方が良いかもな。」 
 幸也は頷く。
 一方フェイは、彼女にしては珍しく、神妙に考えこんでいた。
 「私、ちょっと思ったんだけどさ。」
 やがて、口を開く。
 「その、ヤバイサファイア見ておかしくなっちゃった人に、この前の『欲望のルビー』を見せてみるって言うのはどうかな?」
 フェイなりに考えた答えだった。
 「アホか」
 「それは危険過ぎるのでは?」
 幸也とレアルは否定的だったが、それでめげるようなフェイでもない。
 「そーかなー…
  ま、まあ、私もルビー手に入れ・・じゃなくて、色々情報集めに行ってみる事にするよ。じゃーねー!」
 「お、おい、ちょっと待て。」
 幸也の返事を待たずに、フェイは部屋を飛び出していった。
 どうせ幸也と口論しても勝てないもんね。
 彼女はダッシュで盗賊協会を後にする。
 呪いの宝石で欲を無くして困ってる人がいるなら、逆に呪いの宝石で欲を与えてやるようにしてやれば解決するんじゃないかなーと、フェイは思う。
 まあ、暴走モードに入るにしても、もう少し情報は集めるべきかと思ったフェイは、無欲病にかかった商人の所を何軒か回って聞き込みをしてみた。
 わかった事は、やはりサファイアが怪しいという事だった。
 サファイアを見たという商人が多い。そして、皆サファイアは手放してしまったという。
 どうも問題のサファイアは、商人の間を転々としているようだ。
 フェイにも段々わかってきた。
 多分、出所は宝箱売りだろう。
 どこぞの宝箱の入ってたサファイアを宝箱売りが見つけて、無欲病になって『サファイアなんていらないやー』って、よその商人にあげて、それをもらった商人が無欲病になって『サファイアなんていらないやー』って、よその商人にあげて、それをもらった商人が…
 …あれ?
 これってほっといたら、街中の人が無欲病になるまで終わらないんじゃないの?
 前の欲望のルビーと違って地味だけど、何だか伝染病みたいだ。
 そう考えると、ちょっと怖くなってきた。
 やっぱり、幸也みたいにのんびり調べてる場合じゃないと思う。
 私はともかく行動しよう。どーせ私がやりすぎても、幸也がフォローしてくれるもんね。
 サファイヤの行方はレアル君が追うって言ってたし、私はやっぱり『ルビーを宝箱売りに見せよう作戦』でいこう。
 そう考えたフェイは、『欲望のルビー』があるソラン魔道士協会、ウルの所へ向かった。
 「ウル君、ルビー貸して!」
 「は?」
 フェイはウルに会うと、眉をひそめる彼に事情を説明した。
 「フェイ、ルーザと同じ事言うね…」
 黒ローブの魔道士は呆れているようだった。
 「昨日ルーザが来て、フェイと同じ事言ってたんだ。だけど、ごめんね。
  あれは危険すぎる…
  フェイやルーザの頼みでも、聞くわけにはいかない。」
 ウルは気を取り直し、穏やかに、しかし、うむを言わせぬ口調でフェイを諭した。
 「大丈夫だよ、気をつけるから!」
 「だめ。」
 結局、ウルはフェイに取り合ってくれず、フェイは仕方なく魔道士協会を後にする。
 そろそろ日が沈み始めた夕暮れ。だが、フェイは欲望のルビーをあきらめられなかった。
 いっその事ウル君には内緒で、奪ったり出来ないかな?
 すぐに返せば大丈夫だろう。多分。うん、ちゃんと返せば泥棒じゃないよね。
 そういえば、盗賊のルーザちゃんも欲望のルビーを使う事を考えてるみたいだってウル君が言ってた気が。
 ルーザちゃん、手伝ってくれないかな。
 フェイは再び盗賊協会へと向かった。
 「フェイもルビー使う事考えたのね…」
 ルーザは、何となく嫌そうな顔を見せる。
 「私と一緒じゃ、やだ?」
 「んーん、今日は違うの。」
 ルーザは首を振る。
 じゃあ、いつもはどうなんだろうか…
 釈然としないフェイに関わらず、ルーザは言葉を続ける。
 「何だかあたしもフェイも、やたらルビーにこだわってるのが、ちょっと気味悪くてさ。
 ほら、あたし達、この前の事件でルビーを見ちゃったでしょ?
 もしかしたらその時の影響が残ってて、ルビーに心を奪われたままなんじゃないかって思ってさ。
 それで、やたらとルビーを使いたがってるんじゃないかなって…
 ま、そんなわけないか。」
 言いつつも、ルーザの顔色は良くなかった。
 そう言えば…
 なんで私は、奪ってまで欲望のルビーを使おうとしてるんだろう?
 少し不安な気持ちになる。
 「良くわかんないけど、私は私だし、ルーザちゃんはルーザちゃんだよ。きっと。宝石なんかに心を奪われたりしない。そりゃ、私はこの前、ちょっとやば気だったけど…」
 ともかく自分の思ったようにやってみようよと、フェイはルーザに言った。
 ルーザは少し考えた後に言った。
 「そうだね。まあ、あそこの魔道士協会はウルに似て間が抜けてるからさ。忍びこんで奪っちゃうのは、大して難しくないよ。
 後で、ウルに滅茶苦茶怒られると思うけど…」
 フェイにとっては頼もしい返事だったが、
 「ルーザちゃん、よく忍びこんだりしてるの?」
 なんでそんな事知ってるのか、ちょっと不思議だった。
 「若い頃は三階まで壁よじ登って、ウルの部屋の窓から遊びに行ったりしてたからね。」
 ルーザはそう言って、くすくすと笑う。
 「若い頃…
  て、ルーザちゃん?
  今、何歳なのよ。」
 私よりは年上だろうけど、そんなに年取ってるようにも見えないけどなー。
 「ウルと同い年かな。21才だよ?」
 なるほど、微妙な年頃だ。
 確かに、三階の窓から遊びに行くには年寄りかも知れない…
 「そいじゃ、夜になったら行こう。今のうちに少し寝ておきなよ。」
 というルーザの言葉に従い、フェイは彼女と一緒に軽く眠る事にした。
 目を閉じたフェイの頭に、欲望のルビーの甘い輝きが浮かぶ。
 だ、大丈夫。私は私だから…
 眠りに落ちるフェイ…
 それから数時間が過ぎ、日がすっかり沈む。
 真夜中、フェイとルーザはソラン魔道士協会へと向かった。
 庭の壁を越えて、敷地内に入る。
 そのまま建物の中に入って、宝物庫まで一直線。
 ルーザが手引きをしてくれたとはいえ、無防備過ぎるとフェイは思った。
 「危ない物も結構多いみたいだから、関係無いものはいじっちゃだめよ。」
 などとルーザに言われながら、フェイは宝物庫で欲望のルビーを探す。
 「なんか、名札付いてるよ…」
 やがてフェイは、『欲望のルビー』と名札の付いた宝石箱を見つけた。
 わざわざ偽の名札を付けて保管してる事は無いだろうと思い、2人はその宝石箱を手に取って、こそこそと盗賊協会まで帰った。
 「これで、フェイも盗賊の仲間入りね。」
 「すぐ返すから、泥棒じゃないよ…」
 そんな事言っても、やっぱりだめかな…
 ともかく夜も遅い。
 明日の朝、『宝箱売り』にルビーを使ってみる事にして、2人はルーザの部屋で休む事にする。
 ルーザはさっさと寝ついてしまったが、フェイはなかなか寝つけなかった。
 なんだか勢いで欲望のルビーを持ってきてしまったけど、本当にこれで良かったのかな…。
 自分でも気づかないうちに、宝石の魔力に操られてるんじゃないだろうか?
 いやいや、そんな事は無い。
 フェイは目を閉じて布団をかぶる。
 そういえば、この宝石は封印したってウル君が言ってたっけか?
 解除の仕方とかどうすれば良いんだろう。
 気になったフェイは何となく宝石箱を開いてみた。
 下敷きを引いた上に、赤い宝石が載っていた。
 フェイはルビーを手に取る。
 目が離せなくなる。
 やっぱりきれいだなー、これ…
 ルビーを抱きしめている自分に気づく。
 あれ?これって、やばいんじゃ…
 全然魔力が封印されてない疑惑。
 フェイはルビーの甘い輝きの事で頭がいっぱいになってくる。
 だ、だめだ、何か他の事を考えよう。ルビーの事を忘れられる位に楽しい事を…
 楽しい事。
 何か…あるかな?
 私が…一番楽しい事…
 好きな…物…人…
 段々、頭の中に霞がかかったみたいに気が遠くなる。
 幸也…助けてくれないの?
 やがて、フェイは何も考えられなくなった。
 翌朝。
 目を覚ましたルーザは、フェイとルビーが消えた事に気づいて真っ青になる。
 これって、シャレにならないんじゃないだろうか?
 彼女は子分を総動員してフェイを探す手はずを整えると、盗賊協会を駆け出した。
 一方、フェイが『欲望のルビー』と共に姿を消した事など全く知らない幸也は、家に居た。
 「幸也君、居る?
  ちょっとまずい事になったのよ。」
 聞き覚えのある女性の声。ルーザだ。何やらあわててるようである。
 「どうしたんです?」
 彼女があわてるくらいだから、ただ事では無いのだろう。
 幸也はルーザの話を聞く。
 「いやね、昨日、フェイと一緒に魔道士協会に忍びこんで、欲望のルビーを借りてきたんだけどさ、フェイがルビーと一緒にどっか行っちゃったのよね。」
 幸也と目をあわせないようにして言う、ルーザ。
 「忍びこんで借りてきたって、あんた…」
 まさか、ルーザとフェイが共謀して暴走するとは…
 俺に一体どうしろと言うんだ…
 「ほんとにごめんね!
 後でフェイと一緒に怒られるからさ、とりあえずあの子を探さないと。」
 確かにその通りだ。
 幸也はルーザと共に、家を後にする。
 最初にウルの所に行ってみた。
 「ルーザ、フェイと一緒になって何やってんの…」
 ウルはそれ以上、何も言わなかった。
 俺は俺で探してみると、ウルは魔道士協会を出て、幸也達とは違う方へと去って行った。 
 ともかく、幸也達は街の中を探し回ってみる。
 白山羊亭や駄菓子屋など、フェイが行きそうな場所を巡ってみるが、足取りは全く掴めなかった。
 夕方。
 あきらめムードの幸也とルーザ。
 「ほんと、ゴメンね…」
 ルーザがうなだれている。
 彼女にも責任はあるけれど、基本的には自業自得である。あまりルーザを責める気は幸也には無かった。
 だが、自業自得だろうが何だろうが、フェイを探さないわけにもいかない。
 欲望のルビーに魅入られた魔道士の姿を、幸也は以前見た事があった。
 ただルビーだけを求めて暴走する彼の姿は、思い出すだけで哀れだった。
 フェイがあんな事になったら…
 だが、もう心当たりの場所は、あらかた回った。
 「く、もう思いつかない…」
 幸也は考える。
 「ていうか、ちょっと待ってよ幸也君!
  1箇所、忘れてる!」
 おもむろに、ルーザが叫んだ。
 いぶかしげにルーザの方を振り返る幸也。
 やがて、彼も気づいた。
 「俺の家か!」
 朝、あわてて家を飛び出してから、家には帰ってなかった。
 不本意と言えば不本意だけれど、あいつが一番行きそうな場所と言えば、確かに俺の家じゃないか。
 幸也とルーザは駆け出した。
 もう、他に当ては無かった。
 頼むから、おとなしく家に居てくれ。幸也は祈りながら走る。
 もしも、フェイがフェイじゃなくなってたら、その時は…
 日和佐幸也の自宅前。
 「あ、幸也、どこ行ってたの?」
 いつもと変わらない様子のフェイが居た。
 「お前、大丈夫か?」
 あまりにもいつもと変わらないフェイの様子に、しかし幸也は違和感を覚えた。
 「うん、平気。
  ずっと待ってったのに、なかなか帰ってこないんだもん。
  寂しかったよ…」
 疾風のように、フェイが幸也に近づく。
 速い。避けられない。
 「大好きだよ、幸也…」
 フェイは幸也の体に手を回す。
 「く、やめろ!」
 幸也は振りほどこうとするが、無理だった。
 やはりフェイが正気ではない事を幸也は確信する。
 幸也に抱きつくように形になったフェイ。だが、何だか色々やっているが、幸也に危害を加える気は無いようだった。幸也にしがみついて甘えてるという感じである。
 しばし、まったりと過ぎる時間。
 はて?
 「幸也ぁ、一生離さないよー。」
 とにもかくにも、幸也にしがみつくフェイ。
 これってもしかして…
 「命の心配はとりあえず無さそうね。」
 フェイを振りほどこうとあがく幸也を、何となく眺めるルーザ。
 「だめ、逃がさないよ!」
 「だー、やめんか!」
 端から見ると、抱き合ってるようにしか見えない。
 「フェイ、ルビーじゃなくて、幸也君の事しか考えられなくなっちゃったのね…」
 ルーザは気が抜けてしまった。
 「ルーザさん、何とかして下さいよ!」
 助けを求める幸也だが、
 「いや、あたしに言われても…」
 ルーザは何となく2人を眺めていた。
 さらにしばらく、まったりと時が流れる。
 やがて、ウルとレアルが疲れきった顔でやってきた。
 「心配してきてみれば…」
 呆れた顔のウルと
 「何だか楽しそうですね。」
 苦笑するレアル。
 「フェイ、ルビーを見た時に魔力に抵抗しようとして、違う事考えたんじゃないかな。
  それで、ルビーじゃなくてその事しか考えられなくなっちゃったのかもしれないよ…」
 フェイと幸也の様子を見て首を傾げながら、ウルが言う。
 「『私のルビーは渡さない!』なんて言って、襲って来られるよりはマシよね…」
 ルーザが言って、ウルはため息をついた。
 なんか、もうどうでもいいや…
 幸也はそろそろ抵抗するのをあきらめて、フェイの好きにさせている。
  「まあ、こういう事は宝石の魔力なんか借りずに、自分の意志でやるべきですよね。」
 レアルはしみじみと言って、
 「幸也さん、ルーザさん、目を閉じてください。
  ちょっと試してみたい事があります。」
 そう、言葉を続けた。
 2人は、言われた通りに目を閉じる。
 「人の欲望を吸い取る宝石『禁欲のサファイヤ』よ、フェイさんの心に住みついた余計な欲を吸いとるんだ。」
 幸也達が目を閉じたのを確認して、レアルは懐から取り出した青いサファイヤをフェイに見せた。
 「レアル君、サファイアを見つけたのか。」
 目を閉じながら幸也に答えるレアル。
 「はい、やはりこの宝石が無欲病の元凶だったようです。」
 食い入るように宝石を見つめるフェイ。
 やがて恥ずかしそうな顔をして、幸也から離れた。
 「あ、あのね、私は嫌だって言ったんだよ、ほんと。だけどね、ルーザちゃんが無理矢理ね…」
 「嘘つくな。」
 「ごめんなさい…」
 そんなフェイと幸也のやり取りを放っておいて、
 「『欲望のルビー』と『禁欲のサファイヤ』…か。
 それにしても物騒な宝石ね。一体、何々だろう、この宝石。」
 ルーザが言った。
 「ただの偶然かも知れないけど、昔の魔道士の研究で気になるのがあったよ。」
 ウルがルーザに答える。
 心が沈み、何もする気が無くなってしまう病気。
 逆に心が弾みすぎ、物事が手につかなくなってしまう病気。
 そういった心の病を解決しようと、ある日魔法の道具を作った魔道士が居た。
 魔道士は、人の心を静める宝石と人の心を弾ませる宝石を作った。
 だが、効果が強すぎる失敗作で、二つの宝石はどこかに封印されたという。
 「元々、一対の道具として作られたのなら、ルビーを見て狂った奴が、サファイヤを見て元に戻ったのも納得がいく話ですね。」
 幸也がウルの話を聞いてうなずいた。
 「何でも魔法に頼っちゃいけないって事なのかな?
  ウル君も気をつけなよ。」
 フェイが言った。すっかりいつもの調子である。
 「お前が言うな、お前が…」
 幸也が間髪入れずに言った。
 「そうすると、逆にサファイヤを見て無欲病にかかった人は、ルビーを見れば治りそうね。うちの宝箱売りの奴で試してみようよ。」
 ルーザの言葉に、皆、賛成だった。
 一行は盗賊協会へと向かう。
 「ところで、レアル君、サファイヤを見てたみたいだけど、平気なの?」
 ルーザがレアルに言った。
 「はい、あの宝石の力は僕には効きません。根性ですよ、根性。」
 レアルは答える。
 「そりゃ、たいしたもんだな。」
 幸也が感心していた。
 盗賊協会に着いた一行は、箱売りにルビーを見せてみる。
 「ち、質素倹約なんて、俺らしくもねぇ。
  全く、面目ねぇな。」
 箱売りはばつの悪そうな表情をする。
 案の定、箱売りはフェイのように元に戻ったようである。
 「後は、他の人にもルビーを見せて回れば良いわね。ひとまず解決かな。
  あたし、疲れたから、今日は帰って寝るよ。」
 ルーザの言う通りだった。
 「良かったね!
  私も今日は、もう帰るよ。」
 フェイが言った。
 よしよし、このまま流れに乗って、帰っちゃえ…
 「ちょっと待って。
  泥棒2人は帰っちゃだめ。ちょっとうちまで来て。」
 いそいそとその場を離れようとする女子2人を、ウルが引きとめた。
 だめか、やっぱり。
 フェイは助けを求めるように幸也の方を見るが、
 「悪い、さすがに今回はかばってやれない…
  俺は怒らないから、ウルさんに怒られてこいよ。」
 幸也は、そっぽを向いた。
  「しょうがないから、怒られに行こうか…」
 元気なくルーザが言った。
 「うう、しょうがないか。
  ごめんね、幸也…」
 無言で魔道士協会へと歩き出すウルに、フェイはついて行った。
 幸也とレアルは、やれやれと家に帰って行った。
 うむを言わせぬウルの背中が怖すぎると、フェイは思った。
 相当怒ってるんだろうなー…
 その後、ウルに言われたフェイとルーザが責任もって無欲病にかかった人、つまり禁欲のサファイヤを見た人達に欲望のルビーを見せて回り、事件は解決するに至った。
 ただ、ソラン魔道士協会の警備がやたら厳重になった事と、正門の前に、
 『ルーザ禁止』
 『フェイルーン禁止』という2枚の立て札が似顔絵と一緒にしばらく飾られ、道行く人の話題になったそうだ。
 数日後。
 「何も似顔絵付きで看板立てなくてもいいじゃん…」
 「まあ、しょうがないだろ。」
 いじけながら、幸也の所に転がり込むフェイの姿があった…
  
 (完)
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【5007/レアル・ウィルスタット/男/19才/ヴィジョンコーラー】


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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。
 なんというか、今回はどういう風に書けば良いんだか、すごく難しかったです…
 ただ、暴走しすぎのフェイちゃんなんですが、ルビーを使うっていう考え自体は正解だったりします。
 元々、最終的にはその方法で事件を解決してもらうつもりでした。
 また、今回の話は、欲望のルビーを使う事に目をつけたルーザがウルの所に忍び込んでルビーを奪うんだけども、ルビーの魔力でやられちゃって大騒ぎっていう予定だったんですが、そこにフェイちゃんが思いっきり便乗したので、なんだかすごい事になってしまいました。
 ここまで二人で暴走されると、幸也君も他のPCもフォローのしようが無かったようで、結局フェイちゃんはルーザと一緒に行く所まで行ってもらう事にしました…
 ともかくフェイちゃんの次の暴走、楽しみにしていますんで、機会があったらよろしくです。
 おつかれさまでした。

 (この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。)