<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


毒茸密売結社

■オープニング■
「茸?」
 出された杯に手も付けぬまま少女はこっくりと頷いた。まだあどけない風情の少女だが生業は賞金稼ぎ。名をティアという。
「ええ、栽培を制限されてる、アレです」
「エッグマッシュね?」
 エスメラルダの問いかけにティアはまたしても頷く。エスメラルダは眉を顰めた。
 エッグマッシュは野生の茸ではなく魔法実験の過程で生み出された茸だ。非常に繁殖力が強く、毒性も強い。胞子にさえ麻痺毒があるのだから呆れたものだ。一つの山に群生してしまい麓の村に影響を及ぼさないようにと山一つ焼き払ったという逸話まである。
 だがエッグマッシュはただの毒茸ではない。加工してやれば様々に特性を変える。良薬にもなり、麻薬にも、毒薬にもなる茸なのだ。だから許可を得た一部の魔導師のみが栽培を許されている。
「…つまり高価な訳ですけど」
「……つまり密造ね?」
「まあ、何処にでも居るんですけどね。許可が下りなかった魔導師なんかには結構。ただ、問題は……」
「素人なのね?」
 ティアは三度頷いた。
「私だけの手には負えないんです。人手を借りたいんですよ」
「それは分かったけど…どうしてあなたがそんな事に関わってるのよ?」
「…………聞かないでください」
 ティアの苦渋に満ちた声にエスメラルダは追求をとりあえず諦めた。見た目は兎も角、このティア内実はかなり一筋縄では行かない。それがこう沈黙するのだからまぁ何かはあるのだろうが聞いた所で口を割るとは思えない。
 エスメラルダは一つ息を落とすと店内を見回した。
「で、誰かいない?」

■本編■
 動き回ることにさえ細心の注意が必要だ。かつて持っていたデータの中にそんなものがあっただろうか、思い出すのは小人の国に迷い込んでロープで浜辺に縛り付けられてしまった男の物語だ。
 勿論彼女は男ではなかったけれど。加えて言うなら誰も彼女を拘束しようなどとはしなかったけれども。……いや、出来なかったけれども。
 薄い粘土と木屑で作られたおもちゃ箱のような街をソウセイザーはゆっくりと歩いていた。おもちゃ箱のような街だった。便利さでは比べるべくも無いが、牧歌的な暖かい空気が漂う。そのおもちゃの街を傷付けない様に歩くのは酷く骨の折れる仕事だったが、それはソウセイザーには苦にならなかった。傷付けた時の心の痛みに比べればどうと言うことも無い。
 ゆっくりの為に軽い足取りでは決してなかったが、ソウセイザーはうきうきとした気分で大通りを歩いた。
 その後には皹の入った石畳と通り過ぎた巨大ロボットの後ろ姿を呆然と見送る人々だけが残された。

 少し日も傾いてきた頃合いに、ソウセイザーは裏通りに差し掛かった。裏通りと言っても極端な暗黒街ではない。子供はあまり立ち寄るべきではない店が並ぶ……要は歓楽街だ。
「…ん…」
 ソウセイザーは器用に指を立て顎の下に当てた。
 こうした場所にはあまり足を踏み入れたことはない。踏み入れたいと思ったことも無い。どうしたものかとセンサーを働かせて辺りを窺うと、妙に興味深い会話がセンサーを、耳をと言うべきかもしれないが、刺激する。
「また厄介ごとなんですか?」
「……まあ私は厄介ごとが商売なんですけどねー」
 少年の声の問いかけに、少女の声が答える。少女はふううと大きく息を吐き出した。
「……そんなに大事なの? まあ山一つ焼いたなんて話は兎も角、高々茸よ? 素人が麻薬に加工できるわけでもないし」
 少女の声とは異なった低く良く響く女の声。山一つとは穏やかではない。
「まあ価値はそうですね」
「価値?」
「加工出来れば高価です。加工前でも毒としては充分使用できますし、加工出来るところに卸せば加工品までではなくてもそこそこのお金にはなります、その程度ですよ。価値はね」
 ソウセイザーは思わず胸を押さえた。
「毒…」
 血と言うものが自分にも流れていたら、きっと今自分の顔は真っ白になっているだろう。思わずセンサーの感度を上げる。つまり耳を欹てる。
 ややあってから少年が『あっ!』と小さく声を上げた。
「分かりました?」
「価値はその程度……でも害はそんなものじゃないって、ことですか?」
「そういうことです」
 どさりと言う音がする。言って少女がどこかにに突っ伏したようだ。相当に疲弊しているらしい。
「ねえ? だから害ってどういうことなの?」
「……多分、繁殖力のことじゃないですか? エッグマッシュの栽培が禁止されてるのは価値が高いからじゃないってことですよ。麻薬になるからじゃなくって、繁殖力が異常に強い毒茸だからなんでしょう?」
「ふうん?」
「山一つ焼いたって話があるでしょう? つまりそのくらいやって根絶やしにしないとすごいことになる、ってことじゃないのかな?」
「ああ、成る程ね」
 理解したらしい女の声。少女の答えはなかったが、その沈黙が肯定を示しているようにソウセイザーには思えた。
 話から理解できたことは非常に危険な毒茸を誰かが密栽培しているようだと言うこと。それに対してソウセイザーが導き出す答えは一つだけだ。
「話は道々します。『すごいこと』にならない内に早く行きましょう」
「ボクも〜!」
「あたしも……」
 店内から、そして外、それもどうやら屋根の上から聞こえた第三者の声に、少年と少女は顔を見合わせた。

 重い地響きの音と共に視界が上下する。
「……」
 ニール・ジャザイリーは思わず額を押さえた。曲がりなりにも飛翔船乗りを志望しているだけあって酔ったわけではない。ちょっと現実に脳が対応出来ていないだけだ。
 目の前にははしゃいでいる子供と、沈黙した少女。依頼主となるこの少女の名をティアと言う。生業は賞金稼ぎだ。子供は兎も角ティアの心情は高確立でニールと同じだ。
「あ、揺れますか?す、すいません、もう少しゆっくり歩きます」
 その声は、ニール達の『下』から響いた。
「だいじょーぶだよー♪」
 少女と見紛うばかりの愛らしい少年が、はしゃいだ声を上げた。名をファン・ゾーモンセン。黒山羊亭で同行を申し出てきた内の一人で『まだ』あどけないどころか『当分』あどけないままだろう、9歳の少年だ。
「そうですか?」
 どこか嬉しそうな少女の声はやはりニール達の『下』から聞こえる。
 近所迷惑にもズシズシ重い音を立てて歩く彼女の名前はソウセイザー。巨大な……それはもう巨大なロボットという存在らしい。
 黒山羊亭で同行を申し出てきた声の一つはファンでそれは店内で捕獲できたが、もう一つの持ち主は店のどこを探しても見つからない。しかも何故か会話が成り立ち、おまけに声は天井より遥か上から聞こえてくる。不審に思って店から出て、漸く対面できたのが彼女だった。
 街道に窮屈そうに身を縮めた、首を垂直に傾けてもまだ目線が合わない大きな彼女と。
 そしてその彼女に促されるままに彼女の手に乗り、ティアの言う密造者達のアジトへと向かっているのだが……
「……どうしよう、羅列したら気が遠くなってきた…」
 ニールは頭を抱えた。ファンは冷たい感触のする指に抱き着きはしゃいでいる。ティアはと言えば、その良く揺れる手のひらの上に俯いたまま座り込んでいた。
 流石に驚かせてしまったかなと思ったソウセイザーだったがその認識は悲しいほどに甘かった。
 俯いたままのティアは顔を上げぬままに小刻みに震え出した。それに合わせるように、下を向いたままのティアの顔から『ふふふふふふふ』と、含み笑いが聞こえてくる。
「…ティア?」
 ニールが問い掛けると、ティアはやおらがばりと顔を上げた。
「っふふふ、ふふふふ。なんだかすごくラッキーですね私。ええ、ものすごっく!」
「どおして?」
 ティアの剣幕に驚いたか、ファンが指から体を離し放り出されそうになりながらも器用にティアの側に寄ってくる。近づいてきたファンの体を大きな縫いぐるみのように抱きかかえ、ティアはひたとニールの目を見つめた。
「ニールさん、ソウセイザーさん、変だと思いませんでした?」
「え?」
 ニールとソウセイザーの声が重なる。ティアはにっこりと笑った。
「どんな真夜中でも一発で斥候に見つかるような近付き方を私が了承したこと。それにはじめから私がアジト知ってること」
「あ」
 またしても二人の声は唱和した。言われてみれば変すぎる。こんな近付き方は逃げてくれといっているようなものだし、それ以前の問題として場所が分かっているならさっさと役人に通報すればいいのだ。
「うん…言われてみると、へんですね? どうして何ですか?」
 ソウセイザーが小首を傾げると、ティア達の姿が一瞬ぶれる。どうにもサイズに差がありすぎて自分ではなんでも無い仕草のつもりでもティア達の受けるショックはかなり大きい様だ。
 一方ニールはなんとなくではあるがいやーな予感を覚えていた。事情は聞くまいと思っていたが、どうにもその事情に心当たりが、と言うか会ったことまであるような気がする。
「……ふふ、ふふふ。素晴らしいですよ、ソウセイザーさん! 跡形も無くアジトは焼き払っちゃって下さい!」
「……でも、中の人たちを傷つけるのは…いやです」
「大丈夫です。薄目も開かないような赤ん坊でもない限りはこんな目立つ近付き方すれば逃げます」
 地響きがぴたりと止まる。ソウセイザーは足を止め、手を己の頭部付近まで持ち上げた。ゆっくりとした動きのつもりだったが小さな(人間としての水準からしても)小さなニール達にかかった風圧はかなりのものだった。顔を顰めて身を縮めたニール達を見て、ソウセイザーは申し訳なさそうな声を出した。
「あ、あの、ごめんなさい…」
 気にしないでと言うべきかどうかニールが逡巡する内に、ティアがにっこりと笑う。
「やっぱり素晴らしいですね。先ずアジトの方はあなたがいて下されば安心です」
「あじとのほう?」
 ティアに抱かれたままのファンが怪訝そうに小首を傾げる。恐らくはソウセイザーもその辺りに引っ掛かりを感じて足を止めたのだろう。
「逃げちゃっても、いいんですか?」
「捕獲しますから」
 きっぱりと言い切るティアに、ソウセイザーは小首を傾げた。
 さっぱり訳が分からなかった。

 山裾の崖を切り取ったような洞窟。そこが目指すアジトらしい。街からは然程離れていない、ソウセイザーの足でなくとも夕食を取る程度の時間があればたどり着けそうな場所だった。
 すっかり日も落ち、ファンなどは無邪気に月に喜んでいるが、ソウセイザーは全く喜ぶ気になれなかった。ティアの顔がなんというか…笑っているのに妙な迫力を醸し出した、恐ろしげなものに変わっていたからである。
「……何にも考えてませんね、やっぱり」
 立ち上がりつつ言ったティアは、しゃがみこんでいた場所を指差した。そこに極ノーマルな形の茸が一本生えている。
「あ☆ きのこだきのこー♪」
 嬉しそうに茸に飛びつこうとするファンを、ニールは慌てて後ろから抱き止めた。この状況でティアが指差す茸などエッグマッシュ以外に考えられないからだ。ソウセイザーも地響きを立てつつ膝を付き、ティアと茸を見比べた。
「これ、が?」
「エッグマッシュです」
 あっさりとティアは言い、ニールに抱きとめられているファンに向けてぴっと指を立てた。
「毒茸ですよ」
「どく、なの?」
 こっくりと一斉に全員が頷く。それまで茸に向かって手を伸ばそうと暴れていたファンは漸くぴたりと動きを止めた。
「といってもまだ胞子が飛ぶほど育ってません。このままにしとくと危ないですけどね」
 言ってティアは慎重に茸に布を被せ、そっと摘み取った。
「そんなに……危ない茸なんですか?」
 地に片膝を突き、出来る限りニール達に視点を近づけたソウセイザーは恐る恐るティアに問い掛けた。うーん、と唸り、ティアは小首を傾げてみせる。
「この茸地面であればそれだけで育つんです。多少の水分は必要ですけどね。胞子は地面に落ちて一晩で発芽します、一週間もするとかさが割れて胞子飛ばすんですけど。摘まないで植えとくとその胞子を飛ばせる段階のまま一月は持つそうですよ。……しかも上限なく成長しながら」
「え?」
 とんでもないことを聞いた気がする。思わず力の抜けたニールの腕からファンが脱出したのが分かった。だが、そんなことに構いつけている猶予はなかった。
「あの……上限なくって言うのは???」
「山一つ焼くことになった時の記録では樹齢100年程度の木と同じ高さと太さになったって話ですよ」
「……それが……地面でさえあれば育つ茸の胞子を……」
「それこそ上限なく飛ばします。加えてその胞子、麻痺毒があるんですよね」
「山一つで済んだなら、まだ、良かったのね……」
 下手をすれば山どころか街ごと壊滅しかねない。
 呆然と、ソウセイザーは言った。ティアが頷き、うんざりしたように肩を竦める。
「だから、高価なんです。取り扱いがデリケート過ぎてやたらなのに許可が出せないから」
 ティアは布に包んだエッグマッシュを皮袋に放り込んだ。そして洞窟を指差す。
「という訳で遠慮はいりません。焼き払って下さい」
「で、でも……本当に中に人はいません?」
 ソウセイザーは指をもじもじとさせた。躊躇せずにはいられない。
 確かに自分は兵器だけれど。だけれど決して喜んで兵器をやっているわけではない。
 躊躇するソウセイザーに向かってティアが口を開きかけた時、元気のいい声が洞窟の側から響いた。
「誰もいないみたいー!」
 ファンが元気良く手を振っている。洞窟の入口を覆っていた目隠し布をめくりあげて。
 言うまでもなくそこは茸の密栽培を行っている場所であり、そして入口付近に茸が生えていたことから考えるに、その中には恐らく既に育ってしまったエッグマッシュがある。
 つまりそれは。
 ニールが自分の手元とファンを見比べた。そう言えば逃げ出していったようだったがまさか……まさかこんなことをしでかしてくれようとは!
「あ、開けるなあああああああ!!!!!」
 三人分の絶叫が響き渡る。
 その反響が消え去らない内にファンの体はかくりと地面に屑折れた。それが胞子を吸い込んだ故のことだったのは言うまでもない。

「はい、お願いします」
 ティアに差し出された袋を大きな指で受け取ったソウセイザーは、ふと動きを止めた。
 人で言うのならば遠目をしたとか溜息を吐いたとか、まあそんなところだろう。
「あの、ティアさん?」
「はい?」
 教えられていた通りに皮袋を火に放り込み、ソウセイザーは恐る恐るティアに問い掛けた。
「あの……ホントに…ニールさん一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫です、ニールさんもかなり怒ってましたから」
「いえそうじゃなくって、あの」
 今ニールは一人で『犯人』を捕獲しに赴いている。同行を申し出たが丁寧にニールにもティアにも断られてしまった、『大丈夫だから』と。
「あの、そう言うことじゃなくって、ニールさん犯人の事、ちゃんと知ってらっしゃるんですか?」
「……ああ、そっちのことですか」
 ティアは大きく溜息を吐き、一枚の紙切れをぬっと差し出した。羊皮紙に似顔絵が描かれ、金額が記されているそれは、どこからどう見ようと手配書でしかない。
「犯人です」
 きっぱり言いきるティアに、ソウセイザーは小首を傾げた。
「どうして分かるんですか?」
 ティアは無言で手配書の名前の部分を指差す。そこに名前が書かれている。それまできゃわきゃわとソウセイザーの掌の上で遊んでいたファンがちょこちょこ寄ってきて声を上げた。
「あ、ばーく・うぃりあむずだ!」
「バーク・ウィリアムズ?」
「うん、食逃げ犯の」
 こっくりとファンが頷く。
 バーク・ウィリアムズ。食い逃げと宿代踏み倒しだけで下手な盗賊団以上の被害総額を打ち立てた稀代の……大馬鹿だ。現在は捕獲され、被害を返済すべく家畜同然の強制労働に就かされている。就かせているのがティアで、つまりティアはこのバークの身元引受人と言うことになる。
 それがエッグマッシュの密造などに手を染めたとなれば信用に関わるのだ。
「まあ……成長したと言えなくも無いんですけどね」
 金が無いなら仕方が無いではなく、無いなら作ろうと言う意識が芽生えたのだから。
 そう言って笑ったティアの目は生憎と全く笑っているようには見えなかった。

 結局、馬鹿が無分別にばら撒いた胞子の後始末には丸三日を要した。

「……きっといいこともありますよ、ね?」
 疲労しきってしまったティアに、ソウセイザーは体内の家庭科室で生産したクッキーの袋を差し出した。それを素直に受け取ったティアはソウセイザーを見上げてにっこりと笑う。
「そうですね。頑張ってさっさと借金返させないと!」
 画してバークの家畜生活は当分終わらない。……どころか激化しかねない、いやする確実に。
 しかしソウセイザーはそれを気にすることはなかった。ティアが少し元気になってくれれば、とりあえずはそれで良かったからだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0598 / ソウセイザー / 女 / 12 / 巨大変形学園ロボットの福祉活動員】
【5569 / ニール・ジャザイリー / 男 / 13 / 風喚師】
【0673 / ファン・ゾーモンセン / 男 / 9 / ガキんちょ】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます、里子です。
 このお話はティアとバークの二つ目の事件で、前は逃亡今度は密栽培となっております。

 作中に登場する茸は勿論実在はしません。
 モデルはタマゴダケモドキ。普通の見かけですが立派な毒茸です。といっても毒性自体は猛毒とまでは行かないのですけど。
 それでも危ないですから食わないでくださいね!<食ってどうする

 今回はありがとうございました。機会がありましたらまた宜しくお願いいたします。
 ご意見などありましたら聞かせていただけると幸いです。