<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


南瓜馬車
「だれか助けてくれ〜!!」
扉が開くと同時に、店内にそう声が響く。
扉のところにはひとりの農夫らしき男が肩を怒らせながら立っていた。
「ま〜ったく。冗談じゃねーっちゃ!」
ひとりぶつぶつと言う男にエスメラルダが落ち着かせるように優しく問い掛ける。
「一体どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないっちゃ!俺んとこのカボチャが盗まれたっちゃ!!」
「カボチャが…?」
「そうっちゃ〜。しかもタダのカボチャじゃねー。今年のパンプキンコンテストで優勝した自慢のカボチャだ!!」
胸を張り、そう言った男。
パンプキンコンテストとは名の通りその年に収穫されたカボチャの中で一番大きく、かつ形が良いものを選ぶコンテストである。
「あ〜俺のカボチャ〜〜」
代々のコンテスト優勝カボチャはかなり、でかい。
もし、中身をくり貫いたなら子供ひとりは軽く入るものも少なくは無い。
そんな物を一体誰が盗んだのか……
「だげん!誰か俺の犯人とっ捕まえてくれ!!!」

◆ドールと魔術剣士見習い
「かぼちゃん……いなくなっちゃったの?」
農夫に黒い愛らしい瞳を向けた、スゥ・シーンは小さく首を傾げて続ける。
「かぼちゃんって、まあるいおれんじ色のかたまりさんね?スゥ、見たことあるわ」
純真無垢な動くマリオネットは、以前畑で見た太陽の下で育つカボチャを思い出していた。
「そうっちゃ、嬢ちゃん。オレンジ色した野菜さ。嬢ちゃんなんかすっかり隠れるくらいに大きいんだぞ〜」
そう言った農夫にスゥは瞳を大きくさせる。
「まあ…スゥ、見てみたいわ。大きなかぼちゃん、どこにいっちゃったのかしら?おじちゃん。スゥ、探してあげる」
そう言ったスゥに今度は農夫が目を丸くする。
「え?!お嬢ちゃんがかい?!だげん、犯人はこわ〜い奴かもしれんけん、ダメっちゃ」
「だいじょうぶよ。スゥ、こわくないわ」
「んだども……」
真っ直ぐに見つめてくるスゥに農夫が困ったように周りを見回すと、一つの影が二人の前に立った。
「あの、良かったら僕にも手伝わせてもらえませんか?」
そう言って来たのは幼さの残る少年、ノエル・マクブライト。
彼は見習い魔術剣士として、己の修行の為旅をしていた。
「彼女だけでは心配でしょうし、僕は魔術も剣の腕もそれなりに心得てますから」
にっこりと農夫を安心させるかのように笑いかけてきたノエル。
心の中で農夫は子供二人に何が出来るんだ?と呟くが、二人の真剣な眼差しにもう一つ、諦めの溜息をついた。
「わ〜かった。わかったっちゃよ。じゃあ、二人に頼むけん。よろしく頼むよ」
そう言った農夫に、二人は嬉しそうに笑んで頷いた。

◆南瓜畑
「わあ…たくさんのかぼちゃんね!」
現場検証、として農夫の畑へとやって来たスゥとノエル。
広い畑には小振りなカボチャが濃い緑色の葉蔓の中に見え隠れしていた。
「こりゃ、時期遅れのヤツっちゃよ。市場に出すやつはもう収穫済みっちゃ」
そう言って農夫は畑の先に見える小屋を指差した。
「収穫したカボチャはあの小屋に置いてあったんよ。もちろん、パンポキンコンテストのカボチャも」
「じゃあ、あそこに行ってみましょう。何か手がかりがあるかもしれません」
「手がかりならあるっちゃ!」
そう言い、農夫は先に立って二人を案内しながら、その盗まれた当日の様子を話し始めた。
「カボチャが盗まれた朝、小屋に行くと車輪の跡と、ちっこい足跡が二つ残っとってん。嬢ちゃんよりも小さな靴跡だったなぁ」
「じゃあ、こどものひとが持っていっちゃったのね」
「でも、子供だけで大きなカボチャを盗むのは無理なんじゃ……」
ノエルの言葉に農夫は大きく頷く。
「当たり前っちゃ!ありゃ、300sはあったからなぁ。子供だけじゃあ無理やけん。あの足跡はきっと囮に違いないっちゃ」
一人うんうんと頷く農夫にノエルも腕組みをする。
「んー…そんなに重い物をどうやって運んだんだろう?」
同じ様に首を傾げるスゥ。
あれこれと考えられる可能性を頭の中でノエルが思考していると、小屋の前に着いていた。
「わあ…ここにもたくさん!」
そう言って見渡した小屋の中はたくさんのカボチャと大根。それからみかんが木箱に積まれていた。
「コンテストのカボチャはどこに置いてあったんですか?」
そう尋ねたノエルに農夫は小屋の端にある大きな木の台を指差した。
「あの上に置いてたんっちゃ」
その台の上には今は何も乗ってはいない。
台の前の地面には何か重いものが落ちたような跡。
そして、何かを引きずったような跡を辿れば、小屋の入口の所に一対の車輪の跡とちょうどぬかるみになっていた地面に二人の人間の者と思われる小さな靴跡があった。
「スゥさん。ちょっと、こっちに来て下さい」
ノエルに手招きされたスゥは小さく首を傾げた。
「なあに?」
「ちょっとここに立ってくれませんか?そう…そこに。あぁ、有難う御座います」
示された場所にスゥは立ち、そしてノエルに手で示されたとおりに足をどけた。
スゥの足跡はくっきりと、ぬかるみの小さな足跡の隣に形が残った。
犯人と思しき足跡は二つとも同じ大きさで、スゥのそれより小さかった。
「小さいなぁ……本当に、子供?」
でもまさか子供二人で300sあるカボチャをどうやって運んだのだろう?
仮に運べたとしてもどうやって馬車に?
次々に湧き上がる疑問にノエルが頭を抱え始めた時、スゥが言った。
「かぼちゃん、ばしゃに乗っていっちゃったの。あとをたどればかぼちゃんにあえるかな?」
そして、車輪の跡を辿り始めたスゥにノエルも後を追った。

テクテクとスゥは車輪の跡を追う。
農夫の畑から車輪は出て、なんとか馬車が二台すれ違う事の出来る道へと続く。
ところどころ跡が薄くなったり、分からなくなりそうにもなったが、なんとか追跡調査は続けられた。
だが、あるところでスゥの足は止まる。
「あと、みえなくなっちゃった」
そう言って足元を見たままのスゥの一歩先には綺麗に石の敷き詰められた道へと変わっていた。
「エルザードに戻って来た……じゃあ、カボチャは街のどこかに?」
そう。車輪の跡は聖都エルザードの中へ。
「かぼちゃん、まちにいるの?」
「多分、そうだと思います。でも、舗装された道じゃあどこに行ったのかわからないし……」
困ったように腕を組み、門の外から中を見るノエル。
同じ様に街へと目をやり、スゥは悲しそうに呟いた。
「……おおきなかぼちゃん。あえないの?」
「スゥさん……よし!」
手を打ったノエルを見たスゥに、彼は言う。
「ここは一つ罠を仕掛けてみましょう」
「わな?」
「そうです。スゥさん、荷車をひとつ借りて来てもらえませんか?」
「いいわよ」
「僕はこの先の林の中にいますから」
「わかったわ」
頷き踵を返したスゥを見送り、ノエルは街へと入って行った。

◆偽巨大カボチャ
「うん。この木なんかちょうど良いな」
ノエルは目の前にそびえる、自分の身長の何倍もある木を見上げた。
幹の太さも大人二人が手を繋いでやっと囲めるくらいの大きさで、それは立派な巨木だった。
ノエルは巨木から離れ、狙いをつける。
「ウィンドスラシュ!!」
真空破の攻撃魔法は易々と巨木の幹を分断し、ゆっくりと倒れた巨木は地面を振動させた。
そして、ノエルは更に適当な大きさに幹を切り、形を整えて行く。
「うん。こんな感じかな?」
様子を見、満足気に頷くノエルは更に切り取った木材の上部を切り取り、切り口からウィンドスラシュで中をくり貫いて行く。
そして、仕上げに街で買ったオレンジ色のペンキで色を塗れば……
「偽巨大カボチャの出来上がり!ん〜我ながら良い出来♪」
にっこりと頷くノエルの前にはなんとも大きなカボチャがひとつ。
ご丁寧に目と口もくり貫かれてある。
もちろん内部も装飾済み。
近くで良く見れば、やはり作り物だと分かるが、遠目に見ればでかいお化けカボチャに見えた。
「わあ!おおきなかぼちゃん!!」
そこに荷馬車を借りて帰って来たスゥは目を大きく輝かせ、偽カボチャに近寄る。
「あら?このかぼちゃん、ちょっとへんだわ」
「うん。僕が作ったんだ」
ノエルの言葉に更にスゥは目を大きくさせる。
「まあ。ノエルちゃんはまほうつかいだったのね」
その言葉に少し照れたような笑みを浮かべ、ノエルは自分の考えた計画を話し始めた。

◆ノエルの作戦
「ハロウィンが来るよ〜!巨大くり貫きカボチャだよ〜!」
「かぼちゃんのおまつりなの。かぼちゃんのランプでぱれーどするの」
「さぁ、ハロウィンがやって来るよ〜!」
荷馬車に乗った少年と巨大カボチャの中に半身すっぽりと入った少女が、大きな声で街を練り歩いている。
カボチャの中に立っているスゥの頭には大きな赤いリボン。
荷馬車を操るノエルは大きなマジックハットと色鮮やかなケープを着用し、いかにも大道芸人のような格好でしきりに巨大カボチャを街の人々に認識させようとしていた。
そもそも、ノエルの作戦は異世界の「ハロウィン」という祭りを真似たものをでっち上げ、巨大カボチャというエサで犯人を誘き出すというものだった。
もし犯人達の目的が本当に「くりぬきカボチャ」なら、確実にそれを狙いにくる筈。
と踏んでの宣伝活動をしているわけだ。
ノエルは帽子のつばの影から興味深げにこちらを見てくる街人たちをチェックしながら、それらしい人間がいないか見ていた。
「ん〜……犯人、現れるかな?」
ぽつりと呟いたノエルの言葉に、カボチャの中から街の人たちに手を振っていたスゥは彼を見た。
「な〜に?なにかいった?」
「ううん、なんでもないですよ。さぁ〜!巨大カボチャだよ〜!!」
再び大声で宣伝を始めたノエルに少し首を傾げながらも、スゥもまた見物客の中から手を振る小さな子供の姿を見つけにっこりと振り返した。

「トニー、聞いた?」
「聞いたよ、アニー」
大通りから溢れ始めた人込みの奥。
細い路地の影から二つの影がじっと巨大カボチャを乗せた荷馬車を見つめる。
「トニー、見た?」
「見たよ、アニー!」
囁くように、だけれど興奮を抑えられない声は路地の影から飛び出した。

◆犯人は……
「これからどうするの?」
スゥの問いにノエルは荷車から馬を外しながら答えた。
「待つんです。さっきので犯人がもしかしたらやって来るかもしれません」
「みんなに、かぼちゃんのおまつりのことおしえてあげただけで?」
良く理解できていないドールは小さく首を傾げる。
「隠れていれば、きっと分かります」
やや不安ながらも、ノエルは馬の手綱を手近な木に結び、スゥと一緒に偽巨大カボチャが乗ったままの荷台が見える草陰に隠れた。

ノエルとスゥが隠れてそう時間も経たないうちに怪しい影がやって来た。
二つの小さな影。
「見て、トニー。あったわ!」
「うん、アニー。あったね!」
顔を見合わせ、喜びの声を上げる同じ顔をした少年と少女。
髪と目の色は違うものの、幼い二人の顔は同じだった。
「まあ、こどものひとがふたり。あのあしあととおなじひと?」
「分からないけど……もう少し、様子を見てみましょう」
ヒソヒソ声でそう言いあった二人は、アニーとトニーと言う名の子供を観察し始めた。
五歳くらいかそこらの子供二人は、荷台をそのまま押して運ぼうとし始める。
だが、到底子供二人の力では無理な事。
そこで、アニーが木に繋がれた馬を見つけ、手綱を取ろうとした。
その状況に、子供が馬を御する事は出来ないと思ったノエルは二人の前に出た。
「何をしているんだい?」
ノエルの問いかけに驚いた二人は、しばらく固まったようにノエルを見ていたが、すぐさま脱兎のごとく逃げ出した。
「あ、ちょっと待って!!」
慌てて追いかけ、ノエルは女の子を捕まえ抱え上げた。
「あっ!」
「アニー!!」
アニーが捕まった事にトニーが立ち止まったところをスゥが抱え上げる。
「あっ!!」
双子はあっけなく捕まってしまった。
『はなせ〜〜!!!』
息もピッタリに双子はそう言うと、じたばたとノエルとスゥの腕の中で暴れもがく。
「わわっ!危ない」
あまりの暴れように捕まえきれなかったノエルの腕から、アニーは地面に飛び降りる。
だが、ドールのスゥは子供が暴れたぐらいでは抜け出すことが出来ないくらい腕力が強い。
必死に逃れようとするトニーにスゥは言った。
「ねぇ、ねぇ。あなたがかぼちゃんをつれて行っちゃったの?」
「なんでカボチャのこと知ってるの?!」
驚いてスゥを振り仰ぐトニーに、アニーが怒鳴る。
「バカトニー!!それは秘密でしょ!さっさと逃げるのよ!!」
と、トニーを捕まえているスゥの腕を引き離そうとするが、スゥの腕にぶら下がってじたばたしているだけしか出来ない。
「じゃ、君たちが本当に巨大カボチャを持って行ったの?」
信じられない、といったように目を大きくさせたノエルは、アニーを再び抱えた。
「諦めなさい。アニー」
と、今度はアニーが思いっきりノエルを振り仰ぐ。
「なんであたしの名前知ってるの?!」
何故も何も一部始終隠れて見ていたからに他は無く、苦笑してそう言おうとしたところトニーが叫んだ。
「魔法使いだ!」
「まほう、つかい?」
トニーの言葉に首を捻り、スゥはノエルを見る。
「やっぱりノエルちゃんはまほうつかいだったのね」
「でも、魔法使いはおばあさんだって……」
「きっと、みならい魔法使いなんだよ!」
『みならい』の言葉にまた苦笑するノエル。
確かに見習いは見習いだが、魔法使いと呼ばれるものではない。
だが、ノエルはこの勘違いに話を合わせる事にした。
「そうだよ。僕は魔法使いなんだ」
そう言ったノエルに、双子は顔を見合わせやっぱり、と言った。
「君達、大きなカボチャを盗んだだろう?なぜ、そんな事をしたんだい?」
すっかり大人しくなったトニーは言った。
「あのね、ボクたち聞いたんだ。遠い国にはかぼちゃのお祭りがあって、良い子には魔法使いのおばあさんがやって来るんだ」
アニーもノエルの腕の中から言う。
「その日は子供の為の日で、夜になるとカボチャの馬車でおばあさんがお菓子でできた家に連れて行ってくれるの」
そして、双子は荷台に乗せられたままの偽カボチャに目をやる。
「でもね、カボチャがないと、魔法使いのおばあさんはお菓子の家に連れて行ってくれないのよ」
どこで聞いた話なのか、随分といろんな御伽噺が混ざっている事にノエルは小さく笑った。
「でも、なんで大きなカボチャなのかな?小さいカボチャでも良いんじゃないのかい?」
『だって、大きい方がいいんだもん』
ぴったり揃って返って来た答えにノエルとスゥは思わず顔を見合わせて笑った。
「でも、勝手に取って行くのはいけない事だよ。わかってる?」
「かぼちゃんのおじさん、かぼちゃんがいなくなって悲しんでたわ」
そう言われ、二人はしょんぼりとしてごめんなさい、と頭を下げた。

◆子供の夢
農夫のカボチャは表面に多少の傷があるものの、無事に戻って来た。
子供の夢は夢で終わるかと思われたが、農夫が心憎い演出をしてくれた。
巨大カボチャの中身をくり貫き、小さな荷台に乗せ、あたかも南瓜馬車を作ったのだ。
双子は喜び、ノエルもスゥも喜んだ。
特にスゥは自分も入りたかった事もあり、目を輝かせた。
そして、スゥ、アニー、トニーの三人は揃って南瓜馬車に乗り込んだ。
ゆらゆらと揺れるオレンジ色の南瓜の中、三人は肩を寄せ合い微笑んだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス / 種族】

【0217/ノエル・マクブライト/男/15歳/見習い魔術剣士/ヒューマン】
【0376/スゥ・シーン/女(外見性別)/10歳(外見年齢)/マリオネット/ドール】

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■         ライター通信          ■
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初めまして。
へたれライターの壬生ナギサと申します。
ノエル様、スゥ様、初のご依頼有難う御座います。
今回のお話、如何でしたでしょうか?
ノエル様の「巨大くりぬきカボチャ」宣伝は実に良かったと思います。
お陰でまんまとアニー、トニーの双子は引っ掛かったのです(笑)

今回は私も楽しく書かせて頂きました。
また、機会とご都合が合えばお会いしましょう。
では。