<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 おつかい魔道士 

 (オープニング)
 エルザードで祭りがあればペットボトルロケット大会を開催する。
 火事があれば消火活動に当たる。野球大会があればとりあえず参加する。
 黒ローブを纏ったそんな集団。
 それが、ソラン魔道士協会だった。
 全ては会長のアーナムが次の町長選挙に出馬する為の人気取り・・もとい、地域住民とのふれあいを深める為の行為である。
 こうして、ソラン魔道士協会に所属する魔道士達は日夜、各種雑用・・いや、奉仕活動に駆り出されていた。
 ある日ソラン魔道士協会の会長アーナムは、見習い魔道士のニールを呼んだ。
 「おい、ニールよ。酒を買ってきなさい。」
 アーナムは何気なく言った。
 暇な時で良いから、『バッカ酒』と言う酒を『2週間後までに』買って来いと言う事だった。
 バッカ酒とはあまり聞いた事のない酒だ。
 だが、たかがおつかいの為に何故わざわざ呼び出されたのだろうか?
 ニールはちょっと不思議に思ったが、特に気にしないで会長の言う事を聞いた。
 翌日、ニールは近所の酒屋にバッカ酒を買いにいく。
 バッカ酒って酒はどれだい?
 と、酒屋に尋ねるニール。
 「あんた、バッカ酒って酒を知ってるのか?」
 酒屋に呆れられた。
 バッカ酒は、普通に店に並ぶような酒ではなかった。
 北にある酒作りの街で特注品として作られる、貴重品だと酒屋は言う。
 「エルザードの街に、普通にバッカ酒を店頭に並べてる酒屋は無いな。
  貴重な酒だから、家に飾ってる酒好きは結構居るかもしれないから、どうしても必要ならそっち方面を当たってみたらどうだ?」
 酒屋は落胆した様子のニールに言った。
 バッカ酒は製造に1週間。そして、エルザードから酒作りの街まで普通に歩くと1週間かかる。
 つまり真面目に買おうとすると、往復と酒の製造の為に、どうしても注文から3週間の時間が必要だというのだ。
 どうやら、近所の酒屋に買いに行けば済むようなおつかいではなかったらしい。
 『何とかして、2週間以内にバッカ酒を手に入れてこい』と、そういう仕事なのだ。
 どうしたものかと、酒屋を離れるニール。
 いっその大急ぎで酒作りの街まで走ってみるのはどうだろう?
 色々考えるが、どうも良い手が浮かばない。
 こんな時、ウル師匠が居たらなー…
 ニールは魔道士協会の師匠の事を思う。
 『雑用王』と、魔道士協会内部で尊敬されているウルなら、こんな仕事は難なくこなすのかもしれないが、彼は仲間の盗賊と旅に出ている。
 途方にくれたニールだったが、師匠の言葉を思い出した。
 『どうしても困った事があったら、白山羊亭に居る人達に相談してみると良いよ。』
 冒険者の集う白山羊亭。師匠もそこに頼みに行く事があると言う。
 ここは師匠の言葉に習おう。
 ニールは白山羊亭へと、足を向けた…

 (依頼内容)
・ 見習い魔道士のニールが、上司に無理難題を押しつけられて困っています。誰か助けてあげて下さい。
・バッカ酒を所有する者が、エルザードに居ないわけではないようです。
・バッカ酒を造っている街まで大急ぎで行ってみて、間に合わないと決まっているわけでもないようです。


 (本編)
 12月の上旬。
 フェイルーン・フラスカティは一人、白山羊亭に居た。
 「つまんないなー…」
 思わずつぶやいてしまう。
 彼女の傍らに相方の医学生の姿が無い。彼がどこかに姿を消してしまったので、フェイは退屈だったのだ。
 一人で居てもつまらない。
 何か面白い事でも無いかと思い、白山羊亭にきたフェイだったが、特に面白い事件も見当たらない
 せめて、誰か知ってる人でも居たら良いのになーと、改めて酒場を見回してみた。
 すると、フェイと同じように一人たたずむ青年と目が合う。
 「あ、レアル君?」
 フェイの知ってる顔だった。彼女は彼の名前を呼ぶ。
 「今日は、お一人ですか?
  珍しいですね。」
 答えたのはリドルカーナ商会の商人、レアル・ウィルスタットだった。
 フェイとは何度か一緒に依頼をこなした事がある。
 レアルは流行り物のチェックでもして商売に役立てようと、白山羊亭に来てるそうだ。
 「ふーん、儲かってる?」
 「ぼちぼちです。」
 なら、何かおごってよと言うわけで、フェイとレアルは席を囲む。
 「幸也がどっかに雲隠れしちゃってさー、つまんないのよねー…」
 レアルに愚痴をもらすフェイ。
 そうして二人は、時間を過ごす。
 ある時、白山羊亭のドアが開き、黒ローブを纏った若者が入って来た。
 「ウル君?
  …じゃ、ないみたいね。」
 一瞬知り合いがやってきたかと思ったフェイは、あてが外れてつまらなそうな顔をした。
 「とりあえず、今時黒ローブを着て街中を歩いているような人です。ウル君と同じ、ソラン魔道士協会の人達でしょうね。」
 レアルは黒ローブの少年を見ながら言った。
 黒ローブの少年は、白山羊亭の主人のルディアと何か話している。
 年は大分若い。私と同い年位かなーと、フェイは思った。
 「ウル君の魔道士協会の人かー…
  何か変な仕事押し付けられたのかな?」
 フェイが黒ローブの少年の方を見て言う。
 ソラン魔道士協会の魔道士は、よく会長から面倒な仕事を押し付けられる事で有名だ。
 「彫像泥棒の事件では、そういえばフェイさんと一緒でしたよね。」
 レアルはエルザードに来てすぐの頃に起こった事件の事を思い出す。
 「そんな事、あったよねー。」
 フェイも、ちょっと懐かしく思う。
 幸也もウル君もルーザちゃんも、どこ行っちゃったのかなー…
 あの時の仲間のうち、ここに居るのはレアルとフェイの二人だけだった。
 ちょっと寂しいフェイである。
 何となく冴えないレアルとフェイをよそに、ルディアと黒ローブの少年の話は続く。
 やがて黒ローブの少年は、テクテクと二人の方に歩いてきた。
 何やらルディアに案内されたようである。
 「あの、レアル・ウィルスタットさんとフェイルーン・フラスカティさんですか?」
 彼は少し緊張しながら二人に言った。
 二人は頷く。
 「うちのウル師匠がいつもお世話になってるそうで。」
 黒ローブの少年は言う。
 「いえ、こちらこそいつもお世話になってます。」
 「うん、いつもお世話してるよ!」
 レアルとフェイはそれぞれ言葉を返した後、顔を見合わせて笑ってしまった。
 「そ、そうですか。実は、二人に頼みたい事があるんですが…」
 黒ローブの少年はニールと名乗った。ソラン魔道士協会のウルの弟子だという。
 「ウル君の弟子なら、私の弟子みたいもんだね!
  話してごらんよ。」
 フェイは言った。とりあえず話を聞こうとレアルも言った。
 ありがとうございますと、ニールは話を始める。
 彼は魔道士協会の会長に仕事を言い付けられたと言う。
 仕事の内容は、『注文から入荷までに3週間かかる貴重な酒を何とか2週間以内に手に入れてこい』と言う事だった。
 「ウル君は義理堅いからね。ここで恩を売っておけば後で色々と得するかも知れないし…あ、いや、ウル君の後輩が困ってるのを黙って見てられないからね。
 手伝うよ!」
 フェイはニールに元気良く言った。
 「フェイさん…
  まあ、話はわかりました。私も手伝います。」
 ニールの事を気の毒に思ったレアルも、彼に協力すると言った。
 「ありがとうございます。」
 ニールは頭を下げた。
 「まあ、一杯おごるから、座って下さい。」
 レアルはニールに言った。
 「ありがとね、レアル君。」
 ニールの代わりにフェイが言った。
 「わかりました…
  フェイさんにも、もう一杯おごりますよ…」
 こうしてフェイとレアルの二人は、ニールに協力することになった。
 まずは、このまま白山羊亭で作戦会議&雑談である。
 「バッカ酒ですか。
  名前は私も聞いた事があります。
  うちのリドルカーナ商会で取り扱ってる商品なら、話は早いんですが…」
 さすがのレアルも、豊富な商品を取り扱ってるリドルカーナ商会の商品全てを暗記しているわけでは無かった。
 「レアル君の所にあるなら無料でわけてもらえるし、一番よね。」
 フェイがうんうんと頷きながら言った。
 「いや、無料では…」
 顔を多少引きつらせながら、レアルが答える。
 多分、彼女の事だから本気で言ってるんだろうなーと、彼は思った。
 「ただ、余りにも貴重品過ぎる物は常備して取り扱う事は不可能ですからね。バッカ酒程の貴重品となると、多分リドルカーナ商会では取り扱ってないと思います。」
 バッカ酒がリドルカーナ商会にある可能性は低いだろうと、レアルは言う。
 「そっかー…
  そしたらさ、酒好きな人達に聞いて回ってみようよ。
  お酒の事なら、お酒が好きな人に聞くのが一番じゃない?
  なんか、家宝に飾ってる人とか居るかも知れないし。」
 せっかく酒場に居る事だしと、フェイは言った。
 「それもそうですよね。」
 答えたのはニールだった。
 なら早速やってみようという事で、三人は白山羊亭の客に聞いて回る事にする。
 何人かに声をかけるうち、
 「おお、あの酒なら持ってるぜ。」
 バッカ酒を持っているという男をフェイは見つけた。
 「ほんとに!
  頂戴、お金払うから!」
 単刀直入に頼むフェイ。
 「いや、そう言われてもうちの家宝だし…」
 そんな彼女に、男はしどろもどろに答える。
 「まあ、そう言わずに頂戴よ。
  大事にするからさ!」
 「だからダメだって言ってるだろ…」
 などという問答を繰り返すうちに、フェイが男の胸を軽くつかんだ。
 「おい、さわるなよ!」
 男がフェイを突き飛ばす。
 これが、きっかけだった。
 「何すんのよ!
  このわからずや!」
 フェイの右ストレートが男の顔面に入る。
 そこから先は、白山羊亭中を巻き込んだ乱闘だった。
 「そういえば、ウル師匠がフェイさんは根は良い奴だって言ってました。
  ただ、問題なのは『根だけ』が良い奴な事だって…」
 「根は良い人だと思います。
  それは、私も保証します…」
 おもむろに始まった乱闘から避難しながら、レアルとニールはこそこそと話していた。
 「どうしましょう、止めた方が良いでしょうか?」
 「疲れたらやめますよ、放っておきましょう。」
 ニールの問いにレアルは答えた。
 小一時間後、乱闘騒ぎはひとまず終わった。
 「フェイ、壊れた皿とコップと料理のお金はツケにしとくからね。」
 特に動じた様子もなく言うルディアは、やはり白山羊亭の主人だった。
 「痛いよー…
  顔まで殴られちゃったよー…」
 フェイがよろよろと、レアルとニールの席へと帰って来た。
 可愛いそうに、頬に青アザが出来ている。
 「大丈夫ですか…」
 ニールが治療をしようと手を差し伸べる。
 「とりあえず、情報集めのほうは失敗ですね。」
 レアルはクールなものだった。
 さて、次はどうしようかと悩む三人だったが、
 「いや、そうとは限らねーぞ。」
 そう言って、一人の男がフェイ達の席へとやってきた。
 最初にフェイと乱闘を始めた、バッカ酒を持っていると名乗った男である。
 「怪我、治してやるよ。痕が残ったら可愛そうだしな。」
 男はそう言って、フェイの顔を見た。
 「あんた、お医者さん?」
 フェイが男の方を見て言う。
 「いや、医者ってわけじゃねえ。
  『酒とケンカの神ビッケ』って神様の司祭やってんだ。
  この酒、一杯もらうぜ。」
 男はテーブルに置いてあった酒を一杯掲げると、フェイの方を向いた。
 「おい、ビッケの神さん。
  一杯おごってやるから、この娘の傷を治してやってくれや。」
 男はぶっきらぼうに言う。
 すると、コップの酒がきらきらと輝いた後に消え去り、同時にフェイの傷もきれいに無くなった。
 「うわ、すごいじゃん。」
 「やりますね。」
 フェイとレアルが思わず声を上げる。
 「『酒を捧げる事で怪我を治す。』ま、ぶっちゃけ、これしか俺達は出来ねぇんだけどな。
  酒飲んでケンカして、出来た傷は治してやる。それが俺達ビッケの司祭ってわけだ。」
 ビッケの司祭、マルコ・フェンブレンと男は名乗った。
 「なるほど。で、マルコさん、『そうとは限らねーぞ』とは?」
 レアルはマルコに尋ねる。
 「俺のバッカ酒は、俺の信仰の証だから手放す事は出来ねぇんだが、飲み仲間でバッカ酒を持ってる奴なら何人か知ってるしな。そこの威勢の良い姉ちゃんも気に入ったし、手伝ってやるよ。」
 マルコはぶっきらぼうに言った。
 「マルコ君ありがとう!
  傷治してあげるね。」
 フェイはそう言って、自分が殴った傷を命の水の魔法で手当てしてあげた。
 「おお、ありがとよ、姉ちゃん。
  ま、2週間もありゃあ、何とか調達出来ると思うぜ。」
 マルコは笑顔で言った。
 「2週間…ですか…」
 ニールが浮かない顔をする。
 「微妙ね…」
 「ぎりぎりですね…」
 フェイとレアルも複雑な表情をする。
 「ん、2週間じゃまずいのか?」
 「いえ、実は…」
 マルコの問いに、ニールは事情を説明した。
 「なるほど、確かに微妙だな。
  ぎりぎりじゃねーか…」
 事情を聞いたマルコは、フェイ達同様に複雑な表情になった。
 作戦会議モードに入る四人。
 「お酒の持ち主さえ見つかれば、交渉の面は何とかしますよ。リドルカーナの商人の名にかけてもね。」
 レアルは言う。商人のレアルにとって、そういう交渉は得意分野だった。
 「いっその事、バッカ酒を作ってる街まで大急ぎで行ってみるってのはどうかな?
  もう、本当にがんばって急げば間に合うかもしれないし。
  なんだったら、私が行って来るよ?」
 フェイが言った。エルザードで時間をかけて交渉するくらいなら、体を動かす方が性にあってる彼女だった。
 「二手に分かれるのは正解かも知れませんね。どちらか一方が成功すれば良いわけですし。」
 レアルが頷きながら言った。
 それが良いと、皆も賛成した。
 「じゃあ、エルザードの飲み仲間に顔が利くマルコ君と、交渉上手のレアルが街に残る組で、私とニール君がバッカ酒を求めて三千里の旅に出る組っていうのはどうかな?」
 提案したのはフェイだった。
 「そうだな、それが一番だな。」
 マルコが言った。
 「フェイさん一人で酒造りの街へ行って、僕もエルザードに残るって言うのは…」
 つぶやいたニールだったが、
 「ニール君、私と一緒じゃ嫌?」
 フェイに言われると、そんな事はありませんと言うしかなかった。
 「じゃ、馬車の乗り賃はよろしくね、ニール君!」
 フェイがいつもと変わらない笑顔で言った。
 こうして話がまとまった所で一行は別れる。
 楽しい事、見つかった。
 満足しながら家路につくフェイだった。
 翌日。
 「そいじゃあ、行って来るねー!」
 フェイとニールは馬車で旅立って行った。
 「俺達も始めるとするか。」
 「そうですね。」
 レアルとマルコも話ながら、街中へと消えて行った。
 フェイとニールは馬車に揺られて行く。
 「ニール君、がんばろうね!」
 馬車の中でフェイが元気良く言う。
 「はい、どうもありがとうございます。」
 ニールがぺこりと頭を下げる。
 「でも、ひとまずは暇だよね…」
 元気良く言ってみたフェイだったが、馬車に乗ってる間は特にやる事が無かった。
 「確かに暇ですね…」
 ニールは馬車の壁にもたれる。
 「まあ、落ち着けや。」
  フェイ達が乗ってる馬車の主人が話し始めた。
 「酒作りの町までの理論上最短ルートは2日間馬車で走った後、徒歩で1日山越えだからな。今のうちにゆっくりしとけよ。」
 彼の話によると、後半の山越えは道が険しい上に魔物も出るとの事だった。
 「そうだね、がんばってだらだらするよ!」
 フェイは言うと、馬車の座席に寝転んだ。
 「いや…まあ、がんばれ。」
 馬車の主人は何とも言えない表情で一瞬だけフェイの方を振り返ると、馬の方へ向き直った。
 おそらく馬車に乗ってる3人の中で一番がんばっているのは、馬車を走らせている彼だった。
 「よろしくお願いします。」
 ニールは馬車の主人と、外で全力疾走してる馬に向かって言った。
 人間外生物まで含めた範囲で馬車の構成員を考えると、1番がんばってるのは全力疾走しているのは3頭の馬達だろう。
 ヒヒーンと鳴く馬達の声が、『がんばるよ!』という返事に聞こえたフェイとニールだった。
 こうして、馬車は走っていく。
 馬車で走って2日目。
 「そうだニール君、ウル君がどこへ行っちゃったのか知ってる?」
 フェイはだらだらしながらニールに尋ねる。
 「はい、心の病を癒す薬を探して、ルーザさんと旅に出かけたみたいです。
  確かフェイさんは、欲望のルビーの事件で師匠と一緒だったんですよね?
  あの事件の犯人のケインさんが廃人状態のままなんで、師匠は何とか治療法を探してるみたいなんです。」
 ニールが答える。
 なるほど、そーいえばあの時の犯人のケインはウル君の友達だとか言ってたような気もする。
 「そーなんだ。」
 まあ、いつか帰ってくる事もあるのかなとフェイは思った。
 特にやる事も無い彼女達は、こうして雑談しながら馬車が目的地に着くのを待った。
 3日目の朝。
 馬車は目的地に着く。
 「なんか、険しそうな山だね。」
 フェイは山を見上げながら言った。
 「たまに死人も出るらしいから気をつけろよ。
  とりあえず、ここで10日位は待っててやるから。」
 馬車の主人が無責任に言った。
 「はい、気をつけます…」
 ニールが緊張しながら頷く。
 「おじさん、ありがとうね!
  馬さんと一緒に、ゆっくり休んでてね!」
 フェイは笑顔で言うと、ニールと一緒に山へと入った。
 「こういう所、初めて来ます。」
 ニールが緊張した顔で言う。
 彼は師匠のウルと違って、街の外には出た事が無いようだった。
 「あんまり危なくなったら、一人で逃げちゃっていいよ。
  私は平気だから。」
 言いながらフェイは山道を歩く。
 ニールは良い子だけれど、正直、頼りにはならない。
 今日は私が保護者役にならないといけないなーと、フェイは思った。
 なんだか責任かんじちゃうなー。
 どうしよう?
 少し、悩んでしまう。
 ともかく、二人は険しい山道を歩いていく。
 やがて、何か怪しい気配をフェイは感じた。
 「ニール君、気をつけて!
  何か居るよ!」
 彼女は叫ぶ。
 フェイの声を受けたかのように、ざわざわと、人間の子供程の大きさをした魔物達が姿をあらわした。
 「ゴブリン…?」
 ニールは魔物達を見ながら言った。
 本で読んだ事がある魔物である。
 「何かわかんないけど、斬ってくるね!」
 フェイは剣を抜く。
 とにかく私が全部やっつけちゃえば、ニール君も安全だろう。
 フェイなりに考えた結論だった。
 走るフェイ。
 結局、やってる事はいつもとあんまり変わらないなーと思ったが、あまり気にしない事にした。
 ニールも彼なりに魔法でフェイを援護する。
 そうして、フェイとニールは山を越えた。
 三日目の夜。
 フェイとニールは、どうにか酒作りの町まで着いた。
 ニールは疲れ果てていたので、フェイは彼を旅人の宿屋に放りこむ。
 その後、適当な店にバッカ酒の製造を頼みに行った。
 「大丈夫、ニール君。
  予定通り1週間で造ってもらえるよ。」
 やがて、フェイはニールが倒れている旅人の宿屋に帰って来た。
 「そ、そうですか、ありがとうございます。
  それにしてもフェイさん、元気ですね…」
 ニールが弱々しく笑いながら、礼を述べた。
 「そんな事ないよ。
  別に普通だよ?」
 フェイは首を傾げる。
 それから、フェイとニールはバッカ酒が出来るまで待つ。
 「なんかこの町、お酒の匂いがすごいよね…」
 旅人の宿屋に泊まりながら、フェイが言う。
 地元の酒造り職人達は、なれているかも知れないが、フェイやニールのような普通の人にとっては町中に漂う酒の香りは、耐えがたいものだった。
 「ここに居るだけで、アルコール中毒になっちゃいそうですね…」
 ニールは顔色が悪い。
 仕方がないのでフェイとニールは、最後の3日間は町の外で野宿をした。
 1週間後、完成したバッカ酒をフェイとニールは受け取る。
 「ご苦労さん。
  二人とも若いのに、良くがんばったね…」
 顔色の悪いフェイとニールを見ながら、酒造り職人が言う。
 よほどの酒好きでないと、この街に滞在するのはつらいだろうと職人は言った。
 「お酒が嫌いになりそうです…」
 ニールが力なく言った。フェイも同感である。
 その後、フェイとニールはバッカ酒を持って馬車の所まで戻る。
 帰りの山道は、二人が半アル中状態な事もあり、行きよりも過酷だった。
 さすがのフェイも倒れる寸前になりながら山を降りる。
 ニールに至っては、目が虚ろだった。
 「だ、大丈夫か、あんたら。」
 二人の疲れきった様子を見ながら、馬車の主人が言った。
 「私、もうダメ…」
 「後は、頼みます…」
 フェイとニールは馬車に倒れこんだ。
 「フェイさん、色々ありがとうございました。」
 馬車でごろごろしながら、ニールが言った。
 「んーん、一人で行ってもつまんなかったからさ。
  ニール君が一緒で楽しかったよ!」
 フェイが答えた。
 もう、エルザードに着くまで、このまま休もうと二人は思った。
 2日後。期限の日。フェイとニールはエルザードに到着した。
 まだ、ちょっと気分が悪かったが、二人は急いでレアルの所に行ってみる。
 彼も上手い事やったようで、バッカ酒を1本手にしていた。
 「そっちも上手くいったみたいだね!
  とりあえず2本とも持ってきなよ、ニール君。
  良いよね、レアル君?」
 フェイの言葉にレアルも異論は無かった。
 こうして、バッカ酒を2本手に入れたニールは礼を述べながら、ひとまず魔道士協会まで報告に帰った。
 全てが終わった翌日。
 明け方から雪が降り始めた。
 レアルとフェイは雪の中を歩き、白山羊亭に行った。
 マルコとニールも呼んで打ち上げをしようと思ったのだ。
 「うわー、雪だよ。きれいだね!」
 白山羊亭から外を眺めれば、軽く雪が積もり始めている。
 エルザードで雪が降ることは珍しい。フェイは雪景色を気分良く眺めた。
 「確かあさっては、雪の神の祭りでしたよね。全く良いタイミングで降り始めたもんです。」
 きれいなのは良いのですが、雪のせいで街の外から荷物を運んでくる馬車が遅れなければ良いなーとレアルは思った。
 まったりと雪景色を眺める二人の所にニールがやってくる。
 「どうも、今回は色々とお世話になりました。」
 ニールは満面の笑みを見せる。何故だか、やたら嬉しそうだ。
 「そんな事より雪だよ、雪!」
 フェイは雪景色を指差して言う。
 「それも、みんなのおかげです。」
 ニールが言う。
 「どういう意味です?」
 レアルは不思議そうな顔をする。
 「はい、内緒なんですが、バッカ酒は『一夜の雪』っていう、雪を降らせる魔法を唱えるのに使うアイテムで、その為に探していたみたいなんです。」
 ニールは小声で言った。
 「ほんとに!?」
 「そういう使い道が合ったんですか…」
 フェイとレアルは声を合わせて驚く。
 「会長が言うには、雪の神の祭りの前に何としても雪を降らせたかったんだそうです。
  きっと、祭りでまた何かするつもりなんでしょうね。」
 ニールは苦笑しながら言った。
 「降らぬなら、降らせてしまえホトトギス…ですか。」
 ぼそっと言うレアル。
 「何なのよ、それ…」
 目を細めるフェイ。
 外は、まだ雪が降り続いていた。
 「よう、やってるな!」
 マルコが来た。
 バッカ酒事件の打ち上げは、これから始まる所だった。
 (完)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【5007/レアル・ウィルスタット/男/19才/ヴィジョンコーラー】

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■         ライター通信          ■
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 テラネッツの休みの都合などもあり、何だか大変お待たせしましたです。
 今回の相方不在のフェイちゃんなんですが、どうやらレアル君やニールと上手くやったみたいです。
 特にニール君が頼りないせいもあり、彼女なりに責任感を感じていたのかも知れませんね。
 ともかく、おつかれさまでした。