<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


追い詰められし合唱曲

「あぁ、それから、今日頼まれてる依頼文書ってーのは、そこにあるヤツだから。貼っといてくれな、エスメラルダ」
「了解、マスター。全く……人間の毎日悩み事ってーのは、どーやっても尽きないものなのね」
 接客の合間にマスターに話しかけられ、エスメラルダはやれやれ、と立ち上がった。
 テーブルの上に置かれていたのは、大きさも色も内容も全てばらばらな、沢山の紙達。
 面倒くさいな、などと思いつつも、掲示板に1枚1枚、さらりさらりと適当に内容を確認しながら、エスメラルダはそれらを貼り付けていった。
 と――
「……って、」
 普通酒場の掲示板に、こんな紙を張ってくれって頼んだりするわけ――?
「マスター、ちょっと」
「ん、何だ」
 訝るエスメラルダが手にしていたのは、小さく白い、1枚の紙だった。
 不機嫌そうにマスターに向かって歩み寄りながら、
「コレも貼るの?」
 差し出されて、流石のマスターも、その内容には驚いてしまったようだった。
 ――そこには。
<緊急・聖歌隊員募集中 年齢、性別問わず。当教会の主任司祭が、優しく指導致します。小規模発表会が近いというのに欠員が出てしまい、現在人手が足りません。3日程練習に参加し、本番にも参加できる方。期間中の食住は、当教会が保障致します――サルバーレ>
 どうやらそれは、近所の神父からの依頼文書――ともつかぬがまぁともあれ――で、あるらしかった。
 グラスを磨く手を止めていたマスターが、ふぅ、とあからさまに1つ、ため息をついて見せる。
「またあの神父、問題を抱えてるのか……そういう星の下に生まれてるのかもな。まぁ、良いさ。普段世話になってる礼もあるし、適当な所に貼りだしておいておくれ」
 呆れとも、同情ともつかぬ、そんな声。
 エスメラルダは渋々ながらも、再び掲示板の方へと向かって歩き出した――。



† プレリュード †

「エスメラルダさんっ!それって、ボクにも参加できるのかな?」
 不意に。
 足元からかけられた声に、エスメラルダは紙を張る手を休め、ゆっくりと、後ろ下を振り返った。
 ――そこには、この場には似つかわしくない、1人の少年が、得意気な様子で立っていた。
 年の頃なら10歳ほどだろうか。
 真っ白な肌に、茶(ブラウン)の髪と緑の瞳が良く映える、文句無しに愛らしい、少年。
 ……会った事がなかったら、女の子と見間違えちゃうんだろうけどね。
 エスメラルダはそっと付け足すと、今日も大人の雰囲気を楽しみに来ていた≠フであろう少年の方へ向けて、適当な言葉を返していた。
「子どもの方が良いんでしょ?聖歌隊だし。サルバーレが何を考えているのかは知らないけれど、あの神父に付き合うとロクな目にあわないわよ。まぁ……それでも歌いたいっていうんなら、場所くらいは教えてあげるけど――」
 にっこりと微笑む少年に、エスメラルダはふぅ、と1つ、大きく溜息をついたのだった。



† 第1楽章 †

「えぇっと、今日から発表会まで一緒になる事になりました、ファン・ゾーモンセン君です。テノールに入ってもらいますから、皆さん、仲良くして下さいね」
「こんにちは、ファンです。宜しくお願いしまーす!」
 ――だが。
 ファンの元気な挨拶は、子ども達のざわめきの中へと溶けて消えてしまっていた。
 神父とファンの目の前に並ぶ子ども達の視線が、じっとファンの方へと、向けられている――。
「……どうしたんです?皆さん」
 思わずきょとん、とした声をあげる神父に、
「え〜〜〜〜、だってぇぇぇ〜」
 突然たんっ、とリズム良く台を飛び降り、ふんわりとファンの目の前に着地したのは、1人の愛らしい少女であった。
「ファンちゃんって、女の子でしょ〜〜〜〜〜〜〜?どうしてテノールなの〜〜〜〜〜?」
 疑問の色の濃い瞳で、ファンの事を見上げる。
 テノールってだって、男の子のパートじゃなぁい〜〜〜〜〜。なんで女の子がテノールなのよ〜〜〜〜〜〜〜〜。
 だが、少女に言い寄られ、答える声をあげたのは、神父ではなくファン自身だった。
 一様にして自分に集まる視線達を、強く見返しながら、
「し、失礼だなぁ。ボク、男の子だよっ!」
『――――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!』
「……そんなにおどろかないでよ……」
 まさかはじめっからこんな事になるだなんて……皆してヒドイじゃないかぁ。
 確かにファンは、見た目だけなればショートカットでボーイッシュな女の子――に、見えないわけでもなく、初めて会った人から性別を勘違いされる事は、今に始まった事ではなかったりする。
 ……否、その理由は、もう1つ。
 実は、本人は気がついていないのだが、その行動の端に見え隠れする、妙な愛らしさが、その感を余計に強く、他人に与えてしまうのだ。
 こうして不機嫌そうに、折った左腕の上に頬杖を付く姿なんぞ、その代表例といっても、過言ではないのかもしれない。
 ……聖歌隊の中から、また1つ、また1つ、と、声が上がり始める。
「お前それ本当かぁ?」
「うん、なんかかわいらしーよ……おねー……ううん、おにーちゃん……」
「本当だよ。ボクは正真正銘男の子!」
 あまり説得力は無くとも、ファンはめいっぱいに両手を広げ、声をあげていた。
 だが、そうこうする内に。
 気が付けばいつの間にか、ファンは、台から降り立っていた子ども達に、周囲をぐるりと取り囲まれてしまっていた。
 そうしてその後は、パターンどおり、質問攻めの刑に合ってしまう。
 ファンは幾つも幾つも容赦無く重なる子ども達の質問達に、どうすれば良いのかわからなくなっていた。

 ――ようやく練習が再会されたのは、それから暫くして、のことであった。
 今日は、新入りのファンのこともあってか、オルガンの傍での音合わせのみで、意外とあっけなく練習は終わってしまったのだが……。
 そうして、気が付けば、もはや。
 それじゃあ、明日は合わせますからね〜、という神父ののんきな声に、子ども達は皆、それぞれ帰路に付いていた。
「――お疲れ様でした、ファン君。本当、一所懸命やって下さって、とっても助かりますよ」
 子ども達を玄関先で見送っていたはずの神父に声をかけられ、椅子に腰掛けていたファンは、慌てて後ろを振り返った。
 たった今まで口ずさんでいた、覚えたばかりのメロディーが、はたっ、と、途切れてしまう。
「あ、ごめんなさい、驚かしてしまいました?」
「い、いえっ。……けど、楽しかったです。また明日も楽しみだな〜」
 ファンは椅子から立ち上がると、うーんと背筋を伸ばす。
 あぁ、ほんっとうに楽しかったなー!
 周りのお友達≠焉A本当に良い人ばかりだったし。
 ファンの本当に楽しそうな微笑みにつられ、神父もにっこりと、微笑んでしまう。
 そろそろ、良い時間になり始めた、空の色を窓から見上げ。
「それじゃあ、ご飯にしましょうか、ファン君。何かお好きなものはありますか?私、料理下手なんですけれど――」
「わぁ、本当ですかっ?!嬉しいなぁ……それじゃあ――」

 こうして平和に、2日間という時が過ぎ去り。
 いよいよ、練習3日目。
 明日を本番に控えたその日が、気が付けば目前へと、やって来ていた。



† 第2楽章 †

 練習3日目。
 神父お手製の朝ごはんを食べ終えてしばらく。今日は、休日だという事もあってか、朝から聖歌隊の子ども達が、教会へとやって来ていた。
「おーはーよー!!」
「あーーー、おはよー、ファン君っ!!」
「よぉ、ファン、昨日は良く眠れたか?」
「神父様のこもりは〜〜〜〜〜〜〜大変だったでしょ〜〜〜〜〜?」
「ファン君っ!やっほー!!」
 ファンの元気な挨拶に、子ども達が早速、彼の方へと寄って集(たか)ってゆく。
 男も女も、ファンに1つでも声をかけようと、必死になってお互いをへし合っていた。
「で〜〜〜、ファン君はぁ〜〜〜〜っきゃっ!」
「なぁファン、今日よ、一緒に天使の広場に遊びにいかねーか?あそこのソフトクリー――うわっ!!」
「ねぇファンくぅん、私達と一緒に遊びに行きましょうよ〜。男どもは皆性格悪いから、一緒にいると……」
「お前は黙ってろ!なぁファン、俺達と一緒に――」
「あー……うん、皆で一緒に行こうよ?」
 一瞬にして、周囲を友人達に囲まれ、ファンは多少照れてしまったのか、上目遣いにぐるりと一周、視線をめぐらせながら、ぽつり、と一言呟いた。
 ……途端、
『ファン君すてきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!』「まぁ、女どもと出かけるのは嫌だけどな」「ファンと一緒なら仕方ねーよなー」
 ファンを再び、子ども達の沸き立つ声が包み込む。
 一昨日と昨日のたった2日で、どうやらファンは、すっかりと人気者になってしまっていたようだった。
 思わず照れてしまい、ほんのりと顔を赤らめてしまうファン。
 オルガンの調整をする神父の微笑まし気な視線が、そんな子ども達の事を見守っていた。
 ――そうして、暫くの時が過ぎ去り。
 やがて、
「それじゃあ、始めましょうか」
 神父の凛と響き渡る声に、子ども達がはた、と、彼の方を振り返った。
 途端1人の少年が、大声で神父に問いを投げかける。
「今日もチューリップ体操やるのか?」
「ええ、まぁ、やらないんですか?」
「え〜〜〜〜〜〜〜やるのぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「……え、チューリップ体操?」
 聞き慣れない単語を耳にして、思わずファンは、きょとんっ、と声をあげてしまっていた。
 大きな瞳で近くに立つ男の子を見上げながら、
「それ、って――」
「ああ、チューリップ体操な。最近この街で流行ってるんだよ」
 ――チューリップ体操。
 つい最近、子ども達の間で大流行中の、その名の通り、チューリップを題材とした体操であった。
 ゆったりとしたリズム、お年寄りにも適した運動内容。
 確かに多少、歌詞が乱暴であったりと、ちょっとした欠点はあったりはするものの、
「そうですね、とっても簡単でスローテンポな体操。体力が無いあの神父様でも、辛うじて最後まで続けられる運動ですよ。まぁ……神父はいつも、オルガンで曲を弾いてくれますから、一緒には、やりませんけれど」
「へぇ……そうなんだぁ」
 突然口を挟んできた頭の良さそうな少年の言葉に、ファンはなるほど、と、小さくこくこく頷いていた。

 そうして、恒例の
『ああーチューリップ〜チューリップ♪
 おはなのーせかぁいのー♪むてきのじょうおう〜♪』
 チューリップ体操を終え。
 子ども達は早速、練習を開始すべく定位置へと並び始め、その後すぐに、明日へ向けた練習が始められていた。
 ――その後も練習は、それほどのトラブルも無く過ぎ去ってゆき。
 時間はあっという間に、流れてゆくのであった。
「それじゃあ、明日が本番ですから、宜しくお願いいたしますね、皆さん。頑張りましょう!」
『はーーーーーーーーいっ!!』
 時刻は気が付けば、夕暮れの刻。
 今日も一所懸命に練習したファンや子ども達が、それでも笑顔を絶やさずに、続々と解散をはじめていた。
 ――と。
「なぁ神父、今日は泊まっていっても良いだろー?」
 楽譜やらなにやらを片付け終えた神父に、少年の声が1つ、かけられていた。
「あら、レイル君、私は別にかまいませんけれど、お父様と、お母様に――」
「んー、もう許可貰ってきてるし。ファンと一緒にお泊りするんだ」
「あー、私も!もうパパとママには言ってきたんだ!レイルだけ抜け駆けだなんて、ずるいよ!」
「私もよ〜〜〜〜!ねぇ、神父様ぁ!」
「おやまぁ」
 あっという間に周辺を子ども達に取り囲まれ、神父は思わず、事態に目を丸くしてしまっているファンの方へと、視線をおくってしまう。
 やっぱり、人気者なんですね、ファン君は。
 ファンの性格の良さは、神父自身も良くわかっていた。
 人と仲良くする能力、場を盛り上げる才能。
 どれもこれも、同年代の子ども達から見れば、魅力的なものばかり。
 無論、そんなファンと、できるだけ長く一緒にいたがる子ども達の気持ちを、神父は良くわかっている。
 まぁ、泊めるのを断る理由も、ないからね。
「ええ、私としても断るつもりはありませんから、どうぞ泊まっていって下さい?まぁ……いつもの要領でどうぞ」
『やったーーーーーーーーーーー!!』
 神父の了解の言葉と微笑みは、子ども達に大きな喜びを与えていたのであった。



† 第3楽章 †

 皆で食べた、夕食の後。
 女子も含めて部屋に集まった子ども達は、お泊り会気分も上々に、皆でわいわいと、他愛の無い話に花を咲かせていた。
 そんな中で、とりわけてファンが仲良くなったのは、レイルという、歳の近い少年だった。
 趣味も会う、口は悪いがとっても気さくな、少年。
 ――と、
「おっ、何だこれ〜」
 2人でわいわいと話すうちに、レイルがふと、疑問の声をあげて、立ち上がっていた。
 ファンもつられて一緒に立ち上がり、レイルの見る方へと、視線をめぐらせる。
「……あ、本当だ」
 確かに見れば、少しだけ剥がれかけた壁紙が、重力に従い、その端をふらり、ふらりと垂らしていた。
 レイルは何となしに、こんこんっ、と、その周辺の壁を軽く打つ。
 ……そうして、
「――なぁファン、ここ、何かありそうだぜ?」
「え、何で?」
「叩いてみればわかるって」
 右の手を取られ、そちらへと引き寄せられ。ファンは言われたとおりに、こんこんっ、と、2度程壁を叩いてみた。
 ――確かに。
 壁にしては、明らかに、軽い感触。
 これは……?
 ファンが疑問を募らせた、その瞬間。
 2人はゆっくりと、お互いの方へと、顔を向き合わせていた。
 視線がかちんと、絡み合う。
 じっと。
 お互いに見つめあう時間が、暫く続き――
「なぁ」
「うん」
 たったそれだけの会話の果てに、2人は、人の悪い笑みを、同時に浮かべていた。
 ――勿論、比較的悪戯好きな、やんちゃ盛りの少年2人。
 こうなれば当然。
 やる事というものは、決まりきっていた。
 レイルと、ファンが。
 同時にその手を、剥れかけた壁紙の方へとひたり、とあてる。
 そうしてもう1度視線を合わせ、こくり、と1つ、同時に頷くと――
 一気にその手に、力を込めていた。

 いぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!レイルの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 ――などといった、女の子達の悲鳴が聞えてきたのは。
 神父がもうそろそろ、子ども達を寝かしつけようと思っていた、その時の事であった。
 彼は、読んでいた本を閉じる間もなく、慌てて廊下へと駆け出す。
 っあああっ!今度は一体何が――!
 子ども達が教会に泊まる事になる度に、確かに、決まってトラブルがおこってはいたが。
 ……いたが、女の子の叫び声がこだまするタイプのトラブル、というのは初めてであった。
 叫び声から予測すると、どうやら結構、ギャグ的な展開で済みそうなトラブルっぽいけど――!
 神父は子ども達の部屋の前につくなり、ノックもせずに、そのドアを開ける。
「どっ、どうしたんですかっ?!」
「きちゃあだめぇぇぇぇぇぇぇ!!しんぷさまあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「そうよ!絶対来ちゃ駄目!神父!」
「んもぉぉぉっ!!レイルの馬鹿ぁっ!」
 そこで神父が見たのは、女の子達が皆で壁際に寄り添いあい、どこかの一点を、怯えながらに見つめている、という光景であった。
 ドアの陰になってしまって見えないのか、ぱっと見そこには、男の子達の姿は、無い。
 神父は、女の子達の忠告にも従わず、部屋へと一歩、足を踏み入れてゆく。
「えぇっと、何があったんです――」
「だから、来ちゃ駄目!神父様!」
「そうよっ!明日本番なんだからっ!!」
「はい?本番?それとこれと、何か関係が……?」
 事件の全貌はいまだに良くわからなかったが、どうやらそれほど大変なトラブルが起こったわけでも、なさそうだった。
 ……神父によって、後ろ手にドアの閉められる音が、かちゃり、と響き渡る。
 それでもまだ、パクパクと口を動かし、神父に何か言おうとしている女の子達に、彼は大丈夫ですよ、と、一言声をかけてから、
「おや、ファン君にレイル君に……あ、」
 ドア陰になっていた所にいた男の子達の姿を見つけ、そちらへと歩み寄ってゆく。
 そこには、数人の男の子達が、パジャマ姿のままで、壁を隠すかのようにして、かたまっていた。
 だが、神父には。
 それだけで、彼らが何をやっているのか、悟る事ができたらしい。
「まぁた悪戯ですか?もう、今度は壁に落書きでもしたんですか?あんまりモノを壊さないで下さいよ……最近来客も増えて、部屋が足りなくて困ってるんですから」
「……あのね、神父様」
「何ですか?ファン君」
 ――妙な沈黙が。
 辺り一帯を、支配していた。
 男の子達も男の子達で、今回は、壁の傍から一歩も動かずに、まして神父に口答えや、言い訳をしようとも、しない。
 そんな中で。
 一番最初に声をあげていたのは――ファン当人であった。
「あのね、虫とかは……キライ、ですよね?」
「へ、虫ですか?そりゃあもぅ、できれば見たくありませんけれど」
「……だったら」
 横目でちらりと、引きつり笑いを浮かべるレイルに視線をやる。
 彼は、無言のままだった。
 剥がした壁紙を、それでも必死に、片手に抑えて――。
「あの、」
「来ない方が、良いと思います」
「はい?」
 まるで、自分を気遣ったかのようなファンの言葉に、神父は思わず、眉を寄せてしまう。
 先ほどからの、女の子達の言葉といい、ファンの言葉といい。
 一体何が、あったというのだろうか。
 ――まさか、オバケが出たんだとか?
「何かありました?オバケなら……あぁ、怖いですね、出たら。出たら一緒に、どこかに――」
「あの――その」
 ファンは、どこか申し訳無さそうに、上目遣いで神父を見つめる。
「壁が、壊れてたんです。それで……その、剥がした、んですけど……」
「あ、なるほど、それで隠してるんですか?駄目じゃないですか、勝手に剥がしちゃあ……」
「え、えぇっと……」
 大事なのは、その事じゃなくて……。
 言葉を濁すファンの周りで、子ども達がごくりと、息を飲み込んでいた。
 何が何だかわからずに、神父はさらに、困惑を深めていくばかり。
 そうして、ようやく。
 ファンが口を開いたのは、沈黙の時間が、それなりに長く続いた、その後の事であった。
「……あの、ね、見つけちゃったんです」
「何を――?」
 訝る神父。再度レイルに視線をやるファン。
 ファンは、あんまり驚かないでくださいね?と、付け加えると、
「その――てんとう虫の、巣が出てきちゃって――」
「――……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 ぴしぃっ!と。
 その瞬間、神父が音をたてて、固まってしまったような気がした。
 固唾を呑んで展開を見守る子ども達の中で、神父はレイルの抑える壁の方へと視線をやり、ぴくりとも動こうとはしない。
 ――そうして、ついに。
「……はうっ」
『――ちょっと神父様っ!!!!!!!!!!!!!!』
 神父は盛大な音と共に、大げさにその場に卒倒したのであった――。



† ポストリュード †

 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!という、盛大な拍手と共に。
 神父が1つ、ぺこり、と、頭を下げる。
 そうしてそのまま、聖歌隊員も無事に、退場し終え。
 ――こうして4日目の発表会は、無事に成功したのだった。

「いやぁ、一時はどうなることかと思ったぜ……ったく」
「神父様が気がついてくれてよかったの〜〜〜〜〜〜〜」
「本当よね、これもファン君の、必死の介抱のおかげだわ」
「いや、そんなことはないよ……」
 控え室。
 子ども達の輪の中で、ファンは褒められ赤くなり、ぽりぽりと頭を掻いていた。
 ――今、盛り上がっている話題の内容は、現在教会の教壇の上で、もののついでにと説教をしている、神父についての事。
 実は、あの後。
 何か精神的なショックを受け、卒倒すると数日は目を覚まさないのだ、という神父の介抱を必死に行ったのは、ファンが中心となって、の話であった。
 皆はもう、神父が倒れたその時点で、この発表会が中止になるであろうと、そう考えていたらしいのだが――
「皆だってきちんと、神父様の事、介抱してたじゃないか」
「でも、ファン君が言い出さなかったら、誰もやりませんでしたよ」
「あの神父、1度倒れたらマジで何日間も起きないからな」
「うん、そうなのよねぇ……今回は奇跡だわ。本当」
「そー、なの?」
『うん、そう』
 思わず問い返したファンの言葉に、皆が声をハモらせ、頷いた。
 そうして皆で、一斉に笑い出す。
 ……たった4日間の間で、ファンと聖歌隊員の子ども達は、すっかり気の会う仲間となっていた。

 そうして、子ども達の雑談は続く。
 神父の事、歌の事、街の事、家族の事。
 例え歌の練習が無くとも、どうやらこれでは、暫く暇をすることは、できなさそうだった。
 開けた窓から入り来る風が、春の足音を感じさせる。
 暖かな、陽だまりの部屋で。
 子ども達の談笑は、いつまでもいつまでも、尽きることなく続けられていた――。


Fine



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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<ファン・ゾーモンセン>
 整理番号:0673
 性別:男
 年齢:9歳
 クラス:ガキんちょ



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■         ライター通信          ■
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。この度お話の方を書かせていただきました、里奈と申す者でございます。
 この度はお話に参加いただき、本当にありがとうございました。まずはこの場を借りまして、深くお礼を申し上げます。
 ファン君とは、初の邂逅となりました。とっても可愛らしいですよね、ファン君。本当は飛び蹴り、という折角の特技を使っていただこうと思っていたのですが、文字数の関係上、叶える事ができませんでした。少しだけ残念に思っているのですが……折角のつっこみの道具だと言いますのに(笑)
 あれだけ愛らしいファン君、どうやら女の子達の間でもモテモテなようです。実は、書ききれなかった部分として、最後にファン君が教会を後にする時、女の子達をはじめとした、聖歌隊員の皆に泣き付かれてしまう、という隠されたストーリーがあったりします。これもやりたかったのですが……やはり、文字数が……(滝汗)
 その上かなり詰め込んでしまいましたので、一部支離滅裂な文章になってしまっているかもしれません。規定の文字数も超えてしまいましたし……本当に、申し訳ございません。
 では、そろそろ失礼致します。
 これからの、ファン君の冒険が楽しいものである事を祈りつつ――。
 乱文にて、お許しくださいませ。
 
13 marzo 2003
Lina Umizuki