<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


森の奥にある村【調査編】
●オープニング【0】
 その夜も、いつものように黒山羊亭で飲んでいた。いや、何となく予感があったからかもしれない。何かしら冒険の依頼が来るのではという予感が。
 そしてそれは間違っていなかった。先程までエスメラルダと話していた大柄な中年男が、彼女に促されるままにこちらへとやってきたのだから。
「腕が立つ冒険者だと彼女から聞いたんだが……頼みたいことがある」
 中年男はこちらのテーブルへ来るなりそう切り出した。中年男の名はデント・ドルン、物資の運搬を主な生業としている者だった。
「わしの弟を連れ帰ってきてくれないか」
 デントの頼みはその一言に集約されていた。デントの弟、ルリト・ドルンはここより徒歩で3日かかる場所にあるフェリーヌ村へ物資を運びに行ったきり、今日で2週間も戻ってこないのだという。ちなみにフェリーヌ村は、森の奥にあるあまり旅人も訪れない小さな村だ。
「もちろんわしも、村へ使いの者を送った。だがどうしたことか、森の中で迷ってしまい、村へ辿り着けなかったそうだ。こうなってはもう、冒険者に頼むしかない……わしはそう思ったのだ」
 デントはこちらの目をまっすぐに見据えて言った。嘘を吐いているようには見えなかった。
「頼む! どうか弟を……ルリトを連れて帰ってきてくれ!!」
 テーブルにぶつけるのではと思えるほどに深く頭を下げるデント。そこへエスメラルダがワイン瓶を持ってやってきた。
「フェリーヌ村が音信不通になったって話は、あたしの耳にも入ってるわ。とりあえず、これで厄払いしなさいな……何が起こるか分かりはしないのだから」
 エスメラルダはそう言って、ワインを空のグラスに注ぎ入れた。
 引き受けるのは別にいいのだが……何か危険な香りがするのはどうしてだろうか。

●馬車は進むよ【1】
 森の中、まっすぐに続く土の道を、小型の馬車ががたごとと荷台を揺らしながら進んでゆく。空はもう赤みがかっており、夕刻間近なのが見ていて分かる。
 ここはフェリーヌ村へ続く道。村を訪れる旅人は、必ずここを通っていた。
 荷台に居たシフールの可愛らしい少女、ディアナ・ケヒトは荷物の前を何度となくうろうろと飛び回っていた。よっぽど荷物の中身が気になるのだろう。
「預かったその荷物、開けたらあかんで」
 馬車の前の席で手綱を握っていたエルフの男性――そしてこの馬車の持ち主でもある――イリアス・ファーレロンの声が、そんなディアナに飛んだ。
「え〜? ディア、今回はそんなこと言われてないよ〜」
 半透明のアゲハ蝶のような羽根をパタパタとさせながら、ディアナは荷物に手をかけようとした。
「言われてへんでも普通はあかんねや! 前ん時みたいな難儀は勘弁やで、ほんま」
 参ったなといった口調で、愚痴るイリアス。そのやり取りに、イリアスの隣に座っていたエルフの女性であるレティフィーナ・メルストリープが笑みを浮かべる。荷台にどっしり腰を据えていた朱雀族の男性、紅飛炎も黙って2人のやり取りを見守っていた。
 イリアスの言っている前の時というのは、荷物を運ぶという依頼でディアナと一緒になった時のことだ。依頼主から開けるなと言われていた荷物を、ディアナが開けてしまったのである。もっともそのおかげで、依頼主の不正が判明したのだけれども。
 で、この荷台にある荷物のことだが――黒山羊亭でデントが事情を説明している最中に、ディアナがこう言ったのである。
「ところで、何を運ぶ途中だったの? もう一度届けてあげた方がいいんじゃないかな〜?」
 動機がどこにあるかはさておいて、ディアナの言うことにも一理あった。ルリトが村に着いたかどうか、未だ確認されていないのだ。ゆえに、物資が運ばれたかどうかも分かりはしない。それに2週間が経過しており、無事に運ばれていたとしてもその数を減らしている可能性は十分にある訳で。
 デントが『それもそうか』と考えた所に、イリアスが馬車を持っていることを告げた。その一言で、ついでに物資を運んでゆくことが決定したのだ。しかも普段よりかなり多めに。
「せやけど、何でわざわざ『運ぶのは大変だぞ』なんて言うたんやろ」
 出発前、デントに言われた台詞を思い出し首を傾げるイリアス。けれどもまあ、この仕事が無事に終わったなら、新たな顧客を開拓出来て一儲け出来るかもしれない。そう考えれば、デントの不思議な台詞など気にしている場合ではない。
「でも、馬車があって本当よかったです」
 レティフィーナがそうつぶやいた。確かに馬車があったのは幸運だった。徒歩では3日かかる所を、半分以下の時間で来ることが出来たのだから。
「森に入れば、とにかく道に沿って行けばいいって言ってましたよね」
 きょろきょろと辺りを窺うレティフィーナ。けれどその幸運も、ここまでのようだった。

●方針決定【2】
「あっ……」
 レティフィーナが驚きの声を上げた。目の前の道が木々に遮られる形で極端に狭まっており、馬車が通れるほどの隙間が見当たらなかったからであった。
「わっ! こらあかん……馬車ではこれ以上進まれへん」
 渋い顔のイリアス。どうやら馬車と引き馬のココアは、一旦ここに置いてゆかねばならないようだ。
「……わざわざ徒歩で3日と言っていた理由が、これで分かったな」
 飛炎はそう言うと、止まった馬車の荷台から飛び降りた。デントはこのことを知っていたのだろう。
「はっ、そうや! あの言葉はこういうことやったんか!!」
 イリアスが叫んだ。『運ぶのは大変だぞ』――つまり、最終的には自分の手で運ばなければいかない、デントは暗にそう言っていたことに気付いたのである。
「大丈夫だよ〜。ディアも両手いっぱいに持って運んであげるからね♪」
 楽し気に言うディアナ。気持ちはありがたい。けれどシフールが両手で持てる荷物の量など、たかが知れている。
「荷物運びはヴィジョンに手伝ってもらった方がいいかもしれませんね。でも……」
 レティフィーナも馬車から降りて、森の奥をじっと見つめた。
「この森は普通の森じゃありませんね。原因は分かりませんが……村へ向かった者が迷ってしまうということから、人の感覚を狂わせる何かがあるのでは」
「その可能性はあるだろう」
 飛炎が大きく頷いた。
「出発前に使者を捕まえて聞いてみたが、森の奥に入ってすぐに道が分からなくなったと言っていた。奥がどこを指すのか、それは残念ながら聞くことは出来なかったが……」
「ある意味、奥やな……ここ」
 馬車から降りたイリアスが、ゆっくりと辺りを見回して言った。ここまで森の中を進んできて、この場所へ突き当たったのだ。奥と考えて差し支えないだろう。
 だとすると、この先はうっかり足を踏み入れる訳にはいかない。不用意に進むと、ミイラ取りがミイラになってしまいかねないのだから。
「……ちょっと道中考えとったんやけどな」
 そう前置きして、イリアスが言った。
「この森、魔法かけられとるんちゃうか? 考えてみ、今まで普通に出入り出来てたもんが突然あかんようになるのはおかしいやろ」
「誰かがわざと魔法をかけた……のか?」
「いや、そらそこまでは分からんけど」
 飛炎の質問に、首を振るイリアス。
「ただ、そうやとしたら『中』を進むんは危険やろ。『上』……行くんが早いかもな、幸いこいつが居るし」
 そう言ってイリアスは聖獣カードを取り出した。そこにはドラゴンのヴィジョンが描かれていた。
「なら、二手に分かれませんか?」
 レティフィーナがそんな提案をする。森の中はもちろん、森の上を行くことも安全なのかどうか分からないのだから、真っ当な提案だと言えた。
 話し合いの結果、4人は二手に分かれて村へ向かうこととなった。夜も程近い頃のことである。

●森の中から【3B】
「変ですね」
 赤から黒へと変わろうとしていた空の下、レティフィーナがぼそっとつぶやいた。そのつぶやきに、ランタンを手に前を歩いていた飛炎が足を止めた。
「……何がだ」
 振り返る飛炎。レティフィーナの隣には、彼女が呼び出したパピヨンのヴィジョン『黒髪の舞姫フェステリス』の姿があった。
「この道で合ってるんです」
 レティフィーナはそう言って、『フェステリス』の顔を見た。小さく頷く『フェステリス』。
 普通に考えれば、道が合っているのは当たり前。けれども『迷う人が出ているのがはっきりしている森』で『道の通り、普通に進める』というのは変である。
 レティフィーナと飛炎は、空から向かうイリアスとディアナと一旦分れ、森の中を道に沿って進んでいた。
 目に見える森の風景が実際とは異なっているのでは、と考えたレティフィーナは『フェステリス』を呼び出して超音波の能力を活用しながら道を調べていた。そこへ出てきたのが、先程の台詞である。
 何にもないのだ。目に見える通りで間違いがないのである。
「変ですね」
 また同じ言葉を繰り返すレティフィーナ。そして1度『フェステリス』を聖獣カードへと戻した。負担を最小限に抑えるためだ。
「やはりそう思うか」
 飛炎はもう一方の手に持っていた、方位磁石に目をやった。方位磁石はくるくると回るようなこともなく、普通に方向を示している。
「ちょっと待っててくれ」
 そう言うと飛炎は来た道を少し戻り、木の幹につけていた傷を確かめてみた。傷はちゃんと残っており、場所も変わってはいなかった。
(後は……)
 飛炎は朱雀族である証の背中の翼を出し、木の上に飛び上がった。そして先を確認してから、レティフィーナの元へ戻っていった。
「……この先に村があるのは間違いない」
 そう報告しながらも、飛炎の表情はすっきりとしていなかった。
「罠もない。迷いもしない。何だこれは……」
 それはごくごく普通の道。飛炎が首を傾げてしまうのも当然のことだろう。
 それでも先に進んでゆく2人。やがて森を抜けると、目の前にぽつんと村が存在していた。これがフェリーヌ村なのだろう。
「あら? どうしたんでしょう、どの家からも明かりが見えませんよ」
 不思議そうにレティフィーナが言った。そう、どの家も全く明かりがついていなかったのである。

●フェリーヌ村の異変【4】
 飛炎とレティフィーナが村に着いてすぐ、一番手前にあった家の扉がゆっくりと開かれた。飛炎がランタンでそちらを照らしてみた。
「よかった、村人で……」
 レティフィーナの言葉が途中で止まった。確かに開かれた扉からは人影らしき物が出てはきていた。しかし――その目は赤く光っており、口元には鋭い牙が2本鈍く光っていたのである。2人はこういった姿の者を、何と呼ぶかよく知っていた。
「ヴァンパイア!!」
 レティフィーナの驚き叫ぶ声が辺りに響き渡った。飛炎が咄嗟に目の前のヴァンパイアに『炎の矢』を放った。
「ぎえっ!!」
 『炎の矢』は見事命中し、後ろ向きに倒れるヴァンパイア。けれどもそれで終わりではない。他の家からも、わらわらとヴァンパイアたちが姿を見せていたのである。
「数が多すぎるな……」
 眉をひそめる飛炎。戦えないこともないだろうが、完全に囲まれてしまってはどうなるか分かったものではない。それに今は夜、ヴァンパイアにとっては昼間のような物だ。
 そんな時、頭上から声が聞こえてきた。
「上や! 空へ逃げるんや!!」
 飛炎とレティフィーナが空を見上げると、そこにはイリアスの呼び出したドラゴンのヴィジョン、『守護者ドレーク』の姿とイリアス本人、それにディアナの姿があった。
 2人は村の様子がおかしかったので、上空で少し様子を窺っていたのだ。で、下が妙なことになっていることに気付き、慌てて高度を落としてきたのである。
「え〜い! いじめちゃダメ〜!!」
 ディアナはそう叫ぶと、手にしていたジュエルを2つ組み合わせた。すると、飛炎やレティフィーナとヴァンパイアたちの間を分かつように、地面から石の壁が盛り上がってきた。『ストーンウォール』の魔法だ。
 その機を逃さず、飛炎は背中の翼を出して飛び上がり、レティフィーナはパピヨンのヴィジョン『黒髪の舞姫フェステリス』を呼び出して背中に乗せてもらい空中へ逃れた。
「間一髪でした……。まさか村がヴァンパイアの住処になっていたなんて」
 レティフィーナが溜息を吐いた。恐らくは音信不通になっていた原因はこれなのだろう。
「ともかく一旦戻った方がええやろな」
 イリアスの言葉に誰も反対しなかった。そして戻っている最中、ディアナが何かに気付いて言った。
「あれ〜? そこの下に誰か歩いてるよ〜?」
 全員が一斉にディアナの指差した先を見た。確かに森の中をよろよろと歩いている人影が見える。
 もしかすると、あの村から逃げ出した村人かもしれない。4人は警戒しつつ、森の中へ降り立っていった。

●村で起こったこと【5】
 4人が森の中に降り立つと、目の前にはやつれた様子の中年男2人が立っていた。ヴァンパイアなどではない、普通の人間だ。
「あ……ああ……! 人だ! エルフだ! シフールだ!! 何日振りだろう……」
 背中に荷物を背負った中年男が、涙を浮かべながら心底嬉しそうに叫んだ。そして鼻の下に髭をたくわえた中年男が、4人を警戒しながら話しかけてきた。
「失礼ですが……あなた方は? 私は近くのフェリーヌ村の村長で、サウルと申しますが」
 村長――その言葉に、4人は顔を見合わせた。イリアスが代表で、事情を説明する。
「……そうゆう訳で、ルリトさんを探しに来たんやけど」
「ルリトは僕です! ああ……兄さんありがとう!!」
 荷物を背負った中年男、ルリトは涙を流しながら兄であるデントに感謝していた。しかし、ルリトの無事が分かったことは不幸中の幸いである。
「いったい……村で何が起きたんですか?」
 レティフィーナが神妙な表情で、サウルに尋ねた。サウルは一呼吸置いて、村で何が起きたかを説明した。
「実は……3週間ほど前に複数の村人が妙な熱病を発しまして。薬草も全く効果がなく困っていた所、1週間ほどしてその村人たちが忽然と姿を消したんです。その3日後の真夜中です……赤い目の奴らが村を襲ってきたのは!」
 悔し気なサウルの表情。話はさらに続いてゆく。
「村が混乱する中、こんな声が聞こえてきました。『この村を制圧したら、次は街だ』などと。私は咄嗟にこのルリトさんを連れて森へ向かったのです。とにかく、このことを外の誰かに知らせねばと思い。しかし……行けども行けども森を抜けることは出来ず、かといって村に戻るのも恐ろしい。ずっと森をさまよっていた所に……あなた方が現れたのです」
 そしてゆっくりと4人の顔を見回してから、静かにこう言った。
「教えてもらえますか。村は……村は今どうなっているんです」
 4人はその質問に答えることが出来なかった。話していい物か、迷ったからだ。だが、いつかは分かってしまうこと。飛炎が代表してサウルに村の現状を、ありのまま話した。
 話を聞き終わり、サウルは両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。肩が震えている。声を押し殺し、泣いているのだろう。
 依頼の内容はルリトを連れて帰ること。しかしサウルが聞いた『この村を制圧したら、次は街だ』という言葉を放っておく訳にもゆかない。
 いっそ夜明け頃を見計らって、ヴァンパイアたちを一掃してしまうべきではないだろうか――事がこれ以上大きくなってしまう前に。

【森の奥にある村【調査編】 おしまい】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 6314 / レティフィーナ・メルストリープ / 女
      / エルフ / 19 / ヴィジョンコーラー 】☆
【 7411 / イリアス・ファーレロン / 男 
      / エルフ / 32 / ヴィジョンコーラー 】☆
【 1891 / ディアナ・ケヒト / 女
     / シフール / 18 / ジュエルマジシャン 】○
【 0128 / 紅 飛炎 / 男
            / 朱雀族 / 772 / 族長 】◇


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『黒山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、☆がMT12、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通されると、全体像がより見えてくるかもしれませんよ。
・お待たせいたしました、森の奥の村で起こった不穏な出来事のお話をお届けいたします。ソーンで書くのは高原は久々なのですが、いかがだったでしょうか?
・本文を読んでいただければお分かりのように、現状は結構危険です。村人は全員ヴァンパイアと化していると思っていいかと思います。大事になってしまう前に、叩いてしまうのも1つの考え方だと思いますよ。それでは次回『完結編』、プレイングを楽しみにしております。
・紅飛炎さん、7度目のご参加ありがとうございます。色々と森の中を進む時のことに注意を払っていたのはよかったと思います。森の中に何もなかったのが不思議でしたが。しかしヴァンパイア……何か思い出しませんか?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。