<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 宝玉と黒ローブの魔道士 第3回 (全3回)

 (オープニング)

 黒ローブの魔道士が各地のマイナーな神を襲って4つの宝玉を奪っている事件は、何人かの冒険者の地道な調査により、大体の事情がわかってきた。
 今までの調査でわかっているのは、以下のような事である。
 
 1.宝玉について

 4つの宝玉は世界の根本となる力を生み出す宝玉で、宝玉の力を用いた強力なマジックアイテムの量産が問題となり、現在は分散して管理されている。
 
 2.黒ローブの魔道士について

 宝玉を集めている黒ローブの魔道士は人間ではなく、大昔、宝玉の魔力によって生み出された『不思議の複製人形』というマジックアイテムである。
 
 3.不思議の複製人形について

 特定の人間の能力と容姿をコピーし、造られた時に与えられた使命に従って行動する魔法の人形で、現在はウルという魔道士の姿と能力をコピーしている。

 4.宝玉と不思議の複製人形の所在地
 
 現在、ウルをコピーした人形は、風の宝玉と水の宝玉を持ち、『人形師のダンジョン』という、1000年前に魔法の人形を作っていた魔道士(含、不思議の複製人形)のダンジョンで何かをしている。

 そうした状況の中、黒ローブの魔道士を追ってきた者達は入り口が多数ある『人形師のダンジョン』に、二手に別れて乗り込もうとしていた。
 一方のグループは、人形に自分をコピーされた魔道士ウル本人と相棒の盗賊娘ルーザ。もう一方のグループは、ウルの弟子の見習い魔道士ニールと水の宝玉の管理人の水神ルキッドになった。
 「私、山に力を置いてきてるから役に立たないけど、よろしくねぇ」
 「いえいえ、僕も見習い君ですから」
 ルキッドとニールは、心強い会話を交わしながら『人形師のダンジョン』へと向かった。

 (依頼内容)

 ・人形師のダンジョンに乗り込み、黒ローブの魔道士から宝玉を取り返してやって下さい。
 ・ウル&ルーザのグループに合流するとNPCが強力な分、PCの出番を食われる危険があります。
 ・ニール&ルキッドのグループは、逆に普通に危険が大きいです。
 ・そんなNPCそもそも興味ねーよ。という方は、NPCと合流せずに独自に乗り込むのも良いかも知れません。

 (本編)

 1.人形師のダンジョンに入ろう

 「相手はウルのコピーなんだろう?
  なら、ウルが宝玉に仕掛けた感知の魔法だって、ばれてるんじゃないのか?
  下手に考えるより、正面突破で突撃しようぜ!」
 なんだか酒ばかり飲んでいた気がするので、今回は暴れてやるぜ。と、突撃する事を主張したのは多腕族の戦士、シグルマだった。
 「うん、人生は突撃だよ!
  ウルくんのコピーだったら、ニールくんを見たらためらうだろうし、その隙を突いて攻撃しちゃおうよ!」
 前回寝込んでたぶん、鬱憤が溜まってるのよ。と、突撃する事を主張したのは、魔法戦士というか、むしろ近所の暴走屋、フェイルーン・フラスカティだった。
 「全くだね…
  それに話を聞く限り、コピー人形の弱点は鼻らしいじゃないか?
  一発、鼻面を殴ってやろうよ!」
 なんだか前回はニールに上手くかわされたので、今度こそニールと(以下略)。と、突撃する事を主張したのはロミナだった。
 「いえ!
  まずは話し合いです。
  交渉で解決出来るなら、そうするべきです!」
 逆に、柄にも無く強行な態度で話し合いを主張するのはリドルカーナの商人、レアル・ウィルスタットだった。
 「いや、まあ、みんな落ち着いて…」
 そうして、ダンジョンに入る前から仲間内で殺気立つ一行をなだめているのは、医学生の日和佐幸也である。
 しばらく話し合った後、とりあえず入り口が多いダンジョンだし、手分けして探索しようという事になった。
 グループは三つ。
 レアル、ウル、ルーザの理性派グループ。
 ロミナ、フェイ、幸也、ニール、リキッドの突撃系+その他グループ。
 シグルマ、シグルマ、シグルマの1匹狼グループ。
 こうして、一行は三手に別れ、宝玉とそれを持つウル・コピーの所を目指す事にした。
 「仲間の位置と宝玉の位置を探知出来る魔法の水晶玉を用意したから、何かあったら合流して連絡を取り合う事にしよう」
 話がまとまった所で、ウルが人数分の水晶玉を一同に配った。各々の位置関係が立体的に水晶玉に表示されるという、ウルの自慢のアイテムである。
 「おお、こりゃ確かに便利だ」
 と、シグルマが口笛を吹いた。
 さらに一行は、レアルの提案でウルに変装を施す事にした。ウルとコピーが対峙した時に確実に見分ける為である。
 「実は、こんな事もあろうかと、赤いローブを持ってきたのよ」
 と、盗賊のルーザはウルの黒ローブを赤いローブに着せ替えさせた。
 「うん、眉毛とかも濃くした方がいいよね!」
 「いや、やっぱり変装といったら、まずは髭だろう」
 「何でもいいから、いっぱい描いちゃえ〜」
 ルーザに限らずノリがいいフェイ、ロミナ、ルキッド達女性陣は、ウルの顔に変装と称してサインペンで色々と書き込んだ。
 こうして準備を整えた一行は、それぞれダンジョンに乗り込むのだった。
 「あんた達、あたしが護ってやるから離れるんじゃないよ!」
 ロミナが、ニールとルキッドの二人に言う。
 「はい…」
 「は〜い!」
 …こいつらは、あたしがカバーしてやらなくちゃね。と、魔族の娘は、ため息をついた。
 
 2.人形師のダンジョンを探索しよう(ロミナ編)

 防御用の人形…というか、ダンジョンを守護する為に人工的に造られたモノ達は、人の形をしているとは限らなかった。そうした人工生物はダンジョンの各地で一行を迎え撃つ。
 今度の部屋で一行を襲ったのは、体長50センチ程の蜂を模した人形の群れだった。 
 「ニール、あせる事は無いよ!
  居眠りしてろとは言わないが、的外れに魔法を使われるよりは黙って立ってて貰った方がマシだからね!」
 剣を振るいつつ、ロミナの声が飛ぶ。
 基本的には突撃要因なのだが、意外とニールやルキッドなどを気遣う余裕もあるのが、ロミナである。
 「うん、最初に援護魔法だけ使ってくれたらね、後は多分、私とロミナちゃんが何とかするから!
  それでもだめそうだったら、幸也の言う事を聞いて魔法を使ってね!
  幸也は弱いけど頭だけは良いから、困った時にはね、えーとね…」
 「フェイ、しゃべりすぎだ…」
 思わずしゃべる事に夢中になり、危うく蜂人形にさされそうになったフェイが、幸也に怒られた。
 ごめんなさい。と、フェイは再び何も考えずに剣を振った。
 ニールは、ロミナとフェイの言葉に頷きながら、自分の身を護る事に専念して、ロミナか幸也の指示があった時以外は、ほとんど魔法を使わない。賢明な判断だ。
 「みんな頑張れ〜!」
 さらに、そのニールの影に隠れて応援しているのはルキッドだ。
 …気に入らないねぇ。
 役にも立たないのに、何をしてるんだ、この女は。と、ロミナは脳天気にしているルキッドを一瞥した。
 「おしゃ、次いこ!次!」
 蜂人形を全て切り捨て、全く疲れた素振りを見せないのはフェイである。自分で言うように、確かに寝込んでいた分、力が有り余っているようだ。
 「よし、どんどん行くよ!
  他の連中より、絶対先に行くからね」
 機嫌は良くないが、ロミナも元気だ。
 「あんたらが元気なら、俺は構わんが…」
 と、幸也達は付いていく。一行の気苦労を全て一人で背負っているのが彼だった。
 実際、回復役に特化した能力を持った幸也が居なければ、ロミナ達もそこまで力押しで進む事は不可能なのだが…
 罠や鍵付きの扉も力づくで突破し、ほぼ直線ルートでロミナ達一行は進む。相変わらずルキッドは全く役に立たず、まったりしている。
 「えぇい、幼稚園の遠足じゃ無いんだよ、少しは手伝いな!
  それとルキッド、あんた、ニールにべたべたしすぎだ!
  どうせなら、そっちの医学生と一緒に居ろ!」
 と、ついに不満が爆発したのはロミナである。
 「ご、ごめんなさい…」
 ルキッドは嘘泣きをしている。
 「ま、まあ、ルキッド様も決してふざけてるわけじゃ無いですから」
 と、人のいいニールがなだめに入った。
 「ふん、『力』とやらを山に置いてきたんじゃ仕方ないけどねぇ…
  もうちょっと、しっかりしな」
 …あたしも、いけないね。
 生娘じゃあるまいし、こんな事で熱くなってちゃいけないよ。と、ロミナは少し機嫌を直した。
 無意味に熱くなってちゃ、足元をすくわれる事もある。そうして死んだ連中には両手に余るほど心当たりがある。気をつけなくてはならない。と、頭では思う。
 だが、いまいち冷静になれないロミナは、結局ミスを犯してしまった。
 石造りの部屋。
 ロミナは足元に転がっている、蛇を象った人形を苦々しげに見ていた。
 勇敢にも彼女の足に噛み付いた毒蛇の人形は、すでにロミナに踏み潰されて動かない。
 仲間たちは心配そうに駆け寄る。
 「大丈夫ですか!?」
 と、ニールが声をかけた。
 「ニール…毒が回らないうちに、吸出しておくれよ」
 たいした毒でもないようだ。ロミナはニールに冗談を言う余裕があった。
 「あ、はい、そうですね!」
 ニールは躊躇なく、ロミナの足に唇を這わせる。
 若い見習い魔道士に、あまり冗談は通じないようだ。
 …ふふ、そういう可愛い所は悪くないね。と、ロミナはニールの髪を撫でる。
 「ロミナさん、やっぱり毛深いですね…」
 「余計なお世話だ!」
 そういう種族なんだから仕方ないだろう。と、ロミナは言った。
 「あんたが治療術を使うまでも無い」
 結局、治療をしにきた幸也にそう言って、彼女はそのまま歩き始めた。
 多少、痺れるような感覚が残ったが、行動に支障が出る程では無い。むしろ、毒による軽い痺れとニールの唇の感覚は、ロミナに冷静さを取り戻させていた。その後は、特に大きな問題は無く、相変わらず力押しで一行は進んだ。
 「このまま直線距離だと、この、次の次の部屋辺りに宝玉がありそうだな」
 幸也が水晶玉を見つめながら言った。
 部屋の大きさと水晶玉に表示される点の位置関係は、他の者にも同様に見えた。
 「な、なんか、物凄いボス人形とか居たりして…」
 逃げ腰になっているのはルキッドである。
 ここに来るまで、彼女は全く何の役にも立っていない。一体、彼女が何をしにダンジョンに来たのかは、幸也の頭脳を持ってしてもわからなかった。
 「物凄いボス人形には、心当たりがあるんだがね…」
 ロミナが低い声で言う。
 ウルと同じ姿をした黒ローブの魔道士人形の事を、皆、思い浮かべた。
 「鍵は掛かってないよ。扉を壊すのって疲れるから、良かったね」
 と、フェイが扉の様子を見た。ここまで、何枚の鍵の掛かった扉を破壊してきただろうか…
 「んじゃ、行くか」
 幸也が言ったのを合図に、フェイが扉を開けた。
 扉の影に隠れるようにして、中の様子を伺う。
 …のっぺりとした小さな人形が、部屋の真ん中に置いてある事を除けば、今まで通りの石造りの部屋だった。扉は奥に一つだけある。それを抜ければ、宝玉のある場所に着きそうだった。
 「なーんだ、平気みたいねぇ〜」
 と、不用意に部屋に入ったのはルキッドだった。
 「うわ、ルキッドちゃん、あわてちゃだめだよ!」
 と、フェイに言わせるのだから、やはりルキッドは普通じゃない。
 フェイの声が合図になったかのように、部屋の中央に置いてあった人形は、ルキッドの方に顔を向けた。
 …ち、本当に使えない神様だね。
 と、ルキッドを庇う様に飛び出したのはロミナだった。
 そして、ロミナがルキッドの前に立つか立たないかのうちに、人形から閃光が走る。一瞬ロミナ達は視界を失った。
 「ほーう、そう来たかい…」
 視界が戻った後、にやりと不適な笑みを浮かべたのはロミナだった。
 部屋の中央、人形があった場所には、虚ろな表情で佇むフェイ達一行の姿があった。ただし、ルキッドの姿だけがそこには無かった。
 「うん、こういうのも、ちょっと面白いよね!」
 その、新しく部屋のに現れたロミナ達一行を、フェイは見ながら言った。
 「俺達全員のコピー…か。
  装備品まで同じとは、大したもんだ」
 幸也は冷静にコピー達の様子を観察している。
 「気に入らないねぇ」
 ロミナは、自分のコピーを睨みつけている。
 『優しく流れる風よ…』
 ニールとニール・コピーが風の防御魔法を唱えたのが、開戦の合図になった。
 そのまま、ニールは自分のコピーと地味な魔法戦を始めたようだ。
 ロミナは自分のコピーと真っ向から対峙する。
 …なるほど、確かにあたしのコピーだね。
 ロミナとコピーの剣が絡み、しばし、力比べが続いた。全くの互角である。
 だが、ロミナは負ける気がしなかった。
 …さっさと片付けて、ニール達をカバーしなくちゃならないからね。
 ロミナは邪魔者を見る目で、無表情な自分のコピーを睨みつける。
 例え能力が互角でも、何の目的も持たずに戦う人形に負けたくは無い。それに、コピー人形には、おそらく弱点があるはずだった。
 やがて、武器を持たないロミナの左拳が、コピー人形の鼻面を貫き、同時にコピーの左拳もロミナの顔に当たる。
 音も無く、コピー人形が崩れ去った。
 …全く、乙女の顔を殴るとは、やっぱり心が無い人形だね。
 と、ロミナが周囲の様子を見ると、皆、一通りコピー達を倒したようだ。   
 「こいつら…全然魂が篭ってなかったね。こんな連中なら、何も怖くはない」
 本心から、ロミナはそう思った。
 その後、部屋の扉を調べてみると、扉はかなり頑丈で魔力も通さない素材のようだった。ニールが魔力をほとんど使い切り、幸也も治療能力がほとんど底をついていた事もあるので、一行は小休止した後、扉の破壊に挑戦する事にした。
 そうして休み始めると、ロミナは今までの疲れを一気に感じた。思えば、かなり強行突破を繰り返していた…
 言葉も無く部屋で佇む一行の所に、大して疲れた様子も無い、ウルのグループがやってきた。シグルマも一緒である。
 「なんか、あんた達、限界みたいね…」
 ルーザがロミナ達の様子を見て、すぱっと言った。
 「そんな事も無いけどね、ちょっと疲れたからさ…
  休んでから扉をぶっ壊しちゃおうって、みんなで話してたの」
 フェイが事情を説明した。
 「ぶっ壊すって…あんた達、本気で真性のアレなの?」
 ルーザが呆れたように、ため息をついた。
 「さっきもシグルマに言ったけど、いい?
  扉ってね、壊す為にあるんじゃ無いの、開ける為にあるのよ?」
 そう言って、ルーザは無造作に扉に目をやる。
 「あんた達、『鍵が掛かっていたら、すなわち開けるべし』って、盗賊協会の最初の講義で習わなかったの?」
 そんなもん知るか!
 と、ロミナ達一行は怒りの声を上げるが、ルーザは取り合わず、一瞬で扉を開錠してみせた。
 「お前…いつか殺してやるよ」
 「ルーザちゃんなんて、大嫌いだ!」
 ロミナとフェイは怒りの声を上げるが、鍵の掛かった扉を簡単に開けられる事をちょっと羨ましいと思った。
 「ルーザちゃん、凄いねぇ」
 ルキッドは無邪気に感動している。ウルだけが、いつもの事だね。と微笑んでいた。
 そして、一行は扉を通った…

 3.人形の王

 「よく来たね。
  さて…何から話すべきかな?」
 様々な書物や薬品が並ぶ一室で言葉を紡ぐのは、黒ローブの魔道士だった。
 ウル・コピーである。
 「別に、聞きたい事は無いね。
  …黙って宝玉を渡して、とっととくたばりな」
 「うん、どんな野望を持ってるんだか知らないけど、絶対許さないよ!」
 ロミナとフェイが言う。シグルマに至っては、無言で武器を構える。
 「いえ、話しましょう。全てはそれからです!」
 レアルが、彼にしては限界まで厳しい調子で、三人と黒ローブの間に割って入った。
 「一つだけ言わせてもらうとすれば、俺の野望は、もう叶ったんだよ。
  みんな、もう、知ってるんだろう?
  俺が宝玉の力を借りて、何かを『造ろう』としていた事を…」
 ウル・コピーは、本人同様、無意味に落ち着いていた。
 「何を…造ったのです?」
 口を開いたのは、レアルだ。
 造った物によっては、彼ですら話し合いの余地は無いと考えていた。
 「自分の目で見た方が、早いね。
  そっちの扉の向こうを見てごらん…」
 ウル・コピーの言葉に、
 「あんたが、開けな」
 ロミナが即答する。
 ウル・コピーはは静かに微笑むと、一行に背を向け、扉を開いた。
 「『これ』は、我が主、不思議の人形師ベルク・マッシェの最後の作品だよ…」
 嬉しいのか悲しいのか、微妙な表情でウル・コピーは扉の向こうを示した。
 「『これ』の完成間近で、神々が宝玉の使用を禁じてしまったからね。我が主は『これ』を完成させる事は出来なかった」
 一同は、言葉も無く、扉の向こうの光景を眺めていた。
 「…幻覚の魔法じゃない事は、確かだ…しかし…」
 ウルですら、動揺していた。
 「だから、我が主は俺を創って、俺を試練のダンジョンに置いたのさ。
  いつの日か、人格と能力に優れた者が俺を拾い、その者の知識を俺がコピーして、俺の知識と合わせ、『これ』を完成させる事を願ってね…
  宝玉は返すよ。俺には、もう用は無いからね。
  どうする?
  『これ』を傷つけるのであれば、俺は命を賭して『これ』を護る。
  それも、俺の『役割』だからね…」
 ウル・コピーは言った。
 「なるほど…
  確かに、あのダンジョンは魔道士の資質を試すようなダンジョンだったね…」
 ウルは人形を見つけたダンジョンの事を思い出す。
 「…いや、まあ、確かにたまげた。ある意味、究極のマジックアイテムかもしれねぇ。お前の創造主とやらは大天才だ。それだけは認めるぜ」
 ようやく、シグルマが言った。
 扉の向こうに広がっていたのは、本来なら珍しい光景では無かった。
 建物が建っていた。
 人の姿をしたものが歩いていた。
 雑踏を行きかう者達が、何かを求めて声を上げている。
 それは、人間が『街』と呼ぶものだった。
 ただ、それが、ダンジョンに突然広がっていたのだ。
 フェイ達一行は、街の中の一軒の家から扉を開き、様子を見ていたのだ。
 「広さは1キロ四方程。明かりは人工太陽だよ。中に住んでいる心を持った人形達は2000体程かな。
  みんな、生まれたばかりだけど、毎日静かに平和に暮らしているよ……」
 ウル・コピーは簡単に『街』の説明をした。
 「あ、あのさ、確かにスゴイけど、何でこんなの造ったの?
  ていうか、こんなの、どうするつもりなの?」
 頭が混乱状態のフェイが尋ねる。
 「我が主は人形が好きだったからね。
  元々は、この、心を持った人形達の街で暮らす事を望んだのさ。命が尽きるまで、おもしろおかしく平穏にね。
  …それを証明する術は、もう無いけど」
 ウル・コピーが言う。
 「それだけ…ですか?」
 レアルは呆れている。
 「創造の力を秘めた宝玉の使い方としては、確かに間違っちゃいない…けどな」
 人形師ベルクマッシェは、本物のアホであり天才だと、幸也は思った。
 「まあ、造っちまったもんは仕方ないか。あたしらが、すぐにどうこう出来るもんでも無いしね。
  …しかし、あんた、落とし前はどうする気だ?」
 ロミナが厳しい口調で言う。
 「水の宝玉を奪ってルキッドの馬鹿を封印した事によって、ライマ村が水不足で苦しんだ。
  土の宝玉を奪う為にビッケの神殿を襲い、信者達を傷つけた。
  黒ローブを纏うソラン魔道士協会が濡れ衣を着せられて、迷惑した。
  …ま、大きなのはこれ位ね」
 ルーザが淡々と言った。
 「永く眠っていたからね…
  ウルの人格をコピーするまで、時間がかかってしまったんだよ。
  だから、手荒な事を繰り返した。
  俺が『本当に』ウルになったのは最近なんだ」
 事実だけをウル・コピーは言った。
 後の判断は、一行の手に委ねられる。
 しばらくの、沈黙。
 「…まず、犯した罪を償って回る事。」
 悩みながら口を開いたのはレアルだった。
 「次に、ウル・コピーの言葉どおり、本当にこの街が無害なものか、本当に何の悪意も無いものなのかどうか、時間と人手をかけて調べましょう。
  それで、いいんじゃないですか?」
 交渉で解決できる可能性があるうちは、それを続けようとレアルは当初の主張を繰り返す。
 少なくとも、この場でウル・コピーと戦う意味は無いと、彼には思えた。
 「…甘いね」
 「全くだ」
 ルーザとロミナが、ぼそっと言う。
 そして、また沈黙。
 「何だか、難しい話になってるな」
 先程から、退屈そうに話を聞いていたシグルマが口を開いた。
 「…まあ、あれだ。
  こういう時は、とりあえず、酒でも飲もうぜ。
  飲みながら話した方が、こういう事は、まとまるもんだ」
 と、シグルマはにやりと笑って、人形の街の一角にある酒場らしき建物を示した。
 「そーだね。私、ルキッドちゃんと遊んでるから、難しい事は、みんなで話しててよ!」
 「ていうか、ライマ村の事は大丈夫よ。私が泣いて駄々をこねれば、多分、みんな許してくれるわよ!」
 フェイとルキッドが言った。
 それで、大体、話の方向性は決まった。
 「…すまない」
 とだけ、ウル・コピーは言った。
 「もう一つだけ頼みがある。
  …宝玉を扱える俺の力は危険だからね。
  俺は、いつまでもウルで居るわけにはいかないんだ。
  ニール…
  後の事は君に任せたい。
  だから…だから、俺はここで、君が来るのを待っていた。君がエルザードから、ここに来るまでに体験してきた事を俺にくれないか?」
 そう言って、ウル・コピーはニールの方を見た。
 「ウルさんのコピーをやめて、ニールさんのコピーになるわけか…」
 幸也が言った。
 先程から、ずーっと黙って一行の話を聞いていたニールは突然話を振られて、驚いた表情を浮かべる。
 「ニールなら適任だ。あたしのパートナーだからね」
 ロミナがニールの肩を叩いた。
 「わかりました、やってみます」
 と、ニールは答えた。
 そして、ウル・コピーの存在は消滅した。人間の感覚で言えば、それは『死』と言えるかも知れない。
 「皆さん、ありがとうございます…」
 それが、ニール・コピーの最初の言葉だった。
 そのまま、新たに生まれた人形の王は、その場に泣き崩れる。

 4.おつかれ

 一行の出発地、炎の宝玉の神殿に、『糸無し糸電話』の魔法で状況を報告した後、一行は人形の街の酒場に繰り出した。どうやら、ここの人形達は人間と同じように飲み食いするらしい。酒場には酒も食べ物もある。
 「ま、まあ、がんばりな。お前もニールといえばニールだし、きっと上手くやっていけるさ」
 ひたすら泣きじゃくるニール・コピーを、さすがに可愛そうに思い、ロミナは眺めている。
 「うん、大変だと思うけど、がんばって。
  僕には正直大変だと思うけど…でも、君なら大丈夫だよ」
 全く説得力が無い言葉を、ニールは自分のコピーに言う。
 それから、人形の街での宴は夜まで続き、大分酔ったロミナは、頃合を見てニールを酒場の外に連れ出した。
 「あ、あの、何ですか?」
 戸惑うニールに、ロミナは無言で彼を抱き寄せ、口付けを交わした。
 「毒を吸い出そうとしてくれた、お礼さ…
  それに、今回は、お前も頑張ったね。宝玉の部屋の前で、自分のコピーを倒した事は立派だよ。少なくとも、あんたには心がある。出来損ないの人形には無い、強い心がね…
  冗談じゃなくて、良いパートナーになれるかもね、あたし達」
 と、ロミナはニールに向かって優しく微笑んだ。
 だが、ニールは、すまなそうに下を向き、
 「ロミナさん、本当にすいません…
  僕は…ニール君の…コピーの方です…」
 と、小さな声で言った。
 しばしの沈黙。その沈黙を、ニール・コピーは恐怖と感じた。
 「…いいかい、コピー。
  人生なんてね…間違ったら、やり直せばいいんだよ…やり直せば…」
 ロミナは一言だけ言って、酒場に帰っていった。次は、確かに本人を連れ出したらしい。
 後にニール・コピーは語っている。
 その時、ロミナは悔し泣きしていたと…
  
 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0812/シグルマ/男/35才/戦士】
【0781/ロミナ/女/22才/傭兵戦士】  
【0954/レアル・ウィルスタット/男/19才/ヴィジョンコーラー兼商人】
 
(PC名は参加順です)

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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。
 何と言うか、ライター的にロミナは他のPCさんとは違う所に焦点を合わせて描写する事が多いんですが、今回は如何でしたでしょうか…
 ニールの事は、多分、これからも書く事があると思います。また、適当に遊びに来てくれると嬉しいです。
 ともかく、おつかれさまでした。
 また、気が向いたら遊びに来てくださいです。