<PCクエストノベル(1人)>


小さな冒険者達 〜ネクロバンパイア〜

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【冒険者一覧】

【 1190 / トール・ウッド / 人間 】

【助力探求者】

【 サクラ・アルオレ / 精霊戦士 】


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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜出立〜

サクラ:「んしッ、そいじゃあ行くよ〜!」
 元気な声が朝方の小さな村に響いた。ここは聖都エルザードから西、川を越えた所に連なる山脈沿いにある小さな小さな村であった。街道沿いにない事もあって旅人が立ち寄る事も殆どなく、それ故か宿屋などの宿泊施設も無い。昨日の夕方、ここを訪れたサクラ・アルオレとトール・ウッドの二人は、村長の好意に寄り、かの宅に一泊の宿を借りたのであった。
トール:「どうもお世話になりました。ゴハン、とても美味しかったです」
 律儀に、村長とその夫人に頭を下げるトールの傍らで、既に頭の中は冒険の事で一杯のようなサクラも、ぺこりと頭を下げて
サクラ:「ありがとう村長サン、奥サン。お礼は、例のヤツを倒すって事でチャラにしてねっ」
 何かのお使いにでも行ってくるかのような気軽な口調で、あっさりとモンスター征伐を口にしてみせる。サクラの、見た目の少女らしさから多少は心配そうな顔をしてみせるも、村長夫妻はにこやかに二人を送り出してくれた。
トール:「イイ人達でしたね、サクラおねえさん!こんな旅だったら、ボク、いつでも行きたいです!」
サクラ:「まーね、確かにあの村長さんはじめ、村の人皆イイヒトばっかだったけど…この世の中、そんな人ばっかじゃないんだよ?」
 愉しげなトールの様子を多少は諫めるよう、サクラが殊更声を潜めて眉を顰めてみせる。半分脅しも入っているだろう事はトールにも分かったが、それよりも何よりもサクラに諫められた事自体に、しゅんとなって肩を落とした。
トール:「ごめんなさい……ボク、こんな冒険、初めてだったから……」
サクラ:「いいんだってば、冒険が愉しいに越した事はないし。ボクもキミと一緒に冒険出来て、楽しいよっ?ただ、今回のは、キミが重要なキーを担ってるから、気を引き締めていこうね、って言いたかっただけだからさ?」
 沈み込むトールの気分を浮き立たせようと、サクラがウィンクを送りながらそう言った。その明るい物言いとは裏腹に、トールの表情が引き締まる。


〜ネクロバンパイア〜

 今回の二人の目的は、この山沿いの街道などに出没するネクロバンパイアの討伐である。大変美しい女性の姿をしたこのモンスターは、バンパイアの力は持たないからか、一般の人間と見分ける事が難しく、また朝でも平気で出歩ける事から行動範囲も行動時間も幅広い為、出没場所を限定する事も困難であった。一番有効と思われる手段は、彼女らが好む、若くて美しい男性が自ら討伐するか、或いは囮になって他の者が倒すか、だったのだ。

 山道の細く険しい道を、サクラを先頭にしてその後にトールが続く。馴れない山歩きにトールの息もあがるが、弱音は絶対はかずに歯を食い縛っている。サクラも、それは充分に分かっていたが、ここで掛ける思い遣りはトールの意思を挫くものだとして、敢えて何も見えない振りでただひたすらに先を行くのであった。…尤も、ほんの僅かだが己の歩みを遅くして、トールが付いて来られるようにとの心遣いはあったが。

 山道添いにある、深く円形にそこだけ峰が抉り取られて作られた休憩所で、トールとサクラは休憩を取る事にする。並んで地面に腰を下ろし、山の壁に凭れて、昨夜お世話になった村長夫人が持たせてくれた、程よく甘いレモン水とチーズペーストの塗ってある乾パンで簡単な遅い朝食を取る。言葉には出さないが、ほっとしたような吐息を漏らすトールに、サクラが目を細めた。
サクラ:「涼しい朝方にかなりな距離を稼げたし、この調子なら夕方までには目的の場所に付けそうだね。上手く行けば、今日中にコトは済むよっ」
 敢えてトールを労るような言葉は出さず、寧ろその努力を無言で称えるような事を言い、サクラはにっと快活な笑みを向けた。その心遣いも嬉しく、そして自分を認めてくれたようなサクラの言葉がもっと嬉しく、トールも照れ臭そうに笑みを浮べた。
 サクラは見た目こそは可愛らしく、十四歳と言う年齢年相応の、細身の何処にでもいそうな少女だが、冒険者歴は長く、炎の精霊サラマンダーと契約が交わせる程の実力を持った少女である。そんなサクラは、トールにとっては憧れの存在であり目標とする先輩冒険者であり、そしてまた、どんなに努力しても越えられない何かを自分に突き付けて来る、畏れをも含んだ存在なのであった。
 そのサクラから認められれば、勿論嬉しい。だがその背景には己の力不足を無言でサポートしてくれる、その思い遣りが少し悔しくもあったのだ。


〜美しい女の甘い言葉〜

 休憩を終え、また歩き出した二人が向かうのは、この街道の中で一部分だけ、鬱蒼と樹が生い茂る、通称半暮の小道である。常にここだけは薄暗く、昼間でも夕暮れの程度の光しか差さない事から付いた名であった。この範囲内でネクロバンパイアが多く出没することは既に報告されており、一般の人々はここを通る時には駆足に近いような急ぎ足で通り抜けるのが当たり前になっていた。
 だが、今回のトールとサクラは、そのネクロバンパイアに会う事自体が目的なのだから、そうする訳にもいかない。かと言って、然程長くもないその行程を何度も往復していれば、ネクロバンパイアに疑われる事必須なので、ある意味一発勝負の誘き寄せであった。
 ヨロシクネ、と一声掛けて、サクラが姿を消す。ネクロバンパイアを誘き寄せる為、彼女が好む容姿を持ったトールがひとりこの小道を歩き、サクラは人知れずその後を付ける事にしたのだ。柔らかい下生えを踏み締めつつ、トールはゆっくりとした歩調――態とらしくない程度に、いかにも疲れた様子を醸し出しながら――で薄暗い中を歩く。さすがに一人となると不安が増すし、何しろこれから現われるだろうモンスターの事を思うと気も重い。だが、これも試練だと思い直し、軽く拳を握ったその時であった。
女の声:「あーら、カワイイボウヤだこと。一人でドコへ行くのかしらぁ〜?」
 涼やかな声が、よりによって頭上から降り掛かる。はっとトールが顔を上げると、そこには黒い艶やかな髪を膝裏辺りまで伸ばし、金色の目をした物凄い美女が樹の幹に腰掛けていたのだ。
トール:「あっ、あっ、え……?あのっ、………」
 恐らくその女は、目的とするネクロバンパイアと思いつつも、その余りの美しさにトールは言葉に詰まる。そんな様子を見て、女が音も無く地面へと降り立ち、トールの方へと近付いて来た。
ネクロバンパイア:「厭だワ、そんな怯えた顔……余計にソソられちゃうじゃない。アタシの好みよ、ボウヤ……」
 そう囁きながら、長く、毒々しい程に赤い爪の手がトールの細い首筋へと伸ばされる。その刹那であった。
サクラ:「伏せて!」
 その鋭い声に、トールが咄嗟に身を屈める。今までトールの上半身があった位置を剣で横薙ぎにしながら、草むらの中からサクラが飛び出して来たのだ。その剣の切っ先を寸でで避けたネクロバンパイアは、彼等の意図を知って舌舐めずりをする。
ネクロバンパイア:「なァるほど、そう言うことね……いいワ、相手してあげる。その代わり、アタシは負けないわよ。必ずそのボウヤをとことん味わうんだから」
サクラ:「はン、言ってれば!?!後でキリキリ泣かせてやるから!」
 威勢良くサクラが叫び返すと、剣を構え直し、モンスターの隙を狙う。その背後でトールも戦闘の態勢を整える。それを見てネクロバンパイアが、けたたましい笑い声を上げる。
ネクロバンパイア:「あら、いっちょまえじゃない、ボウヤったら!お嬢ちゃんの後ろで怖くて震えてるだけかと思ってたのに!」
トール:「な…何を言うんですか!莫迦にしないでくださいっ!」
 むっとしてそう言い返すも、だがトールにはそう言われる事も何となく分かりはするのだ。己の容姿や雰囲気、まだまだ未熟な能力。そして、目の前にいるサクラとの余りの迫力の違い。思わず自信を喪失して、トールが俯き掛けたその時だった。
サクラ:「目を逸らしたら負けるよ!あんなヤツの言う事なんか気にしちゃダメ、もっと自分を信じなきゃ!」
 その、凛とした声に励まされるよう、そして目の前にある小さな、でも大きな背中に勇気づけられ、トールは己の扱える唯一の召喚獣である、シルフィードを呼び出した。真っ白な、美しい女性の姿をしたその風の精霊はトールの呼び掛けに答えて、周囲の風を集めた中からその姿を現わす。足首まである長い髪が、風も無いのに静かに宙に舞った。
トール:「シルフィード!風を!」
 トールの声が響く、主の意を受けて、シルフィードがそのたおやかな片手を上げる。すると、ネクロバンパイアの足元をつむじ風が吹き上げて、細かい下生えの草と共にモンスターの身体を包み込み、視界を奪った。
ネクロバンパイア:「ちッ!味なことしてくれるじゃないの、ボウヤ!」
 舌打ちするネクロバンパイアはこれぐらいではへこたれないらしい。隙を見て剣を右肩から斜め下方へと薙ぐサクラの攻撃を、シルフィードの風を逆流させる事で吹き飛ばそうとする。サクラも素早くそれを察知して、その風に巻き込まれないよう、後方へと飛びすさると、ざぁっと爪先が地面を削る音がした。
サクラ:「ったく、もぉ…う!サラマンダーさえ呼び出せれば、あっという間なのにぃ!」
 サクラが悔しそうに歯噛みをする。炎精剣が使えれば、ネクロバンパイアも一撃なのだが、如何せんこれだけ樹木が覆い繁った場所では炎は危険過ぎて使えない。この小道が全焼するだけで済めばまだいいが、下手すると類焼が及んでこの山一つが焼け落ちる可能性もあるのだ。それだけ、サクラの炎の精霊との結び付きは強く、巨大な力なのだ。
トール:「サクラおねえさん!」
サクラ:「何、トール」
 ネクロバンパイアの攻撃を避けながら、サクラがトールを振り返る。きゅっと唇を引き結んだトールが、多少青ざめた顔ながら真剣な顔で見詰め返す。
トール:「ボク、………を持ってます。使って下さい」
サクラ:「…マジ?」
 肝心な部分は、更に小声で喋っているので、ネクロバンパイアの耳には届かない。トールがこくりと頷いた。
サクラ:「…分かった。でも、それはキミが使う方がイイよ。ボクがヤツを引き付けるから、隙を見て、ね!?」
トール:「ええええっ、ボクがですか!?」
 トールの声に、しいッとサクラが諫める。後は無言で、つべこべ言ってないでやってみるの!と気合いを入れた。
 サクラ:「行くよ、トール!」
 ざっと地面を蹴ってサクラがダッシュする。脇辺りで構えた剣の柄を片手で支えつつ、ネクロバンパイアの腹を狙った。甲高い笑い声と共にモンスターが横っ飛びでその攻撃を易々と避ける。が、その背後にトールが回り込んでいる事までには気が及ばなかったらしい。
ネクロバンパイア:「いつの間に!?」
サクラ:「今だよ!トール!!」
 サクラの鋭い声が飛ぶ。トールは頷き、懐に手を入れて何かを取り出そうとするも、いざその段になると身体が竦んだか、うまくそのものを取り出す事ができない。焦るトールの喉元を、振り上げたネクロバンパイアの爪が狙う。
トール:「うわあぁああ!」
サクラ:「うらぁあッ!」
 威勢のいい掛け声と共に、サクラが剣の柄を両手で握って剣を振り被る、その切っ先がネクロバンパイアの肩を掠めて少し傷をつけたようだ。だがそれで激昂したモンスターの振り回した踵が、サクラの鳩尾に命中し、サクラは苦悶の表情を浮べてその場に倒れ込んだ。
トール:「サクラおねえさん!?」
ネクロバンパイア:「おねえさんの心配してる場合じゃないんじゃないかしら、ボウヤぁ?」
 勝ち誇った顔でネクロバンパイアがトールの方へと歩み寄る。トールは、ぐっと下唇を噛み締めると懐に差し込んだ手をそのまま引き抜く。その手には銀色に輝く、小振りだが良く手入れされた銀のダガーが握られていた。
ネクロバンパイア:「!? そ、それは!」
トール:「ええ―――いッ!!」
 叫び声と共に、トールはダガーを構え、モンスターに向かって突進する。不意を突かれたネクロバンパイアは、トールの小柄な身体をその全身で受け止める形となり……腹に深々と刺さった銀のダガーにより、その場で真っ白の灰になって崩れ落ちていった。


〜再び〜

サクラ:「いってて……んもぅ、信じらんない……痣になったら許さないんだから!…って、もういないけどねー」
トール:「サクラおねえさん!」
 悪態をつくサクラの傍へと、トールが駆け寄る。余韻にまだ痛そうに顔をしかめながら、サクラが笑い掛けた。
サクラ:「ご苦労さん!アリガト、トールのお蔭で無事解決だねッ!」
トール:「………」
 明るく笑って親指を立てて見せるサクラに、トールはただ俯くばかりだ。
トール:「ごめんなさい、サクラおねえさん……ボク………」
サクラ:「なーに謝ってんのよ!結果オーライ!終わり良ければ総て良し!」
トール:「でも、ボク…サクラおねえさんを危険な目に…折角、切っ掛け作ってくれたのに上手く身体が動かせなくて……」
 そう言うとトールの青い瞳から大粒の涙が零れる。今更ながらの恐怖と、そして悔しさと。己の不甲斐なさに、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
トール:「ボク、おねえさんのサポートも上手くできなくて……や、役に立てなかった……こんなんじゃ、足手まといになっただけ……ボクなんか、付いて来なかった方が……」
サクラ:「……バカね」
 言葉こそはきつい響きだが、その表情は優しく微笑んでいる。
サクラ:「あのね、ボクだって最初っから何でも出来た訳じゃないんだよ?最初のうちはやっぱり怖くって足が竦んでしまった事だって、何回だってあるよ。失敗してスッゴク落ち込んだ事もあるし、メチャクチャ怒られた事もある。怪我だってしたし、悲しい思いも怖い思いも一杯一杯したよ?誰だって最初はそうなんじゃないのかな。はじめっから何でもカンペキに出来るヤツなんかいないって!」
トール:「でも……」
サクラ:「それにキミは、ボクを守ろうとして勇気を振り絞ってくれたよね。それが一番大切な事なんじゃないかな。その気持ちさえあれば、キミはもっと強くなれる。きっとボク以上の冒険家になれるよ」
 そう言って笑い掛けるサクラの表情は、その言葉が嘘でも偽りでもない事を示している。トールがその笑顔を見上げて鼻を啜り上げた。
サクラ:「頑張ろう?ボクもまだまだ未熟モノだもん。競争しよう!どっちが、先にソーン一の冒険家になれるかってさ!」
 サクラに比べればトールのレベルはまだまだで、まずはそこに追いつく事からなのだろうが、サクラはそう言ってトールを励まし、応援する。トールは服の袖で目許をごしごし拭うと、にこりと笑みを見せ、頷いた。

 いつかきっと。追いつき追い越せる日々を夢見て。



おわり。


☆ライターより☆

はじめまして、ライターの碧川桜です。この度はクエストノベルのご依頼、誠にありがとうございました。大変遅くなって申し訳ありません。
私的には楽しく書かせて頂いたのですが、如何だったでしょうか?ご希望に添えるようなものになったかどうか、今ひとつ不安ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
それでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ……。