<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


ハートの鍵を奪い取れ

●依頼
「どこから説明しましょうか……」
 銀髪の美しい青年は、黒山羊亭の奥まったテーブル席のひとつで、そう切り出した。銀髪の青年の名はタオと言う。その隣にはカイオンという黒髪の青年が腰を降ろしている。
「僕たちは、ある遺跡の奥に入る鍵を探しています。一度は集めてそこへ向かったのですが、その時の探検は僕のせいで失敗し、鍵はその後散り散りになりました」
 タオはそこまでを澱みなく語った。その隣でカイオンは何か反論したげに口を開きかけたが、タオが微笑みを向けると口をとじた。
 それから、タオが続ける。
「昔の仲間を探し、鍵もいくつかは見つけましたが、鍵を手放してしまった仲間もおりました。最近、その一つが見つかったのですが」
 その他人の手に渡った鍵を返してもらえるように、ここしばらく交渉していたのだと言う。だがその交渉で、彼らは今の持ち主に返すための条件を出されたのだそうだ。
「その条件……というのが、現在の持ち主の胸にペンダントにしてかかっている鍵を、奪うこと、なんです。今、広場で興行している『ヴァーダス一座』という旅芸人の一座をご存じですか」
 現在の持ち主は、その一座の花形の男だ。名をアランと言う。素肌に上着を羽織るような南方の衣装で、アクセサリーをたくさんつけている。そして、そのアクセサリーの一つとして、昼も夜も常にその鍵を身につけているのだ。
「アランさんは、身の軽さや腕にも覚えはあるのでしょう。方法は問わないと言っていました。力尽くでは奪われない自信があるんでしょうね……いや、自信家な人で。でも、本気になって奪うのなら、方法はあると思いますが……僕たちに、手荒なことをしてまでというつもりはないんです」
 タオは軽く、肩をすくめる。カイオンは、苦いものを飲み込んだようなしかめ面をしていた。
「彼は、昼は広場にしつらえた舞台に出て衆目の中にいますし、色好みな方で夜は気に入った少年や女性をはべらせて、一人になることは滅多にありません。向こうから出してきた条件とは言え、人目のあるところで手荒なことをすれば……ねえ」
 おたずね者になってまでとは思わない、のだそうだ。
 かといって、タオたちでは顔が知られているから、近づいてこっそりとというのは難しい。
「お願いしたいことは……僕たちの代わりに、彼から鍵を取っていただきたいんです。僕たちからのお礼は……大した物ではありませんが、ある秘密の宝物の記された地図を、一つ」
 後が面倒だといけないので、できるだけ怪我などはさせることなく……アランの胸にかけられた鍵のペンダントを、かすめ取ってきてほしいのだが。

●広場にて
 きゃーっ、といういわゆる黄色い悲鳴があがった。広場の一角に建てられたテントの中の、半分以上は年頃の女だ。残りの半分の大半は子供で、どうやら大人の男をターゲットにした見世物ではないのかな……と思うと、それなりに色っぽいおねーちゃんも舞台の袖には見えた。きっと夕方以降の時間帯は客層が入れ替わるのだろう。
 今、女客の悲鳴があがった時に出てきたのは、緑がかった豊かな波打つ金の髪の、緑柱石の瞳をした、綺麗な男だった。確かに南国風の衣装は着ていてしっかりした体つきではあるが、肌の色はそれほど濃くない。緑や青や赤の色の濃い石をあしらったアクセサリーを、たくさんつけている。
 手には曲刀を持ち、それを使ってこれから曲芸をするようだった。
 どうやら本当にそれなりにアランは人気者らしいなあ……と、思いながら、カンタは背伸びしてみた。背伸びしなくともアランを見るのには困らないのだが、アランの方からカンタがちゃんと見えているかどうかは、少々怪しげだ。
 青い髪が女子供の間から頭一つ出ていれば、目は引くだろうか。
 と、思ったところで、観客でもう一つ頭が飛び出ていることにカンタは気が付いた。黒髪に褐色の肌のその顔は、黒山羊亭で見た顔だ。名前はクォドレート・デュウと言っただろうか。同じ時に黒山羊亭で、タオとカイオンから依頼を引き受けたはずだった。クォドレートは話を聞くのもそこそこに席を立って、さっさと行ってしまったが、カンタはその顔をちゃんと覚えていた。クォドレートは、今回の依頼ではライバルだからだ。
 ゆっくりと一緒に話を聞いたなら、協力して鍵を入手するという選択肢もあったかもしれないが、報酬の分け前やそのあたりを話し合う気がクォドレートの方になかったようなのだ。というよりは、カンタが依頼を引き受けるのにあたって色々話を聞いている間に、置いて行かれたような感じだった。その前に2人を雇うということには決まっていたから、必然的に別行動となって……
 やることは同じなわけだから、今ここに同じようにいるのも必然と言えるだろう。
 カンタはアランに視線を戻した。
 アランの首から胸には何重にも首飾りがかかっていて、どれもが大きく派手なので、いかにもイミテーションに見える。その中に瞳と同じ緑柱石のペンダントがある。金の台座に収まっている。
 あのペンダントが鍵であるらしい。
 石自体は話によると本当にイミテーションの色硝子なのだそうだ……色硝子もけして安いものではないが。ともあれ魔法の鍵であれば、媒体が本物の宝石である必要はないのだろう。
 さて、最初の交渉で、依頼人たちは代価は支払うとは言ったらしい。アランがそれを拒んだのは、あのペンダントをペンダントとして気に入っているからだそうだ。確かにカンタの目にも、ペンダントはアランの瞳の色や髪の色に合っていて、よく似合っているように見える。
「気に入ってるってのは、本当っぽいなぁ」
 どういう話の流れで「胸のペンダントを取れたら」なんて話になったのかはカンタにはわからなかったが、アランが手放したくないと言ったことは意外な気はしなかった。
「うーん」
 その後も背伸びを続けつつ、公演を見終わると……カンタは、一部の熱烈な女性ファンたちの波に紛れて、控えのテントの方へと向かった。

●緑柱石の瞳
 昼の公演の後、夜の公演まで、3時間程空く。夜の公演は陽が落ちてからだ。公演自体は2〜3時間といったところで、綺麗な踊り子の官能的なダンスや歌、動物のショーや、曲芸や、簡単な短い芝居で構成されている。アランは曲芸をしたり、芝居の役者で舞台に立っている。
 その間も、看板役者のアランの回りには人がいた。娘から熟女という年齢まで、幅は広い。そして、カンタと同じかそれ以下の少年たちもちらほらいた。芝居の殺陣も見事であったので、男の子の興味はそちらだろうか。
 さすがに昼間から相手を連れ込んで……ということはないようだった。
「アラン様」
「アラン様、今度……」
 というより、この娘たちが全部アランとアバンチュールに及んでいたなら、親や夫が黙ってはいるまい。
 さて、カンタも回りに負けてはいられないと、アランに近付いた。
「かっこよかったです……」
 そうすると、アランはカンタに笑みを向けた。
「おや、君。熱心に見ていてくれたね」
 顔は覚えていてもらえたようだ。
 しばらくファンサービスのようなことをして、アランは宿にしている馬車に戻ると言った。そこで着いて行く、と言ったのは娘と熟女。すかさずカンタもそれに名乗りを上げる。
「俺も行ってもいいかい?」
「いいけど、馬車は狭いからね。君までだな」
 名残惜しむ他の女性と少年たちを置いて、場所を移動する……と。
「おや、こっちに来てたんだね」
 馬車の中には先客がいた。
 カンタは「あ」という声を飲み込んだ。
 それは今回の仕事のライバル、クォドレートだったからだ。

 夜の公演が終わるのは、結構遅くなってからだった。
 カンタは公演の合間の時間中に一緒にアランの回りに侍っていたクォドレートの目を盗んで、夜の公演の後にも会う約束を取り付けたのだ。 
「は……初めてだから、人目のあるところじゃ恥ずかしい……」
 と、自分でも鳥肌の立つようなことまで言って、人払いもしてもらった。
 今日の夜の公演が終わったら、おいで……という約束を首尾よく引き出して、カンタは夜の公演の終わる前に馬車でアランを待つことにして。
 広場の賑わいが静まり返る頃……
 箱形になっている馬車の入口が開いた。
「待ったかい?」
 約束通り、アランは一人で戻ってきた。
「ううん」
 ことさら嬉しそうに、カンタはアランの前に飛び出してみせる。
「おっと。飲み物でも飲むかい? 酒は大丈夫かな。冷たくはないが」
「平気だよ」
 アランは甘い酒を選び、二つの杯に分けて注いだ。その一つを受け取ると、カンタは匂いを嗅ぎ、少し舐めてみる。結構強い酒だと思えた……迂闊に飲み干すと、結構効くかもしれない。
「もうちょっと、こっちへおいで」
 と、アランが招く。そばに近づけるのは良いが……仕事の前にコトに及ばれるのはどうか、とカンタは少し考え……別に初めてではないし、失う物はないか、という結論に至った。ちょっと自虐的な気分なところは、否定しきれないが。
 カンタが場繋ぎに求めた話に答え、アランは旅の話をし、カンタはそれを杯を舐めるふりをしながらその話を聞いていた。嘘か本当かわからない冒険談の中の一つに……
「これを見てご覧。このペンダントには名前があるんだ。緑柱石の瞳というんだよ。私の目の色と同じ石のこれは、魔法の鍵なんだ。ある秘密の遺跡の入口を開ける物なんだよ」
「……へえ……ホントに?」
「本当だとも。その遺跡は、ずっと北にあるんだが……」
 とても危険な遺跡だったので、自分はともかく仲間たちが危ないからすぐ引き返してきた、というオチだった。
「そこには、真実を映す鏡があるんだという。いつかもう一度、行きたいと思っているんだがね」
 なるほど、とカンタは内心で頷いた。
「その時には君も一緒に行かないか? 私が守ってあげるから……」
 そう言いながら、アランはカンタの腰を抱き寄せる。
「そう……だね」
 杯を置いて、アランの首に手を回しながら、少々酔いの回ったアランからなら、このまま奪って逃げられないかなあとカンタは考えたが……抱かれている体勢からだと、捕まりそうな気がする。
 やっぱり……と、覚悟を決めて、甘い酒の味のするキスを味わうことにした。

 夜は更けて、カンタはむくりと起き出した。疲れたらしいアランは、横で寝息を立てている。カンタも疲れてはいたが、動けない程ではなかった。
 起き出すと、そろりとアランの胸のペンダントに手を伸ばす。
 引っ張ったら目を覚ますかもしれないので、金具の部分に注意深く手を伸ばし、外して……
「ん……?」
 しかし、抜く時に首に引っかかったらしい。
 アランが薄目を開ける。
「……っ」
「……カンタ!?」
 一気にカンタはペンダントを引き抜くと、外に走り出た。
 
 一気に夜の闇を走り抜けよう……
 そうカンタは思っていたが、馬車を出た瞬間に前に立っていた人影があった。
「……でっ! 俺が先に取ったからって邪魔するのは無しだろぉ!」
 前にいたのはクォドレートだ。
「いや、そんなつもりじゃ」
「そんなもこんなも」
 と、言っている間に、起き出してきたアランがカンタの背後に立つ。
「君は……」
 髪を掻き上げながら、アランは二人を交互に見た。
「そうか、そういうことか……君もか」
「これは……」
「いや、わかってる。彼らでなくてはならないという決まりは作ってないからな」
 そして、アランは苦笑を浮かべ、二人を見た。
「持って行かれた以上は私の負けだな」
「本当にいいのか? 行きたかったんだろう?」
 そう聞き返したのはクォドレートだ。
「……そうだな。もしも良いのなら、行くときには教えてくれと伝えてくれ」
 依頼人のところへ持っていくといい、と、今度は爽やかな笑顔で二人に言う。
 カンタはその笑顔に少しだけ寂しい物を感じて、踵を返した。
「ありがとう」
 その頬に口づけて……

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【SN01_1017/カンタ/男/19歳/賞金稼ぎ】
【MT13_0122/クォドレート・デュウ/男/20歳/旅芸人】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございましたー。執筆させていただきました、黒金かるかんです。やっと白山羊・黒山羊亭の勘も戻ってきた感じで、書けるようになってきました〜。長い不調でした……
 報酬の宝の地図のくだりは、もし改めて別に一本で……というご希望がありましたら、お知らせいただければ、別途依頼に仕立てて出させていただきます。その時は、他の方もご一緒に冒険となりますけども。
 それでは、これからも機会がありましたら、よろしくお願いします。