<PCクエストノベル(1人)>


ラッキーの種 〜コーサ・コーサの遺跡〜

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【冒険者一覧】

【 1217 / ケイシス・パール / 退魔師見習い 】

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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜捜し物は何ですか〜

 聖都エルザードの真南より少し西寄りの所。ルクエンドの地下水脈とクーガ湿地帯の間辺りにあるせいだろうか。コーサ・コーサの遺跡には、水に纏わる伝説が多い。中でも一番有名で皆が求めて冒険に旅立つ目的としているのは、遺跡中央の庭に滾々と枯れる事なく湧き出でる、奇跡の水である。この水に触れた者には富と幸福をもたらすと言われており、今まで数多の冒険者達が、それを求めてコーサ・コーサの遺跡に足を踏み入れたと言う。だが、真実は未だ闇の中だ。と言うのも、その水が遺跡外に持ち出された話は聞いた事がなく、また実際にそれを手にした者の話も聞いた事がないからだ。
ケイシス:「多分それは、生半可な気持ちで庭を目指したって、護り神であるっつーワーウルフにヤられちまうから、って事なんじゃねぇのかなー」
 エルザードにて旅立ちの準備を整えてから南へと出立したケイシスの目標も、そのコーサ・コーサの遺跡、ひいては奇跡の水である。今までの長くはないが短くもない人生、何故か不運に見舞われることの多い己の身を鑑みて、ここはひとつ他力本願で己の運を向上させてみよう、と思っての決意であった。
 そんな意欲満々のケイシスの横では、九尾狐の焔が楽しげにスキップのように跳ねながら付いて来ている。人間ならば鼻歌の一つでも出て来ていそうなぐらいのご機嫌な様子だ。それを見下ろして、ケイシスが軽く溜め息をついた。
ケイシス:「…あのな。言っとくが、遊びじゃねぇんだぞ?一歩間違えば、命の危険にも晒されるような場所なんだぞ?んな浮かれてっと、足元掬われて一瞬のうちに御陀仏だぜ」
 そう言って眉を顰め、焔に向かって窘めてみせる。が、それを分かって受け流しているのか、或いは自信満々なのか、いずれにしても焔はまるでピクニックにでも向かうかのような楽しげな足取りのまま、大丈夫!と言わんばかりにケイシスの方を見上げて『こん!』と鳴いた。ケイシスは、脱力した様子で肩を落とし、溜め息を一つ零した。
ケイシス:「頼むから…俺の足を引っ張る事だけはしねぇでくれよ…?幸運を手に入れようとして死んじまったんじゃ、シャレにもなりゃしねぇ」
 眉を顰めて、真顔でそう告げるケイシスだが、その真剣な様子を見ても、焔は一向に意に介した様子もなく、楽しげにそのふさふさした九本の尻尾を振った。ケイシスの脳裏に、一抹の不安が押し寄せる。
ケイシス:『……俺、無事で帰ってこられるだろうか………』


〜蔦に覆われし神の御許〜

 コーサ・コーサの遺跡は元は修道院で、何の事情かは判明してはいないが、そこに暮らす人を失い手入れしてくれる人を失い、結果的に蔦に覆われ苔蒸して瓦礫を化した、哀しき歴史を背負った場所であった。庭の中央に滾々と湧き出ずると言う、その幸福をもたらす水を保持する所から、きっと栄えた頃には神の加護を一身に受けた恵まれた存在であった筈だ。或いは逆に、そのような財産を持ったが故に、人々の欲や妬みに晒されて、その安寧が崩壊していったのかもしれない。人とはとかく、他人の幸福を、例えそれが努力の末に手に入れたものであったとしても、素直に受け入れて喜んであげられない本質を、心のどこかに持つものなのだろうから。
ケイシス:「とは言え、俺のこの不運体質はどうかと思うぞ!」
 その叫びは、遺跡に入る直前の森の中、人の手によるものか自然に出来たものか、獣道の真ん中にぽっかり空いた穴の中から聞こえてきていた。
 それは落とし穴と言うには余りに出来は稚拙で、普段はその穴の入り口が丸分かりなので誰も落ちる事なく、避けて通れるような縦穴なのだが、この日に限って前日の強い風か雷のせいで近くの木の枝が折れ、それが丁度縦穴の上に覆い被さって、自然に落とし穴の蓋を作っていたと言う事だ。そして、それに気付かなかったケイシスが、見事に落下したと言う訳で……。
ケイシス:「おーい!誰か居ないのかー!」
 声の限りに叫んでみる。が、反応は無し。場所柄もあって、この遺跡を訪れる冒険者の数は結構多いと聞いていた。運が良ければ、早々に誰かに通り掛かって貰え、その相手がいい奴ならば助け出して貰えたのかもしれないが、それはそれ、ケイシスの運の悪さが露見したと言う事で。溜め息混じりに、ケイシスは傍らで遊んでいる焔に声を掛けた。
ケイシス:「…なぁ。おまえなら、この壁を駆け上がって外に出る事も出来るだろ?外に出て誰か呼ぶなり、俺がここから出られるような手を捜して来てくれよ」
 そんなケイシスの願いも、焔の琴線に触れなければ、この九尾の狐は動く訳もなく。しゃがみ込んだケイシスが、真顔で焔を見詰めた。
ケイシス:「…あのな、ここを俺が出られなければ、ピクニックの続きは出来ないんだぞ?」
 こん!?それを聞いた途端に、焔は急に慌て出す。さっきのケイシスの言葉を思い出し、瞬く間に土の壁を登り切った。暫くすると、焔が穴の向こう側に顔を出し、何かを穴の中へと落として来た。それは、太い何かの植物の蔓で、ケイシスが試しに力をこめて引っ張って見てもびくともしない。何処かの木の枝に巻き付いているそれを、焔が見つけて来てくれたようだ。
ケイシス:「っしゃ、これでようやく外に出られる、ぞ……っと」
 笑みを浮べてケイシスが蔦を昇り始める。蔦は手頃な太さで昇り易く、適度にざらついているから滑る事もなく掴んでいられた。焔のイイ仕事に一人悦に入りながら、穴の縁へともう少しで手が届く、と言う時。
ケイシス:「あっ、こら待て!何してんだ、焔!」
 ケイシスが蔦を昇るのをただ見詰めていた焔だったが、そんな焔を近くを小さな鼠が一匹通り掛かったのだ。その鼠は、まるで焔を挑発するかのよう、後ろ足で立ち上がってチッチッと短く鳴いてその鋭い前歯を剥き出した。焔の尖った耳がぴん、と立つ。グアッと牙を剥き出すと、焔は鼠に飛び掛かって噛み付こうとした。そんな鼠は間一髪で逃れ、焔の鋭く尖った牙は、さっきまで鼠が居た空間をガッと切り裂いた。…そしてそこには、ケイシスが今まさに昇り切ろうとしていた、蔦の根元があったのだ。
 つまり。

ぶち。

ケイシス:「焔ぉお〜〜〜!!」
 ばっかやろ―――!!エコーと共に、ケイシスが穴の底へと逆戻りしていく。何?と言う風に既に平静に戻った焔が、素知らぬ顔で後ろ足で耳の後ろを掻いた。


〜望みを述べよ〜

 聖都エルザードからここまでの道のりは、然程困難なものではなかった。細いながらも街道は整備されているし、荒廃による魔物の横行もない。険しい山や谷等がある訳でもなく、他の冒険者達の噂でも、コーサ・コーサの遺跡に辿り着くこと自体は難しいものではなかったのだ。……普通の冒険者達であれば。
 ケイシスは、実力的には申し分ない冒険者なのだが、如何せん運の悪さが災いして、この何でもない行程の間でも普通なら起こり得ないようなトラブルに巻き込まれたりして、ケイシスの本来の能力なら一日も経たずに辿り着ける筈の道のりも、ほぼ丸一日掛かってしまい、日が暮れてようやくと言った感じで、遺跡の内部へと足を踏み入れたのであった。
ケイシス:「…………」
 最早疲れ果てたのか、いつの間にやら言葉を発する事なく、ただ黙々と前へと足を交互に運び、立ちはだかる敵を切り捨てて進むケイシスとは裏腹に、相変わらず焔はピクニック気分なのか、楽しげな足取りで、ケイシスが倒した敵の背中の上をぴょんぴょんと飛びながら付いてくる。そんな姿を横目で見ながら、ケイシスは内心では『少しぐらい手伝えよ…』と思うものの、実際それを口に出すと、余計な厄災を背負込みそうな気がするので、ただ黙って中央の庭を目指した。

 ふと、ケイシスが目前で絡まる蔦を伐り分けて前ヘと進むと、急に開けた風景に驚いて立ち止まる。修道院の内部は、生い茂る蔦や苔も然る事ながら、所々の石積みが崩れて足元を危うくし、天井を低くしていたので、とても狭い印象を与えていたのだ。それが急に、広々とした風景になったものだから、その印象の違いに驚くのも無理はない。日が落ちた所為で周囲は薄暗いのだが、池の回りに群生している光苔のせいか、視界自体は物の判別に困る程ではない。ケイシスが意を決して再び歩みを進める、目前にある、池の波紋が広がるのを認めたその時であった。
ケイシス:「!?」
 ザッ!とケイシスが後ろへと飛びすさる。すると、さっきまでケイシスの首があった辺りを、大きな鎌が空を切る音をさせながら水平に薙いだのだ。ズサッとケイシスの踵が土を削って埃を立てる、低い位置で剣を構え、一分の隙もなく戦闘体勢に入るケイシスの目の前には、この遺跡の護神、『コーサの落とし子』と呼ばれる半狼半人の巨大な姿があったのだ。
ケイシス:『……これが、……コーサの落とし子!』
 闘い慣れたケイシス故、目の前のワーウルフの実力は、こうして対峙しているだけで痛い程に良く分かる。あれ程に大きな鎌を自由自在に操る、その筋力と武術。そして今、ケイシスを真っ直ぐに睨みつける黄色い瞳の鋭さと満ち溢れた自信。その全てが、まともに向き合ってはただ押し潰されるだけになってしまう程の威圧感を持っている。ケイシスは、それでも畏れる事もなく、ただ己の力と勇気を信じて、ぐっと下唇を噛み締め、瞳に力を篭めた。
コーサの落とし子:「………………」
 ぐる…と、ワーウルフが喉を鳴らす。片手に構えた大鎌を持ち直すと、柄の先に垂れ下がる太い鎖がじゃらっと重々しい音を立てた。ワーウルフの黄色い瞳の奥が、きらりと光ったような気がした。
ケイシス:『…先手必勝か……?だけど、こいつからはすげぇプレッシャーは感じるが、殺意は全く感じねぇ……』
 ケイシスの眉間に微かに皺が寄る。ツ、っとこめかみを流れる冷たい汗が、一瞬だけケイシスの意識をワーウルフから引き剥がした。ワーウルフの瞳が微かに眇められる。次の瞬間、コーサの落とし子は何故だか肩から力を抜き、大鎌の柄を地面へと突き立てて臨戦態勢を解いた。
ケイシス:「……どう言う事だ?」
 こちらは今だ戦闘体勢の低い姿勢まま、ケイシスが低い声で問う。ワーウルフの声が、狼の口からではなく、直接脳に響くような形で聞こえて来た。
コーサの落とし子:「我は護り人。悪しき心にて宝を利用しようとするものを裁く為にここに存在する」
ケイシス:「…俺が、悪しき心でここまでやって来たのだとでも?」
 俺はただ、自分の不運体質を!…と言いたかったがさすがにそれは情けないのでぐっと喉から下へと飲み込む。が、コーサの落とし子は、何故か同情するような視線でケイシスを見詰めると、
コーサの落とし子:「…これ程までに運に恵まれない輩は初めて会うたな」
ケイシス:「……って、そんな所を見抜かなくったっていいだろー!!」
 どうやら、コーサの落とし子は、ケイシスの根っからの凶運体質を見抜いて、それを憐れんだか、とにかくケイシスの魂に曇りは無いとの判断を下したのであった。
コーサの落とし子:「好きにするが良い、主の魂はあの泉と同じぐらい澄んでいる」
 そう言い残すと、ワーウルフは、その巨体からは想像も付かない程に、素早く音もなく、ケイシスの目の前から姿を消した。ようやくほっと緊張を解いて、普通に立ち、剣を鞘に収めてケイシスは肩の力を抜いた。


☆終章

 ケイシスはゆっくりと庭の中央へと歩み寄る。方々に好き勝手に雑草が生えた荒れ果てた庭であったが、中央の泉の回りだけは、何者かが常に手入れをしているかのように整えられ、古い石畳も所々崩れてはいるが、それでも昔ながらの荘厳さをそのまま保っていた。
 泉からは涸れる事なく澄んだ水が湧き出しており、それにケイシスが片手を浸すと、水の中にまるで金の粒子が混ざっているかのよう、ケイシスの手の回りを光の細かい粒が纏わり付いてダンスをした。
ケイシス:「……綺麗だな…」
 呟くケイシスの隣にやって来た焔が、ケイシスの顔を見上げる。こん、と小さな声で鳴いた。
 ケイシス:「見てみろよ…ほら、綺麗だろ……?この水が奇跡の水だと呼ばれる訳も分かる気がするな…」
 片手でその水を掬い、口元に運ぶ。冷たく、ほんのり甘いその水は、喉を流れて、そうしてケイシスに富と幸運をもたらすのであろうか。
 さて、とケイシスが立ち上がる。もういいの?とでも言うように、焔がケイシスの顔を見上げていた。そんな九尾狐に向かって、ケイシスは微笑み掛ける。
ケイシス:「大丈夫さ。俺はここまで五体満足無事で来れたんだ。どんなに運が悪くったって、俺は上手くやっていけるさ」

 そうだろう?



おわり。