<PCクエストノベル(1人)>


魔法の足跡〜遠見の塔〜
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【冒険者一覧】

【 1359 / 天風・翔 / 風使い 】


【その他登場人物】

【 カラヤン・ファルディナス / 賢者 】
【 ルシアン・ファルディナス / 賢者 】

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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜そびえ立つ白亜の塔〜

 翔は朝日を浴びて目の前に堂々と立つ、白亜の塔を見上げている。ここは通称遠見の塔、賢者と噂されるファルディナス兄弟の住む塔である。
翔:「…表向きは、そんなに高い塔じゃないけど…一筋縄じゃいかなさそうな感じは思いっきりするね」
 真下に立って空を仰ぐよう、翔は遠見の塔の天辺を見上げようとするが、丁度眩い太陽の反射にあって、最上部は陽光に溶けて紛れてしまっている。聖都エルザードからアクアーネ村を経て南西へ、川の行き着いた先にある、大きな中州のような場所に辿り着いてからは、周囲に遮るものも無いので、ずっと白亜の塔を眺めて歩いて来たのだが、その時はこの塔は、翔が以前暮らしていた世界の単位を持ち出せば、精々十数階建てのビルの高さに相当する程度であったと感じた。だが、こうして真下まで来て見ると、塔はそれよりももっと高くも見えるし、逆に低く見える時もあり。
翔:「これも、ファルディナス兄弟の掛けた魔法の所為かもね…ますますはりきってきちゃうよ、僕」
 その言葉どおり、ワクワクしている表情で、翔は遠見の塔の入り口へと向かった。

 遠見の塔の入り口は、大きな石造りの、両開きの扉であった。いかにも重そうなそれを目の前にして、翔は一瞬途方に暮れる。今回は一人きりの冒険故、力仕事を一緒に手伝ってくれる仲間もいない。風の力でなら、これぐらいの扉はブチ壊せそうな気はしたが、それは余りに傍若無人と言うもの。ここが悪人の巣ならともかく、これから教えを乞おうとしている相手の住居なのだから、それなりの礼儀を持って望まねばならぬと言うもの。翔は、ごくりと息を飲み込むと、取り敢えず押してみようかと、何かの紋様が描かれた扉の中央辺りに両手を掛けて、力任せに扉を押してみた。

 すこーん。

翔:「うわわわわ!!!」
 余りに呆気なく開いた扉の所為で、翔は勢いそのままに、玄関ホールと思しき広間へと転げ込んだ。
翔:「い、いてて…なんだこれ。思ったよりもずっと軽いじゃん……」
 ぶつくさ文句を言いながら、翔は半分開いたままの扉へと近付き、その分厚い石を手で撫でてみる。
翔:「…もしかして、一応は迎え入れられた、って事なのかな…?」
 そう思うと、転んだ時の痛みもどこかへ飛んで行くような気がする。翔は、足取りも軽く、螺旋階段の昇り口へと向かって走り出した。


〜どこまでも続く〜

 永遠の炎が等間隔に埋め込まれた螺旋階段の壁に片手を添えて翔は一歩一歩階段を踏み締めながら昇って行く。螺旋階段の幅自体は然程広くなく、暗い中で赤く燃える輝石だけが視界の頼りとなる。翔は、暫くは覚束ない足元の所為で、視線を下に落としたまま昇り続けていたが、かなりの時間昇っている筈なのに、一向に先の見えない階段にいい加減疲れを覚え、立ち止まって溜め息を零した。
翔:「…そう言えば…興味本位でこの塔の階段を昇る人は、兄弟が掛けた魔法に囚われて、永遠に昇り続ける羽目になるって聞いたっけ……」
 そう思うと、急に翔は不安を覚える。もしかしたら、この冒険の目的を、ただの興味本位と受け取られたのだろうか。溜め息を零し、翔は階段の一つに腰を下ろすと今まで自分が昇って来た階段を上から見下ろした。
翔:「…何か急に疲れちゃったなぁ…やっぱり誰かと一緒に来れば良かったかな…そうしたら、こう言う時に話し相手になって貰えるもんね」
 そうぼやいたのもほんの一瞬。すぐに翔は勢いを付けて立ち上がった。
翔:「とは言え!こんな所でメゲててもしょうがないよね!もう引き返せないんだし、僕は僕の目指した道をマイペースで行こうっと!」
 先の見えない階段も、天まで届いている訳じゃなし。きっといつかはどこかに辿り着ける筈だ。そう思い直して翔は再び階段を昇り始める。今度は、もう段のテンポにも馴れたので、足元は見ずに視線を前方へと向けたままで。そんな翔を、どこかで見守る瞳が、小さな笑い声と共に、微笑ましげに目を細めたような気がした。


〜有り得ない空間と、そこに住む人〜

 それからどれぐらい昇った頃だろう。身体の疲れは先程よりも当然増してはいるが、気分的には晴れ晴れとした翔は、変わらぬテンポで階段を昇り続ける。その頭の中では先程の不安など何処へ行ったのか、ただひたすら、ルシアンに出会ったら何を聞こうかと、そればかり思い描いていたのだ。やがて、見上げる螺旋階段の先に、ひとつの扉があるのが見えた。
翔:「もしかして…とうとう辿り着いた!?」
 やった!と嬉しそうな声をあげて、それまでの疲れも吹き飛んだよう、翔は残りの段を駆け登った。素材は、入り口と同じ、大理石様の石造りの、大きさは然程でもない片開きの扉である。その前に佇んで翔は深呼吸をひとつ。そして徐にその扉を二回ノックした後、両手でゆっくりと押し開いた。
カラヤン:「ようこそ。遠見の塔へ」
 静かな声が聞こえた。はっと翔が顔を上げると、外から見た塔の外見からは有り得ない程の広大なスペースを誇る客間の真ん中に、理知的な瞳をした黒髪に眼鏡の秀麗な青年が立っていたのだ。きっと彼が兄のカラヤンなのだろう、こちらへと歩み寄る彼を見詰めたままでそう思った瞬間、翔は背後から誰かにぎゅうと抱き付かれた。
翔:「ぎゃー!」
ルシアン:「やだなぁ、そんな絞め殺されそうな声を上げなくても」
カラヤン:「…ルシアン、客人を驚かせるんじゃありません」
 黒髪の青年が、苦笑いをして翔の背中に張り付いている金髪の少年に声を掛けた。

ルシアン:「ね、君は元々のエルザードの人間じゃないね?何処から来たの?」
ルシアン:「君にはとても優れた才能を感じるよ。魔法は、何が得意?」
ルシアン:「地球ってのは、ソーンとどう違うの?」
ルシアン:「食べ物は?動物とか植物とか、そう言うのの違いは何?」
ルシアン:「ここには一人で来たの?どうして誰も誘わなかったの?」

 次々と矢継ぎ早に浴びせ掛けられるルシアンの質問に、翔は目を白黒させながらもちゃんと答えて行く。ルシアンの質問攻撃の噂は聞いていたし、それに対する答えをある程度は想定して用意していたから、大体は迷う事なく答える事ができた。中には当然、想像していなかった質問が掛けられる事もあったが、それも常より自制心があって年齢より落ち着いている翔には困り果てるような事でもなく。そんな、翔の様子をカラヤンは少し驚いたように見守っていた。そしてルシアンもまた、翔の落ち着いた様子には満足げな様子で笑み掛ける。

ルシアン:「…で、君はどうしてこの遠見の塔を訪れたの?」
翔:「それは、ルシアンさんに聞きたい事があったからです」
ルシアン:「僕に?何かな?」
翔:「麗しの瞳について、です」 
 翔がそう言うと、ルシアンは青い瞳の片方を眇めてみせる。
ルシアン:「魅了の魔法だね。…君は、それを手に入れてどうしたいの?」
翔:「…え?」
 その質問はさすがに予想外だったのか、翔は目をきょとんとさせる。
ルシアン:「麗しの瞳の噂は知っているよね。『手に入れる為には勇気が必要になる』…これ、どう言う意味だか分かる?」
翔:「…明確には分かりませんけど…勇気が必要になるような場所に、その魔法は眠っているということでしょうか」
 不安げに眉を顰めながらそう告げる翔に、ルシアンが頷き掛けた。
ルシアン:「じゃあ、その勇気が必要になるような場所、ってのは?どう言う場所だと思う?」
 相変わらずの質問攻撃に、翔は戸惑いつつも思慮深く考えてから言葉にした。
翔:「勇気が必要だと言うぐらいだから、とても危険な場所なのかな、と思います。どう言う風に危険かは分からないけど…」
 翔の言葉に、それまで黙って二人の遣り取りを聞いていたカラヤンが口を開いた。
カラヤン:「つまり、それぐらいの危険を承知で向かわなければならない場所だとする、そしてそれには強靭な精神力と勇気が必要だとする。…勇気とは、どこから生まれてくるものだろうか?」
 とうとうカラヤンにまで質問されて、翔は困惑して首を捻った。そんな様子を見て、ルシアンが笑み混じりに目を細めて翔へと向き直った。
ルシアン:「全てがそうだとは言わないけど、人が勇気を奮い起こせるのは、何か貫き通したい意志があるから、って事があるよね。…君には、その強固な意志があるかい?」
翔:「…意志、…ですか…?」
カラヤン:「何の為にそれを手に入れたいのか、そして何に活用したいのか。それについてもう一度考えてごらん。何かの答えが見つかったのなら、それが君の意志になるだろう。それが強ければ強いほど、君は大きな勇気を手に入れる事ができる。そうすれば、それが必要となる場所、つまりは麗しの瞳が在る場所も見当がつくようになるかもしれない」

 まずはそこからだね。眼鏡の向こうで、カラヤンの瞳が笑った。


☆終章
 聞きたい話が終わっても、他にも興味を引くものが沢山あるファルディナス兄弟の住居は、好奇心旺盛な翔にとって、宝の山のようなものだ。暫くはそこで普通では目にする事のできない書物や、まだ翔が行った事の無い遠い地方の風景までも映し出す天球など、それらを堪能させて貰ってから、翔は遠見の塔を辞した。帰り道、今来た道を振り返って見ると、白亜の塔が高々と、だが優しい光を弾いているのが見えた。


おわり。