<PCクエストノベル(1人)>


声なき言葉〜ダルダロスの黒夜塔〜
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【冒険者一覧】

【 1359 / 天風・翔 / 風使い 】


【助力探求者】

【 サクラ・アルオレ / 精霊戦士 】

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☆序章

 一つの冒険はそこで終わらない。例え何かの証を見つけたとしても、すぐに新しい探求心が生まれ、人々は再び、冒険の渦中へと身を投じて行く。それは途切れなく、例え誰かが力尽きても、次の誰かがまた立ち上がり、人の、何かを求める欲求は消えてしまう事はない。先細る事もない。希望や欲求や夢で膨らむ事はあっても…。

 ひとつの目標を見つけた少年は再び旅立つ。己が希望に向かって、一歩一歩確実に前へと進む為に…。


☆本章
〜扉のない塔〜

サクラ:「おはよー!」
 まだ夜も明け切らぬ早朝、翔の耳元でサクラの元気な声が響く。まだ眠たげに目を擦りながら、翔もベッドの上で身体を起こした。
翔:「…おはよう、朝から元気だね、相変わらず」
サクラ:「あったりまえじゃない!今日は絶対いい天気よ、こんな日にゆっくり寝ているなんて勿体無いよ!」
 まだ窓の外はほぼ真っ暗である。この状態で、今日の天気を予測出来る知識と経験を持ったサクラは、見掛けの可愛さからは想像出来ないが、百戦錬磨の冒険者であった。翔とも一度冒険を共にして、気心も知れている。今回向かおうとしている場所は未知なる場所故、防御と言う点においても攻撃という点においても、信頼の置けるサクラとなら無事に冒険を全う出来ると思ったからだ。
サクラ:「さ、早く起きて準備しようよ!」
 そう言ってサクラが翔の寝ていた布団を手の平でばしばし叩く。笑いながら翔もベッドから降り、ひとつ背伸びをした。
翔:「でも、まだ外は真っ暗じゃない。宿の朝ご飯の時間もまだなんじゃない?」
 そう尋ねる翔に、サクラが何やら企んでいるような目でニヤリと笑った。
サクラ:「えへ。朝ご飯前に、ちょっと腹ごなしの運動してこよっ!」
翔:「ええっ!? ちょ、ちょっと待って、サクラっ!」
 腹ごなしってのは食べた後の事を言うんじゃないのか!?そう突っ込みたかった翔だったが、サクラの勢いに引き摺られて、着替えも早々にまだ暗い外へと連れ出された。

 夜が明けるまでの間、サクラに連れ出されて軽く運動をさせられた為にか、多少朝からぐったりと脱力気味の翔だったが、サクラが言った通りに綺麗に晴れた空を見ると、その気分も払拭されたようだ。そんな様子を隣からサクラが笑って見ている。
サクラ:「どう?朝から一汗掻くってのもいいもんでしょ」
翔:「ん、まぁね。そのお蔭かな?何だか今日は身体が軽いよ」
サクラ:「でしょおぅ?ボクの言う事に間違いはないって!今日、行く予定のダルダロスの黒夜塔には、まだどんなモンスターが居るか分かんないからね。軽い準備運動はしといた方がいいと思ったんだよ」
 うん、と一つ頷いてサクラが言う。その隣で、翔も頷いた。
翔:「さすがに、ダルダロスを退治出来るとは思ってないけど、モンスターはダルダロスだけとは限らないし」
サクラ:「ダルダロスか……会ってみたいような、会いたくないような。腕は鳴るけど、相手の程度が分かんないと、予測も立てられないしね。時空を曲げる魔物でしょ。ボク、剣で切れなかったり炎で燃やし尽くせないのって苦手なんだよねぇ…」
 熟練の冒険者らしく、サクラは大胆で勇気はあるが用心深い。眉を顰めて片手を自分の頬に宛って唸った。
翔:「…ダルダロスとの意思疎通は出来るのかな」
サクラ:「どうだろう。長く生きている魔物であれば、それなりの知恵やなんかも得ている可能性はあるよね。ただ、余りに情報が少ない所を見ると、人と見ると即座に襲い掛かってくるような狂暴な性質で、その所為で情報が集まらない、とかも考えられるし」
翔:「長く生きている魔物か…出来れば、ダルダロスと話とか出来たら、いいんだけどね。きっと、僕の知らない事とか、いっぱい知っていそうだからさ」
 そう呟く翔を、隣からサクラが目を細めて見つめた。
サクラ:「希望は捨てない!会えるかどうかも分かんない相手だけど、期待してようよ」


〜塔の入り口〜

 ダルダロスの塔には入り口がない。森と高い山脈の間に建つ細長い塔は、まるで真っ直ぐの石の円筒を、そのまま地面に突き立てたような形をしている。つまり、窓も何もないのだ。最初は塔である事すら分からなかったのだが、その上部にぽっかりと開いた黒い穴が、唯一の入り口であると分かってからは、時折鳴り響く轟音の正体を探ろうと、数多の冒険者達がここを訪れたと言う。
サクラ:「…いつ見ても、おかしな塔だよねぇ」
 塔の真下で、サクラが目許に手で庇を作って上を見上げる。天空に上がった太陽の光に、塔の最上部は溶けているように見えた。
翔:「じゃ、行くよ」
 翔の声に、サクラが頷く。翔はサクラを両腕で抱える。サクラも、翔の首にしがみ付くようにして支えるのを手伝った。翔が目を閉じ、口の中で呪文を唱える。その足元に風が巻き起こり、地面の小石を吹き上げた。それが次第に激しくなり、二人の身体を竜巻のような風が包み込むと、一気にそれが間欠泉のように吹き上がり、二人の身体を空高くへと舞い上がらせた。
 塔の天辺までは、行く手に逆らう風に髪を煽られて、サクラは目を開けていられない。その様子を間近で見ながら、翔が笑った。ざーっと空気を切り裂く音をさせながら二人は塔の上部まで飛び上がり、その後はふわりと柔らかい浮遊感を伴いながら風が収まり、翔とサクラは黒夜塔の最上部へと降り立ったのだ。
サクラ:「…真っ暗だね」
翔:「窓がないから当たり前なんだろうけど…改めて見ると、不気味だなぁ」
 言う通り、ただの石の円筒である黒夜塔の内部は墨で塗り潰したように真っ暗であった。それでも、サクラが小石を落とせば途中で微かにだが何かにぶつかる物音がした。黒夜塔は、そのまんま最下層まで穴の開いた筒ではなく、途中に幾つかの階層があるらしい。取り敢えず、ひとつめの階層に下りてみようと、再び翔はサクラを抱えて風を巻き起こし、それに二人分の体重を支えられながら、ゆっくりと穴の内部へと下りて行った。


〜彼の名は〜

 すとん、と二人の足が何かを踏みしめる。その感触は堅く、恐らくはこの塔を形成するのと同じ素材の石であろう。サクラが剣を抜き、その刃先にサラマンダーの呪文を唱えて炎を灯らせる。二人の周囲をその炎がぼんやりと照らせば、そこはただ広く何もない、石の広間であるらしい事が分かった。
翔:「…ここは、…何の為の部屋なのかな…」
サクラ:「部屋、と言う程、ちゃんとしたものではないのかもね。もしかしたら、この塔の単なる天井の上、なのかもしれないし。とにかく、どこかに下へと下りる階段とかあるかもしれないから、捜……」
 サクラの言葉が途切れたのと同時に、翔もまた、何かの異変を敏感に感じ取っていた。サクラが剣を構え、翔の前衛へと歩み出る。二人が向ける視線の先、サクラが灯した炎の明かりでは届かない漆黒の場所に、何かが潜んでいる事は確かであった。
?:「…………」
 そのものは言葉を持たないのであろうか。ただ、気配だけが二人に伝わってくる。その気配も、敵意でもなく興味でもない、単なる『そこにいる』と言うだけの、曖昧な存在感。危害を加える様子がなければ、こちらから切って掛かる訳にもいかない。何しろ、相手は正体どころか、姿形も分からぬ存在なのである。
サクラ:「…油断しちゃダメだよ。いつ何時、襲い掛かってくるか分かんないからね」
 小声でサクラが、分かっているだろうが確認の為に翔に囁き掛ける。当然、心得ている翔は浅く頷く。いつでも得意の風魔法を発動出来るように、気だけは高めておいた。
?:「…………」
 相手は何も反応を示さない。翔たちがそこに居る事自体にも、気付いていないかのようだった。相手の吐息が聞こえる訳でもなく、大体生き物であるかどうかも不明であった。ダルダロスであるかどうかも分からず、暫くはそのまま膠着状態が続いたのだが。
?:「………?」
 ほんの僅かだが、気配が揺らぐ。それに二人とも同時に気付いて緊張を高めた。サクラは剣を握り直して戦闘体勢を建て直す、同時に、剣先に灯った炎を、相手の方へと向けようとした、その時。
翔:「サクラ、ちょっと待った」
 翔が、サクラの行動を押し止める。目線だけでサクラが振り返り、どうしたのだと無言で問いた。
翔:「…単なる勘だけど……明かりは苦手なような気がする、あいつは」
サクラ:「話してみる?」
 サクラの言葉に、翔が頷く。歩みを進め、サクラの隣に並んだ。
翔:「………僕の声が、聞こえる?」
 静かな声で、翔が話し掛ける。ゆらり、と相手の気配が蠢く感じがした。
翔:「危害を加えに来た訳じゃないんだ。僕等はただ、この塔の謎が知りたいだけ。それを悪用するつもりもないんだ。ただ、僕は色んな事を知りたい、謎を解き明かしたい。その中の一つなだけなんだ。…だから、何かを知っているのなら教えて欲しい」
 そう語り掛ける翔の言葉を、暗闇の中の相手は静かに聞いているようだった。聞き終われば、それはまたゆらりと気配を揺らす。だが、それ以上の反応はない。
サクラ:「…言葉を持たないのかな。音を発する器官を有しないのか、ただ単に言語そのものがないのか……」
翔:「…でも、全く意志の疎通が出来ない訳じゃなさそうだし…何か手段があれば……」
 翔の囁きは、今一歩で目的を達成できない悔しさが滲んでいる。それを感じ取ったのか、また闇の気配はゆらゆらと漂った。
?:「……………」
 暫しの沈黙の後、相手は一瞬にしてその存在を消した。真っ暗で何も見えない筈の空間が、一瞬だけぐらりと歪んだような感じがした。
翔:「…時空が歪んだ……?」
サクラ:「多分ね。ダルダロスかどうかは分かんないけど、同じ能力を持ってたみたいね」
 緊張感がとけて、ふぅとサクラが息を漏らした。


☆終章

サクラ:「残念だったね。もう少しで歩み寄れそうだったのに」
 ダルダロスの黒夜塔からの帰り道、サクラが翔に笑い掛けた。
翔:「…うん、確認はなかったけど、でも決して悪い印象ではなかったよ」
サクラ:「ボクもそう思うよ。ヤツが消えたのも、逃げたって感じじゃなかったしね」
翔:「あの塔に住むのが、あいつやダルダロスだけとは限らないから、もっと危ない魔物も居るかもしれないけど、でも少なくとも、意志の疎通が出来そうな相手がいたって事だし、これもまた一つの収穫かな」
 そう言う翔に、サクラも力強く頷いた。
サクラ:「何でもないようなものにだって、何らかの意味と役目はあるものよ。翔がそう思えば、今回の冒険も無駄ではなかったね」
 良かった、と吐息を漏らすサクラに向け、翔も笑顔で頷いた。


おわり。