<PCクエストノベル(1人)>


音の寄る辺〜クレモナーラ村〜

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【冒険者一覧】

【 1649 / アイラス・サーリアス / 軽戦士 】

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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜ファースト・インプレッション〜

 聖都エルザードで迎えた朝は清々しく、アイラスのこれからの楽しき日々を予感させるのには充分な程の眩さであった。
アイラス:「…いやぁ、気持ちのいい朝ですねぇ!今日はとっても楽しみですよ」
 そう言ってにこにこと笑うアイラスの表情が、その言葉は嘘ではない事を示している。今にも飛び出していきそうに逸る心を抑えて、アイラスは宿に戻り、朝食の準備を頼みに行った。

 アイラスにとっては、まだ殆どが未知の世界であるこのソーンに於いて、最初に彼が冒険の地に選んだのは、楽器の名産地、クレモナーラ村であった。
男:「だがアンタ、クレモナーラ村じゃあ、冒険って言う程のモンじゃねえぞ?大して遠くもないし、その間の道のりも、街道が整備されてっから危険と言う程の危険はない。それに第一、クレモナーラ村は楽器の名産地ってだけでそれ以外にはお宝がある訳でなし、遺跡や洞窟がある訳でなし。冒険者が好んで行く場所ではないような気がすんだけどなあ」
アイラス:「いいんですよ、それで」
 酒場で偶然隣同士になった、見知らぬ男といつしか仲良くなっていたアイラスは、男の言葉にただにこやかに笑って答える。
アイラス:「何しろ僕は冒険者としてはビギナーですからね。最初っから大物狙いなんて、そんな大それた真似はできません。まずは肩慣らし…と言うか、ここは僕にとって初めての地ですから、冒険と言うよりは観光…なんですよね」
 にこにこと、にこやかな笑顔を浮かべてアイラスは愛想良くそう言った。そんな彼の様子に釣られてか、男も楽しげな笑い声をたてる。
男:「そうか、だが観光にしても、クレモナーラ村を選ぶとはちぃと変わってねえか、アンタ。フツウ、観光っつったらアクアーネ村かハルフ村に行きそうなもんだがなあ」
アイラス:「そこも勿論、考えたんですけどね。でもやはり、冒険者としては、そこが楽器の都と聞けば、これは行かざるを得ないでしょう?」
男:「??」
 楽器の名産地と冒険者がイコールで繋がるかどうかは定かではないが、少なくともアイラスの中では同等のものらしい。では、と男に向かって軽く頭を下げると、アイラスは席を立ち、酒場を後にした。

 それが昨日の話である。そして朝食を終えたアイラスが、地図を片手に向かったのは、当然昨日男と話をしていたクレモナーラ村である。
 聖都エルザードの西南西に位置するクレモナーラ村は、小さな村であるが楽器の生産地としてはその名をソーンに轟かせる程の著名な村であった。村の近くを美しい川が流れ、その反対側は深く豊潤な森、そう言った人の心を豊かにするような自然環境もさる事ながら、長年に渡って代々手から手へと伝えられる職人達の熟練の技、そう言ったものが一体となって、この村の楽器を名器としているのだろう。アイラスは戦士ではあるものの、音楽や詩を嗜み好む、穏やかな部分も持ち合わせている為、最初の冒険にはこのクレモナーラ村を選んだのであった。
アイラス:「…あれですね」
 街道の途中で立ち止まり、地図で位置確認をした後、アイラスは片手を目の上に翳して庇とし、向こうに見える屋根の連なりを眺めた。
アイラス:「…さすが、楽器の産地だけありますね…視覚で捉える前に、音楽が聞こえてきましたよ」
 アイラスの言う通り、まだ村が垣間見える前から、凄く微かな音ではあるが、アイラスの耳には音楽が聞こえてきていたのだ。普段から音楽に親しみ、耳のいいアイラスだからこそかもしれないが、それでもクレモラーナ村に近付けば近付く程に、音楽はしっかりとしたメロディラインを刻むようになっていた。自然とアイラスの歩調は早くなり、最後には小走りになって、クレモナーラ村の門を潜ったのであった。

〜セカンド・インプレッション〜

 クレモナーラ村は小さな片田舎の村だが、ソーン中の音楽家が集まっているのではないかと思う程、村の中は賑わっていた。音を奏でるものならば何でも作る、作った事のない楽器でも話を聞けば大抵のものは再現できる、そんな技術を持った村人達は、音楽家にとってはとても有り難い存在である。それでいて、皆気さくで人懐っこく、村にいつでも流れている音楽も、その人となりが表れているような、優しい音色のものであった。
アイラス:「いいところですねえ…こう言う雰囲気の場所はとても好きですよ」
 まずは散策、とアイラスはさしたる目的も決めずに村の中をぶらぶらと歩いた。店の軒先で作業をする職人や、出来上がった楽器を試しに奏でてみる音楽家、或いは楽しげにその辺を走り回る子供達。その、のどかで平和な風景を、目を細めてアイラスは見遣った。
村人:「いらっしゃい、音楽家のおにーさん。おにーさんも楽器の注文かい?」
 ふらりと立ち寄った、とある一軒の食堂、そこの主人が親しげにアイラスに話し掛けてくる。理知的ですらりとした外見のアイラスは、自ら名乗らなければ軽戦士だとは思われない為、食堂の主人も彼を音楽家だと思ったのだろう。敢えて今、訂正しなければならない事でもないし、目的としてはその通りだったので、アイラスは、にこやかにそうです、とだけ答えた。
アイラス:「横笛が欲しいんですよね。小さめの奴。持ち歩くのにいいぐらいの奴が欲しいんです」
主人:「横笛かい。だったら、この次の四つ辻に店を構える職人が、なかなか評判がいいよ。まだ若い職人で店も小さいが、評判は上々だよ」
アイラス:「そうですか、どうもありがとう。一回覗いてみますね」
主人:「ああ、そうしなよ。きっとイイ品が手に入るからね」
アイラス:「でも取り敢えず、何か食事を取りたいんですけど。オススメの品はありますか?」
 善は急げとばかりに、今にも食堂を追い出しかねない主人の様子に、アイラスは笑顔でそう言った。

 自分の先走りように恐縮した主人に、名物の料理をサービスして貰ってアイラスはご機嫌だ。空腹も満たされたしいい情報も手に入った、あとは目的の横笛を手に入れるだけとばかりに、食堂の主人に教えて貰った、笛作りの職人の元へと向かう。
 そんなアイラスが道を歩いている時、どこからともなく、微かにだが澄んだ綺麗な笛の音が二種類、ハーモニーを刻みながら折り重なり、アイラスの耳へと聞こえてきたのだ。それは音楽と言うよりは、何か言葉を交わしているかのような響きで、もしも音楽のような響きの言語を持った種族が居るとするならば、彼等の会話はそんな感じなのだろう、と思えるような旋律であった。アイラスがその音を追って早歩きで歩き、四つ辻を曲がるとその目の前に、小さな茅葺き屋根の家があった。そこから笛の音は聞こえてくるようだ。アイラスがそっと、その演奏を邪魔しないように開いたままの扉から中を覗き込むと、まだ若い男女が向かい合って笛を奏でていた。男の方は横笛を、彼よりは少し若い女の方が縦笛を吹いている。やがて彼等は演奏を止め、まるでそこにアイラスがいる事が前から分かっていたかのように扉の方を見ると、驚くべき事にこう言った。
男:「いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」
アイラス:「……え?どう言う事…ですか?」
女:「笛を注文しにいらっしゃったのでしょう?」
 若い女がにこりと人懐っこい笑みを浮べてそう言った。まさにその通りなのであるが、さすがに不思議に思ってアイラスは首を傾げる。
アイラス:「…確かにそうなんですけど、どうして分かったんですか?僕は、そこの食堂のオヤジさんには確かにその旨言いましたけど、それ以外は…」
男:「ここは楽器の都、クレモナーラ村ですよ。…村中、至る所に音楽が流れているでしょう?あれの中に、村の中で起こった事を知らせてくれる音があるんですよ。勿論、誰にでも聞ける訳ではなく、笛作りの職人は、その中でも笛の音しか聞こえない。その笛の音が、もうすぐ横笛を頼みに来る人がいるよ、と私に教えてくれたのですよ」
女:「ですから私と兄は、あなたが迷わないように、笛を吹いて呼んでいたのです。きっと、あなたならこの音色に気付いてくれると思ったので」
アイラス:「…だからでしょうか、僕はあなた達の演奏を聞いた時、何か会話をしているようだな、と思ったのですよ」
 アイラスがそう言うと、男はさすがだと言うような顔で頷いた。
男:「先程言った、村の中の出来事を知らせてくれる音色と似てはいますが、全く同じものではないので、会話は出来ずに、互いに一方通行になってしまうのですがね。それに、私達から音色へとメッセージを送っても、音色達の興味を惹かなければそのまま素通りされてしまうと言う、私達には大変分の悪いコミュニケーションなのです」
アイラス:「コミュニケーション、と言うと、その音色の発生源は生き物なのですか?それも、私達と同じ人間ではない、何か別の…」
 アイラスの問い掛けに、男が一つ頷いた。
男:「この村に、絶え間なく流れている音楽、それは、職人や音楽家が新しい楽器を試す為に演奏していたり、或いは純粋に楽しむ為に演奏しているもの、そして中にはどこから流れてきているのか、誰が演奏しているのか分からない音楽もあるのです。不審に思った村の人が、音源を辿ろうとしても無理だった。何故なら、それはどこで聞いても同じ音量なのですから。まるで、この村自体が音楽を奏でているかのような、そんな感じなんです」
アイラス:「…不思議な話ですね。まるで、未知の生命体、僕達の目には見えない彼等、楽器が奏でるような鳴き声を持つ、妖精か何かのような生き物がいる、そんなような……」
 ふと、アイラスが空を仰いで見る。何も見えなかったが、もしかしたらその空を眼には見えない未知なる生物が優雅に羽根をはためかせているのかも、そう思うと何やら楽しくなってくるのであった。


☆終章

 アイラスは、この兄妹(笛を吹いていた男女は兄妹で、兄の方が楽器職人、妹は演奏家なのだそうだ)に、自分が思い描くイメージを伝えて小さな横笛を作って貰った。その、華美な装飾はない素朴な外見のト横笛は、アイラスの手に馴染み、澄んだ、少し高めの音は遠くまで美しく響き渡らせた。アイラスがその笛を奏でると、何故か優しい風がアイラスの頬を撫でるような気がしたので、もしかしたら、それが、笛職人の兄妹が言っていた、音楽で独自の言葉を告げる何者かの存在、だったのかもしれない。アイラスはそう思うと楽しくて、ついいつまでも、その横笛を吹き続けてしまうのであった。
 そんな、人に危害を与えないどころか、心を楽しくするような、そんなモンスターが居てもいい筈だ、アイラスはそう思った。