<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


壊れた人形
「申しわけありません……冒険者の方々の集まる店、というのはこちらでよろしいのでしょうか?」
 黒山羊亭に、あきらかに黒山羊亭の持つ夜の雰囲気にはそぐわない、まじめそうな感じの、白衣を着た男性が入ってきて言った。
 男性は明らかに意気消沈している様子で、それは見ていて痛々しくなってくるほどだった。
「実は、冒険者のみなさんにご依頼差し上げたいことがあるのです。私は町外れで自動人形を作っております、スタイナーと申します。実は私の作った人形が、どういうわけか暴走してしまったのです。ですから……あの子が他の人間に迷惑をかけるまえに、どうか破壊して欲しいのです」
 言いながら、男性は目に涙を浮かべていた。
「彼は……私の最高傑作でした。亡くなった妻に似せて作ったのですが……」
 スタイナーの憂い顔のわけは、どうやら、その人形が妻に似せて作ってあるからのようだ。だが、『彼』というからには、どうやら人形というのは男性形をしているようだ。
「どうか……どうか、お願いいたします」
 そうして、再度、スタイナーは深々と頭を下げたのだった。

「すみません……ありがとうございます」
 集まってくれた人間たちと同じテーブルにつきながら、スタイナーは再度深々と頭を下げた。
 スタイナーのもとめに応じてくれたのは、6人――肌もあらわな黒髪のダークエルフと、尾の9本ある子狐を肩に乗せた頭に2本のツノのはえた青年、どこか遠くを見ているかのような目をした緑色の髪の男、狼の耳と尾を持つ少年、長い2本のツノの生えた金髪の男、メガネをかけた青い髪の青年、だった。
「あの、まずはお互い名乗りあっていた方がいいと思うんです。あ、僕はアイラス・サーリアスです。えーっと……じゃあ、フィセルさんからということで」
 まずはメガネの青年が名乗りながら、隣に座る金髪の男に振った。
「フィセル・クゥ・レイシズだ。よろしく頼む」
 フィセルは短く言うと、隣に少年に目をやる。
「ジェイ・オール」
 少年は耳をぱたぱたとさせながら、それだけ言う。そして、隣にいる緑色の髪の男を見る。
「僕は葵。次、どうぞ」
「俺はケイシス・パールだ。こいつは焔」
 葵が言うが早いか、その隣にいたケイシスが焔ののどをなでながら言う。
「僕はサリエル。……それで、その人形はどんな外見をしていて、どこに逃げたの?」
 最後に言ったサリエルが、テーブルに肘をついてスタイナーに訊ねた。
「ああ、あとは、どうして暴走したのかと、どんなふうに暴走しているのかもお聞きしたいです。他になにか聞きたいことってありますか?」
 アイラスが手を上げて訊ねたあとで、全員を見回す。
「そうだな。人形の機能や、特性なども聞いておきたい」
 フィセルが重々しい口調で言う。
「彼は、外見は15,6歳ほどで……髪は肩ほどまでの淡い金髪で、瞳には翡翠を使っています。精巧につくってありますから、服を脱がせたり、触ってみたりしないかぎりは人間と区別はつきません。逃げた場所は……多分、天使の広場だと思います。あそこは、妻との思い出の場所ですから……」
 サリエルに対してそう答えた後、スタイナーは目を伏せた。
「どうしたんだ? なんか、ツライことでも思い出したのか?」
 ケイシスが眉を寄せて問う。
「いえ……私が、悪いんです。彼は……妻に似せて作りました。妻と私の間には、子供はできなかったので……息子を作ったつもりだったんです。私は彼に、妻のことや、妻との思い出をたくさん話して聞かせました。私はおまえの父親なのだ、と教えました。……でも、それが、彼の心を壊してしまったんです」
「心が、壊れた?」
 感情の見えない表情で葵が言う。
「はい。彼は――妻に嫉妬していたようでした。自分は死んだ妻ではないのだ、と。そうして、家を飛び出しました」
「……それは、家出じゃないのか?」
 怪訝そうな様子でジェイか訊ねる。
「いえ……彼は、人形なんです。人形は、私たち人間よりもずっと力が強い。だから、人形は人間に逆らってはいけないんです。……もしそれがただの家出でしかないのだとしても、私は人形師として、彼をそのままにしておくわけにはいきません」
 スタイナーは顔を上げ、はっきりとした口調で答えた。
「……だが、その人形は大切なものなのだろう? まだあきらめるのには早いのではないか」
 フィセルが諭すように言う。
 スタイナーはそれに対して、沈痛な面持ちで首を振った。
「あきらめる前に、手を尽くしてみてもいいのでは?」
 葵も言うが、スタイナーの決意は変わらないらしい。
「……スタイナーさん、では、最後に、人形の能力などについて教えていただけますか? 破壊するにしても、まずはそれを知らないと話になりませんから」
 アイラスが言う。
「は、はい。彼には特に物騒な機能はついていません。ただ、身体能力は人間よりは高いですし、護身用にと投擲用のナイフは持たせてあります」
「動きを止めるには、足あたりを狙えばいいのか?」
 ジェイが訊ねる。
「ええ、そうですね。ただし、人形ですから痛覚はありませんから……足としての機能を停止させるほどの攻撃でないと」
 スタイナーは重々しい面持ちで答えた。
「……あとでご自宅の方へ報告にうかがいます。このあとの話は、つらい話だと思いますので」
 アイラスが言うと、スタイナーは一瞬つらそうな顔をしたものの、立ち上がって黒山羊亭から出て行った。
 アイラスはそれを確認してから、全員の顔を見回す。
「どう思いますか?」
「……ムカつく」
 真っ先に反応したのはサリエルだった。先ほどまえ笑顔を浮かべていたのとは対照的に、今はあからさまに不機嫌そうな様子でテーブルに肘をついている。
「アイツ、なんだかんだ言って、人形が邪魔になったんだろ。死んだ奥さんとのことを嫉妬されてさ。それで、都合が悪くなったから壊せなんて、そんな勝手な」
「……そういうことではないと思うが」
 反論する、という口調でもなく、淡々とした様子で葵が言う。
「ああ、大切なんだろうよ。じゃなきゃ、あんな顔はできねぇさ」
 ケイシスが言うと、焔が同意を示すかのように尾をゆらめかせる。
「……まあ、そこは知らないけどね。僕は試してみるつもりでいるよ。本当に、人形を壊してしまってもいいのか」
「そこに関しては僕も同意する。大切なものを失えば……誰だって、悲しいものだ。それに彼は既に1度、大切なものを失っている。そこでさらにもう1度喪失の哀しみを味わうのは……つらいことだろう」
 サリエルの言葉に同意するように、葵がうなずく。
「私もできれば破壊は避けたい。亡くしたものを想う気持ちはわかるからな」
 フィセルが視線を遠くへと向けてつぶやく。
「僕もあまり破壊、というのは気がすすみません。話を聞いていると、なんだか、不幸なすれ違いがあるようですし。ジェイさんとケイシスさんはどう思われます?」
「暴走してるのを放っておくわけにゃいかねぇと思うが……あんまり、破壊するのは気がすすまねえな」
 ケイシスが答える。
「まあ……被害が多くなるようなら破壊も仕方ない、けどな」
 明言はしないものの、ジェイもどうやら破壊は避けたいと思っているらしい。
「だったら、決まりですね。早速、天使の広場へ行きましょうか」

 天使の広場に6人が着いたころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
「もう、すっかり人気もありませんね」
 辺りを見回しながら、アイラスは言った。
「まあ、その方が面倒がなくていいな」
 ジェイは皮手袋に包んだ両手をわきわきとさせながら鼻を鳴らす。
「だが、どこにいるのだろうな。その、人形というのは……いくら闇の中とはいえ、金髪というのはかなり目立ちそうだ」
 剣に手をかけ、フィセルがつぶやく。
「そーだな、このあたりには隠れる場所はねぇだろうしな……」
 腰に手を当ててケイシスも辺りを見回す。
「素直に呼んでみたら、案外出てきたりしてね?」
 サリエルが皮肉げに笑いながら言う。
「……どうやら、呼ぶまでもなかったようだ」
 見れば、葵の指した先に、ふらりふらりと歩いてくる金色の髪をした少年の姿があった。
 ゆるくウェーブのかかった金色の髪に、夜闇の中でも輝く翡翠の瞳。妻に似せて作ったというのが本当であるなら、スタイナーの妻というのはよほどの美人だったに違いない。
 少年は広場の入り口に立っている6人を見ると、不思議そうに首を傾げた。
「こんな夜中に、お散歩ですか?」
 少年の口から出たのは、意外にも穏やかな言葉だった。
 それに安堵して、アイラスは少年に向かって微笑みかける。
「いえ、実は、スタイナーさんから頼まれて……」
「スタイナー!?」
 その瞬間、少年がぱっと身を翻した。広場の別の方面の出口へ向かって駆け出す。
「待って、キミは本当にそれでいいの!?」
 サリエルが少年の背中に声をかける。だが、少年は止まらない。
 それを見た葵が、手をひと振りする。すると、広場の真ん中に設置されている噴水の水が伸び上がって、まるで意志を持っているかのようにうごめく。
「行け」
 葵が命じると、水はするすると少年の方へ伸びていく。そうして、水が少年の足をからめとった。少年はバランスを崩して、その場で転んでしまう。
 6人があわてて少年のもとへ駆け寄ると、少年はまだ抵抗しようとしているのか、水をはずそうと必死にもがいていた。だが、もとはただの水であるため、少年がいくらはずそうとしても効果がないようだ。
「……さて、もう逃げられないよ」
 サリエルが靴音を響かせながら前へ出て、口にしたその瞬間だった。
「……っ!」
 フィセルが剣を抜きながら、少年の前へ飛び出す。
 フィセルの剣が、黒衣の男――不安田の剣を受ける。
「邪魔をしないでいただけますか」
 不安田は短く告げてくる。
「邪魔とは、どういうことだ」
 フィセルが不安田をにらみつける。不安田はそれを見るとふと笑みを浮かべて答える。
「俺はその人形を破壊するように依頼されています。邪魔をしないでもらいましょう」
「なに言ってんだよ、てめぇ!」
 怒りに駆られたのか、ケイシスが不安田に向かって槍を繰り出す。不安田はそれを難なく受けると、穂先をケイシスへ向かって押し返した。
 そこへ、ジェイが殴りかかっていく。
 不安田は足でそれを受ける。
「不安田さん! やめてください!」
 アイラスは思わず叫び声を上げていた。
 不安田はアイラスの姿を認めると、驚いたような表情で目をしばたたかせる。
 そうして剣をおさめると、つかつかとアイラスの方へ歩み寄ってくる。
「どうして、ここに?」
「それは僕のセリフです、不安田さん……どうして、スタイナーさんの依頼を受けたりしたんですか」
 アイラスの口調が、自然と非難するような調子になる。不安田はそんなことも意に介さないようで、首を振った。
「俺は暗殺拳士ですから。破壊して欲しい、と言われたから、依頼を受けた。それだけです」
「……それは、そうですけど!」
 アイラスは叫びながら首を振った。
「でも、ダメです。彼を破壊したってなんの解決にもなりません! 不安田さんは暗殺拳士だから、破壊するように頼まれて依頼を受けるのは当然のことかもしれませんし、それが仕方のないことなのもわかります。でも、僕は、不安田さんは間違ってる、と思います。少なくとも、今は。ダメです。だから、お願いします。今は、退いていただけませんか?」
 普段ならばそんなことを言うことはあまりないアイラスではあったが、今回の件では、スタイナーへの同情があった。いくらスタイナー本人が破壊してくれと言ったとしても、そうしてはいけないのではないのか。そう思ったのだ。
「私からも頼みたい。彼は……依頼人の息子のようなものだ。多少のすれ違いはあったとしても、人間ではないからといって問答無用に破壊していいものではないだろう」
 剣を収め、フィセルが不安田に向きなおる。
「そーだぜ、考え直してくれよ」
 ケイシスも言い募る。
「依頼人にも複雑な事情ってやつがあるらしいからな」
 ジェイも短く言った。
「……なるほど」
 不安田はうなずく。
「では、ここは退きます」
「不安田さん……よかった」
 アイラスはほっとため息をつく。
「……さて、と。じゃあ、ゆっくり話もできるってものだね」
 それまで黙っていたサリエルが、息を吐くと、ゆっくりと少年へと近づく。
「大丈夫、僕たちはキミを壊したりはしないよ。話を聞いてあげるから、言ってごらん?」
 サリエルが怯えた様子の少年に向かって、笑みを浮かべて訊ねた。

「スタイナーさん、いらっしゃいますか?」
 アイラスが、ドアの前で声をかけた。
 あれからしばらくして、一行はスタイナーの家の前にいた。
 葵が水で少年をしばりつけ、その脇には少年によく似た女性が立っている。
 その周囲は、アイラス、ケイシス、ジェイ、フィセル、不安田と、5人が護衛のように取り囲んでいる。
「ああ……依頼は、……」
 どこかやつれた様子のスタイナーが、ドアを開けて出てくる。そして、少年と、少年によく似た女性を目にしたとたん、目を見開いて口をぱくぱくとさせた。
「……ハンナ」
 スタイナーはやっとのことでそれを口にすると、ふらふらと家の中から出てきて、女性へと歩み寄った。
「どうして……おまえは、もう死んだはずだろう? どうして、ここに」
「どうしてかしら。でも、そんなこと、もうどうでもいいじゃない? ね、これからはふたりで暮らしましょう。あれは……私がいれば、もういらないわよね? さ、これであれを壊してちょうだい。私がいれば、人形なんていらないでしょう?」
 ハンナと呼ばれた女性はにっこりと笑うと、スタイナーの手を取って言う。
 スタイナーはしばらく女性を見つめていたが、やがてがくりと肩を落とすと、首を振る。
「……できません」
 涙声でスタイナーは言う。
「この手で壊すなんて……できません」
「……どうして」
 縛られたままの少年が、小さな声で言う。
「おまえは私の息子じゃないか。妻の身代わりでも、なんでもない。私が大切に思っているのはおまえだよ」
 スタイナーの言葉に、少年が目をしばたたかせる。
 きっと、少年が本当に人間であったら、その翡翠の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていただろう。けれども少年はただの人形であったから、涙がこぼれることはなかった。
 葵が少年をいましめていた水をほどく。
 少年は駆け出して、スタイナーに抱きついて、その胸に顔を押しつけた。スタイナーはやや迷うような仕種をしていたものの、すぐに、その少年を抱きしめ返す。
「ごめんなさい。もう、僕、逃げたりしないから……いい子にしてるから。そばにいさせて。……おとうさん」
 その言葉にスタイナーはうなずくと、少年の頭をなでてやる。
「……よかったな」
 ジェイが小さくうなずく。
「ええ、本当に。……さて、それじゃあ僕はそろそろ帰ろうかな。仕事もあるし」
 ふんわりとした笑みを浮かべた女性は、言葉の途中から、サリエルの姿へと変わる。
 そう、スタイナーの心を試したいと、サリエルは魔法の力で女性の姿へと変身していたのだ。
「もう夜も遅いし……眠くなってきたな。帰るか」
 不安田が伸びをして、あくびをしながら言う。
「そういえば、僕もなんだか眠くなってきました。もう、夜も遅いですよね」
「私もだ。言われてみれば、もう遅いな」
 アイラスとフィセルも口々に言った。
 今日は特に動き回ったというほどのことはないのだが、なんだか、疲れてしまった――そんな感じなのだった。
「うまくおさまったことだし、宿に帰らせていただこう」
 葵も微笑みを浮かべながら、踵を返す。
「じゃあ、お幸せにね」
 ひらりひらりと手を振って、サリエルは歩き出す。
 その脇に、ケイシスが並んだ。
「そーいやさ、気になってたんだけど。もしもあそこで依頼人が人形を壊そうとしてたら、どうしてたんだ?」
「そうだな……きっと、殺してたと思うけど?」
 本気とも冗談ともつかない口調でサリエルが言う。
「怖いなー」
 ケイシスはそれを冗談と取って、豪快に笑う。
 去っていく冒険者たちのことは気に止めた様子もなく、スタイナーと少年人形はこれまでに足りなかった言葉を、少しずつ交し合っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1679 / サリエル / 男 / 17 / 魔道士 兼 男娼】
【1217 / ケイシス・パール / 男 / 18 / 退魔師見習い】
【1720 / 葵 / 男 / 22 / 暗躍者(水使い)】
【1563 / ジェイ・オール / 男 / 14 / 武闘家】
【1378 / フィセル・クゥ・レイシズ / 男 / 22 / 魔法剣士】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
【1728 / 不安田 / 男 / 28 / 暗殺拳士】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆の方を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 ジェイさんはぶっきらぼうなタイプの方のようでしたので、内心では人形に肩入れしながらも表には出さない――というような感じに書かせていただいてしまったのですが、よろしかったでしょうか。素直に口にはしないものの、にじみ出ている優しさのようなものが出ていればな、と思っております。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。