<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


殺戮の快楽

0.依頼

 朧な月が、夜の闇をほんの少しだけ照らした路地を、うら若き女性が歩いていた。
「遅くなっちゃったわ。早く帰らないと……」
 はやる気持ちを抑えて、足早に路地を抜けて行く。この路地は夜、女性が歩くには余り良心的で無い事の方が多い。それでも、この路地を選んだのはこの道が一番早く家へと帰り着くからだ。
 だが、彼女は翌日無言の帰宅をする事になる。
 白刃が、朧な月を反射していた……

「人を探してるんだ。こいつなんだが、見た事無いか?」
 そう言って、ライル・シーファンが取り出した似顔絵には、血色の悪そうな男の顔が描かれていた。
 髪は、金髪で肩口程度。目は落ち窪み、碧眼は虚ろ。こけた頬は、余り元気とは言えない雰囲気だ。
「しらねぇなぁ。こいつが何をしたってんだ?」
 問われた男は、逆に問う。とある街の警護隊の服装のライルの聞き込みだ、興味をそそるにはもってこいと言う物だ。
「殺しさ。こいつの名前は、リィシア、リィシア・ブラウド。ただの、使用人だった。とある屋敷のね」
 ピラピラと似顔絵を振りながら呆れた様に言う。
「まっ、その屋敷の人間50名程度を殺して逃亡中って訳だ」
「50人!?もしかして、あの事件か?」
「そ、あの事件。まだ捕まって無い訳だ。先日起こった、女性の殺人と酷似してるんでね。こうやって来た次第さ。協力頼むよ?」
 軽く肩を叩いて、ライルは足早にその場を後にする。兎に角情報が必要だった。
「待ちな。この王都で一人じゃ何かと大変だろ?俺が他の奴等にも頼んでやるよ」
「へぇ?そいつは助かるね。頼めるのかい?」
「まっ報酬はちいぃとくれてやって欲しいがな」
 微笑む男に、ライルは口の端に笑みを見せると静かに頷いた……


1.手掛かり

 王都エルザードから連絡馬車で半日程の場所に、その街はある。嘗て、この街の高台にある屋敷で狂乱とも言うべき殺戮劇が有った事は、街の人々の記憶にも新しい。
「あ〜あれかい……酷かったらしいねぇ。聞いた話じゃ、全員喉を一突きだったって話じゃないか。あたしゃ見た訳じゃないから分んないけどねぇ」
 肩をすくめ溜息と共に吐き出す様な中年女性、その前に立つフィーリ・メンフィスは更に問い掛けた。
「じゃあさじゃあさ、その屋敷で生き残った人とか何処に居るか分らない?ちょっと話とか聞いてみたいんだけど」
 女性は少し首をかしげた後、ゆっくりと横に振る。
「居ないんじゃないかい?そう言う話は聞いてないし……すまないねぇ」
 それだけ言うと、女性は去って行く。その背を見詰めるのは、フィーリの他に、葵(あおい)と葉子・S・ミルノルソルン。
「空振り続きダネ。生き残ってた人ってもう居ないのカナ?」
「そうだな……殺害の手口は全部一致して居るのに生き残りの話しを聞かないと言う事は、その可能性が高いかもな……」
 困惑の表情の葵と葉子。
 三人の考えは生き残った人に詳しい話しを聞く事と、犯人であるリィシアの事を聞く事であったが、生き残った人の情報を街の人間は知らなかったのである。ライル達警護団の機密保持はかなり優れていると想って良さそうだ。
「こうしててもしょうがないしさ、屋敷の近くの人に聞いてみない?生き残りの事も含めて、リィシアの事とか聞けるかもしれないよ?」
「ソダネ。その方が良いカナ」
「……そうだな」
 フィーリの案に従い、三人は屋敷の周辺へと移動を始めた。


 時を同じくして、此方は聖都エルザード、煙管をふかしながら市場を歩いている人物、刀伯・塵(とうはく・じん)である。
「ちょっと聞きてぇんだが?」
「な〜に?」
「この辺で、こういう奴見たことねぇか?」
 塵は話しかけた井戸端会議中の女性達に、ライルから貰った似顔絵を見せる。
「さぁ?見たこと無いわ。この人がどうかしたの?」
「ん?いやちょっとな。邪魔してわりぃな」
「ごめんね、力に成れなくて……」
 その言葉に、笑みを見せて再び塵は歩き出す。
「ちっ……早く見つけねぇと……」
 苛立たしげに噛んだ煙管が、カリッと乾いた音を立てた。

「ちょっと良いですか?」
「あん?あんだ?見せもんじゃねぇ、失せろ」
 ベルファ通りの裏路地に居た一人の不特定居住者に、アイラス・サーリアスは笑顔で語り掛ける。
「ただ何て言いませんよ?最近は冷え込みも辛いでしょうから、これなんてどうですか?」
 手に持っていた酒瓶を見せるアイラスに、男は鋭い視線を投げる。どう見ても、ただの不特定居住者では無い事は、その眼の光で分る。
「蛇の道は蛇ってか……良いだろう。おめぇさんの度胸に免じて一つだけ答えてやる。何がききてぇ?」
 アイラスは、ズボンのポケットから一枚の紙を取り出し、男に見せた。
「その人の行方を追っています。此処、聖都に来ている筈ですが……」
 紙を見詰める男の目が、少しだけ細められたのを、アイラスは見逃さなかった……


2.情報

 多くの酒場がそうである様に、此処黒山羊亭も幾つかの相談室を持っている。少々料金は割高だが、他に漏れて欲しくない話しをする時には持って来いの場所だ。その相談室の一番大きな10人が入れる部屋を借り切ったのは、他でもないライルだった。
「ご協力に感謝します」
 頭を下げたライルの前には、塵・葵・フィーリ・アイラスの四人が居た。
「で?その事件ってのはどんなもんなんだ?俺はあんまり世間の話しが入って来る所に居ねぇからな、まずはその辺と、女が殺された事件ってのが酷似してるってのを教えてくれねぇか?」
 口を開いたのは塵、アイラスもまた頷いている。
「その事件が起こったのは、隣街の有名な屋敷。報告があったのは、事件発生からほぼ二日経った頃だと推定しています。報告者は、そこへ何時も食材を配達していた青年。配達をしに行って出ない事が二日続いたので、おかしいと思い報告をして来たようです」
 きわめて事務口調のライルの言葉に全員が耳を傾ける。
「現場には、その屋敷の主人や家族他、使用人達合わせて47名の死体が有りました。死因は喉を貫かれた刺殺と断定。その他に、外傷が無い事からそう断定しました。47体分の死体の共通点は、喉の傷と死体から血が抜け切っている事。多少の血痕等はありましたが、血溜まり等は出来て居らず、血を抜かれた様な死体でした」
 血を抜かれた様な……その言葉に葵の体がピクリと微かに反応する。
「そして、先日発見された女性の遺体には、後ろから喉を貫かれた跡があり、血を抜かれた様な死体でした。これから導き出されるのは、同一犯の仕業と推察出来ます」
 ライルの説明に、全員が頷く。
「だけどさぁ、何でそのリィシアって奴が犯人な訳?」
「キィィ」
「僕もそれは疑問です。リィシアさんの事を、お聞かせ下さい」
 フィーリの言葉に、フィーリのペット子竜ジークとアイラスが同意する。
「えっとですね……あ〜この喋り方やめていい?疲れんだよ」
「硬くならなくても良いだろう。楽に喋れば……」
「サンキュ!」
 ライルは葵の承諾を得て、何時もの調子に戻ると説明を始める。
「まずこの屋敷に勤めてる奴は、身元をしっかりと管理されてたんだ。その資料を見て、身元をちゃんと照合して行ったら、4人足りなかった。3人は簡単だ、俺達が保護した。今はもう自由にしてるから何処に居るか分らないけどね。当然保護した話は洩らさないようにした、当たり前だがそんな話が洩れたらまた狙われるだろ?」
 一同の顔を見ながら、ライルが次ぎの言葉を言うより早く、声が不意に現れた。
「なるほどネ。その残った一人ってのガ、リィシアって訳ダネ」
 一同声のした方に振り向けば、塵の後ろに葉子が居た。
「塵ちゃんが行くなラ、俺も行くヨ〜♪」
 ダッシュで塵に抱きつこうとした葉子を、塵は霊虎伯(勿論鞘付き)で一撃し踏み付ける。
「で?」
 先を促す塵の足元で、葉子がもがいているが塵は気にした様子も無い。
「あっああ……まあ、そこの奴が言う様に、残ったのはリィシアだけで行方も分らないんだ。生き残った三人にも聞いてみたんだが、リィシアがやったのは間違いないらしい。何でも交易品だった剣を持って屋敷の住人を殺したらしい」
「なるほど……だけど、何で血が無いのかは分らないか……」
 そう言った葵に、静かに頷きライルは言う。
「リィシアの情報は、この紙に纏めておいた。すぐ、それぞれの手に渡る様に手配はする。何とか頼む」
 深々と頭を下げるライルに、一同は頷き――
「ねぇ塵ちゃん?そろそろ良いんじゃないかなって思うんだケド?」
 葉子の声が、虚しく消えて行った……


3.捕捉

 夜陰に紛れて葉子は、影から影へとその身を移動させていく。場所はベルファ通り、大通りの夜の賑わいから遠く離れた、寂しい場所……
「ん〜本当にこの辺なのカナ?まあ、他に手掛かりがある訳じゃないケドサ……」
 ぼやくように呟いて、葉子は再び影へとその身を躍らせた……

 フィーリが肩に乗ったジークの喉を撫でながら、暗がりの道を歩く。その横には葵の姿……
「さぁて、出てくるかなぁ〜」
「キュィ〜」
「どうかな?でも、情報が本当だとしたらこの辺なのは間違いないだろうな」
 無表情な葵とは対照的に笑みを見せるフィーリ。二人は、そのまま静かに夜が落とす闇の中へと消えて行った……

 静かな時間が流れる中、アイラスは身を潜めた場所から、ただ黙って路地を見詰め続ける。
「おい、本当にこの辺なんだろうな?」
 向かいの壁にもたれながら、煙管をふかしながら塵は問う。
「ええ、彼等の情報に嘘はありません。それは、彼等がそれを商売として居るからです」
 塵の瞳を正面から見据えるアイラスの瞳に、迷いや疑いは無い。塵はフッと笑みを見せ、跳躍すると屋根の上に降り立ち辺りに眼を凝らす。
 静寂が再び訪れた……


 黒山羊亭の相談室に全員が揃ったのは、ライルの話しを聞いてから丁度二日目の夕暮れだった。
「こっちは駄目だったヨ。聞けたのはリィシアのこと位かナァ?」
「うん、生き残った人達は、もう故郷に帰っちゃったんだって」
「リィシアの話しにしても、然程目立つ話は無かったしな……」
 葉子・フィーリ・葵の順に成果を報告するが、然程新しい情報があった訳ではなく、その表情は悔しさに溢れていた。
「こっちもだな。リィシアの野郎が、エルザード出身って事で聞いて回ったが、奴の両親はとっくに他界してて、あいつも此処何年か見てねぇって話しだ。家も残ってねぇとよ」
 忌々しげに吐き捨てる様な塵の言葉に、ライルが申し訳なさそうな顔をする。そんな中、はっきりとした声が全員の注目を集めた。
「ベルファ通り七番街……今、リィシアが潜伏して居る場所だそうです」
 声の主は、アイラス――全員が呆然と見詰める中アイラスは続ける。
「七番街は、闇の街だと言われる場所です。当然そんな場所は、彼等の縄張りです。その縄張りに、数週間前から、一本の剣をぶら下げたよそ者が来たと言う話しを聞けました。恐らく、それがリィシアです」
「ちょっと待て?彼等ってのは何だ?」
 塵の問い掛けにアイラスが答えるより早く、フィーリが気付く。
「そうか!盗賊ギルドだね!」
「そうです。彼等は情報こそが命。そして、繋がりを大事にします。間違い無いと言えるでしょう」
 自信に満ち溢れた表情のアイラスだが、塵と葵は浮かない顔だ。
「盗賊か……その話が本当にしても、信用出来るか分らんな……」
「盗賊ってなぁ要するに、盗みをする奴だろ?そんなの当てになんのか?」
「チッチッチッ、塵ちゃんも葵ちゃんも分って無いネ。盗賊ギルドの連中の情報は最速的確がモットーだヨ?ましてや自分達の縄張りの中でなら尚の事なんだヨ♪」
 得意満面の葉子の説明に、フィーリとアイラスも頷くが、塵と葵はやはり信じられないと言った表情だ。
「兎も角、そこが一番怪しいんだろ?なら、確かめない訳には行かないな。俺はこの街の警備詰め所に行って応援を頼んで来るから、何とかリィシアを見つけて置いてくれ。もし、変な動きがある様なら止めてくれ」
 ライルの言葉に、全員が頷くとアイラスの指示の元、七番街へと向かった。


「見つけタ!!」
 潜んだ影の中から外を視ていた葉子は、呟くと瞬時に影を移動し塵の元へと辿り着く。
「居たか!?」
「ウン!此処から、そう遠くない路地ダヨ!着いて来テ!」
 言うと同時に、葉子は滑る様に宙を舞い、塵とアイラスがその後を追う。数分程走っただろうか、仄かな月明かりが差し込む路地を、確かにひょろりとした男が抜き身の剣をぶら下げフラリフラリと歩いている。髪は金髪で肩口程度、間違いないと思えた。
「葉子さん、フィーリ君と葵さんも連れて来て下さい」
「ウン、分ったヨ!」
 アイラスの指示に従い、葉子が影へと消える。
「さぁて、やっこさん殺る気満々みてぇだが?取り合えず、尾けるか?」
「ええ、葵さんとフィーリ君を待ちましょう」
 殺気を振り撒き歩く男を、二人は気配を断ち尾ける。人通りの無い、仄かな月明かりに照らされた路地を抜け、少しだけ広くなった場所へと辿り着いた時、男はピタリと足を止めた。
 距離を置き見詰める塵とアイラスの視線の先、男が震えているのが分る。カタカタと、剣が鳴る音がやけに大きく聞こえて来る。だが、不意にその音が鳴り止んだ次の瞬間、男は恐ろしい程の跳躍で後ろ飛びに塵とアイラスの元へと向かって来た。
「なっ!?」
「えっ!?」
 油断していた訳では無いが、その動きはとても素人動きでは無い。後ろ飛びと同時に体を捻りその威力を持って剣を振る男。塵が霊虎伯を鞘ごと腰から抜き受け止め様と身構え、アイラスもまたサイを両手に構える。
 キィィィィィィィン!!
 澄んだ音が夜のしじまに木霊した。
 男が忌々しげに唸るその先、男の剣を受け止めたのは、塵でもアイラスでもない。
「ふん、この程度か?」
 そこには、不敵な笑みを浮かべたフィーリが居た……


4.殺架

 ギィィン!
 激しい音を立てて、剣と剣が弾け合う。その勢いに任せて、男は後ろへと飛び間合いを取った。
「塵さん、アイラス、大丈夫か?」
 駆け寄る葵に、視線は目の前の男を見詰めたまま塵とアイラスは頷きで返す。葉子も葵の直ぐ後ろで、その男を直視した。
 髪は、金髪で肩口程度。血色の悪そうな男の顔がある。しかし、碧眼の眼は今や爛々と狂気の光を湛え五人を見詰めていた。その表情がニタリとした笑みに変わる。
「くかかかかかか……殺す!殺す!コロスゥゥゥゥゥ!!!!」
 笑みと共に発せられた言葉と同時、リィシアが一気に間合いを詰める。塵が霊虎伯を抜き左へ、それに続き葵も塵を追う。アイラスはサイを構え右へ、葉子がアイラスの後を追う。正面のフィーリは相変わらず不敵な笑みを見せ剣を構えて動かない。
 徐にリィシアが右へ飛ぶ、標的は塵。
「来やがれ!!」
 跳躍の勢いを乗せた斬撃を霊虎伯で受け止め、弾き返す。
「死なない程度にやらせてもらう!」
 剣を弾かれ体勢の崩れたリィシアに、葵が具現化させた親指サイズの水弾が複数襲い掛かる。しかし、ニヤリと笑みを見せたリィシアはその全てを叩き落す。
「喰らえ……!」
 未だ宙を舞うリィシアにフィーリが肉薄、横薙ぎの剣閃が月明かりに閃く。だが、これもリィシアは剣の腹で受け止め、その威力でフィーリから離れる。
 フィーリと塵、そして葵がリィシアを追う。飛ばされた勢いのまま今度はアイラスへと向かうリィシア。だが、アイラスに到達するより早く真空の刃がリィシアに襲い掛かった。
「ん〜俺ってばナイスタイミン♪」
 場にそぐわない陽気な声が刃の発信源。受けた傷は大した事は無いが、リィシアは怒りを顕わに葉子へと向かう。その前に立ちはだかるアイラス。
「もう止めなさい!」
 聞く耳持たず、突進するリィシアの剣が水平に真っ直ぐアイラスへ向かう。アイラスは微かに身を捌き突きを交わしたが、吹き抜けた剣が突然跳ね上がり向かって来る。
「くっ!?」
 ギン!!
 何とか両手のサイで受け止め力を利用して間合いを取る。その間に、リィシアは葉子へと向かうがそこに葉子の姿は無い。
「こっちこっち〜♪」
 声の方を見やれば、宙に浮かぶ葉子。どうやら、ミラーイメージによる幻覚を作り出していた様だ。
 一瞬の間に、フィーリと塵が斬りかかる。後ろに跳躍し斬撃を交わすリィシアに、葵の発した水弾が葉子の真空刃に乗せられ速度を増して襲い掛かる。流石に、今度は全てを払う事は出来ずに何発か直撃を食らった。
 再び間合いを開けたリィシアと五人。
「本当にただの使用人か?あの動きは普通じゃねぇぞ」
「確かに……並の人間の動きでは無いな」
「知らん、そんな事は関係ない」
 塵と葵の言葉に、フィーリが無表情に答える。
「でもサァ、殺す訳にも行かないよネ」
「殺す。どうせ、奴は死刑だ。同じ死ぬなら、変りは無い」
「駄目です!例えそうであっても、それは僕等の判断じゃ!?うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 フィーリを諌めていたアイラスが不意に、腕を押さえて苦しみ始める。見れば、先程の攻防で、掠ったと思われる傷口から血が大量に吹き上がっている。
「ちっ!?これが血が無かった理由かよ!!」
 吐き捨て塵が見詰めたその先に、吹き上がった血を吸い上げる剣とリィシア。血を吸い上げる剣の周りに赤黒い光が有るのが見て取れる。そして、吸い上げた血を糧にして居るのか、リィシアの傷が治り始めていた。
「調子に乗るな……」
 フィーリが駆け、袈裟懸けに切りつける。治療に専念していたリィシアは受けるのが精一杯だったのか辛うじてその一撃を受け止める。同時に、剣から光が薄れ、アイラスの腕からは血が止まる。
「っく!?はぁ……はぁ……」
 一時的にとは言え、かなりの血を吸い上げられアイラスは貧血に近い状態だ。葵がアイラスの額に手を当て、体内の水分などの調整をして居る間、塵と葉子は二人の守りに入った。
 一方、フィーリは二つの武器でリィシアと切り結ぶ。一本は右手の剣、もう一本は魔鎌と呼ばれる、大振りの鎌。剣で間合いを詰め、追撃を鎌で行う。この連携に、流石のリィシアも翻弄され、幾つ物傷を作って居た。
「くっ……皆さん、一つだけ策があります……」
「何だ?」
 多少ふらつきながらも立ち上がったアイラスに、塵が応える。そして、アイラスは策を告げた……


5.末路


 リィシアの横手から、不意に空気が動いた。葉子の真空の刃が襲い掛かっていた。それを何とか、剣で撃ち落した所に、フィーリの鎌の一撃が襲い来る。それすらも、脅威と呼べる反応速度でリィシアは剣の腹で受け止め反動を利用し間合いを取ろうとする。しかし、そこへ来たのは葵の水槍の一撃。的確に、心臓を狙った攻撃だ。
「がぁぁぁぁぁ!!!」
 まるで獣の咆哮の様な声を上げ、これまた何とか受け止めるが、その威力にリィシアは吹き飛ばされる。 追撃するフィーリだが、そこには塵が居た。リィシアはこの時ばかりは、自分の体重の軽さを呪ったのかも知れない、苛立ちがありありと浮かんでいた。
「喰らえ!両断剣!!」
 激しい勢いで振り下ろされる霊虎伯が唸りを上げる。本来なら、その名の如く敵を両断する太刀筋だが敢えて受けられる様に仕向けている。幾多の戦で培った経験のなせる業だ。そして、読み通りリィシアは受けた。いや、受けさせられた。
「うぉぉぉ!!」
 力押しに弾き飛ばす塵。そこへ再び、真空の刃にて加速した水弾が襲い掛かり更にリィシアを弾き飛ばす。流石の連続攻撃に、成す術も無くだらりと腕を下げたリィシア。そこが、狙いだった。
 間合いの外から、駆けて来るアイラスは素早くとある呪文を唱える。加速の呪文――跳ね上がる速度に視界が一瞬ぼやけるが、アイラスは目標を見失っては居ない。
「やれ!アイラス!」
「やっちゃエー!」
「行け!」
「……そう言う事か……」
 剣が目前、サイを構える。通り過ぎ様に、サイを剣の根元と先端へ絡める。
「はぁ!!」
 裂帛の気合と共に、アイラスは腕に力を込め、左右同時に上下へと。
 キィィィィィン!!!
 澄んだ音が木霊する……駆け抜けたアイラスの後ろ、ドサリとリィシアが地面に落ちる。
 ヒュンヒュンヒュンヒュン……ザン……
 妙に乾いた音を立てて、根元から折れた剣が地面に突き刺さる。と、同時に剣はその断面から夥しい程の血を吹き上げ、辺りを染めて行く。リィシアの持った柄からもジワリジワリと血が広がって行った。
「終わった様だな……」
 葵の呟きに、全員の体から緊張が抜けて行く。フィーリは鎌と剣を収め、塵も霊虎伯を鞘へと戻し、アイラスもまたサイを腰へと収める。葉子と葵もまた、服の汚れ等を払っている。
 ライルが警護団をつれて来たのは、その少し後だった……


 報酬を貰い、それぞれの生活に戻った五人に、ライルから手紙が来たのはあの夜から二週間ほど経った頃だった。
「発狂か……無理もねぇのかもな」
 黒山羊亭の隅のテーブルに座った塵が、煙管を口にポツリと呟いた。
「死刑よりきついかも知れないね」
「キュイィィ」
 そんな風には思えない口調で、フィーリはジークにパンを上げている。
「仕方ないのかもな。この結果も……」
 葵は手の中にあるグラスを見詰めながら静かに言う。
「ブラッドソードなんて使うからダヨ。取り込まれちゃお終いサ」
 興味なさそうに言う、葉子の言葉が妙に重い。
「これ以上の犠牲を出さなくて済んだ、それは確かなんですが……」
 グラスを両手で持って俯くアイラス。
 ライルの手紙には、リィシアが発狂して死んだ事が書かれていた。当然の報いとも書いてあった。結果だけで言うなら、ライルの言う通りかも知れない……それぞれの心には、何が映るのか?答えは無いまま沈黙の時が過ぎてゆく……
 黒山羊亭が喧騒に包まれ行く中、五人はただ、その場に居るだけだった……





 余談だが、葉子は報酬を貰えなかったらしい。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19歳 / 軽戦士

1112 / フィーリ・メンフィス / 男 / 18歳 / 魔導剣士

1720 / 葵 / 男 / 23歳 / 暗躍者(水使い)

1528 / 刀伯・塵 / 男 / 30歳 / 剣匠

1353 / 葉子・S・ミルノルソルン / 男 / 156歳 / 悪魔業+紅茶屋バイト

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■         ライター通信          ■
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 どうも!凪 蒼真です!

 塵さん、葵さん、アイラスさんお久し振りです!

 フィーリさん、葉子さん初めまして♪

 まずは、遅筆にて皆様をお待たせしてしまった事、深くお詫び申し上げます。(深礼)遅筆はなかなか治らないのですが、何とか頑張って皆様のお手元に少しでも早くお届け出来る様努力して行く次第ですので、今後とも宜しく申し上げます。(深々)

 さて、殺戮の快楽如何だったでしょう?
 ファンタジーの世界観と言う物を出して見たくて、書いたお話なのですが、皆様に上手く伝わって頂ければおいらとしては満足です♪
 皆さんのファンタジー思考や、キャラクター性も楽しく書かせて頂いた作品になっているかと思います。楽しんで頂ければ、嬉しいです♪

 それでは、今回はこの辺で、またお会いしましょう♪