<PCクエストノベル(1人)>


上昇気流 〜コーサ・コーサの遺跡〜

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【冒険者一覧】

【 1856 / 湖泉・遼介 / ヴィジョン使い・武道家 】

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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜目的〜

 コーサ・コーサの遺跡。蔦絡み、瓦礫と化した古いその修道院は、今はもう見る影もない寂れた廃墟同然の場所である。繁栄した当時には、幾人ものの修道僧達が行き来したのだろう、石造りの廊下もホールも、今は横切る獣さえ居ないような状況である。そんな場所に何時からそんな噂が囁かれ始めたのだろう。中央の庭に滾々と湧き出る泉の水は、触れる者に富と幸福をもたらすと言い、それを守る為に『コーサの落とし子』なる番人が住まうと言う。
遼介:「…っつう話なんだけど、聞いた事ねェ?」
王立魔法学院の一室で、遼介が他生徒に尋ねるも、返って来る言葉は大抵似たようなものだった。

 知ってるよ。でも会った事はないし、実際に会った事のある人も知らない。

男子生徒:「単なる噂なんじゃないかなぁ…例えば、コーサ・コーサの遺跡には実はお宝が眠ってるとかさ。んで盗賊からそれを守る為、そんな噂を意図的に流したとか…」
女子生徒:「でもさ、それでもお宝と聞けば目の色変えるヒトも多いし、あんまり抑止力にはならないような気がするんだけど…」
 そんな女子生徒の言葉に、それもそうかと男子生徒が頷く。ふと気付いたよう、遼介の方へと向き直って尋ねた。
男子生徒:「と言うか、なんでそんな事聞いてんだ?」
遼介:「決まってンじゃん、実際にコーサ・コーサの遺跡に行くからだよ!」
女子生徒:「…遼介もお宝目当て?」
 女子生徒がそう言って小首を傾げると、遼介はチッチッと立てた人差し指を振ってニヤリと笑う。
遼介:「そんなモンには興味ねェよ。俺の目的は、『コーサの落とし子』っつうワーウルフと対決する事だからな。くぅゥ…楽しみだぜ、一体どんなヤツなんだろ!」
 遼介は、初めてのデートか何かのよう、ニヤニヤとしまりのない顔をして目をキラキラさせている。表情だけ見れば、彼が想像しているのは可愛いオンナノコか何かだろうと思う所だろうが、実際はまだ見た事もない、強大な力と技を持った人狼なのだから、色気もへったくれもない。そんな遼介を見ながら、友人達は一抹の不安に襲われる。
女子生徒:「…大丈夫かな……?」
男子生徒:「…まぁ、目的はちょっとアレだけど、邪な気持ちじゃないし、多分大丈夫じゃないか?」
 だが、もし悪しき心を持っていないと護神に会えないのなら、遼介は迷う事無く悪人になるような気がして、そっちの方が不安だったりするのだ。

〜道中〜

 コーサ・コーサの遺跡まで自体は、何の苦労もなく辿り着く事が出来た。昼に聖都エルザードを出て数刻、古の修道院は、今はただ静かに、遼介の目の前で夕暮れの茜にその姿を晒している。こうして見ていると、この内部に荒ぶる魂を持った獣が居るとは到底思えない程、遺跡は楚々とした雰囲気を漂わせていた。
遼介:「…ンとに、んな所にいるのかよ……」
 想像していたイメージを若干違ったのか、遼介はやや不安げな声でぼそり呟く。少々弱気になった自分自身に気合を入れるためか、パン!と両手で自分の頬を叩いて小気味いい音を響かせた。
遼介:「んしゃ!行くぞ!」
 ザッ、と遼介は足を踏み出し、遺跡へと入っていく。その姿を、どこかから何かの眼差しがじっと見詰めていた。

 遺跡の内部は思ったより、かなり荒廃していた。ここに修道士の姿がなくなってどれぐらいの時が経ったのかは分からない。酷い疫病が流行って、隔離の目的でここに全ての病人が集められ命が尽きるまで放置された為、人が近寄らなくなった等と言う噂まであり、単純な調査目的でも暫く行われなかったらしい。一応、人が訪れるようになったその後は、例の幸せになれる泉とワーウルフの噂である。再びここは人の足音が響かない場所と化し、やってくるのは一攫千金を求めて泉を捜す者か、『コーサの落とし子』の存在を求める腕自慢の者、その二つに一つだった。
 勿論、遼介はその後者である。
 瓦礫を時にはくぐり、時には跨いで遼介は遺跡の奥へと進む。話では、泉は修道院の中庭にあった噴水があった辺りから湧き出ているらしい。そこへ行けば、護神に会える筈だ。遼介は、中庭と言うぐらいだから遺跡の中央辺りにあるのだろうと辺りをつけて歩いていく。勿論、その間も周囲への注意は怠らない。護神は、泉だけでなくこの遺跡そのものを護る存在なのだろうから、ここへ侵入を果たした時点で既に監視の目は光っているのだろう。その証拠に、遼介は先程からどこからともなく己へと注がれる視線を微かにだが感じていた。だがそれは遼介に畏怖の念を起こさせるどころか、寧ろ更なる闘志を燃え上がらせたに過ぎず、遼介の歩調は速さを増しただけだった。
 そして、その何者かも、そんな少年を興味深げに、どこかから見詰め続けているのであった。


〜邂逅〜

 幾ばくかの時が過ぎ、夕暮れが夕闇へと移り行く頃。遼介は目測でだが、遺跡の中央辺りの位置へと辿り着いていた。が、そこは想像していたような泉や噴水どころか、中庭と呼べる程の広さもない。周囲は崩れた石壁が幾重にも重なり、不安定な空間を築いている。足元にも天井から剥落したと思われる、細かな細工のしてある石材がそこら中に散らばっているだけだ。この更に先にも行けるようにはなってはいるが、自分の予想とは違ったその光景に、遼介は首を傾げる。コーサ・コーサの遺跡が、人が足を踏み入れるたびにその道筋を変える迷宮であった等と言う話は聞いた事が無い。もう一度、遼介が反対側に首を傾げると、不意にその頭上から声が響いた。
??:「なんだ。道にでも迷ったか、人間よ」
 その低い声は明らかに、人間の声帯から発せられたのではない響きをしていた。遼介は反射的にその場から飛びすさり、剣の柄に手を掛けて身構える。声のした方を見据えるが、薄闇と鬱蒼とした蔦の所為で、その者の姿は様として知れない。素早い遼介の動きに、クックッと喉を鳴らして笑う声がした。
??:「手馴れたものだな。そうやって、他の場所でもその傍若無人さで聖なる場所を荒らしてきたのか?」
遼介:「おいこら。勝手に決め付けんじゃねーよ」
??:「では何だ。尤も宝目当てであってもここにはそのようなものはない。人を幸福へと導く力を秘めた泉があるだけだ。
遼介:「それも違うっつーの。俺はお宝目当てでもシアワセにして貰いたい訳でもねェ。俺の目的は『コーサの落とし子』、つまりあんたと一太刀交える事だけだ」
 遼介がそうきっぱりと言い放つと、声はまた喉で低く笑う気配をさせた。
コーサの落とし子:「くく…まさか、本当にそう言い切るとはな…」
遼介:「何を今更言ってんだ。あんた、人の心を見抜けるんだろ?俺がそう思ってきた事も、既にお見通しなんじゃねェの?」
コーサの落とし子:「我は読心が出来る訳ではない。ただ、気配や鼓動や所作などから、考えている事が大半予想がつくだけだ。…いずれにせよ、おまえのように泉が目的でない者も、ここには良く訪れる。……後悔せぬのなら、相手してやるが」
 護神の声が、低く何かを孕んだような響きになる。遼介は、首の後ろがちりっと感電したような感覚を受け、それが本能的な緊張と高揚感である事を感じた。鞘に収めたままの剣を横に突き出し、今までの不遜な態度はどこへやら、仰々しく一礼すると、遼介はすらりと抜いた剣を構えた。護神がその姿を現わすより前に、地面を抉る勢いでダッシュし、風を切った。
遼介:「後悔なんざ、最初っから持ち合わせてねぇや!」


〜火花〜

 『コーサの落とし子』の武器は、空の月程に青白く光を反射する大鎌だ。先手を取って攻撃を仕掛けた遼介の前に、その身を現わした半狼半人は想像以上に大柄で、それにもかかわらず軽いフットワークで遼介の第一撃をあっさり避けた。その動きに感心すると共に、沸き立つ期待感を抑え切れない。それが表情に現れていたか、踵で土を掘りながら地面に降り立った護神が、またくっくっと喉を鳴らして笑う。
コーサの落とし子:「余裕だな。それで本当に我を倒せると?」
遼介:「んなんじゃねェよ。ただ、手応えありそなヤツで嬉しかっただけさ」
 言葉どおりに弾む声でそう答えると、それを不快に思った訳ではないらしく、ワーウルフはただ笑うだけだ。…尤も、声はしなかったし表情までを窺う程の余裕はなかったので、笑ったような気配を感じただけだが。
 護神は手にした大鎌を、持った手とは反対の肩を越して自分の背後まで引き、そのままの体勢で遼介に向かって突進してくる。肘を引く勢いで大鎌を水平方向へと凪ぐ。その刃先は確かに遼介の立ち位置を捉えていたが、そこには既にその身体はなく、上空へと高く飛び上がっていた。そこでそのまま落下すれば、それこそ護神も思う壺である。だが勿論、遼介もそこで終わるつもりは毛頭無かった。宙で身体の位置を反転させると僅かに残っていた天井を蹴り、頭からワーウルフに向かっていく。剣は切っ先を足に向けて己の身体に添わせている為、空気抵抗を受けず、遼介の身体は弾丸のように飛んでいく。瞬間、剣を足元から頭の方へと振り上げてコーサの落とし子の眉間を狙うが、それは寸前に鎌の刃で受け流されてしまった。
遼介:「…ッち!」
 剣を跳ね返された反動を使って体勢を整え、足から着地した遼介が舌打ちをする。着地の反動で膝を折って身体を沈み込ませて衝撃を抜きつつ、一時の間も置かずに護神に向けて駆け出す遼介は、同時に斜め上へと向かって剣を薙ぐ。その攻撃は、人狼には予想の範囲内だったか、あっさりと受け流されてしまうが、遼介の本当の目的は剣で斬り付ける事ではなかった。薙いだ剣をそのまま身体を軸にして一回転させ、同時に軸足からの鋭い蹴りをワーウルフに向け叩き込む。さすがにこれには護神も堪らず、足を払われて地響きをあげながら地面へと倒れ込んだ。
遼介:「んしッ!」
 こっそり内心で握り拳を握りつつ、遼介は流れる勢いで次の攻撃―――そのまま剣でではなく、体術を叩き込もうと―――に移る。ジャンプし、膝蹴りで倒れたコーサの落とし子の鳩尾を狙うが、これはその見掛けからは想像も付かない程の軽い身のこなしの護神にすんでのところで躱され、遼介の強靭な膝は地面にクレーター状の穴を開けるに終わった。

 ちらりと遼介の視線が、周囲へと配られる。刻々と変わりつつある身辺の状況に、僅かにだが舌打ちをした。それは、音は聞こえずとも相手へとその気配は伝えたらしい。遼介が視線を巡らせるその理由を察したコーサの落とし子は、またクックッと喉で低く笑う。
コーサの落とし子:「どうする?もうそろそろ夜だな。このままではおまえは視野が効くまい」
遼介:「ンなこたねェんだけどさ…やっぱ、迫力と面白味には欠けるな」
 音と空気の流れ、気配等だけでも、遼介は真っ暗闇の中でも戦える自信はあったが、やはり相手の姿をしっかりと感じながらでないと、対決も面白くはない。護神が攻撃の手を降ろした事に気付いて遼介も剣を降ろし、逆の手で持っていた鞘で自分の肩をぽんぽんと叩いた。
コーサの落とし子:「しかし、こう言う状況になるのは目に見えていただろう、そんな事に気付かぬ程、愚かでもあるまい。何故、夜が明けるまで待てなかった?」
遼介:「そりゃァ、早く戦ってみたくって、逸る気を抑え切れなかったのさ」
 陽気に笑って、遼介が剣を鞘に収める。半狼半人も手にした大鎌の柄を地面に突き刺す気配がした。
コーサの落とし子:「悪しき心でなく泉に何かを望むのでなければ、おまえの希望は叶えよう。また来るがいい」
 そう言い残し、ワーウルフはその気配を消す。その見えない背中に向かって、遼介は言われずとも!と息巻いた。


☆終章

 完全に夜の帳が降り、周囲は暗闇に閉ざされる。元修道院と言う事で、未だに多少は神の加護を受けているのか、廃墟内はほんのりと暖かくさえあり、夜の寒さは感じなかった。
 遼介は、その日の内にエルザードに戻る事は諦め、廃墟の一角でその夜を過ごす事にした。瓦礫の影に隠れて凭れ掛かり、剣を足の間に抱え込む。ぼんやりと宙に視線を向けると、蛍のような光るものが目の前を横切った。
遼介:「…んとに、なんで朝まで待てなかったのかなァ…確かに楽しみで居ても立っても居られなかったからここに飛んで来たけど…折角イイ戦いだったのに、中折れしちまって残念…」
 楽しかったなァ、等と先程の遣り取りを思い起こして悦に入る。あの時はああ出れば良かったな、と頭の中でシミュレーションを組みながら、遼介はいつしかウトウトと浅い眠りへと落ちていった。

 夢の中でも、コーサの落とし子と戦っていたのだろう。


おわり。