＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
声の雫
------＜オープニング＞--------------------------------------
銀色の髪を後ろで一つに結い上げた青年が、自信なさげに黒山羊亭の扉をくぐってきた。
暗闇に月明かりが注がれたような銀色の髪は、薄暗い店内に映える。伏し目がちの青年は美しい容姿を持っていたが、曇らせた表情に生気はない。
しかしエスメラルダは戸口にその青年の姿を見つけ声を上げた。
「あら、ジーク久しぶりじゃない。まだ歌ってるの？」
あたし貴方の歌好きだったのよ、とエスメラルダが言うと困った表情でジークと呼ばれた青年は呟いた。
「ボクの事知ってるんですか？」
「え？何言ってるの？たまに歌ってたじゃない。最近は来てなかったけど」
「・・・ボク、変なんです。寝る度に記憶が少しずつ消えてしまって・・・今では自分の名前と一つの歌しか思い出せなくて・・・呪われてるのか・・それとも病気なのか・・・」
エスメラルダはジ青年に駆け寄り、本当に？、と尋ねる。
「本当です。どうしようと悩んでいたらいつの間にか此処に・・・」
丁度その時、店内で流れていたピアノの演奏が止まった。
丁度良いわね、とエスメラルダは青年をステージへと引っ張り上げる。
そして小声で青年にエスメラルダは指示を出した。
「いい？自分の覚えている歌を歌いなさい。あとはあたしがなんとかしてあげる」
とん、と軽く青年を押し出してエスメラルダは青年の後方に立つ。
ステージ上から暫く辺りを見渡していた青年だったが、すっ、と息を吸うと歌い出した。
凛とした歌声が店内に響き、客達の胸に浸透していく。声で酔わせる、まさにそのような感じだ。海に住むというローレライも嫉妬するだろう。
『月影に揺れる貴方の影
いつまでも一緒だとそう願っていたのに
君の心は変わりゆく月の姿と同じように
いつの間にか姿を変えていく
月を見ても何処を見ても
君の影はもう何処にも見えなくて
海に揺らいだ月明かり
声の雫を海に流して』
歌い終わった青年は一同に向かい緩やかに一礼する。するとあちこちから沸き上がる拍手。
ほんの少し、生気のなくなった青年の顔に色が戻る。
エスメラルダは頃合いを見計らって青年の隣にいくと、辺りを見渡し告げた。
「さぁ、この青年を助けてくれる人は居るかしら？彼の覚えているのは今の歌と、自分の名前のみ。彼の名前はジークフリート。彼の記憶を探して頂戴」
ジークフリートはステージ上で儚げな表情を浮かべ、そしてもう一度客に向かい頭を下げた。
------＜誓約書？＞--------------------------------------
パタパタと忙しそうにホール内を動き回っている少年。
「ルーセくん、こっちお願い」
「はーい」
ルーセことルーセルミィは普段は別の酒場で働いているのだが、今日は人手が足りないと言うことで黒山羊亭の助っ人に来ていた。
ホール係の仕事は忙しいがやりがいもあってルーセルミィは気に入っていた。
そんな忙しさの中に居ながら、ルーセルミィは止んだピアノの演奏の後に聞こえ始めた歌声に動きを止める。
そしてステージで歌う人物をホールの隅から眺めた。
銀色の長い髪を持つ美しい青年の奏でる歌声に耳を澄ます。
その時、ルーセルミィの頭に浮かんだのは噂で聞いたことのある『ジークフリート』という吟遊詩人のことだった。銀色の長い髪と美しい容姿の青年で、思わず引き込まれる歌声を持っているというのだ。
軽く瞳を閉じてその歌声を聞いていたルーセルミィは止んだ歌声で我に返った。
「あ、オーダーとらなきゃ・・・」
そう呟いて動き出そうとした時、エスメラルダの声が響いた。
ステージ上の青年はルーセルミィの予想通り『ジークフリート』という名前で、記憶を失い始めているという。その記憶を取り戻すのが依頼のようだった。
一瞬、ルーセルミィは考える。
気に入ってしまった歌声をどうやったら自分のいる酒場でも歌ってくれるだろうかと。もちろん客寄せにもなるだろうし、何よりあの容姿を間近で好きなぐらい見れるというのも役得だと思う。ちょっとミーハーのような気もするが、綺麗なモノは大好きなルーセルミィは、よし、と小さく頷く。
そして次の瞬間、ルーセルミィは手を挙げていた。
「ボク協力するー！但し記憶を戻せた暁には、うちの酒場でも歌って欲しいな♪」
「あら、依頼を受けてくれるの？」
エスメラルダがルーセルミィに笑顔を向ける。
ルーセルミィは藤色の髪を揺らしてニッコリと笑った。
「うん。協力するよ☆だって気に入っちゃったんだもん」
ルーセルミィはそのままステージまで近づいて、ジークフリートを見上げる。
でね、とルーセルミィは少し含みのある笑みを浮かべる。
「御礼はうちの酒場でも歌を歌って欲しいんだ。それが条件ってことで。あぁ、そうそう。忘れちゃったらヤだから誓約書作ろうねー」
え？、とジークフリートの脳裏に？マークが飛ぶ。
しかしジークフリートはルーセルミィに流されるままにペンを持った。
「あの・・・本当にそれだけでいいんですか？」
こんな大変な依頼なのに、とジークフリートは申し訳なさそうに言う。
しかし全開の笑顔でルーセルミィは告げた。
「うん。いいの、いいの。・・・はい、コレにサインして☆」
紙を差し出されジークフリートは頷き、ルーセルミィの出した条件を呑む誓約書を書き上げる。
「これでよし、と。それじゃ早速記憶探しの旅にレッツゴー！」
ぴょん、と軽く飛び上がったルーセルミィはジークフリートの腕に手を絡め引きずるようにドアへと向かう。
そこではたと気づいたようにエスメラルダを振り返った。
「そうだった、お仕事！」
そのルーセルミィの様子にエスメラルダは苦笑しながら言う。
「いいわよ、今日はもう。繁忙期も過ぎたしね。今日はアリガト。それじゃジークの事お願いね」
「まかせて☆」
そう言うとルーセルミィはエスメラルダに尋ねる。
「忘れるところだった。えっとね、どこら辺で歌ってたか分かる？」
「そうねぇ・・・」
エスメラルダは近くにあった紙にメモを書くと、可愛らしく首を傾げたルーセルミィに手渡す。
「そこの酒場では確実に歌ってたはずよ」
「ありがとう！」
ヒラヒラと手を振ってルーセルミィはジークフリートと共に黒山羊亭を後にした。
------＜歌声＞--------------------------------------
「さーてと。えーっと・・・」
ジークフリートと呼ぼうか、それともエスメラルダが呼んでいたようにジークと呼ぼうか少し戸惑ったルーセルミィにジークフリートは小さく笑いながら告げる。
「ジーク・・・で良いですよ。でも本当によろしいんですか？あんな報酬で・・・」
「さっきも言ったでしょ？ボク、ジークの事気に入っちゃったから。それとボクのことはルーセって呼んでね」
えへへー、と笑ってくるくるとその場でターンを決めるルーセルミィ。
「それとね・・・許せないから」
ルーセルミィの言葉が理解できず首を傾げるジークフリート。
しかしルーセルミィはごまかすように笑顔を浮かべ、ジークフリートの手を取り走り出す。
「ん、何でもないんだ。それよりも！ほら、いつも歌ってた酒場に着いたよ」
「わっ、ちょっと待って下さいー」
急激に手を引かれジークフリートは転びそうになりながらもルーセルミィの後を追った。
「うんうん、じゃ一週間前まではジークは此処で歌ってたんだー」
「おぅ。オレはその歌を聴くのが毎日の楽しみでなー」
「分かるよー。すっごい良いよねー」
酒を煽りながら語る男にルーセルミィは適当に相づちを打ちながら情報収集を開始する。
「それでね、ジークはその後何処に行ったか分かる？」
いつものお願い光線を発してルーセルミィが男に尋ねる。
酒のせいではなく少し顔を赤らめながら、男は店の入り口付近に立つジークフリートを指さして言った。
「本人に聞けば良いじゃねーか。ほれ、そこに居るだろ」
「んー・・・それがねー」
がっくりと肩を下ろし、落胆の表情を見せてルーセルミィが事の次第を話すと男は、そうか、と自分の知る事を洗いざらい話してくれた。
ルーセルミィの人選は間違ってはいなかったようだ。
男に、ありがとう、と告げるとルーセルミィはジークフリートと共に酒場を後にした。
「ここで歌を歌っていたジークは海岸方面に歩いていったんだって。それじゃ、もう一度そこに行ってみようよ。ジークの歩いた道のりを歩いていたら何か思い出すかもしれないし。もしかして誰かがジークを陥れようとしているのだとしたら探し回ってるボクらの事放っておくわけ無いでしょ？」
「そうですね・・・」
頷いたジークフリートにルーセルミィは言う。
「あと、さっきの歌。ボクに教えて☆」
「え？歌ですか？」
「うん。なんだっけ・・・最後だけ覚えてるんだけど『声の雫を海に流して』だっけ？」
「えぇ、そうです」
月明かりに照らされた道を二人並んで歩きながら、ジークフリートは唯一覚えている歌を歌い続ける。歌い終わるとルーセルミィに催促され、また歌を紡ぐ。
そのうちその歌声にルーセルミィの声も重なった。何度も何度も歌い、その歌を覚える。
ジークフリートの切々と歌い上げる声は、暗闇に溶け、そしてルーセルミィの胸の暗がりにも光をもたらすようだった。
「ジークの歌って気持ちいいね」
「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」
「あ、お世辞じゃないからね」
少し先を歩いていたルーセルミィはくるりと振り返り、人差し指をピンと立て言う。
「はい」
嬉しそうに微笑んでジークフリートは隣に広がる海に目を向ける。
そして不意に立ち止まった。
不思議そうにルーセルミィはジークフリートを見つめる。
「どうしたの？」
「この景色・・・見たことがあるような気がします」
「本当にっ？」
ルーセルミィはジークフリートに駆け寄り海に目をこらす。
「他には？なんか思い出すこと無い？」
「歌を歌っていたような気もします」
「それじゃ、歌って。さっきの歌を」
ルーセルミィの迫力に押され、ジークフリートは歌い出す。
海に、暗闇に響いていく歌声。
しかしジークフリートとの全てを注ぎ込んだような歌声は途中で止んでしまう。
「ジーク？」
ルーセルミィの声にジークは頭を左右に振ってルーセに目で訴える。
必至に声を出そうとしているが、どうやらその声が出ないらしい。
「声がっ！」
その言葉を聞いてルーセルミィは近くに絶対元凶があると付近を探し始める。
こんなに簡単に人生が狂ってしまうなんて事、あってはいけないのだ。
他人の人生を勝手に崩してしまうような、生きながらに壊されていくようなやり方は許せなかった。まるで昔の自分を見ているようで気分が悪い。
そんな時、ルーセルミィの目に岩場で薄く笑う美女の姿が飛び込んできた。
その視線の先はジークフリート。
「もしかして、キミがジークの声や記憶を？」
「そうだとしたら？」
まるで頭の中に直接響いてくるような声。
綺麗なモノが好きなルーセルミィには、何故か目の前にいる美女は美しいはずなのにとても歪んで汚れているように見える。
「どうして？」
「この私よりも、ローレライの私よりも美しい歌声なんて許せないじゃない。人を惑わす声を持つのは私だけで十分」
「たったそれだけの理由で？」
「あら。大変な理由じゃない」
微笑を浮かべるローレライに、ニッコリと笑みを浮かべるルーセルミィ。
まるで天使のような愛らしい微笑み。
「そう。それじゃ・・・」
「問題ないでしょ・・・っきゃぁぁぁっ」
ローレライの言葉じりが悲鳴に変わる。
一気に間合いを詰めたルーセルミィのレイピアがローレライの首筋に当てられていた。
「声を失ってみる？あぁ、でもその前に死んじゃうかも☆」
笑顔はルーセルミィの顔から消えていない。
天使のような笑顔で悪魔の囁きを与える。
「キミの声が消えたら苦しいでしょ？記憶だって消えてしまったら悲しいし淋しいでしょ？ジークだって、誰だって同じだと思うんだけど」
「そ・・そうね。そうよね」
ちくり、とレイピアの先が喉に刺さる。
「やめてぇぇぇっ。お願い、止めて」
ローレライの美しい顔が歪み、涙が頬を伝う。
「それじゃぁ、ジークの声と記憶を返してあげて。キミがジークの人生を左右することは許さない」
そう断言したルーセルミィにローレライは呟いた。
「分かったわ・・・。返すから・・・返すから喉を潰すのはやめてぇぇっ」
ルーセルミィは喉を軽く刺していたレイピアを少しだけ引く。一筋の血がその場所から零れた。
「返すわ、全部」
がっくりと膝をついたローレライは小さく口の中で呪を唱える。
その間もルーセルミィはレイピアをローレライから離すことはない。
「返したわよ」
ルーセルミィはジークフリートに向かって声をかける。
「ジーク歌える？」
「えぇ。記憶も声も戻ってきました」
「それじゃ、さっきの歌の続きー☆」
「分かりました」
そう言ってジークフリートは先ほどの続きを歌い始める。
再び響き始める凛とした声。
その歌声を聞いてローレライは小さく呟いた。
「・・・悔しかったんだもの。私以外の声に惑わされる人がいるのが・・・消えてしまえば良いと思ったんだもの」
俯いたローレライの瞳から銀色の雫がこぼれ落ちる。
「だからって・・・キミにその権利はないと思うけどね」
薄く笑ってルーセルミィはローレライをその場に残し、白い翼をはためかせるとジークフリートの元へと向かった。
------＜成立＞--------------------------------------
「ジーク！誓約書のこと覚えてる？」
先ほどの一瞬垣間見えたような笑みの欠片もなく、ルーセルミィは嬉々とした表情をジークフリートに向ける。
「えぇ、覚えてます。本当にありがとうございました」
「だったら今からうちのお店で歌ってよ。復帰祝いに、ね？」
でも復帰祝いってボクがジークにしてあげなきゃいけないのかな、と複雑な表情を浮かべるルーセルミィだったがジークが首を振る。
「いいえ、行きましょう。ボクの歌で良かったらいつでも」
「本当に？やったぁ！それじゃ決まり☆」
「はい」
二人は微笑んでくすくすと笑い合うと、ルーセルミィの働く酒場へと歩き出した。
その時、ふいにジークフリートが振り返り、未だ岩場に座り込んでいるローレライに目を向ける。
「ボクは・・・貴方の歌声が好きで歌を歌い始めたんですよ」
はっ、としたように顔をあげるローレライ。
小さいけれど通ったジークフリートの声はローレライの元まで届いたようだ。
軽く会釈をしたジークフリートはルーセルミィと共に再び歩き出す。
その時突如響いてきた歌声は女の声だった。
緩やかで柔らかなその歌声は甘くそして切ない。
ルーセルミィはその歌声を聞いて小さな、本当に小さな笑みを浮かべ微笑んだ。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●1411／ルーセルミィ／男性／12歳／神官戦士（兼 酒場の給仕）
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
この度はご参加いただきアリガトウございます。
ニッコリ笑顔でさくっと一撃、な感じが出せてますでしょうか。（笑）
ルーセくんの可愛さを存分に活かせていたら良いなぁと思っております。
それとうちのジークフリートを気に入って頂けてありがとうございました！
また機会がありましたらどうぞヨロシクお願いいたします。
ルーセくんのご活躍楽しみにしております。
ありがとうございました！
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