<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


過去を見せる鏡
「黒山羊亭、というのはこちらでよろしいでしょうか?」
 言いながら黒山羊亭に入ってきたのは、黒いローブを着た小柄な少女だった。腰まで届くつややかな長い髪と、つり気味の青い瞳が印象的な少女だ。
「わたくし、町外れで魔法使いをしております、レーテと申します。実は先日、魔法で『過去を見せる鏡』をつくったのですが……実験台になっていただける方を探しておりますの。もしよろしかったら、どなたか、実験台になってはいただけませんでしょうか?」
 レーテはゆっくりと店の中を見回す。
「その鏡は、ただ過去を見せるだけのものではございません。ご自分のご意志で、過去を変えることもできます。もちろん、『もし過去を変えていたらどうなったか』を見せるだけで、現在が変わることはありえませんけれども……」
 レーテは静かにつけくわえると、艶然と微笑んだ。

 気づくと、ルーセルミィは、かつて姉や両親と暮らしていた家にいた。
 視界はあの頃と同じように低くて、足には枷がはまっている。
 ルーセルミィは自分自身を、ぎゅうっと、強く抱きしめた。
 この、変わった髪と瞳の色のせいで、不義の子なのではないかと疑われ、母から疎まれていたあの頃の、痩せた身体そのものだった。
「お姉ちゃんは……」
 いつまでもこうしていても仕方がない。当初の目的を思い出して、ルーセルミィは顔を上げた。
「お姉ちゃんに、伝えなくっちゃ」
 そう、伝えなくてはならない。
 ルーセルミィを救うことのできない無力な自分をなげいていた姉に、未来の自分は幸せなのだと伝えなくてはならないのだ。
 そんなことをしてもどうにもならないかもしれないけれど、せめて、一度でも姉に笑顔が戻ってくれればと。
「……ルーセルミィ?」
 そのとき、後ろから声がかかった。
 振り向くと、ずいぶん前にわかれたきり、一度も顔をあわせていない姉が、あの日のままの姿で立っていた。
「……お姉ちゃん」
 ルーセルミィは姉に向かって微笑みかける。
 すると、姉は困ったような顔をした。
 それもそうだろう、とルーセルミィは思う。
 あの頃の自分は、多分、こんな笑顔を浮かべることなどできなかったはずだから。
「あのね、お姉ちゃん」
 ルーセルミィは姉へと近づいていくと、その手をとって、頬に当てた。やわらかな姉の手の感触に目を細めて、言葉を続ける。
「心配したりしないでいいよ。未来のボクは幸せだから……だから、笑って。お姉ちゃん」
「未来のボク? どういうことなの?」
 姉は不思議そうに首を傾げる。
 ルーセルミィは首を横に振った。
 わからないのなら、無理に理解することなどないのだ。
「ボクは大丈夫だよ、ってことだよ。ボク……お姉ちゃんに笑って欲しくて、未来から来たんだよ」
「未来……? ルーセルミィ、なに言ってるの?」
 そうは言いながらも、姉はやわらかく笑んだ。
「お姉ちゃん……」
 ルーセルミィは姉に身を寄せた。
 姉の笑顔を見られたことが、嬉しくて。
 それだけで、幸せで。
 ルーセルミィはそっと、そのささやかな幸せを噛みしめ、目に涙を浮かべるのだった。

 アイラスは目を覚ますと、まだ鈍っている頭を目覚めさせるかのようにゆるくかぶりを振った。
 見ると、一緒にレーテの家までやってきた3人も、それぞれに伸びをしたりあくびをしたりしている。
「……お目覚めですか?」
 レーテはトレイにティーカップを4つ、乗せていた。それを1つずつ配りながら、優しく微笑みかける。
「……レーテさん」
 そんなレーテに、ルーセルミィが眉を寄せながら声をかける。
「こんなものを作ってなにがしたかったの? 現在も変えられない……ただ、過去を見るだけの鏡なんて。意味がないんじゃない?」
 ルーセルミィの言葉に、レーテは一瞬、目を見開く。そしてそのあとで微笑みを浮かべて、ルーセルミィに視線をあわせた。
「たしかに意味はないかもしれませんね。でも、それが心のなぐさめになる場合もありますから」
「ええ……あの。私……過去を見ることができて、よかったです。あれがただの夢じゃなくて、本当のことだってわかったから……。レーテさん、ありがとうございます。私、この世界で彼のことを探してみます!」
 リラの言葉に毒気を抜かれたのか、ルーセルミィが黙り込む。レーテは微笑みを浮かべてリラに近づくと、その頭をそっとなでた。
「よかった。あなたのような方の役に立てて、私も嬉しいわ」
「私も、なんだかよかったような気がします〜。ねえ?」
 エルダーシャがほんわりとした様子でアイラスに話を振ってくる。
「ええ、そうですね」
 アイラスは笑顔でうなずく。
 別の道に進んだ自分の姿、というのはなかなかに興味深いものがあった。
「あの、鏡について色々聞いてもかまいませんか? 仕組みなんかに興味があるんです」
 アイラスはカップに口をつけながら、レーテに向かって声をかけた。レーテはうなずく。
「それでは、みなさんもご一緒にいかがですか? ケーキも用意いたしますから」
「ケーキですか〜。いいですね〜」
 エルダーシャがにこにこと言う。ひかえめながらも、リラもなんだか嬉しそうだ。
「ルーセルミィさんもいかがですか?」
 レーテがルーセルミィに声をかける。
 ルーセルミィは眉を寄せて考え込んだあとで顔を上げて、
「……別に、ケーキに釣られたわけじゃないからね!」
 と宣言する。
 けれどもその言葉とは裏腹に腹の虫がかわいらしく鳴いて、ルーセルミィは真っ赤になる。
 アイラスはそれを聞かなかったふりをしながら、顔をそむけてこっそりと笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1780 / エルダーシャ / 女 / 999 / 旅人】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
【1411 / ルーセルミィ / 男 / 12 / 神官戦士(兼 酒場の給仕)】
【1879 / リラ・サファト / 女 / 15 / 不明】


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 今回はシナリオの性質上、ほとんど個別のノベルとなっております。ルーセルミィさんはこのような感じに描かせていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。
 実は、最後の方の共通部分はどのようにまとめようかと考えていたのですが、ルーセルミィさんのプレイングを拝見し、このような感じにまとめることを思いつきました。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。