<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


過去を見せる鏡
「黒山羊亭、というのはこちらでよろしいでしょうか?」
 言いながら黒山羊亭に入ってきたのは、黒いローブを着た小柄な少女だった。腰まで届くつややかな長い髪と、つり気味の青い瞳が印象的な少女だ。
「わたくし、町外れで魔法使いをしております、レーテと申します。実は先日、魔法で『過去を見せる鏡』をつくったのですが……実験台になっていただける方を探しておりますの。もしよろしかったら、どなたか、実験台になってはいただけませんでしょうか?」
 レーテはゆっくりと店の中を見回す。
「その鏡は、ただ過去を見せるだけのものではございません。ご自分のご意志で、過去を変えることもできます。もちろん、『もし過去を変えていたらどうなったか』を見せるだけで、現在が変わることはありえませんけれども……」
 レーテは静かにつけくわえると、艶然と微笑んだ。

 リラ・サファトはふとあたりを見回して、首を傾げた。
 先ほどまで、レーテの家にいたはずなのに……まるで、ここは、夢の中で見た光景とそっくりだ。
 すっかり荒廃した、荒れ果てた大地。その上を、リラは歩いているのだった。
 過去を見せるという鏡を、のぞいたはずだったのに――
「リラ?」
 隣にいた男性が、リラに呼びかけてくる。
 リラは男性の顔を見、息を呑んだ。
「あなたは……」
 思わず、小声でつぶやく。
 目の前にいるのは、たしかに、夢に出てくる男性だった。
「ヘンなやつだ。どうした」
「……いえ、なんでもありません」
 リラはうつむく。
 もしも、レーテの言葉が本当ならば、やはり、あれはただの夢ではなかったのだ。かつて、本当にあったことなのだ。
 男は肩をすくめると、先に立って歩き出す。
 リラは男のあとを追いかけた。
 身長差があるから、なかなか追いつけないけれど、それでも懸命に追いかけた。
「……待って」
 置いていかれそうになって、リラが思わず声をかけると、男は振り返って手を差し出してくる。
 リラはそっとその手を取った。
 その手はあたたかく、リラは思わず、涙がこぼれそうだと思った。
 もちろん、リラの目から涙がこぼれることはないのだけれど……。
 そして、リラが男の手を胸に押し抱こうとしたそのとき、ぱっと場面がうつりかわった。
 リラはベッドに寝ていて、そのすぐわきには先ほどの男がいる。
「……あの」
 リラは男に声をかける。
 すると男はうっすらと笑みを浮かべて、リラの頭をなでてくれる。
「今夜はついててやるから」
「……はい」
 リラは小さくうなずいた。
 ついていてくれるというその一言に、胸の中にじんわりとあたたかいものが広がっていくような気がした。
 リラはそっと目を閉じようとし、けれども、すぐにまた目を開けて、男の方へ視線を向ける。
 なんだか、目を閉じてしまうのは惜しいような気がしたのだ。
 この顔を、この声を、この手のぬくもりを、ずっと覚えていたいと思った。
「……ヘンなやつだな」
 リラがじっと見つめていると、くすぐったがるかのように男が言った。
「……ごめんなさい」
 リラが目を伏せると、男はまた、リラの頭をなでた。
 リラは今度は目を閉じて、いつかまたあなたに会える日が来ればいいのにと、声に出さずに祈った。

 アイラスは目を覚ますと、まだ鈍っている頭を目覚めさせるかのようにゆるくかぶりを振った。
 見ると、一緒にレーテの家までやってきた3人も、それぞれに伸びをしたりあくびをしたりしている。
「……お目覚めですか?」
 レーテはトレイにティーカップを4つ、乗せていた。それを1つずつ配りながら、優しく微笑みかける。
「……レーテさん」
 そんなレーテに、ルーセルミィが眉を寄せながら声をかける。
「こんなものを作ってなにがしたかったの? 現在も変えられない……ただ、過去を見るだけの鏡なんて。意味がないんじゃない?」
 ルーセルミィの言葉に、レーテは一瞬、目を見開く。そしてそのあとで微笑みを浮かべて、ルーセルミィに視線をあわせた。
「たしかに意味はないかもしれませんね。でも、それが心のなぐさめになる場合もありますから」
「ええ……あの。私……過去を見ることができて、よかったです。あれがただの夢じゃなくて、本当のことだってわかったから……。レーテさん、ありがとうございます。私、この世界で彼のことを探してみます!」
 リラの言葉に毒気を抜かれたのか、ルーセルミィが黙り込む。レーテは微笑みを浮かべてリラに近づくと、その頭をそっとなでた。
「よかった。あなたのような方の役に立てて、私も嬉しいわ」
「私も、なんだかよかったような気がします〜。ねえ?」
 エルダーシャがほんわりとした様子でアイラスに話を振ってくる。
「ええ、そうですね」
 アイラスは笑顔でうなずく。
 別の道に進んだ自分の姿、というのはなかなかに興味深いものがあった。
「あの、鏡について色々聞いてもかまいませんか? 仕組みなんかに興味があるんです」
 アイラスはカップに口をつけながら、レーテに向かって声をかけた。レーテはうなずく。
「それでは、みなさんもご一緒にいかがですか? ケーキも用意いたしますから」
「ケーキですか〜。いいですね〜」
 エルダーシャがにこにこと言う。ひかえめながらも、リラもなんだか嬉しそうだ。
「ルーセルミィさんもいかがですか?」
 レーテがルーセルミィに声をかける。
 ルーセルミィは眉を寄せて考え込んだあとで顔を上げて、
「……別に、ケーキに釣られたわけじゃないからね!」
 と宣言する。
 けれどもその言葉とは裏腹に腹の虫がかわいらしく鳴いて、ルーセルミィは真っ赤になる。
 アイラスはそれを聞かなかったふりをしながら、顔をそむけてこっそりと笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1780 / エルダーシャ / 女 / 999 / 旅人】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
【1411 / ルーセルミィ / 男 / 12 / 神官戦士(兼 酒場の給仕)】
【1879 / リラ・サファト / 女 / 15 / 不明】


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、浅葉里樹と申します。
 リラさんはなんだかほわほわと可愛らしい方なのに、なんだか悲しげな雰囲気で、こんな感じでよかっただろうか――とおもいながら書かせていただきました。
 夢の中に出てくる男性と、リラさんがいつか出会えることを、私も祈っております。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お気軽にお寄せくださいませ。ありがとうございました。