<PCクエストノベル(1人)>


船底の番人 〜豪商の沈没船〜

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【冒険者一覧】

【 1856 / 湖泉・遼介 / ヴィジョン使い・武道家 】

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☆序章

 一つの冒険はそこで終わらない。例え何かの証を見つけたとしても、すぐに新しい探求心が生まれ、人々は再び、冒険の渦中へと身を投じて行く。それは途切れなく、例え誰かが力尽きても、次の誰かがまた立ち上がり、人の、何かを求める欲求は消えてしまう事はない。先細る事もない。希望や欲求や夢で膨らむ事はあっても…。

 畏れを知らぬ少年は再び旅立つ。その時求めるものが何であれ、己が希望に向かって、一歩一歩確実に前へと進む為に…。

☆本章
〜港にて〜

遼介:「…いや、俺はべっつに財宝なんかが欲しくて来てる訳じゃねぇんだけどさ……」
 何やらぶつくさとぼやく声が明け方の港に聞こえてくる。ここは小さな港町で然程有名な地でもないが、その昔、沈没して今も無残にその姿を晒すとある豪商の商業船への探索を目指す冒険者達が集まる事で、多少の賑わいを見せる街であった。
 遼介も、そんな冒険者の中の一員であったのだが、何故かいつもの勢いが無い。決して、水が苦手とか濡れるのが厭だとか、そんな程度の話ではないような感じだが…。
漁師:「ほぅ、あんたも沈没船の探索に行くのかい。ご苦労さんだねぇ」
 傍で網の手入れをしていたひとりの漁師が、遼介に笑顔を向ける。ここ聖獣界ソーンでは、遼介が元いた星とは違って外見や年齢だけで言動が制限される事はまず無い。幾つであっても冒険者としての素質があれば、そのように認められる。それが、少々擽ったくもあり嬉しくもある遼介は、同じような笑みを漁師へと返した。
遼介:「ああ、そうだよ。結構、多いんかな。沈没船に行く奴って」
漁師:「まぁ、お宝探索としてはお手軽な方だからな。船は確かに沈んではいるが上からもその姿を見る事はできるし、大まかな船内の構造図も一般公開されている。まだ確認されてない部屋とかがあるから、そこを中心に探索すれば、お宝が手に入る確率も高いって事よ」
遼介:「んでも、そんだけハッキリしてるんなら、いい加減取り尽くされてても不思議じゃねぇと思うんだけどなぁ」
 言葉どおり、不思議そうに遼介が腕組みをして呟く。漁師も頷きつつも、緩く首を左右に振った。
漁師:「確かにそうなんだが、未だに完全な形での構造図がないって事は、まだ船内の」全てを探索されてないって事らしいんだな。それに、全てを見て回るにはいろいろと障害もあるらしい…それが何かはわしらは知らんけど」
遼介:「ふぅん。…で、ところでさ、この辺りって鮫が出たりすんの?」
 遼介の問いに、漁師が笑って首を横に振る。
漁師:「いいや、この辺りは至って穏やかなもんよ。時化る事さえ稀な海域さ。逆に静か過ぎて何の潮の流れもないから、漁をするには向かない場所だがね」
遼介:「そんな静かな海で、その船は沈んでしまったって訳か」
 独り言のように口の中だけで呟いた遼介だったが、その声は漁師にもしっかりと届いていた。くくく、と喉で笑うと、漁師が海と空の境目辺りを指差して言う。
漁師:「だから、未だに謎がたくさん残ってるんじゃないのかい?」


〜漂う波〜

 港から沈没船の位置までは、地球製の水上ジェットスキーで向かう。様々な文明や技術が混在してるソーンの中でも、地球製のマシンは今でも珍しい部類に入る。遼介は以前に元いた世界で扱った事があるので別段困りはしないが、扱いがなかなか特殊なのか、自在に操れる人間はここではまだ少ないようだった。
 そもそも、遼介が財宝の探索などを思い当たったのは自分の意思ではなく、魔法学院の友人から頼まれたからである。どうやら豪商の荷の中には、珍しい魔法学の辞書などもあったらしく、それらが手に入るなら…と言うのが友人達の願いであった。
遼介:「…だったら、自分達で行けばいい話なのによ…水が冷たいのも修行の一環だとか、経験が己を強くするのだとか、調子のいいことばっか言いやがって…」
 だが結果的に、それに釣られて今ここに自分がいる事も事実で。
 遼介は、乾き易い綿のシャツに海パンと言う身軽な恰好で、白い水飛沫をあげながらジェットスキーを飛ばしている。カモメに似た白い鳥が、物珍しげに遼介と並走する。海面では、翼のあるように見える魚が、背の低い弧を描いて同じように並んで飛び跳ねていた。
 やがて辿り着いたのは、港からは然程離れてはいない海域、だがその辺りから途端に海深は深くなっている。なのに海の底に沈む船の形までがはっきりと見て取れる程澄んでいて、そのアンバランスとも言える様子が、余計に不可思議さを強く醸し出していた。
 遼介はジェットスキーのエンジンを停め、静かな波間に漂わせるがままにさせる。綿シャツを脱いで道具を腰にベルトで結びつけ、そのまま海へと躊躇う事もなく、頭から勢いよく飛び込んでいく。
 背に背負った刀は、今回は唯のお守りだ。ざぶんと泡と一緒に海に沈んだ遼介は、腰ベルトの小さなポケットから、海色の小さな宝石の欠け片を取り出し、それを口の中へと放り込む。それはアクアシードと呼ばれるティアラの魔法の宝石で、大気と次元で繋がっていると言われているそれを口に含むと、水中などの普通なら呼吸の出来ない所でも呼吸が可能になると言うものだ。遼介は、青い髪を海草のように揺らしながら、沈んだままの宝の船へと、深く深く潜っていった。


〜空間〜

 随分長い間、そのままになっているのだろう、豪商の商業船は、かつてはその華やかだった姿を思い起こさせる程度には、まだその装飾などに色を残していた。金や銀で飾りたてられた部分もあったのだろうが、その辺りは既に海水に侵食されたり、或いは剥がされたりして跡形もない。船の頭にいる女神を象ったエンブレムも、ゆらゆらと揺らめく海草の寝床と化し、その美しさは最早過去のものだった。
 遼介は、手頃な窓から中を覗き込む。荒れ果てた内部には壊れた箱や家具などが海水の揺らめきに合わせてゆっくりと蠢く様が見える。腰のベルトからハンマーを取り、窓の一部を叩いて壊すと、その隙間からするりと内部へ侵入を果たした。
 そこは、どうやらその昔は食堂か何かだったらしい。沈没する直前まで食事の用意が成されていたのか、或いは食事の真っ只中であったのか、皿やグラス等が海水に浮いて、遼介の目の前を横切っていった。
遼介:『…なんか、侘しいっつうか……』
 この船が沈んだのは、何かの禁忌を犯したが為に神の怒りを買った所為だとか、或いは魔人同士の戦いに巻き込まれたのだとか、諸説がいろいろ存在した。勿論、そのどれもが信憑性がなく、ただのおとぎ話のようになっていたが。だが、繁栄を極めたこの船が、財宝と共に沈んでしまった事は事実で、こうしてここに人が居た痕跡を残している事が、少々寂しさを感じさせるのだ。
 気を取り直した遼介が、更に奥へと泳いで行く。壊れた扉を蹴って更に壊して戸口を大きく開けると、次の部屋へと向かった。

 そうして幾つかの部屋を探索した遼介だったが、めぼしい物は何もない。ここまで来るのに全く苦労をしていないから、ここを訪れた冒険者達は数多いのだろう。何かを手に入れる為には更に奥を探索しないとな、と心の中で呟いた遼介が、廊下の突き当たりの部屋へと入っていったその時だった。
 ぐわッと水の圧力が遼介へと掛かり、危うく遼介はバランスを崩して錐揉み状態になり掛ける。それを手と足で水を掻く事で阻止し、それでも身体は水に押し流されて壁へと叩き付けられ掛ける。遼介は水中で一回転をすると壁を足で蹴り、体勢を整えてそちらの方を見た。
遼介:『……なに……?』
 暗く煙った海中の室内で、視界が取れずに遼介は眉を顰める。だが、その向こうに何やら赤く光る二つの目を見付けて本能的に身体が、腰からヴィジョンカードを引き抜いていた。不慣れな水中での戦闘は、慣れたものに任せた方がよい。そう聞かされていた遼介が召喚したのは、半人半獣のティアマットだ。海水の象徴でもあるこの召喚獣は、海の中を自在に泳いで、赤い目の獣へと果敢に向かって行く。その後から付いて行くように遼介も水靄の中を泳いで行くと、赤い目の正体は、巨大な海蛇の化け物であった。
 ティアマットがその身をくねらせて海蛇へと向かうと、海蛇もまたその長い身体をくねらせ、巻き付かせて動きを阻止しようとする。それを間一髪で逃れたティアマットだが、海蛇の尻尾が余韻で激しく振り降ろされ、その衝撃で再び遼介は壁際まですっ飛ばされ、激しく身体が船室の壁に叩き付けれられた。ぐっと息詰まる衝撃に目の前が一瞬だけ赤く真っ暗になる。奥歯を噛み、遼介は背中の剣を取ると、鞘からは抜かずにそのまま脇に挟み、壁を蹴って素早い動きで海蛇目掛けて泳いでいった。
 ティアマットの攻撃が海蛇の眉間に命中すると、海蛇は声にならない叫びを上げて悶絶した。そのうねる身体に巻き込まれないように注意しながら、遼介が海蛇に向け、手にしていた剣を少し離れた場所から素早く薙ぎ降ろした。その覆われたままの切っ先は海蛇には当然届かなかったが、その波動が水の刃を作り、ブーメランのように飛んでいって海蛇の片目を傷付けることに成功した。
 この海蛇には、声帯がないらしい。激しい咆哮を聞いたような気がするが、それは音として遼介の耳には届かなかった。ただ、痛みに悶え苦しむ海蛇の自棄糞のような身体の動きが、船室の海水を乱して遼介の身体のバランスも崩す。必死でバランスを取っていた遼介だったが、やがてその努力も空しく、吹き飛ばされて今度は逆の壁へと叩き付けられた。
遼介:『いってぇよ!……って、……あ…?』
 無言で悪態をついた遼介だが、自分が背中を叩き付けた壁が少し変な事に気づいて眉を潜める。しっかりとした作りの船室なのに、そこだけ妙に柔いのだ。遼介は、ハンマーを出してその壁を叩いてみる。すると、そこは簡単に崩れ落ちてしまい、その先はぽっかりと真っ暗な洞窟のような穴が見て取れるではないか。
遼介:『…なんだ、ここ……ん?』
 ふと遼介が振り返ると、片目を失った海蛇が、何やら焦ったように暴れながら船室を出て行く。その姿は、何かに怯えているような、そんな感じだった。
遼介:『この先に、何かいるのか…?あの海蛇が怖がるような、もっと凶悪な何かが……』
 気が付けば、召喚獣が遼介を引き留めるような仕種をする。ここから先は、今の装備では行かない方がいい、と忠告しているようだ。好奇心は疼くものの、それは遼介とても同意見で、渋々だが、遼介は、その場を後にした。
 開けた穴の向こうは、どこまで続くのか分からない、漆黒の闇のままで遼介の背中を見送った。


☆終章

 その後、陸に揚がった遼介が、自分の記憶を頼りに、船の構造図を書けば、その事実に気付く事だろう。
 あの時見た深い深い闇の洞窟は、船の船底よりも更に深い場所へと繋がっていた事に。


おわり。