<PCクエストノベル(1人)>


license 〜森の番人 ラグラーチェ〜

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【冒険者一覧】

【 1856 / 湖泉・遼介 / 】

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☆序章

 さて、今宵の詩(うた)は何にしようか。不死の魂を持つ騎士が聖獣界を巡った冒険談、鄙に稀なる美しき姫を巡る華やかな色恋の数々、或いは、間抜けな商人とその愛馬が繰り広げる抱腹絶倒の喜劇まで、ありとあらゆるものを用意しているが。
 それとも、今はまだ、名も無き冒険者の話にしようか。いつの世でも、伝説として語り継がれるようになるのはその者が実際に活躍した時よりも幾千もの夜を越えた後の話。
 だが時には、そうなる前の詩を紡ぐのも良いのではないかろうか。
 …果たして、この冒険が後々の世に語り継がれるものになるかどうかは、今はまだ何も分からない……。


☆本章
〜新緑の季節〜

遼介:「…随分使い込んだもんだよな、我ながら……」
 そんな事を呟きながら、遼介は森へと向かう街道をひとり歩いている。周りに人がいない事をいい事に、抜き身の剣を顔の前へと掲げて、太陽の光に当てて細分に眺めているのだ。愛用の剣は確かに使い込まれて遼介の手に馴染み、まるで本物の腕の一部のように自由自在に操れる。が、その反面、形あるものはいつか壊れる、ではないが、その剣も大分ガタがきてしまっていた。こうして太陽の光に透かして見てみても、刃毀れこそはしていないものの、傷が付いたり陥没した部分があったり、或いは柄の革巻きの部分が解れていたりと、なかなか見た目にも年季が入ってしまっている。
 この剣自体に何かの由来がある訳ではないので、もしも逸品を見つけたならば、それに替える事も厭いはしない。となれば、まずは市場か武器屋、或いは鍛冶屋などに赴くのであろうが、ここで敢えて森へと出掛けていく辺りが、一筋縄ではいかない遼介らしいとも言える。
 勿論、何の目的も無く森へと向かっている訳ではない。遼介が捜しているのは『世界でもっとも気高い伝説の鉱物』だ。それがどう言ったものであるかは、全く分からないが、
遼介:「ンでも鉱物って言うからには、きっと武器への加工も可能だと思うんだよな。もし武器が駄目でも篭手とかさ。それに、そんな鉱物で出来た武器・防具なら、絶対何か付与価値があると思うんだ。何か、特殊な能力を秘めているとか…」
 考え出すとキリが無い、と言うよりは、どんどん想像は膨張していく一方だ。クーッ!とわくわくする気持ちそのままに唸った遼介は、抜いていた剣を鞘に仕舞うと、やや早足で目的の森へと向かった。

 その森は、聖都エルザードから然程遠くない、街道沿いにある大きな森である。冬でも緑が絶える事無く、白い雪景色の中に浮かぶ深い緑の一塊は、なかなかの絶景でもある。が、季節に反してのその生命力には、やはり訳があるらしい。
森人:「あんた、あの森に行くのかい?」
 それは街道の分かれ道、遼介が向かおうとしている方向にはその森しかないと言う交差点で、通り掛った森人に声を掛けられた。
遼介:「うん?ああ、そうだよ」
森人:「…止めた方がいいと思うがねぇ…あの森には、わしらも狩人も近付かないようにしているんだ」
 そう言うと森人は、しかめっ面を作る。
森人:「わしらは、あの森に入りたいんだよな、木の質が格段に違うからな。だが…」
遼介:「ラグラーチェに邪魔される、って?」
 遼介がニッと笑ってそう言うと、森人は、知っていたのかと目を瞬いた。
遼介:「勿論っ。だって俺は、そのラグラーチェに会いに行くんだから」
森人:「森の番人にか? …ああ、あの数え歌に出てくる…」
遼介:「そ、伝説の鉱物。それが俺の、真の目的なんだ」
 遼介が生き生きとした笑顔を向けると、それが単なる冗談や遊び半分での言葉ではない事を知り、森人は感心したような声を漏らした。
森人:「へぇえ、まだ遊びたい盛りの子供かと思ったら、もういっぱしの冒険者じゃないかい。気をつけていきなよ、噂は聞いているだろうけど、番人はなかなか強情らしいからな」
 そう言うと森人は、何かの足しにでも、と乾パンを一塊くれた。礼を言ってそれを受け取り、遼介は森人とは背中合わせに、誰も行こうとはしない道を歩き始めたのだった。


〜真緑の空〜

 街道の分かれ道から森へと伸びている道は、途中からは森の外周に沿ってぐるりと巡らされているらしい。それは上空から見ると涙の雫のような形で、その真ん中に森があるような感じだ。遼介は、わざわざ廻っていくのは面倒臭いとばかりに、涙の尖った部分から街道を離れて真っ直ぐ歩き、中心部を目指した。
 水も食糧も、何日かはゆうに過ごせるだけのものを持参した。それに加えて、先程の森人から貰った乾パンだ。街道を離れると、まずは足首辺りまでの雑草が生い茂る原っぱへと入っていく、それが次第に雑草が背の高さを増し、やがては腰辺りまで埋まる程の藪と化す。その藪がようやく切れたな、と思った時、遼介は空の青を見上げる事が出来なくなっていた。
遼介:「いつの間に、森の中に突入してたんだ……?」
 顎を仰け反らせて空を仰ぎ、遼介は驚いたように目を瞬かせた。先程までは青い空に白い雲が見えていたのに、今はただ木々の濃い枝葉が繁っているだけだ。
 遼介は腰のベルトに付けたポーチから一本のリボンを取り出すと口に咥え、近くにあった木の幹を一気に駆け上がる。高い位置にある太い枝にそのリボンをしっかりと結わえ付けてから飛び降りて上を仰げば、リボンが風になびいてひらひらと揺れ、それは恐らく遠目からでもはっきり見える事だろう。遼介は頷き、ここをベースキャンプにする事にした。
 続いて同じポーチからチョークを取り出す。近くの幹に、最初は大きく目立つように印を書こうとしたが止め、目立たない隠れた場所に小さく描いた。
遼介:「…もしかしたら、誰かが意図的に書き直したりするかもしんないからな…」
 捜さなければ分からない場所から、そう簡単に悪戯される事はないだろう。勿論、それでも全く安全だとは言い切れないが、無防備であるよりはずっといいだろう。
 遼介はよし、とばかりに頷き、歩き出す。前の印がまだ見える辺りで次の印を付ける、と言った方式で目印を付けて行く。それが暫く続いた後の事だった。
遼介:「…これは、……」
 遼介の眉が潜められ、一本の木を見詰める。それは、新たに遼介がマークしようとした木なのだが、そこには既にチョークで書かれた印があったのだ。
遼介:「…まさか、他の誰かが以前に書いた、って訳じゃなさそうだな…つか、こんな印、俺しか書かないか」
 それは、何とは形容しがたい模様のような呪文のような、だがそれだけに、これは確かに遼介が書いたものであると言う証拠なのである。それがここにあると言う事は、遼介は知らないうちに同じ場所へと戻ってきてしまったと言う事か。
 だが、そのような精神干渉を受けた感じではなさそうだし、その場に立ち尽くして、うーんと唸り考え込む遼介だったが、ふと何かの違和感に気付いて神経を集中した。
遼介:「………。!?」
 はっ、と遼介は地面を蹴って空へと飛び、高い位置にある枝を掴むとそのまま逆上がりの要領で木へと登った。感じた違和感は、遠くから聞こえてくる物音だ。今まであまり聞いた事の無い音だったので、特に気に掛かったらしい。
 遼介が木に登ったまま息を潜めていると、次第にその音は大きくなる。と、同時に遼介が登っていた木が振動で揺れた。
 何事、と遼介が緊張した面持ちでいると、ふっと視界が変わるのを感じて目を瞬く。最初は自分が眩暈でも起こしたのかと思っていたが、実はそれは遼介が登っていた木が、自ら移動し始めているからだと気付く。そして更に、それは木が自分で歩いている訳ではなく、地面が海流のように流れているからだと理解した。
遼介:「ははーん、だからマークした木が動いてた訳か…これで人を迷わせてたんだな」
 にっと遼介が笑う。よく見れば確かに、苔生して凹凸のある地面に、流れたような後とそうでない箇所がある事にも気付く。恐らく、地面が移動する現象は限られた箇所にしか起こらないらしい。で、あれば流れない場所に生えている木にマークをすれば、迷わずに澄むと言う事だ。
遼介:「そー簡単に、俺は騙せねぇっつーの!」


〜薄緑の川〜

 そうして遼介はどんどん森の奥へと踏み込んでいく。暫くすると、地面の対流の後も無くなり、ここから先はきっとまだ殆どの人が見た事の無い場所なのであろう。そう思うと遼介はますます逸る心を抑え切れない。思わず早足になってほぼ走り出しながら、木々の間を潜り抜けていった。
 が、そんな遼介の好奇心を削ごうとでも言うのか、踏み出した片足の着地地点がいきなりぽっかりと割れて真っ暗な底を覗かせる。危うく落ちそうになるが、咄嗟に持っていたナイフを木の幹に突き立て、それにぶら下がって難を逃れる。裂けた穴は獲物を飲み込む事ができない事を知ると、そのままゆっくりとその口を閉じた。
遼介:「…ヤバかった。…あー、ごめんなー…?咄嗟の事とは言え、傷付けちまって…」
 遼介は、ナイフを抜いた後に残ってしまった幹の傷口を見てそう謝罪した。考え、持ってきた食糧の中からバターを取り出すとその傷口へと塗り込める。それが本当に有効な治療法なのかどうかは分からないが、人間の薬が木に効くとは思えなかったし、バターなら毒にはならないだろうと思ったのだ。
遼介:「ごめんなー、こんな事しかできなくって。俺は樹木医じゃねぇから……」
 遼介の言葉が途中で途切れる。それは、遼介が治療?をしていた木の上から何かの気配を感じ、上を向いたところ、そこに一羽の大きな梟が止まっている事に気付いたからだ。
遼介:「…………」
梟:「……………」
 絶句する遼介と目を合わせたまま、梟も黙ってじっと見詰め返している。真っ白な羽根と赤いくりくりとした目、大きなその梟は、何故かとても聡明な雰囲気を漂わせていた。
遼介:「…ラグラーチェ?」
 遼介が、こそりとその名前を及ぶと、梟はホゥ、と一声鳴いた。そうだ、と言ったように聞こえたので、遼介は目を輝かせて身を乗り出した。
遼介:「やっぱそうなんだ!やった!森の番人に会えたぞ!」
 ガッツポーズをして喜ぶ遼介を見て、ラグラーチェはホゥホゥとまた鳴いた。
遼介:「でさっ、早速だけど、『もっとも気高い伝説の鉱物』ってどこにあんの?」
ラグラーチェ:「ホゥ?」
遼介:「この森には、そんな不思議な鉱物が湧き出る泉があるんだろ?なぁ、教えてくれよ〜」
ラグラーチェ:「ホホーゥ」
遼介:「…駄目なんか?じゃ、じゃあ、あんたの事を教えてくれよ。どれぐらい前から、ここに住んでんだ?」
ラグラーチェ:「ホッホー。ホゥ」
遼介:「………」
 梟なのだから当たり前なのかも知れないが、ホゥとしか鳴かない鳥相手に普通に会話しようとしている自分が、急に間抜けに見えてきた。改めてラグラーチェを見上げると、梟は小首を傾げて遼介の方を見詰め返す。何?と言っているようにも見えるが、それも遼介の想像に過ぎないのだと思ったら、この梟がラグラーチェであるかどうかさえ疑わしくなってしまった。
遼介:「…考えてみれば、梟なんて森の中ならどこにでもいるもんなぁ…それに、ラグラーチェが人の言葉を話すかどうかってのも確認されてねぇみたいだし。白い羽根と赤い目ってだけじゃ、判断のしようがねぇよな」
ラグラーチェ?:「………」
遼介:「会ったらいろいろ聞きたい事があったんだけどなー…、まぁしょうがねぇか」
 溜息を零して遼介は肩を竦める。ふと、視線を横に逸らすと、向こうに何かがきらりと光った気がした。遼介は歩いてそちらへと向かってみる。頭上の梟も、何故か同じように飛んで遼介の後に付いていった。
 それは、小さな小川だった。森の中で川が流れている事自体は、特別変わった事ではないが、ただ、その川は水が薄緑色をしていて、少し不思議な感じがした。
遼介:「…川、か……これの源泉が、もしもその鉱物を産出する泉ならば…」
 この川を遡っていけば、そこに辿り着ける筈。
遼介:「…だけど、今回は無理だな。先が見えなさ過ぎる。それに、第一目標は達成したし」
 そう言って、頭上の梟を見上げる。遼介は、やはりこの梟がラグラーチェであると思ったのだ。ニッと笑い掛ける遼介に、ラグラーチェはまたホゥと一声鳴いた。


☆終章

 それから遼介は、自分がつけたマークを頼りに来た道を戻っていった。ラグラーチェもその後をついて、枝から枝へと羽ばたいている。
 やがて、一番最初にリボンを結んだ木まで辿り着き、遼介はほっとして息を細く吐いた。
遼介:「っと、やっと辿り着いた。さて、んじゃ邪魔したな?」
 バイバイ、と梟に向かって手を振り、遼介は踵を返す。ホゥ、と鳴いて返事をしたラグラーチェに、遼介が笑った。遼介が森の途切れるところまで歩いた頃、背後から声が聞こえた。
??:「傷付けた事はともかく、木を慈しんでくれてありがとう。感謝する」
 はっと遼介が振り返ると、そこには人の姿など無く。ただ、さっきの白い梟が、大きな翼を広げて森の奥へと飛んでいくのが見えただけだった。


おわり。