<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 新作に挑め!

 
 こんにちは、私はエルザードの繁華街でケーキ屋を営んでいるリィズといいます。
 今年の春は良作の苺が大量に手に入ったので、それを使った新作ケーキを作ろうと思っているのですが、どうにも創作意欲が湧かなくて困っているんです。
 そこで、異世界からやってきた冒険者の方に異世界のケーキを作ってもらいたいんです。
 旨くいけば、サービスとしてケーキをお好きなだけ食べて結構ですので、ご協力宜しくお願いします。


 ケーキ屋・Kuchen(クーヘン)からの依頼を受けたアイラス・サーリアスは、聖都エルザードの繁華街に軒を連ねる同店を訪れた。
 彼はドアノブに手をかけ、扉を開く。其れと同時に取り付けられたカウベルが、優しい音色を奏でる。
「いらっしゃいませ」
 音色と共に彼を出迎えたのは、メイド服のような服――尤も、其れよりも洒落ているが。恐らく、この店の制服だろう――を着用している翡翠の髪の女性だ。
「白山羊亭の依頼を見ました、アイラス・サーリアスです」
「あ、本当ですか。其れは有難う御座います」
 彼の言葉を聞いたリィズは、深々と頭を下げて礼を言う。
「来て下さった早々に申し訳御座いませんが、早速ケーキを作ってくださいませんか?」
「判りました」
「では、こちらへどうぞ」
 彼女の申し出に快く承諾し、アイラスはリィズに連れられて厨房へと足を踏み入れる。そして、彼は金縛りに遭ったように動きを止めた。彼が、ある物体を目にしたからだ。
 彼の目に飛び込んできた其れは――巨大な苺だった。
 大の大人でも一抱えにはできないほどの大きな苺が、調理テーブルを占拠するように置かれていた。
「リィズさん、これは‥‥?」
 パクパクと鯉のように口を開閉させながら、アイラスは言葉を紡ぐ。彼の問いに、リィズは当然のように答えた。
「異世界の方はご存じないかもしれませんが、これこそがソーンに於いて珠玉の苺と評される存在・ジャイアントストロベリーです」
「そ、そうなんですか‥‥?」
「そうですよ! これを使えるなんて、光栄な事なんですから!」
 苦笑いをするアイラスとは対照的に、満面の笑みを浮かべてリィズは心から嬉しそうに言う。アイラスはやはり苦い表情で、「そうですか‥‥」と呟く事しか出来ない。
 其の彼も気を取り直し、白いひらひらのフリルがついた可愛らしいエプロンを着用し、調理に取り組む。
「で、では、早速――」
「あ、気をつけてください!」
「はい?」
 アイラスがジャイアントストロベリーを切ろうと近寄ったとき――其れが噛み付いた。
 突然ジャイアントストロベリーが横に割れると、其処に収められていた牙を使ってアイラスの頭部に噛み付いたのである。其の鋭利な牙はアイラスの頭や顎に深々と突き刺さり、血液を滝のように大量に流して彼は床に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
 リィズは倒れ伏したアイラスに駆け寄って呼び掛けるが、返事は帰ってこない。

 数十分後、調理は無事(?)再開された。
 だが、アイラスの頭部には包帯が何重にも巻かれ、殆どミイラ男である。其れか、透明人間。唯一彼だと判別できるのは、何時も通りかけている眼鏡のお陰だ。
「すみません、事前に話しておけばこんな事には‥‥」
「いえ、こちらこそすいません。治療の魔法までしてもらって、ありがとうございます」
 包帯の所為で声が曇りがかっているように聞こえるが、アイラスは無事なようだ。
「でも、この凶暴な苺をどうすればいいのか‥‥」
「其れは、私に任せてください」
 彼女は胸を張って自信たっぷりに言うと、キッチンの隅の方に置かれていたある物体を取り出した。其れは――自らの丈ほどもある長剣だ。彼女は其の細腕で難なく剣から鞘を抜き放ち、構える。
「あ、あの、リィズさん‥‥?」
「行きますッ!」
 アイラスの言葉など無視して、リィズは床を蹴った。彼女は一瞬でジャイアントストロベリーの間合いに入り――と言っても、其れほど厨房は広くないので当然だが――、刃を一閃した。白銀は巨大苺を盾に真っ二つに切り裂き、リィズが床に着地して鞘に戻すと、なんと苺は細かく一口サイズほどになって何時の間にか置いてあったボールの中へと収まる。
「と、このようにすれば噛み付かれる事無く、調理する事ができるんですよ」
「はぁ‥‥」
 ――したくても無理です。
 そんな事を如実に物語る相槌――溜め息とも言う――を、アイラスは漏らす。其のとき、店のカウベルが柔らかい音で来客を告げ、厨房にいるふたりにも届いた。
「すみませんが、お客が入らしたようですので作っておいてくれませんか?」
「あ、はい、判りました」
 リィズが申し訳なさそうに言うと、アイラスは気を悪くする事無く答え、彼女は一度だけ頭を下げて厨房を出て行った。彼女の後姿が消えたあと、彼は調理を開始した。
 まず、彼女の見事な剣捌きで普通の苺の大きさほどとなったジャイアントストロベリーをすりおろす。其れが終わると、摩り下ろした苺を布巾で包み、適度な力を込めて適度に果汁を搾り出した。これだけでも芳醇な香りを立てる果汁に、事前に泡立てていたクリームを混ぜ合わせる。赤と白が絶妙なバランスで溶け合い、鮮やかなピンク色を醸し出した。
 一方の多少水気を含んでいる果肉は、生地に混ぜる。そして生地は二層に分け、中にイチゴジャムと果汁入りクリームを。外側は普通の生クリームでデコレーションし、最後にビターチョコを荒めに砕き、其れを満遍なく振りかけて完成だ。
 彼の世界では材料の全てが合成物質であり、電子レンジという代物を使用して調理するものである。其処で彼は、レンジがなくとも――少なくとも、この店には無かった――作る事ができるケーキを考案してきたのだ。
 ケーキが完成した丁度其のとき、リィズが厨房に戻ってきた。中々忙しかったようで、頬が上気し、額に汗をかいている。
「遅れてしまって申し訳ありません。って、もう完成したんですか?」
「はい、試食しましょうか」
 アイラスは完成したケーキを綺麗な器に乗せ、フォークを手渡す。其れでふたりはケーキを切り取り、口へと持っていった。が、
「あ」
 アイラスだけがケーキを食べ、リィズはケーキを口内に運ぶのを止めて間の抜けた声を出した。そして、紅潮していた顔を青白く変色させる。其れを見たアイラスは、怪訝な顔をして訊ねた。
「どうしたんです?」
「‥‥実は、ジャイアントストロベリーは即効性の麻痺毒がありまして、水につけて置かなければいけないんですよ」
「‥‥‥‥‥‥」
 リィズから真実を聞かされたアイラス。今度は、彼が青くなる番だった。
 そして、再び倒れた。

 陽は完全に暮れ、街灯が暖かな光を放っている時刻。
「今日は、本当に申し訳ありませんでした」
 心からそう思っているらしく、深々と頭を下げるリィズ。其れは、包帯を巻かれ、憔悴しきっているアイラスへに向けてだ。
 彼の手には大きな紙袋が提げられており、其の中からは甘い香りが漂ってくる。報酬である、大量のケーキだ。謝罪の意も込めてか、かなり奮発してもらったようだ。
「いえいえ、こちらも確認しなかったのが悪いんですし、そんなに謝らないで下さい」
 アイラスも申し訳なさそうに彼女を許す。だが、そのような優しさが裏目になる事もある。
「そうですか? では、次はジャイアントカカオを使ったチョコレートを――」
「け、結構です! 次は純粋に客として訪れますので!」
 彼のやさしい言葉を受けて調子に乗って注文をつけるリィズから逃れるように、アイラスは闇に溶ける街へと自らも投じる。
 彼にとって、今日ほど運に見放された日は無いだろう。‥‥多分。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/軽戦士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、しんやです。
 のっけからですが、言います。すいません。(;´Д`)人
 納品が遅れてしまい、申し訳御座いませんでした。言い訳はしません、格好悪いですもの。
 これからは気をつけますので、これからも宜しくお願いします。m(_ _)m
 それにしても、うちが執筆する食べ物ネタは、いつも『ジャイアント〜」が出ますね。(^^;
 まぁ、ギャグ系は其れしか思い浮かばないという、ある意味素敵な思考なものですから(ぇ
 意気込んだはいいが、この体たらく。ホントにすいません。(´・ω・`)