<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


インパ沼に幻の巨大魚を見た!
●オープニング【0】
「あ、お客さん知ってます? インパ沼に巨大な魚が居るって噂なんですけど」
 白山羊亭の看板娘ルディアは、不意に思い出したようにそんな話を口にした。
 インパ沼――聖都エルザードよりそう遠くない森の中にあるそこそこ大きな沼だ。何でもそこに人間ほどの大きさの巨大魚が居るという話が、ここ最近流れているらしい。
 しかし、そのルディアの言葉に対して、他の客たちが口々に何やら言い始めた。
「え? 俺はむっちゃべっぴんな女がインパ沼に居るって聞いたぜ?」
「僕は女性のすすり泣く声が聞こえるって聞いていますけど……」
「おっきなお魚、美味しそうですにゃー☆」
「私は、最近変な老人がその辺りをうろうろしてるって耳にしたわよ?」
「はぁ? おいおい、インパ沼の周辺って近頃追い剥ぎ出るって話だろ? そんな噂、誰が流してんだよ」
 ……何だか情報が錯綜しているようである。
 そんな中、ある1人のがっしりした中年男性が不敵に笑い出した。
「ふ……ふふ……ふふふっ。そうか……とうとう私の出番だな……」
「あ、あのっ、フリッシュさん?」
 ルディアがしまったといった表情を浮かべ、その中年男性の名を呼んだ。
「ふふふ……その巨大魚の正体は名人である私、フリッシュ・シリーが見極めてやろう! ふふふ、明日の朝は早いぞーっ!!」
 中年男性――フリッシュ・シリーは嬉し気に言い放つと、勘定をテーブルに置いて意気揚々と店を出ていった。言葉から推測すると、釣り名人なのだろうか。
「ああ、こういう話をするとフリッシュさんいつもこうだから……」
 呆れたようにつぶやき、ルディアは小さな溜息を吐いた。
 さて、あなたもインパ沼に足を運んでみますか?

●釣り人は朝早く【1】
 早朝、まだ夜も明け切らぬ頃、聖都エルザードの街の門を出てゆこうとする中年男性の姿があった。
「ふふふ、主が私を呼んでいる……待っておれ!」
 釣り道具を抱えた中年男性――フリッシュは不敵な笑みを浮かべ、インパ沼の方角へ向かおうとしている。釣る気満々といった様子だ。
 そこに、そんなフリッシュを呼び止める声が門の方より聞こえてきた。
「ああ、待ってくださいフリッシュさん!」
 足を止め振り返るフリッシュ。見ると可愛らしい顔立ちで剣を携えた背丈の低い少年が、釣り道具片手にパタパタと追いかけてきている。
 その少年の後ろからは、同じく釣り道具と大きめの包みを手にした、大きめの眼鏡をかけた青年が、ゆっくりと歩いてきていた。
「うん? 君たちは?」
 一瞬怪訝そうに2人を見たフリッシュ。しかし手にしている釣り道具に気付くと、ニヤリとした笑みを見せた。
「ほう……なるほど。いや、皆まで言わずともいい! 名人たる私の釣りに、同行したいのだな?」
「まあ、そんな所です……ね。面白そうな話ですから」
 笑みを浮かべ、眼鏡をかけた青年――アイラス・サーリアスがフリッシュに答える。
 何しろ同一地域で巨大な魚にすすり泣く女性、そして変な老人に追い剥ぎといった噂が出ているのだ。好奇心旺盛なアイラスが、興味を持たないはずがない。
「僕もお供していいですか?」
 少年――ノエル・マクブライトがフリッシュに尋ねた。噂が気になっているのはノエルも同じであった。
「うむ、構わぬ! 君たちに名人の技を見せてやろう、ふふっ……ふふふふふ! 待っているがいい、インパ沼の主よ!!」
 フリッシュはそう言うと、再びインパ沼のある方面へ向かって歩き出した。アイラスとノエルは、その後を追った。

●インパ沼【2】
 街道から枝分かれする道に入り、森を抜けてインパ沼に3人が到着した頃、空はすっかり明るくなっていた。
「うわあ、大きいや……」
 釣り道具を足元に置いたノエルは、沼の向こう岸に目を向けて感嘆の言葉を漏らした。向こう岸がぼんやりとしか見えなかった。
 沼の中は少し濁っていてよく見えない。だが見えないからこそ、余計に何かが居そうな感じがするのは気のせいだろうか。
「何だか本当に巨大魚が居るって雰囲気がするなあ……何人前になるのかな……」
 巨大魚に思いを馳せ、うっとりとするノエル。釣ったら確実に食べる気らしい。
「どうやら釣りに来たのは、僕たちだけのようですね」
 辺りを見回しながらアイラスが言った。やはり追い剥ぎの噂のためか、周囲に人影は見られない。もっとも怪しい気配も今は感じられないのだが。
「ふふ……じっくり主を待つには、このくらいの人数がちょうどいい。よし、さっそく準備だ!」
 釣る場所を決め、準備を始めるフリッシュ。アイラスとノエルは、そんなフリッシュを挟むように両隣に位置し、同じく準備を始めた。
「いいかね。釣りで重要なのは道具じゃない、腕だ!」
 竿を組み立て、釣り糸と釣り針をてきぱきとつけながらフリッシュが名人らしいことを言った。
「ははあ……さすが釣りの名人。言うことが違いますね」
 感心するノエル。よく釣りをしているのだろう、口を動かしながらも準備の手際はしっかりしている。
「そういうものですか。じゃあ、僕みたく素人だとなかなか難しいんでしょうか」
 と、アイラスがフリッシュに尋ねた。そう言うものの、こちらも準備の手際は悪くない。
「ふふ……主はまず無理だろうが、素人には素人の魚が食い付いてくるはずだ」
「なら、主は玄人ですか」
「無論だ!」
 アイラスの切り返しに、フリッシュはきっぱりと答えた。
「そうだ、釣餌用意してきたんですけど、使いますか?」
 荷物の中からごそごそと木の小箱を取り出すノエル。その中身は、鶏の唐揚げなど何やら残り物のように見えた。
「ルディアさんに分けてもらったんです」
 ノエルはそう付け加えた。ということは、白山羊亭の残り物なのだろう。
 余談になるが、ノエルがルディアからこれらを分けてもらおうとした際、最初『そんなに生活苦しいんですか……?』と心配そうに尋ねられたのはここだけの秘密である。
「釣餌を使うのは素人だな」
 だがフリッシュはこう言って、何も釣餌をつけていない釣り針をポチャンと水面に放り投げた。
「釣り針のみで釣り上げる……これが名人だとも」
 ……本当か?
 まあ本人が使わないと言っているのだから、本人の勝手である。ノエルとアイラスは釣餌をつけて、各々釣り針を放り投げた。

●忍耐力アップ【3】
 誰が言ったか知らないが、釣りは釣ることが主ではなく、待つことが主であるという。その言葉を、3人は身をもって味わっていた。
「釣れませんね……」
「…………」
「ええ、糸がピクリとも動きませんね」
 こんな会話が何度交わされたことか。溜息混じりに話しかけてくるノエル、無言の名人フリッシュ、状況を淡々と口にするアイラス、三者三様だ。
 釣餌が取られるでもなく、魚が顔を出すでもなく、追い剥ぎが現れるでもなく、ただただ時間だけが流れていた。恐らく昼ももう近いだろう。
「それにしてもフリッシュさん」
 このままじゃいけないとでも思ったのか、ノエルが話題を振ってきた。
「む?」
「釣りの名人なら、きっとたくさん魚を釣られたんでしょうね」
「……まだまだ素人だな」
 ふっ、と若干呆れたような笑みを浮かべるフリッシュ。
「多く釣るから名人じゃない、内容があるからこそ名人だ。分かったかね?」
「はあ……そうなんですか。じゃあ、これぞと狙った魚一筋なんですか」
「ふふ……名人たる私を恐れ、魚が寄ってこないことも多々あるがね」
 ノエルの再度の問いかけに、微妙にずれた答えを返すフリッシュ。ちと不思議に思ったのだろう、ノエルは確認するように言った。
「あの。……釣りの名人なんですよね?」
「私は名人だとも」
 フリッシュはきっぱりと言った。でも、何だか微妙な雰囲気があるのは気のせいだろうか。
「……どなたか来られたようですね」
 じっと水面を見ていたアイラスが、2人の会話に口を挟んだ。
「え?」
 ちらっと後ろを振り返るノエル。すると森の中から、ローブ姿の老人が姿を現した所であった。老人は3人の姿を見付けると、すぐに近付いてきた。
「ほほう、釣りですかの。釣れますかな?」
 老人が3人に話しかけてくる。答えたのはアイラスだった。
「ダメですね、さっぱりです。静かなものですよ」
「巨大魚を確かめに来たんですけど……普通の魚すら確かめられないみたいで」
 苦笑するノエル。すると老人は笑みを浮かべた。
「ほほう、巨大魚。それはそれはご苦労なことで。果たして釣れますかな? 餌がいいと、食い付きも悪くないと……」
「ふふ、名人たるこの私、フリッシュ・シリーを見くびってもらっては困る!」
 老人がまだ話している途中、フリッシュが自信たっぷりに言い放った。いったいこの自信、どこから出てくるのやら。
「ほほう、たいした意気込みですの。では、これ以上邪魔せぬうちに、わしは退散しますかの。お気を付けなされよ……ほっほっほ」
 老人はそう言い残し、3人から離れてまた森の中へ戻っていった。
「……今のお爺さんが、ひょっとして噂の?」
 老人の姿が見えなくなってから、ノエルが尋ねた。
「噂の元になっている可能性はあるでしょうね」
 さらりと答えるアイラス。噂通りに老人が現れたのだ、噂の元になっていると考えた方が自然である。
「まあ居ること自体は個人の自由ですから、僕たちがとやかく言うことでもないでしょう」
「あのお爺さん結局何しに来たんだろう……やっぱり少し変だ」
 全く、あの老人は何者なのだろう。

●お昼ですよ【4】
 老人が去ってからも、釣り竿に動きがないのは変わりがなかった。また時間だけが、虚しく過ぎてゆく。
「……腹が減った」
 さて、昼に差しかかった頃合だろうか、フリッシュがぼそりとつぶやいた。名人といえども、空腹まで我慢出来る存在ではないらしい。
「そろそろお昼にしますか?」
 釣り竿を置き、大きな包みに手を触れるアイラス。そういえば、いったいこの包みの中身は何なのか。
 それは数段重ねの重箱のような物だった。要するに、弁当である。
「腕によりをかけてお弁当を用意してきましたので、よければ」
 笑顔で言うアイラス。その『お弁当』という言葉にノエルが反応する。
「えっ、お弁当ですかっ?」
 と言ったかと思うと、同時に盛大にお腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。
 ぎゅるるるるるるぅ……。
「あ」
 慌てて腹を押さえるノエル。そしてアイラスやフリッシュの顔と、自分のお腹とを交互に見比べ顔をやや赤らめた。
「主と相対するには、しっかり食うことも重要だ。では、馳走になろう」
 片手は釣り竿を握ったまま、もう一方の手を重箱に伸ばすフリッシュ。ノエルも釣り竿を置いて、重箱の方へやってきた。
「ぼ、僕も構いませんかっ?」
 手を伸ばす前に、一応伺いを立てるノエル。
「ええ、もちろん。しかし……ちょっと多めに作り過ぎましたかね」
 若干失敗したかな、といった笑みを見せアイラスが答えた。重箱は上の2段にサンドイッチが、それより下の段にはおかずがぎっしりと詰まっていた。何人居るのか分からなかったせいもあるが、3人で食べるには確かに多いかもしれない。
「ありがとうございます! いっただっきまーす!」
 言うが早いか、ノエルは重箱からサンドイッチを取り出した。
「……もしも、もしもですけど、残ったなら、いただいていっても構いませんか?」
 サンドイッチを頬張りながら、ノエルがアイラスに尋ねた。ただ笑顔を返すアイラス。どうやら弁当が残る心配はしなくていいようだ。
 和やかに昼食が進んでゆく。相変わらず釣り竿に動きは見られない。そんな時だった。
 きゅるるるるる……。
 またお腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。先程のこともあったので、アイラスとフリッシュの視線がノエルに向いた。
「ち、違いますよ。僕じゃないです」
 慌ててふるふると頭を振るノエル。どうも今のは違うらしい。だがアイラスもフリッシュも心当たりはない。
 きゅぅるるるるるるるぅ……。
 また聞こえてきた。それも、何故か沼の中から。
「沼?」
 驚いて水面に目をやるノエル。すると水面に向かって、大きくなってくる影がそこに見えていた。
「主のお出ましか!」
 興奮した様子で言うフリッシュ。そして――沼の中より姿を現した者が居た。それは金髪で白い肌、胸元を布か何かで隠しているとても綺麗な女性であった。左手には何やら腕輪をつけていた。
「主……なんですか?」
 ノエルは唖然とし、女性に見とれていた。女性が現れたことにも驚いたのだろうが、年頃ゆえに綺麗さにもやはり魅入られたのだろう。
「マーメードですか」
 最初に気付いたのはアイラスだった。水面から、魚と同じヒレが顔を出していたのである。
「綺麗な女の人……噂に重なりますね」
 1人納得するアイラス。
(そうすると、泣いている女の人も……?)
 などと考えた矢先、またお腹の虫が鳴く音が聞こえてきた――マーメードの女性から。
 きゅるきゅるきゅるきゅるぅ……。
 マーメードの女性はすぐにお腹を押さえると、恥ずかしそうにこう話しかけてきた。
「あの……何か食べ物お持ちでしたら、分けていただけませんか……? さっきからいい匂いがして……」
 当然ながら、アイラスがこの申し出を断るようなことはなかった。

●あなたがそこに居た理由【5】
「んぐんぐ……もぎゅ……むぐぐ……」
「急いで食べなくても、逃げませんから」
 詰め込むようにサンドイッチを食べているマーメードの女性に、アイラスが優しく話しかけた。
 まるで、ここしばらく満足に食べていなかったかのようなマーメードの女性の食べっぷり。気にならないはずがない。
「けど、どうしてこんな所に居るんですか? マーメードは普通海の方に居るんじゃあ……」
 何気なくノエルが尋ねた。するとマーメードの女性の食べる手が止まり、ぼろぼろと涙を流し始めたではないか。
「うっ……ううっ……うえっ、ふえっ……」
「わわっ! すみませんっ、何か悪いことを聞いちゃいましたか?」
 うろたえるノエル。フォローするかのように、アイラスがマーメードの女性に尋ねた。
「どうされましたか? 何かお困りなことでもあるのですか?」
「うう……」
 こくこく頷くマーメードの女性。
「助けてください……変なお爺さんや男たちに、無理矢理こんな所に連れてこられて……」
「変なお爺さん、ですか?」
 聞き返すアイラス。……何だか嫌な予感がする。
「ほっほっほ、そこまでじゃ」
 案の定、第三者が口を挟んできた。それも聞き覚えのある、つい今し方聞いた声――先程現れた変な老人の声だ。
 見れば老人は、3人の屈強な男たちを従えていた。各々手に剣や斧など、武器を携えていることからして、決して友好的な態度には見えない。
「やはり餌がいいと、食い付きも悪くないのう。マーメードをさらってきて、ここに居させた甲斐があったというもんじゃ」
 笑みを浮かべる老人。しかしそれは、悪事を重ねてきた者特有の笑みであった。
「まさか……噂になっていた追い剥ぎって!」
 はっとするノエル。全部の噂が1本に繋がった瞬間である。
「ほっほっほ、その通り。わしらのことじゃ。この娘を餌に居もせぬ巨大魚の噂を流し、のこのことやってくる馬鹿な者たちから身ぐるみ剥いでおったのじゃ。なかなか楽じゃったぞ」
 老人が得意げに答える。その後ろでは、男たちがニヤニヤと3人を見ていた。
「しかし……お前たちを身ぐるみだけ剥いで帰す訳にはゆかんのう。今後にも関わるでな。……ひとつ、死んでもらうしかなかろう」
 老人はそう言うと、男たちに目配せをした。入れ替わるように、ずいと前に出る男たち。
「むむ……許せん! この名人たるフリッシュ・シリーが、格闘の技をもって退治してくれん!! 名人の技をとくと味わうがいい!」
 怒り心頭の様子なフリッシュ。びしっと老人を指差し、見得を切っていた。
「ふふふ……名人たる私を相手にしたのが不運だと思うのだな……」
「……フリッシュさん、釣りだけじゃなく格闘も名人なんですか」
 老人たちの動きを警戒しつつ、ノエルが尋ねた。
「私は名人だ」
 きっぱりと答えるフリッシュ。
「いえ、だから格闘の……」
「名人と言えば名人だ! それ以上も以下でもない!!」
 フリッシュが怒ったように答えた。この時、ノエルとアイラスの頭の中に、ある文字が浮かび上がっていた――『自称?』と。
「よし、お前たち。そろそろ始末するのじゃ」
 男たちに合図を送ろうとする老人。それを聞き、マーメードの女性が3人に向かって切羽詰まった様子で言った。
「いけない! どなたか私のこの腕輪、壊してください!!」
 だが先に動いたのは男たちの方であった。3人に襲いかかってくる男たち。身構えるフリッシュ、剣に手をやるノエル。
 そしてアイラスは……置いていた釣り竿をつかむと、男たちに向かって思いきり釣り竿を振り降ろした。
 水面から飛び出してきた釣り針と釣り糸が宙を舞い、右に居た男の腕に釣り糸が絡まったかと思うと、真ん中に居た男の顔には釣り針が引っかかった。さすが軽戦士のアイラス、咄嗟のいい判断である。
「いでででででででででっ!!!」
 あまりの痛さに暴れる真ん中の男。そうすると右の男に絡まった釣り糸はますます絡まってゆく訳で。
「ちょっと待て! じっとしてろ、外してやるからっ!!」
 被害を受けなかった左の男も、他の男2人にかかり切る始末。3人に攻撃など出来やしなかった。
「ええい、何をしておるんじゃ! 早く始末せんか!!」
 苛つき、男たちを叱咤する老人。その間に、マーメードの女性が再度3人に言った。
「腕輪を壊してください! 早く!」
 ノエルに左腕を差し出すマーメードの女性。だがノエルは戸惑った様子。
「本当にいいんですかっ?」
「いいですから、早く!」
 マーメードの女性に促され、ノエルは鞘ごと剣を抜くと、腕輪目掛けて剣を振り降ろした。
 パキンッ!
 乾いた音が聞こえたかと思うと、腕輪は2つに分かれ地面に落ちた。
「ありがとうございます!」
 マーメードの女性はノエルに礼を言うと、何やら詠唱を始めた。やがて、老人に向かって水球が高速で発射された。水の精霊魔法『ウォーターボム』の魔法を使ったのだ。
「ぐあっ!!」
 衝撃で後方に吹っ飛ばされる老人。形勢は確実に逆転していた。
 そしてマーメードの女性による魔法の援護を受けつつ、3人は男たちを倒していったのだった。もっともフリッシュのパンチやキックは、さほど効いていなかったようだが……。

●噂の真相【6】
「本当にありがとうございました」
 インパ沼に背を向けた3人に、深々と頭を下げるマーメードの女性。人間の姿となり、男の1人が着ていた衣服を身にまとっていた。
 その間には、丈夫な蔦で幾重にも締め上げられた老人たち追い剥ぎが転がされていた。もちろん男の1人は下着姿である。
 今回の事件は、老人たち追い剥ぎが悪巧みを考えた所から始まっていた。先程老人が自分で語っていたように、さらってきたマーメードの女性を餌に巨大魚の噂を流し、人を誘き寄せたのである。
 この作戦は成功し、物好きな者たちがインパ沼にやってきた。そして老人が様子を窺った後で男たちが現れ、かくて追い剥ぎの被害に遭う者が続出した。これが老人と追い剥ぎの噂に繋がったのである。
 また追い剥ぎに遭わなかった者でも、マーメードの女性をたまたま目撃したり、すすり泣く声を聞いたりしたものだから、ここからまた別の噂に繋がったという訳だ。
「あの腕輪のせいで、能力が封じ込められて……逃げることも出来なかったんです」
 マーメードの姿のままでは森は抜けられない。かといって追い剥ぎの餌に使われたくもない。だからなるべく姿を見せなかったのだと、マーメードの女性は説明した。そういったこともまた、巨大魚の噂に繋がっていたのだが……。
「ですが、今回は姿を現しましたよね? それはどうしてですか」
 アイラスが当然とも言うべき質問を投げかけた。そう、何故今回は姿を見せたのか。
「だって……お腹が空いていた所に、美味しそうな匂いが……」
 恥ずかしそうに答えるマーメードの女性。何でも、ろくに食事は与えられなかったそうだ。そこにあの弁当の美味しそうな匂いがくれば、たまったものではなかったろう。
「何にしても事件が解決してよかった、よかった」
 笑顔で言うノエル。だがこうも付け加えた。
「……魚が1匹も釣れなかったのが残念だけど」
 釣った魚で宴でも、と考えていたノエルにとって、それはとても残念な結果であった。
「ふふ……いくら名人たる私でも、居ない物は釣ることは不可能だ」
 ニヤリと笑うフリッシュ。負け惜しみで言っているのではなく、素で言っている様子なのが結構あれである。
 ともあれ、そろそろエルザードの街に戻ろうかとしていた時だった。
「あ」
 パシャンと、何かが跳ねる音が沼から聞こえ、何かを見たらしいマーメードの女性が短くつぶやいた。
 振り返る3人。だが水面には、何か大きな物が跳ねた形跡だと思われる大きめの波紋しか残っていなかった――。

【インパ沼に幻の巨大魚を見た! おしまい】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 0217 / ノエル・マクブライト / 男
      / ヒューマン / 15 / 見習い魔術剣士 】◇
【 1649 / アイラス・サーリアス / 男
              / 人 / 19 / 軽戦士 】◇


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■         ライター通信          ■
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・『白山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・大変お待たせいたしました、ちと怪し気な噂の流れていたインパ沼でのお話をここにお届けいたします。人数も少なく、なかなかのんびりとした展開になったかと思います。
・何だかどこぞの某『探検隊』を思わせるようなタイトルでしたが、オープニングで流れていた噂にはちゃんと各々真実が含まれ、繋がりを持っていました。あと、フリッシュですが、オープニングでも『名人』とは書きましたが、『釣り名人』とは書いておりません。この辺、ちょっとしたトリックです。ルディアがどうして呆れていたのか、本文をお読みになった後ならばお分かりかと思います。
・ノエル・マクブライトさん、4度目のご参加ありがとうございます。お久し振りですね。フリッシュが釣り名人だと思いましたね? フリッシュに色々と突っ込んでゆくと、もっととんちんかんな会話が繰り広げられていたことでしょう。魚が釣れなかったのは残念でしたね。ちなみに、白山羊亭から釣餌を分けてもらってきたのはいい行動だったんですよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。