<PCクエストノベル(1人)>
それゆけボルシチ伝道師〜底無しのヴォー沼
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【冒険者一覧】 整理番号 / 名前 / クラス
3849 / 鷲塚ミレーヌ / 派遣会社社長
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鷲塚ミレーヌ。この聖獣界ソーンにおけるボルシチ伝道師として名を馳せる(?)さすらいの派遣会社社長である。多少のツッコミ所はあるがそこはまあ置いておいて、そんな彼女が本日やって来たのは底無しのヴォー沼。
名前の通りに底無しで、だがその下には多数のお宝が眠っていると言われているため、一攫千金を狙うものたちで賑わっている。
しかし正確に言えば賑わっている原因はそちらの冒険者たちよりもむしろその周辺。
ミレーヌ「予想以上の光景ね」
沼の周囲に所狭しと立ち並ぶ屋台に露店。その品揃えも武器防具からアイテム、食料品日用品まで様々だ。さながら祭りか街の市の如くである。半ば観光地化している底無しのヴォー沼……中には見ると聞くとでは大違いとばかりに肩を落としている冒険者もいた。
ぐるりと辺りを一周してみるが、さすがにボルシチの店はない。
ミレーヌ「それでこそ、広めがいがあると言うものよ!」
がっしと拳を握り一人空に向かって宣言する。
そう。
ミレーヌの目的はボルシチを広めること。
この地で屋台を出し、各地からやってきた冒険者たちにボルシチの素晴らしさを知らしめるのだ!!
ミレーヌ「さーってと」
早速適当に開いている場所を探して店の準備を始めたのだが。
店主 「ちょっと、そこはうちのスペースだよ」
ミレーヌ「あら、すみません」
仕方がないので別の場所へ。
しかしそこでもまた同じことを言われて場所移動。
これだけの露店があると縄張争いも大変らしい。
ミレーヌ「……店が始められない」
空いているように見えて空いていない。常連店主たちにここはダメ、あっちもダメと言われ続けて……。
ようやっと得たスペースは他の店の影、しかも沼から結構離れてしまっている。
ミレーヌ「上等じゃないのっ!」
たとえどんなに隅に追いやられようともボルシチへの信仰は誰にも負けない!
このくらいで負けるようなミレーヌではないのだ。
なんとか屋台を設置して、ボルシチ作りを始めたミレーヌ。
周囲に美味しそうな匂いを漂わせて注目を集める。
ミレーヌ「うんうん。そうでなくっちゃね」
遠目に眺めていた者たちが少しずつ匂いに惹かれてやってくる。
が。
ぱっとその輪が広がって、一人の屈強な男が進み出てきた。
チンピラ「よぉよぉ、ねーちゃん。だ〜れの許可を取ってここで商売してんだあ?」
いかにもといった風のチンピラ男はそう言ったが、ここで商売をするのに許可が必要だなんて聞いたこともない。実際、この周辺は勝手に商人が集まって店を開いているだけの場所で、どっかで管理しているわけでもない。
ぐるっとその辺の店主たちに目を向けてみたら、露骨に視線を逸らされた。関わりあいになりたくないという心情がもろに表に出てきている。
……どうやらこのチンピラ、力にものを言わせて無理やりショバ代を取ろうとしているらしい。
ミレーヌ「許可が必要だなんて聞いたこともありませんけれど?」
冷静に言い返すと、チンピラはにやりと口の端を上げる。
チンピラ「知識不足だったなあ。ここで商売やるにゃあオレにショバ代を払わにゃならんのよ」
けけっと下卑た笑いを浮かべる男に、ミレーヌは一つ溜息をついてから、
ミレーヌ「ではこちらをどうぞ」
差し出したのはできたてほやほやのボルシチである。
だがっ!
チンピラ「ふざけんなっ」
振り払われ、哀れボルシチはお皿ごと自演に落ちる。
チンピラ「ショバ代つったら金に決まってるだろうが。しかもこんなんじゃ金にも替えられね――」
男は、最後まで言葉を続けることができなかった。
ミレーヌの怒りの波動に気圧されて。
ミレーヌ「……ボルシチになんてことをっ!」
チンピラ「へっ?」
言うが早いか拳が飛んだ。
ミレーヌ「いいですか。ボルシチは世界を救うんですっ!」
シン、と周囲が静まり返った。
いや別にミレーヌの一言に感銘を受けたわけではない。たんに話の流れがわからなかっただけだ。
ミレーヌ「確かにお金にはならないかもしれませんが、ボルシチにはそれ以上の価値があるのですっ!!」
ちなみに、チンピラ男は最初の一撃ですでにぐったりしており、ミレーヌの演説などまったく耳に入っていない。
ミレーヌ「まったく、なんて罰当たりなことをっ!」
まあ確かに食べ物を粗末にするのは罰当たりだが。
誰かはそんなふうに思ったりもしたが、しかしミレーヌの怒りはそことは少しずれている。
ひとしきりの演説を終えた頃にはチンピラも目を覚ましたが、さすがにそれ以上強気には出れなかったらしい。なにせ相手のほうがずっと強いのだから。
バタバタと逃げて行くチンピラを見送ってから、ミレーヌは気を取りなおして屋台に戻った。
ミレーヌ「ああ、せっかくの作りたてボルシチが少し冷めてしまったわ」
しばらくののち。
屋台からはまた美味しそうな匂いが漂ってくる。
店主A 「ねぇちゃん、こっちに来ないか?」
そう言って手招きをしてくれたのは、さっきは自分の縄張だからとミレーヌを追い払った店主たち。
店主B 「いやあ、助かったよ」
店主C 「あいつには俺たちも困ってたんだよ」
どうやらあの男、ところ構わずショバ代請求してまわっていたらしい。
ミレーヌ「ありがとうございます」
お言葉に甘えて、ミレーヌは店を移動することにした。
今度は沼のすぐ傍、一等地だ。
おかげさまで店は大繁盛。多くの人にボルシチを食べてもらうことができたのだった。
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