<PCクエストノベル(4人)>


漣の合間〜豪商の沈没船・その先〜

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【冒険者一覧】

【 1856 / 湖泉・遼介 / ヴィジョン使い・武道家 】
【 1245 / 虚影に彷徨う蒼牙 禍鎚 / 鬼道士 】
【 1528 / 刀伯・塵 / 剣匠 】
【 1559 / クラウディス / 旅人 】

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☆序章

 冒険者達の興味は尽きぬ。

 豪商の沈没船への探検の際、その船の財宝(あれば、の話だが)を守るかのように巨大な海蛇にも似た怪物と遭遇、その戦闘の勢いでか、沈没船の底から繋がる、深い洞窟のような空間の存在を知った。その時は、装備や残り体力などの理由から、その洞窟への侵入はひとまず預けたのだが。
 だが、冒険者の興味は尽きぬのだ。ましてや、己が見つけた手がかりであれば尚更。他の誰かがそれを好日の元に晒してしまう前に、己の腕で謎を解き明かしたいと思うのは至極当然の事であろう。財産や名声は二の次。まずは、己の探究心を満たす事が先決。

 未知の地へは、当然ながら危険が伴う。だからこそ、制した後の達成感は筆舌し難いものになるのだ。


☆本章
〜波飛沫の合間に〜

 最初に遼介がこの漁港を訪れた時は、再びこの地に足を踏み入れようとは想像もしていなかった。
塵:「…お、美味そうな魚じゃねぇか。やっぱ人間は魚を食わねぇとなぁ」
遼介:「塵さん、飯は仕事の後だぜ。先に食うもん食っちまうと、海に潜るのに苦労するぜ」
 水揚げされたばかりの新鮮な魚達を見ながら、垂涎しかねない様子の塵に、遼介が笑ってその背中を手の平で叩いた。その傍らで、クラウディスが不思議そうな顔で二人の顔を代わる代わる見比べる。
クラウディス:「…なんで、モノ食った後に潜ると苦労するんだ? ああ、あれか。塵は身体がでかいから、余計に重くなってしまうからだ!」
禍鎚:「…重くなるのなら、潜るには楽になると思うのだが……」
 ぼそりと後ろから突っ込む禍鎚へと、一斉に三人の視線が向く。何かマズイ事を言ったか、と禍鎚は無言で浅く首を傾げた。
遼介:「禍鎚の言うとおり、確かに身体が重くなれば、潜るには楽になるさ。そうじゃなくって、満腹で水ン中に入ると、水圧やら何やらで腹が圧迫されて……」
塵:「…それ以上は言わんでもよい」
 分かったから、と塵が厭そうな顔をして首を左右に振る。だが、ドールであるクラウディスには今ひとつ分からなかったようだ。
クラウディス:「えーっ、なんだよ!自己完結するなよ、つまんないな!」
 既に旧知の仲であるかのよう、クラウディスは気安く塵に絡んでいく。先程の自己紹介で、初対面である塵と禍鎚に向け、言葉の額面は「はじめまして、よろしくお願いします」と丁寧に挨拶をしていたものの、会釈もせず、何故か仁王立ちで両の拳を腰に宛がっての偉そうな態度を速攻でツッコまれたのだが。
塵:「まぁ良いじゃないか。それは海から揚がってから、余裕があったら教えてやるさ。それよりも、沈没船まで行く手筈は整っているのか?」
 話を逸らそうとして塵がそう遼介に尋ねる。遼介は、無言でひとつ頷いた。
遼介:「この間知り合った漁師の一人に、漁船を借りる約束を取り付けたんだ。今日・明日は港の感謝祭だから、漁には出ないんだってさ」
禍鎚:「海に潜ると言っていたが、沈没船まで行くとなると、かなり深いのだろう?」
遼介:「深いな。だから、塵さんと禍鎚には、これを用意したんだ」
 そう言って遼介が差し出したのは、小指の先程の大きさの、空色の綺麗な色をした錠剤だ。
塵:「それは何だ?薬か?」
遼介:「アクアシードの簡易版…つうか、一回限りだけど、水の中で呼吸できるようになる薬さ。こんな小さいナリをしてるけど、こん中には酸素がギュ〜って一杯詰まっててさ、半日ぐらいなら平気で水の中で過ごしていられるんだ」
禍鎚:「なるほど、水の中ででも息さえ出来れば、沈没船内で探索するのも楽だな」
塵:「…半日も海に浸かってちゃ、身体の芯までふやけちまうだろうなぁ…」
 ぼやくような塵に、大丈夫だと、何の根拠もなく自信を持って遼介が保障した。
 そんな三人の様子を見ながら、クラウディスはぼそりと呟く。
クラウディス:「…人間って、やっぱ不便だなぁ……」

 波も殆ど立たない、穏やかな海での航行だった所為か、遼介達が借りた船はあっと言う間に古の商船が沈む場所へと辿り着いた。錨を下ろし、船を止めるとさっそく四人は海に潜る準備をする。(尤も、準備をしなければならないのは遼介、塵、禍鎚の三人だけであって、クラウディスはと言えば、空を眺めたり海の中を覗き込んだりして、一人気楽に楽しんでいた)
 ザン!と白い水飛沫を立てて四人が海へと飛び込み、そのまま腰につけた重りの力を借りて海底を目指していく。海は深く潜れば潜るほど、太陽の光が届かずに暗黒の世界へと化す。ましてや、沈没船は長きに渡って海底でその身を潜めていたのだから、周囲には鬱蒼たる藻や海藻類がひしめき合い、海流に乗れずに淀んだ海水が、濁って更に視界を悪くしている。沈没船の、元は甲板であった場所へと降り立つまでは何の明かりも必要なかったが、ここから先は何かしらの光源が無いと、探索は難しそうだった。
禍鎚:「そう言えば、ラスは、光を動力源にしているのじゃなかったのか」
 薄暗い海底で、そう尋ねる禍鎚の口からは、喋るたびに薬から漏れる酸素の泡が漏れ出ている。それを物珍しそうに見ながら、地上と殆ど変わらぬ様子のクラウディスが笑った。
クラウディス:「ん、全くの暗闇で無い限り大丈夫。ほんの少しでも明かりがあれば、それで動けるからさ」
塵:「ほぅ、それは便利なもんだな」
 そう言って感心する塵に向け、だろう?と胸を張って威張るクラウディスに、塵がいっそ天晴れと笑い飛ばした。
塵:「では、ラスの為に俺がお前の力の素を出してやろう」
 塵が懐から取り出したのは、小さな札である。【小蛍符】だ。幾枚か使用して呼び出した式神を一箇所に集めれば、手頃な松明程度の明かりになった。普通の松明よりも、白黄色の強い為か、更に明るく感じられる。すると、それまで淀んだ海水にぼやけていた周囲の状況も、より鮮明に見えるようになった。
遼介:「…思ったよりも、腐敗も侵食は進んでいないんだな」
禍鎚:「海水に長い時間浸かっている上、この船は大半が木製だ。それでこの原型を保っていられると言うのは考えてみれば不思議な話だな」
塵:「潮による侵食に元より強い木材を使っていたか、或いは、何かしらの呪いなり魔法なりを施しているか…」
クラウディス:「…でも、今んとこ、この周囲に持続性の魔法が掛けられている気配は感じないよ?材質自体にも、そんな効果を付与してあるようには思えないけどなぁ…」
遼介:「やっぱり、何か一癖あるっつー事だな…」
 そう呟いて軽く唸る遼介の肩を、塵が大きな手の平でばーんと叩く。にっと力強い笑みを向けると、
塵:「なんにせよ、行ってみないとわかんねぇ事だ、取り敢えずは先に進んでみようぜ?」
クラウディス:「…テキトーだな……」
 そう言うものの、クラウディスの顔も皆と同じように期待に満ちている。小蛍符の明かりを先に立たせ、四人は船底へと向かった。


〜ほの明るい海底の〜

 遼介と禍鎚が先頭に立ち、その後ろに塵とクラウディスが続く。先に立って歩く遼介が、腰のバッグから取り出した小さな何かを、前方に向かって投げると、それはふわりと海中に浮いて、ほんのりと桃色に発光をした。
禍鎚:「それは?式神とはちょっと違うような気がするが?」
遼介:「ああ、さっきの薬と同じ、海人の村で買っておいたんだ。海桃蛍を乾燥させたもので、こうして海水に浸かると元に戻って発光するんだってさ」
クラウディス:「明かりなら、塵の式神だけでもイイんじゃないの?俺はこんだけ明るければ、充分だけど」
 背後から掛かるクラウディスの声に、遼介が首を捻って振り向きつつ、それでも歩みは止めずに歩き続けながら答えた。
遼介:「確かに、明るくするだけならそれで充分なんだけど、この海桃蛍は俺達が感じないような僅かな潮の流れを察知して、それに引き寄せられていくんだ」
塵:「脇道でもあればそっちから海水が流れ込んでくるだろうし、敵が動けばその振動で水も動くから、と言う事か」
 そう言う事、と頷く遼介が、自分達の前で、ぷかりぷかりと浮きながら進んでいく、拳大の淡い光に視線を戻した。それは、右へ左へと微かに揺れながらも、四人を先導していくように、ゆっくりとではあるが確実に前方へと進んでいく。壊れたテーブルや椅子よりも海藻が幅を利かせるキャビンを通り抜け、崩れて穴が開き、魚の棲家と化した廊下へと出る。進めば進むほど、自然の光は少なくなって、いつしか小蛍符や海桃蛍の明かりを頼りにしないと歩けない程になっていた。
塵:「…しかし、これだけ暗くなると言う事は、この船はかなり深い場所に沈んでいると言う事か?」
禍鎚:「それだけではないだろう。確かに水深も深い事は深いが、さっき潜入する前に船の全体像を見たところ、喫水線より下の部分は完全に海底に埋まっている形になっていたからな」
 禍鎚が手で空に(今の場合は水中に、だろうか)手で船の形をなぞり、半分よりやや下辺りを指先で指し示す。先程からの道中の長さを鑑みれば、四人はそろそろ、そのラインの辺りまでやってきている筈である。
クラウディス:「…でも変だなぁ…普通に沈没しただけなら、そんな風に海底にめり込むような事はないんじゃない?この辺りがそんな柔い地盤だとも思えないけど」
塵:「確かにな。寧ろ、この周囲の地場は岩質が多いと聞いた気がするぞ。岩盤が硬く丈夫なため、地震などの災害には強いが、その代わり道路工事や建物建設はし難い、と」
遼介:「じゃあ海底も同じように岩盤である可能性が高いよな。…つか、この辺りって結構海流がキツいんだろ?それなのに、この船って全然揺れないよな。それって、やっぱ海底にめり込んでいるからかな」
禍鎚:「だろう。どう言う由縁でそうなったかは分からんが。もしかすると何者かが意図的にそうしたのかもしれんしな」
 誰が、と問い掛ける塵に、禍鎚はそれは分からん、と首を左右に振る。
 そんな会話は、船の廊下の途中で立ち止まり、交わされていたのだが、クラウディスがふと何かの異変に気付き、視線だけで三人に注意を促す。同時に、塵の【心眼】に何かが触れたようだった。見ると、さっきまではただ真ん中辺りでふわりと浮いているだけだった海桃蛍が、見えない手に押されるかのよう、く、く、と左から右へと幅跳びのように移動したのだ。
 海桃蛍の移動は、、船内の海水が移動した事の証拠。だが、この不自然な動き方は、単なる海流の具合と言う訳でもなさそうだ。
遼介:「…来るぜ」
 低く、囁くような声で遼介が言う。無言で四人は、進む予定のなかった、廊下を左に入る大きな部屋の先を見つめる。そこはただ真っ暗で何も見えないのだが、どこか巨大な生物が、その口をぽっかり開けて獲物を待ち構えているようにも見えた。


〜来た先も行く先も〜

 遼介は腰のベルトに付けたポーチの中からヴィジョンカードを出し、人と竜の姿をしたヴィジョンを呼び出し、己らの前に据える。右手に剣、左手に鞘を持って戦闘体勢をとった。その斜め後ろ、遼介とほぼ横並びの位置で禍鎚がその拳を固める。彼ら二人の背後には塵、武の城壁にて防護障壁を作り出すも、二人の攻撃を邪魔しない事を前提としている為、広い範囲での防護は不可能なようだ。尤も、戦闘が始まれば遼介と禍鎚の二人が防護壁に守られて満足しているとは到底思えない、恐らくはそこから飛び出して右へ左へと激しく動き回るだろうから、この防護障壁はどちらかと言うと、遠距離魔法を唱えるクラウディスの為であるとも言える。…尤も、どんな高位魔法でも、クラウディスの詠唱時間は、他と比べ物にならないほど短かったから、守って貰う必要性は薄いかもしれないが。
 ゆらり、と海水の動きにその身を漂わせるヴィジョンの横を、勢いに流されて海桃蛍が流れていく。その明かりを追うかのよう、まずは大漁の海水が動く圧迫感が四人を襲った。
塵:「…―――、…来る……!」
 押し殺したような塵の声を合図にしたかのよう、海水の移動を追って何か幅のある大きなものが水平に薙いで来る。水中である為、いつものように機敏には動けないが、それでも遼介と禍鎚は寸前でそれを避け、床面を蹴って宙へ(と言うか海中へ)と舞い上がった。
 塵は背中側のクラウディスを気にしつつ、ざぁっと押し流される水に足を踏ん張って耐える。薙いだその物体の先に、魚の鰭のような縞模様が見えた。
クラウディス:「なんだ、これ…でっかい鰻……?」
塵:「と言うよりは海蛇みてぇなモンだな」
禍鎚:「だが海蛇には足は無いだろう」
 ふわり、地面へと舞い戻った禍鎚が、視線だけはそちらに向けたままでそう呟く。緩くなった水の大量移動につれ、そのものが暗闇から、小蛍符に照らされてその姿を現した。それは、塵が言う通り巨大な海蛇のような生物であったが、禍鎚の言うように、前足だけ存在する、今まで見たことのない怪物であったのだ。
 海蛇は、がぁっとその大きな口を開き、咆哮するように体内の海水を四人に向け放出する。それに流されぬよう、禍鎚は横っ飛びに飛んで避け、遼介はヴィジョンの影に入り、塵は武の城壁を強化する。クラウディスはと言えば、塵の大きな背中に隠れつつ、障壁魔法で塵の城壁を更に強化した。
 禍鎚は飛んだ先の壁面を蹴り、横向きのVの字の軌跡を描いて元の位置へと戻ってくる。しかも電光脚を使っているから、その動きは素早く、海蛇も一瞬は禍鎚の姿を見失ったようだ。僅かに戸惑う海蛇の動揺を見逃さず、遼介が指に挟んだヴィジョンカードを閃かせる。すると、遼介を守るように立っていた竜人が、するりと身を捻らせると、数え切れないほどの水流弾を海蛇に向け、射出した。
 ギャアアッ!
 海蛇は叫び声をあげるが、その身体は然程傷付いてはいない。厚く硬い鱗に覆われている所為で水流弾の大半を弾き返してしまったらしい。さっきの叫び声は、苦痛の声ではなく、攻撃を受けた事による怒りの叫びだったようだ。
遼介:「ちッ、ムカつく程に丈夫な奴だな!」
禍鎚:「遼介、鱗の隙間を狙おう。鱗自体は硬くても、その隙間になら入り込む余地がある筈だ」
遼介:「あいよ」
 そう声を掛け合うと、遼介と禍鎚は左右に分かれて飛びすさる。遼介の後を追って、海蛇の尻尾が先程と同じように、水平に薙いで来る。それを避けた途端、違う方向から、海蛇の前脚が遼介の頭部を狙った。しまった!と遼介はできる限りの身体能力で、その攻撃を避けようとする。が、間合いからすれば、それは確実に遼介の頭の一部を抉り取っていただろう。遼介の視界に、前脚の鋭い爪が間近に迫った瞬間、その手首を狙って禍鎚の拳が炸裂した。力の方向を無理矢理変えられ、海蛇は怒りで猛々しい鳴き声を上げる。
遼介:「やっべぇ…さんきゅ、禍鎚」
 遼介が礼を言うと、禍鎚は口端だけで笑ってみせる。一旦中央へと戻った二人は、再びこちらに向け飛び掛ってくる海蛇を避け、左右に飛びすさった。
 その直後、今まで二人がいた場所を引き裂くかのよう、クラウディスの雷が閃光を轟かせる。が、海蛇はその巨体からは考えられないほどの身軽さで、雷の周囲で螺旋を描いて避けたのだ。
クラウディス:「うわっ、信じらんねぇ…避けるか、あれを」
塵:「思った以上に身のこなしが素早い…何とかして、あの動きを封じねば」
クラウディス:「それなら俺に任せてよ」
 へへんと自信ありげにクラウディスが笑う。天井を蹴ってその傍までやってきた禍鎚がクラウディスの横に並んだ。
禍鎚:「自信たっぷりだな。どうやって動きを封じるんだ?」
クラウディス:「簡単な事さ。幾ら動きが素早くったって、連続する攻撃を避け続けていれば、行動範囲は狭められるし、誰だっていつかは隙が出来るもんだろ」
遼介:「つまりは、魔法の連打の隙間を、俺達も掻い潜りつつ、チャンスを待つって事か」
 凄く困難そうな事を、事も無げに遼介は言う。勿論、禍鎚も塵も、それに否定的な感じではない。確かに難しい事かもしれない、普通の人間なら避け切れないし、第一、稲妻のすぐ脇を縫って行動するなど、かなり勇気が必要になるだろう。だが、皆、それが出来るのだと言う自負があり自信があるからこそ、互いを信頼してやっていけるのだ。
塵:「考えてる暇は無さそうだぞ。…次が来る」
 一時は稲妻の光で目が眩んでいたらしい海蛇も、視力を取り戻して再びガッと口を開いて威嚇をし、飛び掛ってくる。四人は無言で頷きあうと、禍鎚と遼介はまた左右に展開をした。部屋の隅まで飛び上がった遼介は、壁を蹴って剣を身体に沿わせ、なるべく水の抵抗を抑える姿勢で頭から海蛇へと向かう。禍鎚は電光脚でもってジグザグに床面を走り、二人とも海中での動きとは思えないほどの鋭さで敵に向かっていった。そんな二人の動きを合間を縫うよう、さっきよりも小粒の、だが速さは数倍の雷を、水平方向にクラウディスが四方八方から幾つも放った。
 海蛇は、そんなクラウディスの攻撃を器用にも避け続けるが、描く螺旋も立て続けでは、ただの攀じれとなる。胴体を絞られるような感覚に、苦悶の咆哮を上げる海蛇の腹に、禍鎚の蹴りがめり込んだ。そこを支点に、折れ曲がる海蛇の身体に、今度は逆方向から遼介の剣が襲う。避け切れず、海蛇の硬い鱗に遼介の剣が炸裂する。鱗は当然のように切っ先を弾くが、ツボを心得た遼介の一太刀は、鱗に皹を入れ、多少のダメージを与える事に成功した。
 二人が攻撃を加えた方向へ、海蛇が長い首を巡らせてそちらを見ようとする。明らかに、痛みの元凶である遼介と禍鎚を排除しようとの動きだが、そこへ水を切って何か細いきらめく物が飛んでいる。それは、塵が左肩の肩当ての裏に忍ばせていた短刀で、見事、海蛇の片目に命中し、視界の半分を奪う事に成功した。
遼介:「いけるか!?」
 片目を失った痛みと怒りにのた打ち回る海蛇の下敷きにならぬよう、遼介達は左右に逃げながら次のチャンスを狙った。が、海蛇は思ったよりも賢かったようだ。今は形勢不利と踏んだか、身をくねらせながら後退し、元いた暗闇へと逃げ込もうとした。
遼介:「あンにゃろ、逃げる気かよ!」
 奥歯を噛み締めて、遼介がその後を追おうとする。が、その襟首を塵に捕まえられ、阻止された。
遼介:「何すんだよ!」
塵:「俺だって逃がしたないがな。さすがのお前でも、あの暗闇はどうにもなるまい?」
 そう言って顎をしゃくる先は、塗り潰したような漆黒の闇だ。海桃蛍や小蛍符の光だけではどうにもならない。その事実に、遼介は悔しそうに下唇を噛んだ。


☆終章

 海中で激しく動き回った所為か、禍鎚と塵は普通よりも多くの酸素を消費し、錠剤も瞬く間に無くなってしまったので、仕方なく四人は海上へと戻った。錨を下ろした船の上で、濡れた身体を拭きつつ、皆は未だ名残惜しげに海底を上から覗き込んでいた。
遼介:「あーあ、もうちっとだったのになぁ…まさか、あんな真っ暗なところから出てくるとは思わなかったもんなぁ」
クラウディス:「前に遼介さんが遭遇したヤツとは違ったんだね」
遼介:「ああ、似てるけどちょっと違う。あんな鬱陶しい前脚も無かったし」
禍鎚:「では、その二体以外にも、まだ他にも怪物は居ると考えていいだろうな」
塵:「…そう言えば、さっきの海蛇モドキ…目があったな」
 一見、当たり前のその発言だが、他の三人もその意味が分かったようだった。
クラウディス:「あんな真っ暗な場所にいれば、普通は目なんか退化しちまうもんなのに」
遼介:「つまりは、ヤツは、普段は光があって物が見える場所にいるって事だよな」
塵:「ああ…しかもだ、あやつは船の外側から来たヤツではない」
 え?と首を傾げて聞き返す遼介に、塵は視線を海の底に馳せながら言葉を続けた。
塵:「あやつの頭と身体の大きさを見ただろう。あれは船の扉よりもでかい。そんなに大きな穴が船体に開いていた様子もなかった。と言う事は…」
クラウディス:「船の内側からやって来ている、って事だね」
禍鎚:「それはあれか、遼介が見たと言う、船底の穴から繋がっていると言う、深い洞窟と関係があると言う事だろうな…」
 ザン、と波が、漁船の横っ腹で白く砕けて打ち突ける。そろそろ夕暮れになろうとしている海の上で、四人は思案げな表情でさっきまで自分達が居た海の底を、暫く覗き込んでいた。


おわり。


☆ライターより
クエストノベルのご依頼、誠にありがとうございました!ライターの碧川桜です。
四人のクエストは初めてだったので、いつも以上に納品に時間が掛かってしまいました(いつもの事だろというツッコミはまた後日…)大変お待たせしまして申し訳ありません。
四人での連携プレーをメインに、勢いのあるクエストを目指してみましたが如何だったでしょうか?動きを考えているうちに頭の中でこんがらがったりしましたが(駄目過)書いている本人は楽しく書かさせて頂きました。ありがとうございました。皆さんも少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ではでは、またお会いできる事をお祈りしつつ…。