<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


屋根より高い?


「屋根より〜高い〜〜♪」
「ルディア、楽しそう…、わっ!何?これ??」
「あっ、ごめんなさい、ちょっと散らかってましたね。」
ルディアははさみや、紙が散らばったカウンターを慌てて手で隠してお客を迎えた。
…実際はちょっと、というものでない。
カウンターの上に溢れた色紙、折紙、布の切れ端…。
「一体何を?」
「これです、これ!」
カウンターの上からルディアが嬉しそうに掲げたのは…
「これ、魚?」
シュールなようで、どこか不思議な紙製の魚が、そこにあった。
「こいのぼり、っていうんですよ。子供の、特に男の子の健康を祈って異国で飾るんですって。」
「へえ〜〜〜。」
手が微妙な動きをするお客に首をかしげながらもルディアは笑う。
「これくらい小さいものなら、子供のおもちゃや、飾りにもいいでしょう?」
なるほど、と腕を組むあなたの前で、ルディアはカウンターの下に身体を埋める。
「だって、流石にこれは大きすぎますもの…。」

ドン!
布製だったのでもちろん、そんな音はしない。
でも、それだけの衝撃はあった。

「ルディア〜〜!こんなものどっから手に入れてきた〜〜〜。」
カウンターの上にはルディアどころか、自分さえも喰われそうな、巨大な魚が横たわっていた。

『みなさんも、こいのぼりをつくりませんか?』




昼のランチタイムがすむと、白山羊亭は、少し、静かになる。
お客達が切れるこの時間を見計らって、ルディアはテーブルの上を片付け、材料を揃え始めた。
いろんな色の、折紙、揃えておいた方がいいか、それとも広げておいた方がやりやすいかな…。
そんなことを考えているうちに…
「あっ!」
手が滑った。床に折紙が舞い落ちる。
「大丈夫ですか?ルディアさん。」
「あ、ありがとうございます。アイラスさん、いつもありがとうございます。」
丁度そこに来た常連客の一人が後ろから、スッと膝をついて折紙を拾い集めてくれた。アイラス・サーリアスはニッコリとして首を振った。
「いえ、いえ、楽しそうなことは大好きですからね。鯉のぼりですか。僕の故郷でも昔はそういうこと風習があったそうです。…今は、もうすっかり廃れているようですけど。」
「へ〜えっ!アイラスの故郷でも鯉のぼりの風習があったのかい?じゃあ、案外俺の故郷のお隣さんだったのかも知れねえな。」
よっ!と威勢のいい声にルディアとアイラスは振り返る。
「いらっしゃいませ。」
「オーマさんじゃありませんか?あなたも鯉のぼり作りに?」
依頼で一緒になったこともある知り合いだ。アイラスは笑いかけながら会釈をする。
「奇遇だな。ま、俺もこういう事がとが得意ってわけじゃあねえけどよ、ちょっと思うところがあってな。参加させてもらうことにしたんだ。」
ちょっと照れくさそうな笑みで彼は頭を掻く。そういえば、と思い出した事を彼は口にしない。ただ微笑むのみ。
落ちた折り紙も全部拾い終わっただろうか?アイラスがトントンと折紙を揃え、数を数える。作るサイズにもよるがちょっと二人で使うには多いような気がする。
「ルディアさん、まだ誰か来るんですか?」
「ええ、あと一人来るはずで…。」
「おい!ルディア。カウンターの下に鯉のぼりおちてんぜ!汚すと拙いだろ?でも、やっぱ、作るならこれくらいでかくないと…ん?わっ!な、なんだ?」
床の上の鯉のぼりを拾い上げてやろうとしたオーマは、手から鯉のぼりを取り落とし、一歩後ろに下がった。
布製の動くはずのない鯉のぼりがむくむく、もそもそ微妙な動きを見せている。
「そうしたんです?ん、あれは?」
「…ったく!誰か入ってんな?出て来い、…踏むぞ!」
少し驚いたとはいえ、流石に長く生きてはいない。状況を判断すると鯉のぼりの口から声をかけた。
「ばあっ!」
同時に丸い口から茶色い頭と、くりっと丸い緑の瞳が飛び出してきた。大きなオーマの顔と超大接近。
「おっどろいた〜〜?…げっ!」
「や〜っぱし、チビが入っていやがったのか!」
「ルディア〜〜、あのおじさん、だれ?こわいよ〜!」
鯉のぼりに足を突っ込んだまま、子供はオーマと反対方向、ルディアの方に逃げるようにジャンプした。
そのままルディアの背中にしがみつく。
「おじさん…、こわい…。」
漫画的表現を使うならぐさっ!というとこだろうか?可愛い子供に逃げられ、怯えられ、オーマの心はさりげなくもブロークンハート。
それを見ていたアイラスはくくくっと笑いながらも子供の前に軽くしゃがみこんだ。目線を合わせてニッコリと。
「大丈夫。あのおじさんは、子供好きで、とっても優しいから。見かけはちょっと怖いかもしれないけど、大丈夫ですよ。」
「…アイラス〜、おじさんだのちょっと怖いかもってなあ…、まあ、しょうがねえか。それも事実だしな。」
苦笑しながら、オーマもまた子供の前に膝を追った。小さなメガネの奥から覗く赤い目は確かに怖いが、どこか優しい。
それに気がついた子供はルディアの後ろからぴょこんと顔を出した。
「鯉のぼり作りに来たんだろ?嬢ちゃんも一緒に作ろうぜ?」
「違うよ!」
「えっ?」
「嬢ちゃんじゃない。ボク、ファン・ゾーモンセン!男の子だよっ!」
「てっきり女の子かと思ったぜ。」
「ファンくん、可愛いから…。」
ルディアに頭を撫でられながら、ぷうっと頬を膨らませる様子もまた愛らしい。
オーマとアイラスは、顔を見合わせると同時に吹き出した。
「何がおかしいのさ!」
「いや、悪い悪い。でも、その鯉のぼりは脱いだ方がいいぜ、鯉のぼりは作って飾るもんだ。」
「まるで人魚姫のようですよ。」
手伝ってやるからよ、オーマがファンの腕の下に手をいれ、よいしょっ、と持ち上げた。
みんなを驚かせてやろうと鯉のぼりの中に隠れていた身としては、ややばつが悪い。
床に下ろされると、俯くファンの髪をオーマの大きな手がくしゃっとかき混ぜた。
「さあて、早く作ろうぜ。鯉のぼり。」
「男の子のお祭りですからね。君が主役ですよ。」
同じように頭を撫でるアイラスの手は優しい。
照れたように頭に両手をやりながら、ファンはてへっと笑うと大きな声で頷いた。
「うん!!」
そうして、一際大きな男性と、普通に大きい若者と、小さな男の子が一緒に同じテーブルを囲んだのだった。

「ねえ、ところでさ、鯉のぼりってなあに?」
ファンがはさみを動かしながら、素朴な疑問を問いかける。知らずに来たのか?とツッコミたいところだが、ルディア本人も良く知らなかったのだから、まあ、無理もない。説明してやろう、とオーマが手を止めた。
「鯉のぼりっつーのはつまりだな、男児の健やかな成長を願って毎年5月5日に飾る鯉の形の吹流しってヤツさ。俺の故郷の異国でやってたらしいが最近とんと廃れちまってるらしい。」
「オーマさんのお国でもそうですか?僕の故郷でもそうですね。飾る手間もかかるし、お金もかかる。一部のお金持ちは立体映像投…、いえ、どうでもいいことですが。」
オーマの薀蓄を受けて答えたアイラスは少し寂しげに顔をあげる。
「でもよお、子供の健康を願うってのは悪い風習じゃねえと思うんだよな。俺にも13になる娘がいるんだが…。」
「ええ、いいことだと僕も思いますよ。廃れつつあるなら、受け継いで知らせていけばいい。そう思います。」
彼らの思いをまだ感じ取れるほど、ファンはまだ大人ではない。
フーンと頷きながら、はさみをちょきちょき動かし続けた。
「動かし続けた。」である。綺麗に折紙を切っている。ではない。念のため。
ルディアが用意してくれた白い布に、絵の具で模様を描いたり、折紙などを貼っていけばいいという。
ファンとアイラスが作っているこいのぼりは、テーブルナプキンを輪にしたくらい、持ち帰りも手ごろな小型サイズだが、オーマのそれは、やや異なる。
のりを使ってその布を、一枚二枚、三枚四枚五枚六枚と繋げていく。
「でっか〜〜い、ルディアのと同じくらいだね。」
感心するファンにオーマは首を振る。
「あれは、緋鯉、って言ってメス、要はおふくろさんなんだ。だからよ、やっぱり旦那が欲しいだろ。あれよりだから、もちっと大きくするつもりだ。」
間に合えば子供や吹流しも作るつもりだった。
「後でお手伝いしますよ。」
「僕も手伝ってあげるからね。」
仲間の優しい言葉にオーマは
「ありがとよ。」
軽いウインクを返したのだった。

折紙を三角に折り、それを三分の二くらいのところまで折り、上手に三等分する。そしてそれをハサミで斜めに切ると…。
「へえ、お星様になるんだ〜。」
ファンはアイラスの手元を見ながら感心したように声を上げた。アイラスの机の上には、すでにたくさんの小さな星が溢れている。
「で、お兄ちゃん、これどうすんの?」
「ああ、こうするつもりです。」
問いかけに、アイラスは行動で答える。基本形の鯉のぼり。黒と赤と青。その鱗部分にぺたぺたとのりで星を貼り付けていく。
「へえ、こういうのもありですねえ。」
「今度、このお星様の作り方教えてよ。」
もちろん、と頷くアイラスの鯉のぼりは、目も髭もちょっとデフォルメされている。そして、地色に合わせた小さな星の鱗がさらに可愛さを強調し、まるでマスコットか何かのようだ。
吹流しも、カラフルに。でもあまり長くなく。バランスの良い仕上がりになった。
「こんなところでしょうか。」
「うん、凄いね。上手だよ。」
子供は素直である。
ファンは腕にしがみ付くと猫のようにアイラスに甘えた。
(なんか嬉しいなあ。カッコいいお兄ちゃんだ。)

「ファン君、色とか、形をそろえたほうが、綺麗にできると思うんですけど…?」
芸術的に筆を走らせ、折紙を貼り付けるファンに、アイラスは軽く忠告をする。完成間近の3匹の鯉のぼりは、どれが緋鯉、真鯉か解らないほどビビットな配色で飾られていた。
赤、青、黄色、紫、金銀、緑。
鱗も楕円形から、半月丸三角、四角様々だ。切った紙を片っ端から貼り付けていくから。
「いいの!…だって、いろんな色があったほうが面白いもん!」
三匹目のこいのぼりの目をぐりぐりと絵の具で塗りながらファンは答える。やや小ぶりの鯉の目は緑色。
すでに完成している二匹は大きいほうが赤、小さい方が青い目。
(鯉のぼりの目って普通は黒…ですよね。これは…ひょっとして?)
「えへへ〜っ♪」
鼻を指で擦る。照れくさそうに指を退けたその頭には緑の絵の具がぽっちりとついた。
「ファン君、えのぐ、お鼻についてるわよ。」
ルディアにおしぼりで顔を拭いて貰いながら微笑む子供の笑顔を見て、アイラスは忠告を取りやめた。形を整える手伝いだけに留める。
子供は、子供なりにいろいろ考えているのだ。
(なかなか、嬉しいかもしれませんね。こういうのも…。)

二人は自分の鯉のぼりに棒を取り付けて、ほぼ完成させた。お持ち帰りも楽な小型サイズ。
区切りがついたので、テーブルに飾って約束どおり今度はオーマの手伝いをすることにする。
ルディアはキッチンでなにやらごそごそと。
「二人とも、すまねえな。あ、そっちにこれつけてくれるか?」
「うん、いいよ。」
「ここは、これでいいんですね。」
「ああ、OKだ。」
元々大よその形はできていた。3人でやれば完成もあっという間である。
ホントは裏技を使えば、完成はもっと容易いが…そうしようとは思わなかった。
(こういうのは、作んのが楽しいんだよな。非常事態じゃねえんだから楽しちゃいけねえ。)
「でもさあ、なんでこんなにおっきくすんの?」
「ハハハ、まあいろいろ思うところがあってよ。…っと出来た!」
オーマが豪快に広げた鯉のぼりは、ベースこそ黒だが、金の鱗、銀の鱗がギラギラと輝いて派手に目を引いた。
「すっごいねえ。これ。これが空に飛んだら、面白いだろうなあ。」
ファンの何気ない一言に、オーマの耳がピクリと動く。その時、明るい声がやってきた。
「みなさん。完成ですか?お疲れ様で〜す。これでもどうぞ。異国のお菓子。真似てみました。」
ルディアが葉っぱでくるんだ白いお菓子を皿に載せてキッチンから出てくる。
「わ〜い、おやつだ。おやつ〜〜。いっただきま〜〜す♪」
葉っぱを取るのもそこそこに、ファンは素早くお菓子を手に取ると口に入れた。
「ふぁ?ふぁかはふぁふぇだ。」
「あせらないでいいわよ。喉につかえるから。」
「なるほど、白いパン生地に豆を甘く煮たのを入れたんですね。僕の故郷の柏もちに良く似ています。」
アイラスは研究熱心にお菓子を割って観察している。
「ふぁれ?ふぉーふぁさんは?」
ふと気がつくと確かにオーマがいない、巨大鯉のぼりも…無い?
「おーい!ファン!みんな出て来いよ!!」
外からの呼び声。しかも…頭の上から?3人は慌てて外に出た。見てみると周囲にはすでに人だかり。
彼らが見ているのは屋根の上のオーマ、そして風もないのに空にたなびく巨大な鯉のぼり。
ドーン!
「オーマさん!何してるんです?」
「いや、せっかくの鯉のぼりだからよお、やっぱ、空を泳がしてやりてえと思ってな。」
よくよく見てみると、オーマの巨大銃に鯉のぼりが通っているために泳いでいるように見えたのだと解る。
(…あいつに、あんまし、親らしいことしてやってなかったからな。これ見たら、何ていうかねえ?驚くか?いや、…「…何これ?趣味悪いね」とかって一刀両断されるのが落ちか。)
でも、せめて、こどもの日。
子供に笑顔でもプレゼントしてやりたい。
「見てろよ、ファン!いくぞ!そーれ!どっがあん!!っと♪」
彼の声と共に銃から火花が噴出した。実弾ではない。彼の具現化能力の応用の空砲だ。だが…その空砲は空に、大きな星の花を咲かせた。
まだ、昼間、夜ほどは綺麗に見えないかもしれない。だが、まるで虹が星屑となって、落ちてくるような夢を彼らに見せていた。
「…綺麗ですね?ファン君?」
手に握っていた柏もちが落ちたのも気にならないほど、ファンは空を見上げていた。
ぽかんと口をあけ、手を広げ…星に、鯉のぼりに、手を伸ばす。散った星は雪のようにファンの手に乗り、解けるように消えた。
「……。大人って、すごいなあ。」
(僕も、いつか、あんな大人になれるかなあ。)

「あ〜あ、もうおわり。つまんない。ぷうっ。」
夜の開店に向けて片づけを始めるルディアは小さな呟きに、後ろを振り返った。
「ファン君…。」
手に自分が作った鯉のぼりを握ったまま床を蹴るファン。
「楽しいことって、どうしてこうすぐに終わっちゃうのかな?ずっと、続けばいいのに…わあっ!」
背後から手が伸びてファンを空に浮かび上がらせた。持ち上げられた小さな身体は大きなオーマの肩にひょいっと乗せられる。
「でも、またすぐに楽しいことがあるさ。」
「そうですよ。それに楽しいことを待ってるときも、また楽しいものですよ。」
「…うん!ねえ、じゃあ、また遊んでくれる?」
身体が高い。屋根に頭がつきそうだ。落ちないようにオーマの頭をつかみながら、ファンは大人二人を見下ろし問いかけた。
真剣な目。二人は笑顔でそれに答える。
「俺が怖くなけりゃ、いつでもまた遊んでやるぜ。」
「機会があれば、またぜひ。」
「もう、怖くないもん。約束だよ!絶対!!」
子供の約束。
守られるかどうかは解らない。でも、いつかまたこんな楽しい時間を紡げたら。
それは、彼らに共通する同じ、思いだった。

白山羊亭の屋根の上、棒にくくりつけられた巨大魚のモニュメントが飾られている。と評判になった。
父親と、母親、そして子供の三匹が仲良く空に飛んでいるのを見ることができる。
孤児院に、一人の青年の差し入れた魚の飾りが小さなブームになって、子供達が真似して作り始めたとの噂もある。

そして、一人の少年が岐路に着く。
「屋根よ〜り、た〜か〜い〜♪」
異国の風習、こどもの日。
だが、鯉のぼりをふりながら、かえるこの少年にとっては紛れもなく今日は、最高の「こどもの日」となった。
それを見守った、彼らにとってもきっと…。

竿には三匹のこいのぼり。仲良く並んでいる。

「ありがとう。また、遊ぼうね♪」

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0673/ファン・ゾーモンセン /男/ 9歳  /ガキんちょ】
【1649/アイラス・サーリアス /男/ 19歳 /軽戦士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ /男/ 39歳 /医者兼ガンナー(ヴァンサー) 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの夢村です。

今回はこどもの日イベントにご参加くださいまして、ありがとうございます。
子供さんに一人、参加して頂きましたので、彼、ファン君を中心に描写いたしました。
大人の方々には少し物足りないところもあるかもしれませんが、優しい、子供好きのお二人なのできっと優しくして下さると思いこのような話になりました。
アイラスさんとオーマさんは顔見知りということで描写させて頂いています。
ファン君にとっては優しいお兄さんと、ステキなお父さんが増えたような感じではないでしょうか?
作中にも書きましたが、いつか機会があったらまた遊んでくださいね。

今回はありがとうございました。
少しでも楽しんで頂ければそれ以上の喜びはありません。

またお会いできる事を楽しみにしております。