＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
夢を喰らう者
------＜オープニング＞--------------------------------------
『キミはどんな夢をくれる？』
「そう言って出会った人の夢を食べちゃうらしいのよねぇ。本当に人の夢ばっかり食べて何がいいんだか」
はぁ、と溜息を吐きながらエスメラルダは続ける。
エスメラルダが話しているのは、最近巷を騒がせている夢喰い魔の話だった。
「結構な被害者が出てるから、その人物を特定できても良いと思うでしょ？」
「それってあれだろ。確か出会うたびに姿形が違うってやつ」
「そうなのよ。だから出会った時にはもう遅いのよねぇ。どうしたものか…」
もう一度深い溜息を吐く。
今月だけですでに２０人近く被害者が出ていた。このペースだと一月で４０名は軽く越すに違いない。
「それで、夢喰われた奴はどうなっちまうんだ？エスメラルダ」
近くにいた男がエスメラルダに尋ねる。
「そりゃ、夢を食べられてしまったら廃人。夢っていうのは次から次へと生まれてくるものだけど、夢喰い魔に食べられてしまうと夢を見ることすら出来なくなってしまうんだって。だから生きる屍といっても過言じゃないそうよ。夢を食べられてしまった人は皆、一月も経たないうちに死んでしまうらしいし」
みんな夢を見ながら生きているものだからねぇ、とエスメラルダは呟く。
「それで。そいつを倒して貰いたいってのがエルザード王からの勅命。夢喰い魔が出るのは月の出ている夜。場所は特定できないけれど必ずまた現れるに違いない。姿形は分からないけれど、尋ねる言葉は一緒だから運良く気付けば夢を食べられちまうことはないはずだから」
それから、とエスメラルダは付け足す。
「夢喰い魔は絶世の美男・美女なんだってよ。どっちが出るのかは分からないし、年齢もまちまちらしいけれど、美しいのには変わりないらしい。見惚れてる間に食べられちまわないように気をつけるんだよ」
「でもよぉ、オレが聞いた話だとその夢喰い魔、食い終わった後に泣いてたって話だったぞ」
一人の男が声を上げる。そしてその男の言葉に、オレも聞いた、と頷くものが数名いた。
エスメラルダは首を傾げながら言う。
「アタシは聞いたこと無かったけど。まぁ、最終的に夢喰い魔が居なくなれば良い訳だから退治してしまうのも更正させちまうのも有りだろうねぇ」
そこら辺はまかせるよ、とエスメラルダは辺りを見渡した。
------＜燃えちゃう？＞--------------------------------------
その時、とん、とエスメラルダの目の前のテーブルにしゃがみ込むようにして乗り、ニィ、と笑う男が一人。
器用につま先立ちでテーブルの上でバランスを取っている。
「ちょっと、葉子！」
エスメラルダが驚きながら突然眼前に現れた葉子・Ｓ・ミルノルソルンの名を叫ぶ。
しかし本人は何食わぬ顔で、テーブルの上からくるりと一回転してエスメラルダの脇に並んだ。
そしてまるで示し合わせたかのように置かれたグラスを手にする。
「その夢喰い魔がスタイル抜群なお姉サマだったら俺燃えちゃうv」
うひゃひゃひゃ、と楽しそうに笑いながら葉子は手にした酒を一口飲むと、エスメラルダに視線を合わせた。
「なによ、この話に乗ってくれるっていうの？」
エスメラルダは隣で一人楽しそうな葉子に声をかける。周りの人々は呆気にとられたように葉子とエスメラルダのやりとりを眺めている。
「エスメラルダやって欲しい？」
にたり、と笑って葉子が告げるとエスメラルダも負けじと笑顔を振りまく。
「あら、誰も葉子にやって欲しいとは言ってないわよ？他の人だってたくさんいるし」
ねぇ、とぐるりとエスメラルダは周りを眺めるが誰一人として手を挙げない。微妙な雰囲気がその場に立ちこめるが、一人だけその雰囲気をものともせずひらりひらりとその場でターンを決める葉子。
「あーら大変。俺様悲しくなっちゃうね。エスメラルダ見放されちゃってたりシテ。俺は見捨てたりなんてしないけどネ」
「……っ！………葉子、お願いするわ」
悔しそうな表情のエスメラルダに満足そうな葉子。
「オーケーオーケー！エスメラルダの頼みはいつだって俺様断れないし」
「葉子ーっ、覚えてらっしゃいよ……」
「さー、皆さんぱーっと騒ぎましょう。ハイハイ」
ふよふよと浮いた葉子が声をかけると、静まりかえっていた店内は途端にまた元の賑やかさを取り戻す。
「本当にもう。…ところで、あんたはどう思う？泣いてたって話」
空中で寝そべるような形を取っていた葉子は、くるん、と転がり、エスメラルダの方に顔を向ける。
「んー、噂は信じるも何も実際確かめりゃイイんジャン？」
「確かにね。そうなんだけど」
「ま、泣いてても特別不思議じゃナイとは思う。悪魔だって涙を流すだろーし」
ふーん、とエスメラルダは意味深な笑みを葉子に向けた。
「……で、葉子はどうなの？」
「…俺についてはご想像にお任せv」
曖昧な返事でその場を濁し、葉子はうひゃひゃと笑う。
「とりあえずこの夢喰い魔の一件がゲームなら、俺の一人勝ちだったりするかもネ」
「全く……何でもかんでもゲームにしないでくれる？」
呆れたようにエスメラルダは、今すぐにでもその場でステップを踏み出してしまいそうな程ご機嫌な葉子を眺めた。
------＜月影＞--------------------------------------
ふっと月が一瞬陰ったように見えた。
淡い月の光が満ちる中、緩やかな飛行を楽しんでいた葉子だったが、ふわりと空中で止まる。
眼下に見えるのはベルファ通り。
「ここは却下カナ」
夜賑わいを見せるベルファ通りには呑気に寝ている人物は少ないだろう。
ここから離れた場所を探る方が良いと判断し、葉子は再び空を舞う。
空を飛んでいると地上にいるよりも月明かりが眩しく感じられる。
葉子はその感覚に目を細めて笑った。
本来闇の生物である葉子にとって闇夜に抱かれているのが一番心地よい。
月明かりはそんな葉子を静かに照らし出す。
長く長く地に落ちる影。
影は葉子のフィールドだ。
月の光が明るければ明るいほど、地に落ちる影は濃くなる。
深い闇がそこに広がり、葉子の耳となり目となった。
意識を集中すれば影がある場所の周囲の状況は細かく把握できる。
「一番良い場所って何処ですカネ」
ぐるりと辺りを見渡した葉子は一番先に目に留まったもの見て渇いた笑いを浮かべた。
「あれが一番良さげだけど……却下」
葉子の視線の先にあるのは教会の屋根だった。
別に教会に降り立ったからといって葉子の身に何かが起こるわけではない。何も起こりはしないが、やはり神聖なものには苦手意識が働いてしまう。
胡座をかいた状態でふよふよと浮いたまま、葉子はその場でくるくると回転する。
そして真後ろを向いた時、あれで良いカナ、と葉子は再び動き出した。
葉子の向かった先は一つの塔の上だった。
ちょうどエルザードの町並みをぐるりと見渡すことが出来、集中することが出来る。
その塔の上に降り立った葉子はすっと影に沈む。そこの暗闇からゆっくりと足を伸ばしていけば良い。
闇の音に耳を澄まし、暗闇の中で意識を飛ばす。
人々が眠りについている闇の中へ。
静かに入り込んでは夢喰い魔の気配を探る。
不法侵入も良いとこだが、この際大目に見て貰うことにする。
「だって俺様悪魔だし」
うひゃひゃひゃと笑っては次の影へ。
何十件と見て回っただろうか。
小さな子供が寝てる所を通りかかると、激しい勢いで泣かれ葉子はうひゃーと声をあげる。
そしてそそくさとその場を逃げ出して、次の影へと移っていく。
「今日はもう出ないんですカネ」
ゲームセット？、と葉子が思った時。闇が震えた。
「今頃お出まし？」
葉子は瞬時にその場へと闇を伝い駆ける。
瞬きをする位の間に葉子は夢喰い魔らしき人物の影の中に居た。
「ありゃ、残念。ナイスミドルなおじサマ」
葉子が感じた波動の主は三十歳前後の男だった。
紳士風に見える男は静かに寝ている女の額に手を翳す。
その時出来た一瞬の隙。
葉子はゆるりと男の背後に立つと、そのまま男を羽交い締めにして闇の中へと連れ去る。
「なっ………！」
「イラッシャーイ」
にたりと男の背後で笑う葉子。
男はなんなく葉子と共に影に飲まれ、その場から姿を消した。
------＜夢喰い魔＞--------------------------------------
「ぷはっ」
葉子の腕から解放され、影から現れた男は大きく息を吸い込む。
葉子が男を連れ去ったのは始めに葉子が影に沈んだ塔の上だった。
此処ならば人通りもなく、周りの心配も要らない。
「ハーイ、コンバンハ。今日も素敵な月夜ですネ」
飄々と言ってのけた葉子に睨みをきかせる夢喰い魔。
「お気に召さない？」
それは残念、と葉子は笑みを浮かべたまま告げる。
「なんだお前は！」
男は声を荒げて葉子に言うが、葉子は気にした様子もなくうひゃひゃと笑う。
「とりあえず夢魔ちゃん捜索隊。隊って言っても俺一人だけどネ」
全く緊迫感のない様子に男は呆れた表情を見せる。
「オレを捕まえるって事か」
「ま、それはあんた次第ってトコ？」
なんで食ってンの？、と葉子が尋ねると男はふんっ、とそっぽを向く。
まるで子供のような仕草に葉子は苦笑するしかない。
「夢だけが食料ってンなら魔界でも何処へでももっと相応しそうな処へサヨナラ。それとも単に好みで食ってるってダケ？」
なんとなーく後者っぽいケド、と葉子が言うと男は、違うっ、と一言告げた。
「それじゃ前者？」
「そうだ。突然吹き飛ばされて気づいたら此処に居たんだ。そして何故か戻れなくなった」
「戻るって……」
葉子は下を指さしながら男に尋ねる。
それに頷いた男はぽつりぽつりと話し出した。
「オレの食べ物は夢で、魔界ではたらふく食えてたんだ。そしていつの間にかこっちの世界に飛ばされて、月夜の晩しか力を発揮できず……」
「んじゃ、泣いてたのは戻れなくて？お腹空いてて？」
「うるさいっ！」
少し頬を染めた男に葉子は容赦ない笑い声を浴びせた。
「それなら簡単。俺が送ってアゲル。この闇って実は魔界に繋がってたり繋がってなかったり」
どっちだ！、という男の突っ込みを無視して葉子はひょいっと男を影の中に突き飛ばす。
「そんじゃ、また。お会いできたらお会いしましょう。サヨーナラ」
「ちょっと待てー!!!」
叫ぶ男の声は影に引きずり込まれ消えていく。
ヒラヒラと消えていく男の姿に手を振りながら葉子は大きく伸びをした。
「これでヨシ。ゲームじゃないけど俺の勝ち？」
うひゃひゃひゃ、と笑い葉子は気持ちの良い月夜をバックに空に舞った。
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■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●1353／葉子・Ｓ・ミルノルソルン／男性／156歳／悪魔業＋紅茶屋バイト
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度はご参加いただきありがとうございます。
思う存分、葉子さんの事を動かさせて頂きました。
かなり行き過ぎた感があるのですが、今更イメージ壊していないかどうかが不安になってきております。
私の中で葉子さんはぱっと動いてくれるので本当に書きやすくてｖ
ちょっとギャグテイストになっておりますが少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
葉子さんには次回作にもその次にもご参加頂いておりますので、そちらの方でも葉子さんの魅力を引き出せるよう頑張らせて頂きます。
次回の葉子さんにご期待下さい。（笑）
今回は本当にありがとうございました。
それではまたお会い致しましょう。
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