<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


惑わしの森



■ オープニング

 険しい森は人を惑わす。同じような風景が続くその森は――『惑わしの森』と呼ばれていた。森林が広がるのは盆地で湿地帯。類似した風景が形成されているのは、変化に乏しい場所だからだ。
「惑わしの森の奥に生えている、レアメルの木に実るレアメルの実。それがあれば助かるかもしれないのです」
 若い医者は暗澹たる様子でうつむく。最近、流行している病気を治すにはそのレアメルの実が必要なのだという。聖都にもありはするのだが、希少価値が高く、また数が非常に少ないらしい。
「その、レアメルの木は森のどの付近にあるのですか?」
 ルディアがカウンター越しに尋ねる。
「……レアメルの実は赤く輝いています。そして、レアメルの木が生える場所には必ず、赤い魔物――レアメルが生息しています。その魔物と実の色が似ていることから、レアメルの木、レアメルの実、と呼ばれるようになったのだと言われています」
「私もレアメルという魔物は聞いたことがあります。大きさは確か、馬程度……獰猛で凶暴で人間を襲う性質がある、と」
「病人たちは苦しんでいます。リスクが大きいのは承知していますが……腕の立つ冒険者の方にお願いできないものかと」
「大丈夫、きっと何とかなりますよ」
 ルディアはぐっと拳を握って医者に笑いかけた。



■ 惑わしの森

 惑わしの森の呼び名で通っているその森は、似たような種類の木々が乱立している深い森で、どこを見回しても一様に同じ風景が続く。入り口ならまだ分かるが、奥へ進めば次第に方角さえも知る術がなくなる。丸腰で挑めば遭難するのは目に見えている。
「二つのレアメル……両者は赤いという、うわべ上の特徴がある。大変、興味深いですね」
 森の中を闊歩しながらアイラス・サーリアスが呟いた。
「とにかくレアメルの実を捜すことが先決だな」
 セフィラス・ユレーンが森の奥を窺いながら慎重に前へ進む。背中の羽は閉じた状態だが、これを開くと身の丈二倍近い大きさに広がる。
「魔物の方のレアメルが万が一襲い掛かってきたら戦うしかないだろうな。ま、こいつを振り下ろせばいいだけだがな」
 そう言って不敵に笑うのはシグルマ。今回の依頼へはこの三人で向かうことになっていた。
「そうだ、こいつを身につけておくといいぜ。霧ではぐれたら厄介だからよ」
 シグルマがアイラスとセフィラスに小さな鈴を手渡す。
「なるほど、確かにこれ以上霧が発生したら……在り得ない話ではない」
 セフィラスが受け取った鈴を衣服に括りつけた。アイラスもそれに倣う。
「にしても、魔物ってのはどういう性質なんだ? まさか、木も魔物ってことはないよな?」
 シグルマが、まさかなーと言いながらも木が動き出す様を想像してしまったのか顔を歪ませた。
「それはないようですよ。少し、調べてみたんですが、魔物のレアメルは凶暴な性質で同種以外の動物には好戦的に構えるということです。レアメルの実との関連なんですが、どうやら色に意味があるようです」
「魔物も実も確か……赤いんだったな。で、色に何か意味合いが?」
 セフィラスが問うと、
「彼等は同種に対しては温厚で群れを為します。この同種とは単純に色で識別することが殆どのようで、レアメルの実の近くに彼等が集まるのは帰巣本能だと考えられているようですね」
 そこまでアイラスが説明すると、シグルマとセフィラスが感心したように頷いた。
「なるほどなぁ、色がなあ……。ん? てことは、レアメルの実がそいつらにとっては目印みたいなものなんじゃねえのか?」
「家みたいなものか。レアメルの実を採取する際、襲い掛かってくる可能性は高い、か……」
「そうかもしれませんね。殺生は避けたいところですが……ん? 皆さん、どうやら足場が悪くなってきたようですよ」
 アイラスが視線を落とす。見れば湿地帯が広がっていた。霧が掛かっているのでどこまで続いているのかは分からない。
「ふう……鎧、脱いできて正解だったぜ」
 普段こそ重い鎧を身にまとっているシグルマも今回は泥濘に足をとられないようにと軽装で来ていた。
 三人は湿地帯の外周を歩いた。それでもたまに深い場所があったのでシグルマが用意したロープを木に結び付けて慎重に進んだ。
 湿地帯を抜け、再び変化のない森の中。
「今どの辺だ?」
 シグルマが周囲を窺いながら二人に訊く。
「俺が調べよう。少しだけ待ってくれ」
 急にセフィラス立ち止まり――その背中の羽を広げた。
 一気に飛翔するセフィラス。
 そして、すぐに降りてきた。
「かなり奥まで来たようだ。だいたいの位置は把握できたが……レアメルの実がどこにあるかまでは分からないな」
「でも、位置が把握できたのであれば迷うことはありませんね」
 アイラスが言うと、
「ああ、霧がこれ以上濃くならなければ大丈夫だと思うが……」
 セフィラスが頷いた。
「そういや、レアメルの実ってのはどこにでもあるもんじゃねーんだろ? だったら、何とか空中からその違いを見極められねえのか?」
 シグルマが提案するとセフィラスが「やってみよう」と一言残して再び空中へ。
 その後、地面に降り立ったセフィラスが、
「かなり大雑把だが、方角的にはあちら、何か違う植物が見えた」
 指差した方角は森に覆われている。三人は迂回しながらその場所へと進んでいく。何度かセフィラスが空から森の全景を鳥瞰し、指示を出した。



■ レアメル

 半刻ほどで目的の場所へ近づいてきた。上空の太陽が西へ傾きはじめる。出発からかなりの時間が経過していた。恐らく夜になると身動きがとれなくなるだろう。
 そのうち、周囲の風景に変化が訪れる。著しい変化ではないが、ずっと同じ景色が続いていたので僅かな変化が違和感に繋がる。
「もしかしてこの木では?」
 アイラスがそれまで見られなかった木の存在に気がつき接近した。レアメルの実が生る木は細長く、枝も非常に長い。しかし、その木には実がついていなかった。
「もう少し奥へ進んだ方がよさそうだな」
 セフィラスが霧に包まれた前方を窺い見る。
「おい……どうやらお客さんみたいだぜ」
 シグルマが斧を握り締める。
 赤い魔物――レアメルのお出ましだ。馬ほどの体格、鋭い角、牙も剥きだしにこちらへ一直線に向かってくる。
「セフィラスさん、私たちが食い止めている間にレアメルの実を!」
「そうした方が得策のようだな」
 セフィラスがレアメルの突貫を宙に浮かび上がり避ける。そして、そのまま魔物を置き去りにレアメルの実を探しに向かう。
「だああああ!!!」
 シグルマが斧を一振り、さすがのレアメルも悲鳴を上げ気絶する。
「意外と素早いですね!」
 レアメルは瞬発力に優れていた。あっという間にトップスピードに達して襲い掛かってくる。アイラスはレアメルの攻撃を捌き、避け、身を翻す。徐々に敵を翻弄していく。
「あれだな」
 レアメルの実は神秘的な光を放っていた。発光物質が含まれているのだろうか。セフィラスは複数の木からレアメルの実を?ぎ取った。根絶やしにしてしまうと問題があるからだ。それに、魔物のレアメルが木に何かの影響を与えているという可能性だって否定することはできない。
 そのうち、セフィラスの存在に気づいた身を潜めていた赤い魔物が飛び掛る。
「……くっ!」
 やむを得ず剣を手にするセフィラス。得意とする魔法も森の中であることを考慮し使用しない。魔法は発火作用の強いものが多いため、森の中で使うにはリスクが大きい。それに、セフィラスは出来る限り森に影響を与えたくなかった。
 それでも今は戦わなければならない。
 視線の先がレアメルを捕らえる。
 狙うは急所。
「はああ!!」
 一撃で仕留める。それでも峰打ち――気絶させたに過ぎない。
「どうやら、手に入ったみたいだな」
 そのうちシグルマとアイラスが鈴の音を響かせ姿を見せる。
「早いところ撤退しよう。無駄な戦闘は避けたい」
「ええ、そうですね。レアメルの実も手に入ったことですし」
 三人はレアメルの実を用意してきた袋に詰めた。光を放つレアメルの実は確かに魔物と似ている。魔物の帰巣本能を擽るレアメルの実、両者には深いつながりがあるのかもしれない。レアメルの研究をしている学者たちも未だに事実関係は掴めていないらしい。



■ 白山羊亭にて

 酒場に戻ると、医師が亭内を右往左往していた。三人が扉を開けると、ハッとした表情で期待の眼差しが向けられた。
「ただいま、帰りました」
 アイラスがいち早く手に持った袋を掲げる。すると、医師は驚いたように声を上げた。
「すごい、これだけの実を採って帰ってくるなんて……本当にありがとうございます!」
 若い医師が何度も何度も三人に頭を下げた。
「お手柄ですね、皆さん」
 ルディアも嬉しそうだ。
「中々、骨の折れる仕事だったぜ。あー、何か飲み物をくれ」
 シグルマがカウンターに腰を下ろす。
「何にしますか?」
 ルディアが訊くと、
「この店で一番美味い酒だ」
 そう言ってシグルマは上機嫌に笑った。
「病気の方々、早く治るといいですね」
 セフィラスもカウンターに移動する。
「ここからは、私の仕事です。任せてくださいよ!」
 医師は腕をまくって意気込んだ。
「バトンタッチですね?」
 アイラスが微笑む。
「ええ、それでは私は一刻も早く……」
 医師は神妙な面持ちになり白山羊亭を足早に去っていった。
 ――数日後。
 流行していた病気は、その病人の数を徐々に減らしていった。何人かの医師が彼の元へ集まって、治療の手助けをしたこともあり早急な処置ができたらしい。
 レアメルの実には殺菌と抗菌の効果があり、また免疫力増強などを手伝うもので、非常に用途が深い。
 三人の活躍、そして医師の活躍により、病気で死亡者が出ることはなかった――。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【2017/セフィラス・ユレーン/男/22歳/天兵】
【0812/シグルマ/男/35歳/戦士】

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■         ライター通信          ■
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初めましての方も、そうでない方もこんにちわ、担当ライターの周防ツカサです。
二つのレアメル、その関係性がやや適当すぎかと思いつつも何とかまとまったのではないかと(え? ダメだって? すみません)。
目の見え方って動物によってそれぞれ違って、白黒のみとか、紫外線まで見えちゃう動物もいるそうで、今回のレアメルも色、とりわけ自分と同じ色に強く反応するというものでした。
異種交配なんてのも昆虫の世界では起きるようです。嗚呼、薀蓄ばっかですみません。

ご要望や、ご意見などがございましたら、どしどしお寄せください。こういう場面ではもっとこうだーとか、そういう細かいこともどうぞお気軽に。次回への参考にさせていただきます。
それでは、失礼させていただきます。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141