<PCクエストノベル(3人)>


ダルダロスの黒夜塔

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953 / オーマ・シュヴァルツ  / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【1780 / エルダーシャ / 旅人・魔法遣い・2号店店長】
【1956  /  イレイル・レスト / 風使い(風魔法使い)】

【その他登場人物】
【NPC / ニーナ 】

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山々の峰が、遥か遠方まで続くのが見えた。
その山のちょうど中間に、位置するように、そこには緑深き森があった。
森は形作られた歳月を無言の内に物語ろうとするのか、巨木の影が幾つも、その場所には映った。
太陽の光さえも遮り、失われた大地そのものの記憶を蘇らすかのような濃緑。
そんな森と高い山々の挟まれるかのようにして、その塔は、ある。
―ダルダロスの黒夜塔。
ソーンに住まう人々の多くは、その場所をそう称した。
その細く天へ向かって建てられた塔に、大抵の人間は、その塔の付近を通りかかるだけで、身の毛もよだつ感覚を受けてしまうというのが、もっぱらの噂だった。
それはたった一度であろうとも、鮮烈なまでの記憶の奥深くに刻まれてしまうという、独特でそれを本来耳にした者にしか味わえぬ筈の感覚。
だが、それは仕方のない事とも言えた。
過言では無い、強烈な意志がそこには宿っていたが故に……。
そこは、時と時の狭間……本来禁域であった筈のその境界を歪めた、魔物の棲家そのもの。
何故、その存在に、その力が許される事になったのか。
そこにある真理を知る者は無かった。
窓がひとつたりとも存在しないという、口伝では、幾度も囁かれ続けたその黒夜塔の……最初にその呼び名を口にしたのは誰だったのか。
その黒夜の名に相応しいまでに、そこにあるのは禍々しさだけだった。
そうして、今日も……。
それを聞きつける人々の耳を耐えがたいまでに塞がせ、全てを揺さぶるがごとくに慄かせる響きが、この地に響き渡る。
その塔を一人の少女が、たった一人で、微かに目を上げて見つめていた。
銀の髪と青い瞳の少女。
目を細めたまま、儚げな印象を表情に見せながら、ただ少女はそこに立っていた。
土地の者でさえ、こんな轟くような響きが地を這う時には、殊更にその塔には決して近づかぬようにとするというのに……。
そうして、少女は一切を口にする事は無い。
ただ、塔をじっと見つけ続ける、のみだった……。


オーマ:―なぁ、どうやったってよ、悪かねぇだろ?
どれだけ忌み嫌われようと、穢れた世界であろうとよ。
それが現実なんだぜ。
お前には一体何が見える? この死せる大地の上に立つ時……。
だがな、振り返る事だけはしたくねぇんだ。
何もかもは全て結果と原因の因果。
俺は忘れないでいてやるからよ……俺が俺自身で見てきた全てってヤツを、な。
俺のこの身が引き裂かれようがな……。


エルダーシャ:「オーマさ〜ん? どうしたんでしょう〜全然起きないよ〜」
旅人兼魔法遣い兼、紅茶屋店長という、こういった数多くの肩書きを並べても、実際にはまだまだ何かが掘り出されてきそうな娘、エルダーシャがしゃがみこんだまま、自分の目の前にいる長身の男の鼻面を、つんつん何度も繰り返しつつきながら、そう言った。
肩書きだけでも既に尋常で無い程だが、エルダーシャは、昔は自分も普通の人間だったのだと、事あるごとに豪語する。
その言葉を吐く時点で既に存在そのものが妙だが、その原因たるが、本人曰く、何処かの神を殺しして、結果、不老不死の術を受けた為の事……らしい。
言わば、厳罰の末というところか。
そんな罰則のおかげで、肉体そのものは、もう人間とは言い難い……らしい。
あくまで、これも本人談の話ではあるが。
エルダーシャ:―だって死なないし。歳も万超えたし。食事とらなくても生きていけるし。……お腹はすくけど。
そんな事をひとつ引き合いに出してみたところでも、とりあえず、この銀の両眼と緑の長い髪を有した娘が、特異な存在である、という事実に関してはどうあっても否めまい。
ただ、その口調が、常に非常にまったりとして愛くるしいという事だけは、あえてここでも付け加えておくべきか。
イレイル:「……本当に起きませんね……と、言うか、その気配も全然無い感じで……」
エルダーシャの背後でその様子を、さっきからつぶさに見つめていた、かっちりとした身のこなしの、ざっと見たところ20代の半ば、と思しき青年が、今度はそう言った。
緑の長い髪を持つ、風使いのイレイル・レストだ。
イレイルに関しては、一見しただけでもこれまでに彼氏自身が受けた教育の賜物であろう、しっかりした礼儀正しさが窺えた。
その上、加えて端麗で秀麗、そう言った賛辞が似合いの容姿に加えて、長身という、一見しただけでも分かるほどの、全くもって非の打ち所の無い好青年でもある。
その礼儀正しくも時として潔癖にさえ見える、その態度はある意味、この場合においては貴重とも言えようか。
余りある爽やかさと、その育ちの良さは、隠しようもない事は明らかだった。
そしてもう一人……。
そんなエルダーシャとイレイルの目の前で、さっきから木にもたれかかったまま眠り込んでいる男が、ここに一人。
エルダーシャ:「オーマさん、オーマさん〜! 」
まるで無反応を決め込んだような、問題の目の前の男の様子に対して、余程納得がいかなかったのか、エルダーシャの指が今度はオーマの鼻を、むんずとつまみ上げた。
今度のその攻撃はとりあえず、どうに見てもさっきまでの比ではなかったろう。
鼻をつつかれるよりも更に効果があったのか、その男オーマの眉が幾分歪んでゆく。
それがいい証拠だった。
そうして、既に、先程から何度か、その名を呼ばれた、この男、オーマ・シュヴァルツといった。
短髪と男っぽい性分と、その毒舌で人々の視線を集めてやまない、数奇な生きざまをかかぜた、異世界より現れし医者兼ガンナーである。
オーマの、周囲の殆どの人間が見上げるような、威圧感に溢れたその長身は相当に迫力あり……なものだったが、その無骨にすら見られる外見とは裏腹に、生態医学に精通した卓越した技術と知識を兼ね備えた医師でもあった。
種族生い立ちに関しては、不明だったり、実際には数千年も生きていたりと、極めて謎の部分が多い部分が、ひどく目立つ。
だが、余り本人の様子云々を見る分にはその辺りが感じられないと、この男を知る人間の多くがそうも口にした。
一見、そぐわぬようでいて、その両極端なオーマの姿は、実際には理に叶っていると言ってもよかったのかもしれぬ。
オーマの背に負われた宿命にも近いような、過去がそうさせたとでも言えばいいのか。
痛みの中で見てきた、悲しき宿命。
……そうして、常にそれを左右してきた人の意志。
―ウォズ。
又の名を凶獣と呼ぶ悪しき存在。
それが、何時からか聖獣の守護を掻い潜り、このソーンに侵入せし、異形の生物の名だった。
その凶獣の捕獲・討伐こそが異世界の国際防衛特務機関「ヴァンサーソサエティ」の中枢部に位置する、ヴァンサーに下される命である。
特異にして、他者の追随を許さぬ、強力な選ばれし者等にのみ与えられる、呼称。
だが、そんなヴァンサー達には、忌まわしい側面が常に付き纏う。
何故ならば、彼等の住まう世界においては、凶獣を殺す事は、即ち、同殺しを意味するが故に。
その象徴として、時として人々に受け入れられぬ事も多いのが現実だった。
よって、ヴァンサー達は生きながら、その使命をまっとうすればするだけ、その歪みの中に叩き落される事になってしまう。
それは言わば、宿命とも言うべきものだった。
同属である筈の者らに忌まれた結果、それ故に見せつけられるもの。
非情な立場に立たされながらも、生き続ける熾烈な世界を、オーマは知り過ぎていた。
それは多少の痛みなどでは、到底簡単に言い切ってしまう事など出来る筈も無い。
要するに、両極に引き裂かれながらも、そんな過酷な状況下であれ、常にそれを覆うほどの人の意志を有した者でしか、その命を遂行する事など出来はしない事になる。
……だからこそ、なのかもしれない。
普段、日常的にこのオーマが、彼がいとおしいと思う人々……例えば、このイレイルやエルダーシャ、この二人に見せるような、何気ない表情や、下らない話。
それが無ければ、過酷な全てを見続ける負荷は、想像を絶するものがあるのだから。
そんなやるせなさ、そう言ったものを全て受け入れざるを得ない事に対して……。
エルダーシャ:「オーマさん〜! お願いですから、いい加減起きて下さい〜。うう……何だか全然だめみたい〜、私って何て無力なんだろう。……あ〜、もう、こうなったら……どうしようもないですから、この際、こ〜んな生ぬるい事じゃなくて、強気でいくしかないみたい、ですね〜」
通常温厚で、穏やかそのものだったエルダーシャの我慢は、遂に限界点を突破したらしい。
これはこの一見儚げで、繊細な面差しのこの娘にとっては、非常に珍しい事例とも言える展開かもしれない。
しかも、付け加えておくならば、この娘、一旦決断すると行動に移すまでが非情に素早い。
エルダーシャが、それまでつまんでいたオーマの鼻を、そのまま力強く引っ張ったのだ。
オーマ:「いででででで、いてぇ――――っ! 」
直後に、オーマの絶叫が響き渡った。
イレイル:「あ、起きましたね、流石です、エルダーシャさん」
さらっと、まるで動じた様子も見せず、エルダーシャの背後からは、既に傍観者と化したイレイルがそう呟いた。
オーマ:「なっ、いきなりお前は何しやがんだよ、エルダーシャ! 」
オーマの非難がましい言葉が飛んだ。
余程の痛みであったのか、オーマは自身の鼻を悲しそうに撫でている。
エルダーシャ:「ごめんなさい〜。一生懸命呼んだけど、全然起きてもらえなかったから〜。でも、どうしてもここはオーマさんに起きてもらいたくて〜」
エルダーシャの言葉に、オーマががくっとこけた。
オーマ:「それは分かるぜ。だがな……だからって、お前、もうちょっと……あ、なんつーかこの場合、他の起こし方ってのがねぇのかよ?! 例えばよ、例えばだがな、耳元で優しくこう、そっと『起きてほしいの〜』、なんつって優しく囁くとかよ。とりあえず、そんな感じでも他にもなんかはあんだろ? 予告も無いままで、いきなり鼻を引っ張るってのは、幾らなんでもいただけねぇぜ。とりあえず、俺をもっといたわれや」
イレイル:「……なるほど、耳元で囁くですか。それもある意味、確かに有効な手段ではあったかもしれないですね。オーマさんには特に。試してみる価値はあったかもしれませんね。今度やってみますか。それにしてもさっきのオーマさんの、エルダーシャさんの口真似みたいなのは、正直言ってちょっと……」
イレイルの淡々とした言葉に、オーマが苦笑いした。
オーマ:「……うっ、そうかよ。まっ、いいだろ。それはこの際、適当に置いとこうぜ。問題は起こし方の話だぜ。要は重要なのは、そっちってコトだぜ。ほれ、このイレイルだって、賛同してるじゃねぇか。とりあえず、信頼性が高いのは間違いねぇぜ。そういうコトだからな、エルダーシャ……お前さんもきっちり聞いとけや。今後の参考になるだろうからな」
エルダーシャ:「もう、それはいいの〜。何でもいいけど、とりあえず、早く先に行きたいな〜、大体、ここまで来た最初の目的を忘れちゃってるみたいで不安になるし〜。だから、このままいたら、何時まで経っても近づけない気がしちゃいますから〜」
エルダーシャは遠方に微かに映る、ひとつの塔を指差した。
森と山脈に挟まれたような姿の塔だった。
それは、ダルダロスの棲家であるとされる、あの黒夜塔に他ならなかった。
そうして、三人は周囲に森の一角のその場所で立っていた。
明らかにその道程は、まだまだこの先も長いのが分かる。
イレイル:「それにしても、こんな場所で堂々と寝てしまえるのも、ある意味すごい事ですよ。普通じゃ絶対出来ませんから。ここからでも充分にあれが聞えてきますからね……ほら」
イレイルがそう口にしたのと、ほぼ同時に風鳴りに混じって、遠吼えのような響きが、三人の元に届いた。
『そこにある筈のもの』の雄叫び。
ぞっとするような、悪寒を与える闇を思わせる感覚が背筋をゆく。
身体感覚の全てを狂わせてゆくような、響きでもある。
イレイル:「こんな場所ではオーマさんのような真似は、通常、他の人間ではとても到底出来ないでしょうから。貴重ですよ、これは」
オーマ:「おう、俺は至って全然平気だぜ。特にこの程度のコトに関しちゃな。何処でも寝ようと熟睡可能、その気になりゃあ簡単なこった。ちょいちょいと、な」
エルダーシャ:「……確かにイレイルさんの言う事も一理あるのよね〜、普通じゃないって事には関してなんかは特にね〜」
オーマ:「なんか、その語尾と言い方が妙に引っかかる気がすんのは、俺のただの気のせいなのかね……エルダーシャ」
脱力したようなオーマの言葉に、エルダーシャが間髪入れずにこくんと頷きつつ、口を開いた。
エルダーシャ:「うん、間違い無く気のせいですから〜。気にしないで下さいね〜」
オーマ:「その言い方も……今のこの俺にとっちゃ、更に微妙に聞えるぜ。やべぇ、コレ以上は考えんのやめとくか。へこみそうだぜ」
オーマがもう一度そう言った。
エルダーシャ:「そんな事ないの〜そんなのじゃないです〜」
オーマ:「んん……やっぱ微妙じゃねぇか……? 」
そう言いつつ、多少沈黙したオーマを尻目に、今度はイレイルが口を開いた。
イレイル:「そういえば、さっきなんか寝ながら呟いてましたね、オーマさん」
不意に思い出したようなエルダーシャの言葉に、オーマの表情がふっと緩んだ。
オーマ:「……マジかよ、やべぇな。何だ、アレを聞かれちまったってのか。夢と現実の境目がはっきりしねぇトコはあったけどよ。まさか、本当になんか言っちまってたとはな。恥ずかしいが、本当のコトを言えば、色々思い出しててな……」
オーマはそこで一旦言葉を区切ると、それから再び口を開いた。
「なんつーか、その……この辺の空気は俺の生きてた、あの世界にどうにも似てるって気がすんだよな……そのせいかもしれねぇ。まんざら、今、自分でそう言ってみても間違ってるとも思えねぇしな。ま、これだけ似すぎてると言ってもいいくらいに似てりゃあ、自然と思い出すのも、当然ってモンだろうがな。まぁ、しょーがねぇぜ。聞かなかったコトにしてくれや、この際」
そうして、オーマはにやりと笑って見せた。
イレイル:「普通、夢って目覚めると、その瞬間に掻き消えて、実際あんまり覚えていないのが常ですけど、そうじゃない事もあるんですねぇ」
イレイルの言葉に、オーマが答える。
オーマ:「忘れたくても忘れられるようなモンじゃねぇってコトだからな。だから余計に、だ」
エルダーシャ:「……それって、オーマさんの中にある、忘れがたくても決して消えないもの、なんだよね〜」
不意に、エルダーシャの声が低くなった。
その微妙な変化に気が付いたオーマとイレイルがエルダーシャを見やると、そこには少し顔を俯きかけたエルダーシャの姿があった。
エルダーシャの両眼は暗く陰り、その中にさっきまでとはまるで違う思いが滲んでいた。
エルダーシャ:「それ……そういうのを、ほんのちょっとだけかもしれないですけど、私にも分かるかも〜。もしかしたら、似てるってことなのかもしれないって〜。私も、もう人間じゃなくなっちゃって久しいし、長いけど時々思うって思うから〜。どうしてこうなったのか、分かっているのにね〜。う〜ん、だからって言っても、戻りたいとかって思ってる訳でもないのに〜。後悔とも違うんだよ〜。でも、それなのに、時々、訳の分からない気持ちになっちゃうの〜。強いて言えば迷い、なのかな〜。ここってそれを思い出しちゃうみたい〜。そういえば、オーマさんの元いた世界って……」
イレイル:「……ここじゃない世界と言われましたよね? 」
エルダーシャとイレイル、二人の問い掛けに、オーマが頷いて見せた。
オーマ:「ああ、そうだ。俺の本質はあっちの世界にあるんだぜ。何時だってそうだ。それだけはどうやったって変わらねぇんだろうな。だが、そうは言ってはみてもよ、いいことばっかがあったわけじゃねぇし……あっちじゃ、いらねぇくらいに色々なコトも見た、中には笑い話にもなりゃしねぇようなモンが、現実にあったコトも否定しねぇよ、そんなんが早い話が山積みだったわけだわな……」
イレイル:「それは、ヴァンサーとしての、事ですよね。俺は少ししか知らないですけど」
イレイルの言葉に、オーマが自分の顎を撫でながら頷いた。
オーマ:「ああ、俺に言わせりゃあ、世の中の全部綺麗事で片付けられりゃあ、これ程楽なコトはねぇな、でも俺はその道を選びたくはねぇからよ。綺麗事だけで覆い隠して全部を見ないようなそんな真似はごめんだぜ。……それに、俺はウォズを追わなきゃならねぇからよ、その鍵になる筈なんだ、あの場所、がな」
オーマは目を細めて、遠方に映る塔を見つめながらそう言った。
続いてエルダーシャも、その言葉に頷く。
エルダーシャ:「私も『道』を探さなきゃ……」
オーマ:「おう、それが俺達の共通の目的とあっちゃ、行かないわけにはいかねぇし」
オーマが、更に応えるように口を開く。
イレイル:「とりあえず、どちらにしろこの距離でこれだけ圧倒されるものを感じますし、塔へ行っても長居はしない方が良さそうですね。……これを何と言えばいいか、俺も少し戸惑いますが、この空気……みたいなものは気持ちが引きずられるとでも言えばいいのか、何だか妙な感じになってきますから」
イレイルはそう言って、空を見上げた。
エルダーシャ:「そうなの〜だから、さっきから落ち着かないから、オーマさんには早く起きてほしかったんだよ〜」
エルダーシャもそう言った。


ようやく三人が目的の塔に辿り着いた時、既に太陽は沈みかかっていた。
オーマ:「こいつは存外に遠かったな、殆ど予想外じゃねぇか。ま、無事に何事もなく着いてよかったけどよ」
オーマはざっと目の前の塔を眺めつつ、腰に手を当ててそう言った。
エルダーシャ:「ほら〜。だから、ああやってゆっくりのんびりしてるから、こういう事になったんだから〜」
エルダーシャが続いて、そう言った。
イレイル:「それにしても、ここに漂う雰囲気は、いかにも夕闇にぴったりですね。これはこれで、案外いいかもしれないなぁ」
本気とも冗談ともつかぬ言葉を吐きながら、イレイルがそれに続いた。
この塔に寄り沿うように、ひっそりと暮らす少女ニーナの案内で、塔の入り口まで辿り着いた三人は、改めて目の前の塔をしっかりと見つめた。
ニーナの事は、噂で聞きつけた通りだった。
銀の髪に、青の瞳の容貌の、淋しげな表情を見せる少女。
そうして、この地に住まうという、ただ一人の人間。
何がその娘をこの地より、離れがたくさせるのか、それを知る者は本人以外には皆無だった。
ただ、確かに他の誰もが寄り付く事さえ忌む場所で、正真正銘生き続ける娘である。
そのニーナ以外の人間が、近づかぬ理由たるが……溢れるまでにそこに負の何かが渦巻いている事が、今、この三人にもはっきりと伝わってきていた。
ともすれば、ここは、本来はこの場所そのものが異界と、そう呼ぶべき領域なのかもしれない。
エルダーシャ:「では入ります〜。お邪魔しま〜す」
にこやかにエルダーシャが、まず塔の中へと足を踏み入れた。
穏やかな物腰のエルダーシャの様子は、この闇の塔の中にあっては、この場合に関して言えば、相当に浮いている……ように見えるかもしれない。
オーマ:「おっ、エルダーシャ、足元きぃつけろや。そこら辺、危ねぇからな」
そう言いながら、エルダーシャに続くような形でオーマが歩き出す。
イレイル:「オーマさん、優しいですねぇ」
オーマ:「つーか、この俺ってヤツはよ、大体何時だって優しいだろ? ま、さっきも言ったがな、あん時、耳元で囁いて起こしていてくれりゃあ、今日はこの更に数倍は優しくしてやるつもりでいたぜ、なぁエルダーシャ? 」
オーマのにやにやしたような言葉に、イレイルが苦笑した。
イレイル:「そんなものなんでしょうか。俺にはちょっと分かりかねますが……」
エルダーシャ:「……ぜったいしてやるもんかぁ〜むぅ」
エルダーシャがイレイルの言葉に混じってぼそっと呟いた言葉は、残念ながらオーマには届かなかったらしい。
その時、エルダーシャの絶叫にも似た叫びが上がった。
エルダーシャ:「きゃあ、いやいやいや、いやぁぁぁ――――! やだやだ〜、絶対絶対いや〜!!! 」
イレイル:「どうしたんですか?! 」
オーマ:「どうした?! 」
イレイルとオーマの叫びは、ほぼ同時だった。
だがそれを尻目に、エルダーシャが狂ったように勢いよく駆け出した。
明らかにその様子は、尋常なそれでは無い。
オーマ:「おっ、おい! エルダーシャ!! ああ?! なんなんだ、あいつはよ」
オーマが戸惑ったように、そう言った。
エルダーシャ:「なんかそこ、ちっちゃな虫みたいなのがいるの〜いや〜!! 」
エルダーシャは悲鳴混じりにそう叫んだ。
イレイル:「……あ、オーマさん。エルダーシャさんが言いたいのは、どうやらこれの事みたいですよ」
イレイルがその場にしゃがんで腰を落とすと、そのまま床を這いまわるように動いていた、小さい青い塊のようなものを指先でつまんで、オーマに見せた。
オーマ:「あ? お前さん、こんなモンが怖ぇーのか? わっかんねぇなぁ」
オーマがしげしげと、その虫によく似た生物を見た。
イレイル:「確かに俺もそう思いますけど」
オーマ:「でもよ……」
ふと、オーマは自身の足元を見やり、言葉を止めた。
オーマ:「じゃあ、イレイル、この場合はどう思うよ? やっぱ問題ってヤツは変わってくんかい、この場合」
オーマはそう言って、自分達の足元を指し示した。
イレイル:「……これはまた大量ですね」
オーマとイレイルの立つ辺りには、前述の奇妙な青い虫のようなものが、大量に這いまわっていた。
まさに、言葉通り、である。
エルダーシャ:「だからっ、私はそういう小さいのが、山程うぞうぞいるっていうのがイヤなの〜どうして二人ともそんなとこで、ぼーっとつっ立ってられるの〜?! 早く来てよ〜! 」
今や塔の内部のかなり奥まった場所から、怖々した表情でエルダーシャはオーマとイレイルの二人に声をかけている。
オーマ:「俺等は全然平気だぜ? ま、踏み潰しそうなくらいなのが、ちょっと嫌と言えばそーかもしれんがなぁ。なぁ、イレイル、お前さんにしたってそーだろ? 」
イレイル:「まぁ、確かに……間違い無く歩きにくいのは確か、ですね。それにやっぱりこれだけの量にはちょっとは驚かされはしますけどね。だからと言って、それ以外は別に……」
オーマとイレイルがお互いに顔を見合わせると、そう言った。
オーマ:「そーゆーわけだ。つーことで、エルダーシャ、ほれ、お前さんがここまで戻って来いよ。慣れてくるとこいつらも結構可愛いかもしれねぇぜ? 大体この虫みたいなヤツ、他の場所で見たことねぇし、貴重かもしれねぇぜ」
エルダーシャ:「いらないっ! そんなの、ぜぇったい、いらないもん〜」
エルダーシャは頑として、少し離れた位置から、そう言い張っている。
オーマ:「そーか。ま、こっちから行ってやろうぜ、エルダーシャのヤツも、あのままじゃしょうがねぇだろうし、な」
オーマはそう言って、イレイルににっと笑って見せてから、エルダーシャの方へと歩き出した。


イレイル:「……問題のダルダロスは何処にいるんでしょうか。ここまでの道のりでも、大分上ってきた印象はあるんですけど……それにしても、随分この塔は高いんですねぇ。外から見た印象と違う感じがするなぁ。長居は余り……とは思いましたけど、この分じゃそういう訳にもいかないかな」
塔の内部の螺旋階段を上りながら、イレイルがそう言った。
順序は、前からオーマ、エルダーシャ、イレイルが続いている。
最後尾のイレイルの、そんな言葉にオーマが自分の先に続く階段を見上げた。
オーマ:「ああ、この分じゃ、まだまだ続きそうだな。今ここからじゃ、全然先が見えねぇしな」
エルダーシャ:「ねぇ、あの虫、もういない? ひぃ」
さっきの入り口付近での、あの遭遇の一件で余程懲りたのか、エルダーシャは身をすくめるようにして、オーマの後ろで足元を一歩一歩確認しつつ、階段を上って行く。
どう見ても顔色は良くない。
その上、腰が引けているので、誰もが振り返る程の美女である事でかなり補われている部分はあるものの、実際には妙な格好になっている事は間違い無い。
オーマ:「エルダーシャ、お前さん、ここはこうもっと、俺にぐぐっとくっついてきてもいいんだぜ? その辺は許してやっからな。ま、そんなに怖けりゃってコトだがよ。ま、遠慮すんなって」
エルダーシャ:「結構です〜ってば。ね〜、イレイルさん、オーマさんを止めてよ〜なんかさっきからへんだから〜」
エルダーシャの言葉に、イレイルが不意に足を止めた。
イレイル:「え……俺がですか? 」
そんな取り止めの無いような、まるで緊張感の薄い会話を続ける内に、やがて三人は階段から横に続いていた通路へと出た。
今度のその通路自体は割合広い。
先程の階段は人一人が、通る幅程度しか有り得なかったが、ここはその数倍はあろうか。
オーマ:「さっきからだが、ここは全く妙なトコだぜ。何となくだが、身体の底から気分がおかしくならぁ」
周囲を見回しながら、オーマが気分が悪そうに眉をしかめつつそう言った。
エルダーシャ:「うん……なんか自然に、色々やなことを思い出すみたいになるよね〜もう、すごくやだな〜やだやだ。こんなの〜」
口調自体はさして普段と大した変化は感じられぬものの、エルダーシャの言葉に込められた響きは、決して明るいものではなかった。
常日頃にあるエルダーシャの中にあるのんびりとした言葉とは、まるで違うものを、同様にイレイルも感じとっているらしく、怪訝な表情で周囲を見回す。
イレイル:「何だか言葉にしずらいですが……ひょっとしたら近いのかも、しれませんね」
イレイルの言葉に、オーマも頷く。
オーマ:「……ああ、確かにな。そこいらじゅうに、嫌なモンが露骨に息づいてる感じがするぜ、多分、俺等の目的ってヤツがな」
オーマの言葉に、エルダーシャがごくりと唾を飲み込んだ。
同様の何らかのものを、肌を通して感じているせいだろう。
オーマ:―エルダーシャがああなるのも無理はねぇな。一体、何だ、この感覚は……。
何かがおかしくなってゆくような、これが時空を歪ませるってヤツなのか?
オーマはそう思いつつ立ち止まり、周囲を落ち着き無く見回した。
この塔の遠方に立っていた時、確かに感じていた感覚。
咆哮のような響きに身の毛がよだつ感覚を受けたのは、最初から理解出来ぬ畏怖すべき存在を受け入れる事が出来ぬ故か。
それが今は、くっきりとした輪郭を描いたように直ぐ側にある事に、三人は全員が気が付いていた。
変化が訪れたのは、その刹那。
オーマ:「いけねぇ……離れてくれねぇか」
唐突に、オーマの低い声がした。
はっとしたように、エルダーシャとイレイルが振り返る。
そこで、二人はオーマの身体から、陽炎のような揺らめく影が上っているのを目の当たりにした。
オーマ:「……ウォズだ。遂にヤツが来やがったぜ」


―代価を支払い、屠りし存在。
そこに付き纏う犠牲が致し方ないと、誰が言えるのか?
同属殺しと蔑まれ、疎まれ、それでも立ち上がる意志は揺るぎ無いものだった。
それは、全ての構造が「思念」や「魂」といったもので構成されたものを追うが為。
特筆すべき「具現能力」を操り、様々にその形態や能力を変化させる力を併せ持った。
何故そんな力が許された?
一人の男の中に、常に投げ掛けられるひとつの決して答えの見出せぬ疑問。
その時間は永劫にも近く、時を更に費やしてゆくものに摩り替わった。
だが、むごたらしいものでも、悲壮でも無いものを見るように、ただ淡々としたまま世界は流れていたというのに……。


―具現能力。
それは、ある男の生きた異世界に於いて、ある事象により遥か昔に生まれし力。
其の者の思念や精神力を、ありとあらゆる形に変換、具現する能力。
それが開放されし時。
エルダーシャ:「オーマさん……」
イレイル:「……」
オーマの両眼の中に宿る眼光に、エルダーシャとイレイルは息を呑んだ。
オーマ:いっけねぇなぁ。まるで、このままだと、俺の方が引きずられてくみてぇだぜ……まさか、だったが、こんなモンまでが……。
そう言ったオーマの口調は、淡々としたものだった。
三人の目の前には、時空さえも操るダルダロスが対峙していた。
しかも通常の魔物の姿では、無い。
その全体を形容しようとした時には、何かの獣と表現すべきなのか。
全体を闇を集約させたような、長い体毛が包んでいる。
長身のオーマすらを凌ぐ程の巨大な獣だった。
オーマ:「……ウォズもろともに同化してやがるじゃねぇか、どうりでさっきから気分が悪りぃわけだぜ。時空を操るダルダロスの力も、増してやがんな。こりゃあ、厄介じゃねぇか」
今や凶獣そのものと化したと、オーマは推察した。
それこそが、ヴァンサーとして、選ばれし故に備わった、『同属』の宿命。
その時、凶獣がエルダーシャに向けて、襲いかかった。
不意をつかれたエルダーシャの上に、ダルダロスの鋭い爪が容赦無いまでに振り上げられる。
オーマ:「いけねぇっ! エルダーシャ!! 」
瞬間的にオーマがそう叫んだ。
エルダーシャがその場に、うずくまるように顔を覆った。
オーマの身体から放たれた槍が、凶獣に突き刺さった。
それは現実には存在する筈の無い、槍だった。
直後に、凶獣が大きく仰け反るように反転し、引き裂くような声を上げた。
だが、オーマの具現させた槍も、またたく間に消滅してゆき、跡形も無く消え去った。
オーマ:「ちっ、お前さんには、この程度じゃきかねぇコトくれぇ分かってるぜ! 」
その時、イレイルがはっとしたように、エルダーシャの元に駆け寄った。
それとほぼ同時にイレイルの身体から、風の力が放たれ、エルダーシャを包み込む。
イレイルの癒しの力を秘めた、風の精霊の加護だった。
イレイル:「エルダーシャさんっ!! 大丈夫ですか?! 」
エルダーシャは外見だけを見る分には、何も負傷していないように見えた。
だが、身体を小刻みに震わせ、首を強く左右に振っている。
エルダーシャ:「……やだよ、全部付きつけられるの……なんで、なんでなの? 思い出さなきゃいいのに、こんなの!! 忘れたかったんだよ……いやなのに」
エルダーシャがぎゅっと瞼を伏せたままで、そう途切れ途切れに呟いた。
行き場の無い思いから、次々に紡ぎ出される言葉。
その口調には、何時ものあの余裕は何処にも感じられ無い。
一人の娘が遠い時間の中で受けた、過去の断罪。
忘れるべきもの。
……もう思い出さなければ、楽になれる筈のもの。
仮に死というものが、遠いものになったとしても、直視しなければ、それでも生き続けていられるのだから。
だが……。
時空を操り、異界とを繋ぐ力とはこれほどのものかと、イレイルはおののいていた。
イレイルには目の前で起きている事が、信じ難いものとしか思えなかったのだ。
もっとも、イレイル自身が凶獣という存在に初めて遭遇したという事もある。
だが、それ以上にこの青年を驚愕させたのは、現実にはそんな程度のものではなかった。
これほどに深く抉られるような人の心理。
人の過ごしてきた時間すらも、容赦無いまでに、全てをあっけなく捻じ曲げてしまう。
そうして抉り出される、忘れがたくあった感情。
そこに潜む、底知れぬ恐怖。
精神までも侵してゆくという、それはある意味、非情なまでの危険性を孕んでいたのだから。
オーマ:「そうさ。こいつらは思念そのものみてぇなモンさ。だから……接触しただけでも食われんのさ、人間の中にあるモンを、な」
オーマが凶獣を睨みつけながら、そう言った。
オーマ:「許せねぇな。わざわざ分かっていながら、エルダーシャを襲いやがった。最初から不安定なトコに、更にな……」
その時、イレイルは再び信じられないような光景を目にする事になった。
イレイル:「オーマさん……」
驚愕の呟きに、エルダーシャもそろそろと顔を上げた。
エルダーシャ:「……」
オーマの姿がみるみる、一頭の獅子へと変化してゆく。
その内面の怒りを映し出したかのような真紅の毛並みが揺れていた。
オーマ:―……エルダーシャ。
その時、オーマがエルダーシャを呼んだ。
だが、その声は思念を直接そのまま相手に送り込むようなものだった。
オーマ:―行こうぜ。
今や完全に獅子と化したオーマは、ゆっくりとエルダーシャを見やった。
オーマ:―それでも進まなきゃならねぇモンが目の前にあるだろう? 俺等にはお互いに他人にはどうやったって、分からねぇモンがある。それは事実だぜ。だが、それでも、な。……俺に乗れや。さっきやられたケリをつけようぜ。
オーマの言葉に、エルダーシャがこっくりと頷いた。
それからエルダーシャが言われるがままに、オーマの背によじ登ってゆく。
逆立った毛を掴み、その表情は必死だった。
ようやく首の辺りに上ってから、エルダーシャが目を閉じた。
エルダーシャ:―ねぇ、オーマさん?
オーマ:―……ん、何だ?
エルダーシャ:―私、負けないでいられる……かもしれない。ここにいると、何だか気持ちがとっても強くなってきたような気がするの。これって、独りじゃないからなのかな。……もう、大丈夫だと思うんだ。私の「思い込み魔法」も、きっと今なら使えるって思うよ。思いの強さだけ、伝えてみせる。でも、それでももしかしたら、ほんのちょっとの力にしかなれないかもしれないけど許してね……だから、最後まで一緒に……何処まで力が及ぶかなんて、わかんないけど、私も戦うから。
オーマ:―もちろんだぜ。初めから俺もそのつもりさ。お前さん、つくづく分かってねぇな? エルダーシャ、お前さんがいなけりゃ、どうやったって意味がねぇんだよ。そーじゃなけりゃ、こうして俺の背中に乗せてやった意味がねぇわけだろ?
オーマの笑いが混じったような言葉に、エルダーシャが深く頷いた。
エルダーシャ:―うん、そうだね……行こう。
「俺が風で……防御にまわりますから。ここから出来る限り、お護りします」
イレイルが獅子のオーマの背後から、そう声を掛けた。
「うん、ありがと〜、イレイルさんっ! 」
オーマの背に乗ったまま、エルダーシャが嬉しそうにひらひらと手を振った。
オーマ:んじゃ、全員の意見も揃ったトコで行きますかね。
獅子がゆっくりと前に進み出た。
エルダーシャ:「あ、待ってよ〜。どうすればいいのかな〜。乗せてもらったのはいいけど、何にも考えてなかったよ〜」
オーマ:―強く念じればいいのさ、あの連中にはそれが一番きくんだぜ?
最後にそう言ったオーマの『声』は、何処か穏やかな響きに満ちていた。


エルダーシャ:「オーマさん? 」
エルダーシャは前を歩くオーマに、そう声を掛けた。
ダルダロスの黒夜塔を出て、暫く歩いた後の事だった。
オーマの前を歩いていたイレイルも、何事かと振り返る。
オーマ:「何だ? どうした、エルダーシャ? 」
完全に普段通りの人の姿に戻ったオーマが、エルダーシャの声に応えた。
エルダーシャはオーマに微笑んで見せた。
エルダーシャ:「背中に乗せてくれた時ね〜ちょっと感じたんだよ。オーマさんが昔見ていた事とか色々……。それで思ったの〜。オーマさんって本当に強いんだなって思ったの〜。だからね、あのね……ありがとう」
オーマ:「おう。なんだよ。よせや、妙に照れるじゃねぇか。ま、そういうのはやめた方がいいぜ? 何せ、これからお前さんに良からぬコトを企むかもしれねぇからな、俺がよ」
エルダーシャ:「……な〜んだ。もう、何時ものオーマさんに戻っちゃってるのか〜はぁ〜」
オーマ:「ああ?! そりゃーどういう意味だよ? 」
イレイル:「……で、それを止めるのが、俺の役目ですか」
イレイルの言葉に、エルダーシャが声を上げて笑った。
エルダーシャ:「あはは、そうだね〜。でも、本当はね〜。もうひとつ見ちゃったんだよ〜。多分、一番大事なのをね。オーマさんが強くいられる、本当の理由っていうのかな〜あれ、奥さんと娘さんの顔だと思うんだけど……何時もずっと大好きで想ってるんだな〜って」
エルダーシャの言葉に、オーマがみるみる内に自身の顔を引き攣らせた。
イレイル:「へぇ、それはまた、とってもほほえましいですね。いいなぁ」
イレイルがしみじみしたように、そう言った。
一方のオーマは愕然とした表情で
オーマ:「いぃ?! お前さん、そんなモンまで……おっ、おい、気安く俺の心を覗くんじゃねぇっ! もう頼まれてもやらせねぇからな」
エルダーシャ:「そうは言ってもね〜。最初に自分で背中に乗ってもいいよって言ったのに〜。見えちゃったんだもん〜」
エルダーシャはそう言って、もう一度笑って見せた。
既に闇に包まれた森を、オーマの具現能力によって生み出された光が照らし出している。
それを頼りに歩いて行く、三人の声が、長くその森には響いていた……。


【ライター通信】
こんにちは、桔京双葉です。
お申し込み頂きまして、本当にありがとうございました。
個性的で素敵な三人のお方を書かせて頂く事が出来、大変光栄に感じております。
本当に本当にありがとうございました。