<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『怪盗オールディーズ、参上!』

<オープニング>
 白山羊亭に駆け込んで来たのは、名門バラード家で家庭教師を勤めるノーランという男だった。
「ど、どろぼうなんですっ!」
「え、ど、どこ?今?ひったくり?」
 ルディアは、料理を満載したトレイをひっくり返しそうになった。
「おっと!」 
 パスタ2皿とサラダ3皿のバランスをかろうじて持ち直すと、きょろきょろと、即、力になってくれそうな客を店内に探す。
「い、いえ、違います。怪盗オールディーズって奴から、予告状が来て。
 レオノーラお嬢様が来週着る予定の、ウエディング・ドレスを盗みに来ると言うのです!」
 青年は丸めて手に握っていた羊皮紙を開いた。今夜12時にバラード家に参上する旨、崩した筆跡で書かれてあった。
「レオノーラさんのお相手って、確か豪商の御曹司よね?噂で聞いたわ、ダイヤや真珠を散りばめた、ものすごい高価なドレスを花嫁に贈ったのだって」
「それがアダになったかもしれません・・・」
「依頼って、盗難を阻止すればいいの?怪盗は捕まえなくていいのかな?」
「婚礼の前ですし、危険を冒して怪我人が出るようなことは避けたいそうです。無理はせず、阻止だけで」
「わかったわ。お客さん達に聞いてみる」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、その前に・・・この超重いトレイを置いていいかな?」
 料理を支えるルディアの腕は、すでにぶるぶる震えていた。

< 1 >
「怪盗オールディーズ。花嫁泥棒。過去に7人分のウエディング・ドレスと、花嫁のハートを盗む」
「なんだ、それは?」
 アイラスが読み上げたメモを、セフィラスが歩きながら覗き込む。満月は明るく、バラード邸へ向かう道は足元も確かだった。
「図書館で、オールディーズと名乗る泥棒が、過去に起こした事件の記録を調べて来たのですよ」
 今回の依頼を受けたのは、ストイックな傭兵の青年・セフィラス・ユレーンと、困った人を放っておけないアイラス・サーリアスの二人だった。
「ドレスを盗むのは今回と同じだが、その『ハート』って何だ?」
「載っていたのは、ゴシップ雑誌が多くて。記事が下世話なんです。四半世紀も前のことです。何故今になって活動を再開したのでしょう」
 読むのが恥ずかしかったのか、アイラスはメモごとセフィラスに押しつけた。確かに、目を通したセフィラスも呆れる内容だった。
 記事によると、オールディーズは、結婚式当日に花嫁を強奪するという事件を7回起こしている。ドレスを奪われた花嫁は、下着のまま縛られ猿ぐつわされた姿で発見されている。『ハートを盗まれた』というのは、ドレスを脱がされたことの婉曲な表現らしい。花嫁達はオールディーズの人相を問われても、「ハンサムな青年だった」とか「紳士だった」としか証言しなかったそうだ。そして、発見された花嫁は6人。最後の一人は誘拐されたままで、オールディーズの犯行もそれが最後となっている。

 バラード邸に到着した二人は、警備兵の数に驚いた。門の前に十人、玄関前にも5人。庭では犬を連れた者が数名走り回っている。
「俺たちなんて要らないんじゃないか?」とセフィラスが肩をすくめた。
 ノーランが二人を出迎えた。
「ドレスは、警備しやすいように居間に運んであります。ご案内しますね。
 すごい警備の人数に驚かれたでしょう?私が白山羊亭に依頼に行っている間に、婚約者様のお屋敷の方で、警備兵を派遣してくださったそうです。
 もちろんお二人の力量は信用していますが、その・・・バラード家では白山羊亭で数名を雇うのが精一杯でして・・・」
 バラード家の身内というわけでも無いのに、裕福で無いことを恥じているような口ぶりだ。黒い長い前髪がはらりと落ちて翳りを作った。知的な額の聡明そうな青年だが、冷たい印象より穏やかで人のよさそうな感じが強い。使用人が足りないせいか、仕事以外の雑用も押しつけられているようだった。だが、特に嫌な顔もしていない。
 居間では、飾られたドレスのまわりを、いかつい警備兵たちがぐるりと取り囲んでいた。12時まではあと3時間もあるというのに、それまでピクともそこを動かぬ決意らしい。
 チョッキのポケットに指をかけて、テーブルの周りをせわしなく行ったり来たりしている初老の男がバラード氏だった。隣のソファで、濡れたレースのハンカチを頭に乗せて横になっているのが夫人。ノーランは夫妻に簡単に二人を紹介した。
「よろしく頼んだよ。娘の結婚相手は、たいへんな金持ちだ。昔地主だったバラード家も今は財政が苦しい。ドレスを盗まれて御曹司の機嫌を損ねたら大変だ」
 父親はそう言うと、落ち着き無く爪を噛んだ。
「昔の怪盗オールディーズ事件のことは覚えていますわ。一人娘があんな不名誉な犯罪に巻き込まれたら、バラード家の恥です」
 母親は、ソファに横たわったまま、額のハンカチーフの位置をずらした。
 アイラスとセフィラスは、顔を見合わせた。憮然とした表情で、お互いの気持ちが知れた。
『お嬢さんの心配はしていないのでしょうかねえ』
『ハッピーなゴールイン、という訳では無さそうだな』
 テーブルには、肘をついてコーヒーをすする若い娘がいた。金髪の縦巻ロールをした可愛い顔だちの娘だったが、眠いのか機嫌が悪いのか、唇を突き出してカップに触れるその姿は、お行儀がいいとは言えなかった。目つきの悪い視線で二人をじろりと見た。
「レオノーラ様、こちらはセフィラスさんとアイラスさん。ドレスの警護を買って出てくださいました」
 ノーランが二人を紹介した。彼女は、言葉も発さずに、軽く会釈だけし、またずずっとコーヒーをすすった。あの両親のもとに育って、すくすくと素直にというのは無理な話かもしれない。瞳は憂鬱のブルー。ずっと不満げに結ばれた唇は、綺麗な口角の形を崩していた。
「さ、お二人とも、12時迄は間がある。コーヒーでも召し上がっていてください」
 ノーランの勧めを、アイラスは「いえ、結構です」と断り立ち上がった。
「時間があるので、屋敷の中を見回って来てよろしいですか?」
「そうだな」とセフィラスも椅子から立った。
「いざ怪盗を追いかける時に、屋敷の中で迷子になると困るしな」
「追いかけてもいいけど、捕まえないで欲しいわ。あんなドレス、無くなってしまえばいいのよ」
 初めてレオノーラが発した言葉は悪態だった。

 廊下から階段を昇り、2階の間取りを確かめる。窓の鍵を一つずつ確認した。
 外の様子が見えた。犬を引いた兵士が、疲れた足取りで庭を歩き回っている。白く大きな月が闇に煌々と輝き、門で気をつけする警備兵達をあざ笑うかのように照らしていた。
「これだけ警備がいれば、利口な泥棒なら近寄らないだろう」
「そうだといいのですが」
 一時間ほど屋敷を探索して居間にもどると、レオノーラはテーブルに突っ伏して寝息をたてていた。警備の者達は、あれからも微動だにしていないように見える。
『あれ、造り物なんじゃないですか?』とアイラスが耳打ちしたので、セフィラスは吹き出しそうになった。
「お嬢様、寝てはダメです。風邪をひきます」
 ノーランが肩を揺すっていたが、レオノーラはぴくりともしない。
「寝室で寝かせた方がいいんじゃないか?」とセフィラス。
 アイラスも、「ここは、あれだけ警備がいれば大丈夫でしょう」と賛同した。
「お嬢さんの部屋を、僕たち3人で見張りませんか」
「そうしていただけると助かります。・・・お嬢様、立ってください」
 レオノーラは深い寝息をたてていて、起きてくれそうにない。
「仕方ない」と、セフィラスがレオノーラを横抱きにした。長身の自分が彼女を抱えるのが一番だろう。
「おおっ。お姫様だっこですね」というアイラスの言葉に、セフィラスは「さっさと扉をあけてくれ」と睨んだ。

< 3 >
「最後の日が、とんだ騒ぎになりました」
 レオノーラをベッドに寝かせ、落ち着くと、ノーランは笑いながらため息をついた。
「最後?」と、二人はほぼ同時に訊ねた。
「お嬢様は来週お嫁に行かれるわけですから。私の仕事は終わりです。今日が最後の授業でした」
「わがままそうなお嬢さんだ。苦労しただろう?」と、セフィラスが率直に問うと、ノーランは白い歯を見せて笑った。
 時間を持て余しつつも、時計の針は確実に動いていく。12時まであと30分というところで、3人が相次いで欠伸をかみ殺した。
「コーヒーでも入れて来ますね」
 ノーランが立ち上がった。

「アイラスが着ればよかったのじゃないか?」
「え?」
「ウェディング・ドレスだよ。腕の立つ君が着て警護すれば、易々と泥棒には盗まれまい」
 セフィラスは絨毯の上で膝を抱えて座っていた。眠気を払いのけようと、首を軽く振った。
 アイラスは、足を伸ばして、壁に背を付けて座っている。首は動かさなかったが、セフィラスを睨んだのがわかった。
「冗談だよ」
「・・・冗談に聞こえませんでした」
 二人とも、眠いせいか不機嫌になっていた。
「誰?」と、レオノーラがベッドで半身を起こした。話声がしたので起きてしまったようだ。
「ああ、ノーラン先生が雇った警備の人達ね。先生は?」
「今お茶を入れに行っています。・・・と言っても遅いですね?」
 その時、階下が急に騒がしくなった。悲鳴のような声が聞こえた。
 二人は掛時計の針を確認する。12時5分前。
「俺が見て来る。アイラスはお嬢さんを頼む」
 セフィラスは腰の剣を確かめると、部屋を飛び出した。

 居間では、警備の隊列が崩れ、兵士達が悲鳴を上げていた。白いドレスの裾から炎が上がっている。火に驚いて逃げまどう者、水を探しに出る者、大騒ぎだ。
 セフィラスは咄嗟にドレスを台ごと横倒しにした。そしてテーブルからクロスを引き抜く。カップが次々と床に落ち、派手な音をたてて割れた。クロスを丸め、燃えている裾あたりに掛けると、更にセフィラス自身が覆い被さった。
『1、2・・・』
 クロスからはみ出た炎が、左手首を炙った。
『3、4・・・』
 ブーツがチリチリ焦げているのがわかる。
「くそっ!」
『8、9、10!』
 テンカウントで立ち上がる。剥がしたクロスは焦げていたが、ドレスの火はほぼ消えていた。所々から、黒っぽい煙が出てまだ燻っていた。
「み、水を!」
 バラード氏が、バケツの水をかけた。ジュウと悲鳴を上げて、ドレスは完全に鎮火した。だが、膝のあたりまで焼け焦げ、黒く煤になったドレスは、もう晴れの日に着られそうにはなかった。
「この火はどうしたんだ?」
「床が燃えたのだ、突然」
 バラード氏の唇はわなわなと震えている。
「そのドレスの下の、床。そこから火が出た」
「ここか?」
 板が黒焦げになっている部分に剣を差し込み、床板を剥がした。焦げた板はぼろっと崩れ落ちた。
「これが発火装置か。事前に仕込まれていたようだ」
 オイルを含ませたボロ布だろうか、蝋燭が短くなると火が付くようになっていたらしい。
「この家に自由に出入りできて、床下に装置を置けて・・・」
 そうだ。なぜ今夜なのだ?過去のオールディーズは、全部犯行日は挙式当日だった。・・・今日が最後だから?
『火を放つくらいだ、本当のターゲットはドレスじゃないだろう』
 セフィラスは剣を握り直すと、レオノーラの部屋へ急いだ。

 廊下を駈ける最中、二階の窓ガラスが割れる音がした。急いで階段を昇り、レオノーラの部屋へと二階の廊下を走った。慌てて扉を開ける。
 割れて開け放たれた窓を背に、男が右手に細身の剣を、左手にレオノーラを抱きかかえて立っていた。怪盗の黒マントも無ければ仮面も無い。見慣れた黒髪の青年が、不遜な笑みを浮かべて佇んでいる。
「ノーラン。やっぱりおまえか!」
「お嬢様はいただいていきます。私は、ベンジャミン・オールディーズ・ジュニア。父は、好きでも無い男に嫁がされる娘達の結婚をぶち壊しにする依頼を受けて、それを仕事にしていました。7人目の花嫁が私の母だったそうですよ」
 レオノーラは、腕に白いドレスを抱いていた。飾りの少ない質素なものだが、光沢のある生地は質のよいものだった。
「そのドレスは?」とのセフィラスの問いに、レオノーラが答えた。
「子供の頃から、お母様が着たドレスでお式を挙げたかったの。両親は私の話なんて何も聞いてくれはしなかったわ。私は先生に付いて行きます。大金持ちの奥様より、怪盗の妻の方が、ずっと面白そうな人生だわ」
 初めてレオノーラが笑顔を見せた。
「泥棒はこれ一回きりです」と、ノーランが訂正した。
「あとは、他の街で教師をしながら地味に暮らしますよ」
 そう言うと、剣を納めた左手で、窓の桟と被っていた銀のパイプを握った。
「では」
 巨大な紙飛行機の態をしたそれは、ノーランとレオノーラを軽々と夜空へ飛び立たせた。月に向かって飛んで行くようだ。レオノーラが抱えるドレスが、銀色にはためいている。下の兵士達はざわめきながら、大きな口を開けて夜空を仰ぐ。
「パラグライダー・・・」
 アイラスの呟く声に壁際を見ると、彼は腕を抑えもたれかかっていた。釵を握るアイラスの右手から、血が流れている。傷の様子から、剣でやられたのでなく、ガラスで切ったようだった。
「セフィラスさん。下は大丈夫ですか?」
「ああ。ドレスが焦げただけで火は消けしたよ。そっちの傷は?」
「たいしたことはありません。
 見たところ、お嬢さんはオールディーズの正体を知った途端、合意で付いて行ったみたいなんですけど」
「それって、ただの駆け落ちじゃないか」
 馬鹿らしい、と言い捨てると、セフィラスは左手の火傷をペロリと嘗めた。微かに滲みたが、傷も小さく軽いものだった。
ヤラレタという悔しさはあるが、レオノーラのことを考えると、この方がよほど幸せになれそうだ。
「ご両親に何て言いましょう・・・」
 アイラスは頭を抱えたが、セフィラスをちらと見上げた瞳は、眼鏡越しだが、確かに笑みを含んでいるように見えた。セフィラスは大きく眉をしかめ、大袈裟に肩をすくめてみせた。
 割れた窓から、夜風が吹き込んでカーテンを揺らした。階下でも庭でもまだ大騒ぎは続いている。丸い月が苦笑いしているように見えた。

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/フィズィクル・アディプト
2017/セフィラス・ユレーン/男性/22/天兵
NPC
ノーラン
レオノーラ
バラード夫妻
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■         ライター通信          ■
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発注、ありがとうございます。ライターの福娘紅子です。
敵との戦闘シーンはありませんでしたが、
消火のシーンでは活躍してもらいました。
セフィラスさんは、
22歳よりはだいぶ大人っぽい青年、という感じで書いています。