<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


地の底に眠る秘宝 −揃いし四つの源−



■ オープニング

 火・水・風・土、四つの秘宝を集めし時、世界の悠久を確保する。これが最近、聖都で噂になっている書物からの引用文だ。
「最後の秘宝があるとされているのが、巨大な地下洞穴――グランドバレー。この世の中心まで続いていると言われているわ」
「あそこって道としては単純な螺旋構造だよな? けど、モンスターが……」
 冒険者の一人が渋い顔で肩肘をつく。エスメラルダが頷き、
「そう、地を這う魔物もいれば、空を飛ぶ鳥系の魔物もいる。道幅は広いから戦いやすくはあるけど、道中長いから持久戦になるかもしれないわね」
 地の源があるとされているグランドバレーは魔物の巣窟。たとえ降りたとしても戻ってこれる保障はどこにもない。
「これで最後の秘宝なんだろ? 一体、何が起こるんだろうな」
 恰幅の良い冒険者が酒をかっくらう。
「本当、それが気になってしょうがないわ。学者たちはもう何か掴めているのかしらね?」
 エスメラルダがいつものように依頼書を揺らす。
 そして名乗りを上げる冒険者が現れた。



■ グラウンドバレー

『現段階における進行状況なんですが、ついに最後のページの前のページまで解読が完了しています。それによると、秘宝がこの世界に何らかの干渉を施しているのは間違いないようです』
 学者――リース・アペリアルは一行が最後の秘法の元へ向かう直前にそう説明した。
 今まで見つかっている秘宝は火・水・風の三つで、いずれも巨大な宝石の塊だ。
「誰かに誘導されているような――そんな気にさせられるな」
 習志野茉莉が地面にぽっかり空いた巨大な洞穴を見下ろし呟いた。
「秘宝に導かれている、ということですか?」
 それを聞いていたアイラス・サーリアスが茉莉に尋ねる。
「秘宝そのものかどうかは解からないし、善悪の是非も定かではない……。それから、王宮の地下で発見された書物のことも、少し不自然だ」
 茉莉は、リースへ書物に暗示的な内容を含む文章の有無を訊いたのだが、
『世界の悠久を確保する。これぐらいでしょうか。すでに街で噂になってしまっていますが』
 手がかりは何とも曖昧であった。
「確かに、今まで発見されなかったという点が奇妙だな」
 後ろから歩いてきたシェアラウィーセ・オーキッドが茉莉の意見に同意を示す。さらにシェアラは言う。
「場合によっては秘宝そのものを破壊する必要があるのかもしれないな」
「つまり……災いを齎す可能性があると言うことね。私は逆ではないかと思うんだけど」
 レピア・浮桜が風に靡く髪を押さえつけながら秘宝への所感を述べる。
「悪意のある者の仕業だとしたら、こんなに回りくどいことはしないかもしれません。どちらにしろ、今の段階では答えを断定することはできそうにもありませんね」
 アイラスが歩き出す。他の三人もそれに続いた。

 螺旋状の構造を持つグランドバレーの最下層は暗闇に包まれていた。どれだけの距離があるのか見当もつかない。
「焦らず進みましょう。魔物との戦闘も避けたいですしね」
 アイラスが周囲を窺いながら下っていく。道幅は四人が並んでもまだ余裕があった。半径数百メートルもの規模を誇る巨大地下洞穴に近寄る人間は殆どいない。珍しい植物が生えているわけでもないし、宝が眠っているとの話もないからだ。
 あるのは魔物の群れと、硬い土によって形作られたけったいな洞穴だけ。
「帰りは私が移転の魔法を使おう。降るよりも登る方がよっぽど重労働だ」
 シェアラが魔法を唱え小さな光源を生み出す。だいぶ暗くなってきていた洞穴内がパァッと明るくなった。
 魔物との戦闘中にたいまつなどを使うと邪魔になるとシェアラは考えたのだ。
「これだけの長さだと確かに自力での脱出は骨が折れそうね。それに……秘宝はいつも巨大な宝石だったりするしね」
 レピアが想像を膨らませながら歩いていると、
「来たぞ!」
 茉莉が上方を指差す。
 出現したのは大きな羽を持つドラゴンだった。ドラゴンは耳障りな雄叫びを上げながらこちらへ突進してきた。
「任せて!」
 レピアがミラーイメージでドラゴンを惑わす。
 勢い余って壁に激突するドラゴンがさらに雄叫びを轟かせる。
「今です!」
 アイラスが茉莉に目配せをする。
 同時にドラゴンへ斬りかかる。ドラゴンの鱗を切り裂くほどに力を込めて。
 ドラゴンが羽を広げ空中へ退避する。
「トドメだ!」
 シェアラが圧縮した風の魔法で攻撃する。派手な魔法は洞穴内では禁物だ。
 ――ギャァァァァ!!
 落下していくドラゴンは、そのまま闇の中へと消えていった。

「ふう……いい所に横穴があって助かりましたね」
 日没になり休息をとることにした四人は手頃な横穴を見つけそこで休んでいた。
 レピアは日が落ちると石化してしまう。それは日の差し込まない洞穴内でも同じで、だがレピアの石化は時間を指し示す指針にもなる。
「最下層近くに魔物が溜まっていなければ良いが」
 茉莉がぼそりと呟く。
 魔物は頻繁に出現していたが何とかやり過ごしていた。それでも体力や魔力などは確実に消費されていく。英気を養うのも重要であった。

「さあ、出発しましょう」
 レピアが横穴を先に出て行く。準備を整えた残りの三人も後に続く。
「まだまだ、先は長そうだな」
 シェアラが未だ見えてこない深層をじっと凝視する。
 時折出現する魔物は空中から地中からと、予断を許さない突発的なもので、四人ともうかうか気を抜いていられない。
 それでも、今までの経験を生かし、また何度か組んだことのあるメンバーなので連携も以前より数段優れたバランスのよいものになっていた。
「こうして似たような地形が続くと、さすがに飽きてきますね」
 アイラスがすでに遠くなった上空を見上げて、そんなことを口からこぼす。
「長時間、同じ作業を行なっていると集中力が欠如するというが、魔物がそこを狙ってくる……と考えるのは飛躍しすぎだろうか」
 それに乗じた茉莉が推測を口にする。
「最初から読み進めていかないと解読できない書物……これも巧妙だ」
 シェアラも作為的に感じたのか唸っている。
「こうして、私たちが考えていることさえ必然だとしたら、恐ろしいわね……」
 レピアがそう言うと、どこからともなく溜息がこぼれた。
「考えても仕方ない。先へ進もう」
 茉莉が歩みを速める。
 しばらく同じ風景が続いていたがそのうち変化が生じてきた。
 まず、壁の土が色濃くなってきた。色で言えば黒に近いが若干赤も混じっている。道幅はどんどん広がりを見せていた。
「ついに最下層ですね」
 アイラスが高ぶる気持ちを押さえつけながら皆にささやく。すでに下層は見えていた。
「これで最後の秘宝……か」
 神妙に呟くシェアラが残りの螺旋状の道を無視して先に飛び降りた。
 茉莉がそれに便乗して崖伝いに降りる。さほど高さは無い。
 レピアも華麗に宙を舞う。最後にアイラスが三人の降り立った場所へ。
 最下層は円形状で、その中心にへこんだ場所があった。
 深さは数メートルほどあるが、球体を輪切りにしたようなものを埋めてできた構造になっていたため、降りるのに苦労は無かった。
「これが土の源でしょうか?」
 アイラスが三人に問うが、今までの秘宝と大きく形が違うわけでもなく、すぐにそれが最後の秘宝であることが確認できた。
 他に道はないようだし、どうやら間違いないようだ。
 赤い源――ルビー、水の源――クリスタル、風の源――インペリアルジェード。
 最後の土の源は、
「これは琥珀?」
 茉莉の言うとおり琥珀のようだった。
 琥珀は木の樹脂の化石で、地中に埋まっているものだが、金色に輝く様は宝石と称するに相応しい。
 大きさはこれまで同様に巨大で、持ち上げるのにも一苦労だった。
「では、移転の魔法で地上へ脱出しよう」
 一通り最下層の探索も終わり、土の源の確証を得た四人は太陽の光が拝める地上へと戻ったのであった。



■ 四つの源

「解読が完了しました」
 城の客室で待っていた四人の元へリースが姿を見せた。
「それでリース殿、一体、秘宝は何の役目が?」
 茉莉が真っ先に尋ねると、
「結論から言いますと、この四つの秘宝はこれから破壊する必要があります」
「……それは、災いを齎すと言う意味?」
 レピアが即座に質問するとリースは笑顔を浮かべ、
「いえ、逆ですよ。破壊は再生とよくいうではありませんか」
「もう少し詳しく教えていただかなければ解かりかねますね」
「うむ、要領を得ないな」
 アイラスとシェアラが言うと、
「ええ……実はこの秘宝の中には世界を形作る様々な要素が詰め込まれているんですよ。長い年月をかけてこの宝石に力が蓄積していくのです。そして、これをいつかは解放しなければバランスが崩れてしまいます。これは数百年に一度、必要になること……。そして、書物が王宮の地下で見つかったのも偶然ではなく、解放の時期が迫っていたからだということです。誰が、どうして、などという出所はまったくの不明ですが、自然界を保つための儀式みたいなものではないでしょうか」
 リースはそこで大きく息を吐いた。
「だから、今まで発見されなかった、ということか。試練みたいなものに近いように思えるな」
 シェアラがお茶をすすりながら言った。
「我々も解読に苦労しましたよ。もちろん、現地に赴いたあなた方は命がけだったと思いますけど……それにしても、あの宝石を破壊するのは忍びないですね」
「大きな宝石ですものね。どのくらいの価値があるのかしら?」
 レピアが誰に言うでもなく呟いた。
「四つ合わせるとそれこそ膨大な量ですしね、あの宝石は。とんでもない金額になるのではないでしょうか」
 アイラスが眼鏡のずれを直し考え込む。
「とにかく、これで私たちの役目も終わりと言うことか」
「ええ、あなた方には感謝してもし足りません」
 リースが茉莉に笑いかけた。
「呪いの件は残念だけど、世界に関わることですものね。皆が無事でよかったわ」
 レピアが悲喜の混じった表情を浮かべ、だがすぐに憂いは消えていった。
「何はともあれ、大事に至らずに済んだわけだしな」
 腕組みをしながらシェアラが何度か頷く。
「世界の悠久ですか……奥が深いですね」
 アイラスはまだ書物の言葉を考えているようだった。

 その後、四つの源は破壊された。立ち会った四人はその時、不思議な体験をした。
 世界が光に包まれ、安らかな気持ちになり、そして、そして、全てが回帰した。
 王宮の地下で発見された書物は消滅し、それまで秘宝で持ちきりだった街も、時の流れと共に噂さえされなくなっていった。
 源が破壊される前、リースは四人にあることを話してくれた。
「破壊は再生と言いましたが、破壊によって失われるものがあるとすれば、この書物で知り得た内容――秘宝についてでしょう。そうでなければ、我々が伝承として受け継いでいたはずなのです。この一連の秘宝集めは数百年おきに繰り返される儀式のようなもの……だから、このように不自然な点が多く見られたのでしょう」
 合点がいかない部分は多いが、とリースは学者らしく唸っていた(というか学者だが)。
 こうして、世界の悠久は確保されたのだ。
 徐々に薄れていく記憶の中で四人はそれを実感した。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1771/習志野茉莉/女/37歳/侍】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女/184歳/織物師】
【1926/レピア・浮桜/女/23歳/傾国の踊り子】

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■         ライター通信          ■
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担当ライターの周防ツカサです。
このシリーズは三月、四月、五月、六月と四回に渡ってのものでした。
整合性という点で、若干粗が見られるかもしれませんが、そこはご割愛くださいまし。
何とか秘宝を集めることができ、これも皆様の活躍の賜物です。
では以下、個別にメッセージを――。

レピア・浮桜様
二回目からのご参加でしたね。
踊り子として村人を魅了する姿が映像として浮かび上がりました。
呪いの方は残念な結果になってしまいましたが、いつか呪いが解けることを祈っています。
それでは、また何処かでお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141